序盤からずっと利用するような施設経営者だけど強キャラに薄目にこやかで見られながら名前を呼ばれて最後に「ですよね?」で締め括られる存在になりたい   作:ブ雨堰ド

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55.降り積もった羽のように

 見上げれば、真っ暗な視界に微かな光が見える。

 ハインスは痛む足を押さえ、溜息を吐いた。

 

「やらかしたな……」

『おー……ハイン……、……丈夫か!』

「ああ、大丈夫だ! だが、がっつり魔力を吸われているから、早めに助けてくれると助かる!」

『……いぞ! ……ているん……うな、おい! ……んの夢をこんな……で……させる気か!?』

 

 伐開の魔族は適性魔力の都合上治癒魔法が使えない。その分を卓越した結界で補っているのだが、ロストランドの特性に足元を掬われ、上手く結界を編み出せず、地裂に落下してしまったのだ。落ちている時の体感で70athl近くあったから、相当な地下にいる。

 ロストランドの地下は危険だ。魔力依存生物である魔族にとっては、体内の魔力を吸い尽くされ、死の危険に陥ることだってある。

 ソイルドライアドさえ見つかれば、それを身に纏うことで吸収を低減させられるはずだが、彼らは地中に生える植物。闇雲に探して見つかるものでもない。

 

「──とう!」

「ちょっと、私行くって言ってないのに~っ!」

「どわぁ!?」

 

 どうしたものか、と考えていたハインスの横に、二人の男女が着地した。

 割とギリギリだった。もう少しで踏まれて、枯れ木のように折れてしまうところだった。

 

「よ、ハインス。無事じゃねえか」

「ジョシュア……ミント……なんでお前ら」

「なーに言ってんだ。『ロストランド調査隊』はいっぱいいても、俺達三人で『ドルフィングラス調査隊』だろ。一人欠けるなら、全員共倒れさ! ハッハッハ!」

「私は行くって言ってないし、ハインスならなんだかんだあっても大丈夫って言ったのに……」

「つれねーこと言うなよ、ミント」

 

 ジョシュアとミント。共に魔王様から勅命を受けた仲間であるし、親同士の仲が良いために元より仲の良かった二人だ。幼き頃は『ドルフィングラス調査隊』と自分たちに名付けて、色々なところを調査した。それが大人になって、本物の調査隊に全員入隊して……それで、これだ。

 涙腺に来ることをするなよ、とハインスは胸中に吐き捨てた。普通に泣きそうだった。

 

「なんにせよ、長居するのはマズい。魔力がどんどん吸われていくから……」

「え? あー、だから今の着地結構足痛かったのか。強化取られたんだな」

「私は猫の魔族だから着地は……できるけど……」

 

 ……つまり。

 

「何の策も無しに降りてきたのか?」

「言っただろ、死ぬなら一緒にって」

「なんでそんな考えなしなのよ……ちょっと、ホントに魔法使えないんだけど! どうするのよ~っ!」

 

 呆れて物が言えないハインス。なはははと笑うジョシュア。喚き立てているミント。

 三人は──しかし。

 

 聞こえてきたザリ、という足音に、瞬時に臨戦態勢へと移行した。

 ここはロストランド。ゴーストの楽園だ。地裂の底など、何がいたっておかしくない。

 

「いやびっくりしました。ここで誰かに会うことがあるだなんて。他者の存在を認知したのは久しぶりですよ」

「……何者か!」

 

 ぼんやりとした灯りと共に近付いてきたのは、スケルトン……ではなく、魔物の骨を被った何者か。

 ジョシュアが二人の前に出て、強い口調で問う。

 

「僕はここでこの地の研究をしている者です。皆さんは……あー、調査キャンプ、でしたっけ? そこの方々ですか?」

「……第十代魔王トルヴィッシュ・"エリメス"・ロフトヘッドがフロンティア様が配下、『ロストランド調査隊』のジョシュア・ドルフィングラスだ」

「はあ。えーと、偉い方ですか?」

「……まぁ、俺は別に、偉くはねえよ」

「じゃあこのままの態度で行きますが、皆さん魔族でしょう? そこにいると緩やかに死へと向かうだけなので、僕と一緒に来ませんか? ソイルドライアドで作った魔力を吸収されない洞窟があるんです」

 

 提案に、ジョシュアはゆっくりと二人へ振り返る。どうする? という顔だ。

 二人は頷く。どの道ここにいても、闇雲に上へあがれる場所を探しても、無駄に体力と魔力を消費するだけだ。

 ならば……この男に何か裏の顔があるのだとしても、ついていった方が良い。そう判断した。

 

「わかった、世話になろう」

 

 ジョシュアとミントの肩を借り、ハインスは立ち上がる。

 妙な気配の青年はそれを見て、ゆっくりと歩きだした。

 まるで何かを、なぞるかのように。

 

 

 二日後。

 

「おーい! 俺たち……ジョシュアとミント、ハインスが帰ってきたぞー!」

「え? ……うわ、ゴースト!?」

「ちげーよ馬鹿。生還したんだよ。……ついでに人族を一人保護したんだが、人族の村ってやっぱやめた方が良いよな? よそ者受け入れそうな雰囲気ない、よな?」

「人族ぅ? おー、良く生きてたなソイツ。けど、人族の村は止めといた方が良いかもなー。なんか儀式とか宗教とかエグくてよ。余所者は丁度いいって生贄にされちまいかねねえぞ」

「だよなぁ」

 

 三人は魔族の村があるところにまで戻ってくることができていた。村に駐留している『ロストランド調査隊』のメンバーや隊長が、とんでもない形相で三人の元へ向かってきているのがわかる。

 

「あー隊長カンカンだ。ちょっと俺話してくるから、ハインス、ミント。アダンを頼むよ」

「ああ。俺の怪我の話など、すべて責任は俺で良い。あまり勝手に背負うなよ、ジョシュア」

「連帯責任だって。なーミント?」

「……そこは、別にそれでいいケド」

 

 彼女もなんだかんだ言ってこの三人の間柄が大切なのだろう。少し照れながら、あるいは拗ねながら肯定した。それをみて、ニカっと笑ったジョシュアは、そのまま隊長を宥めに向かう。

 

 取り残されたハインス、ミント、アダン、そして門番の青年。

 

「とりあえずアレだな。仮面の魔族とか言って誤魔化しておけよ。この調査キャンプ、大昔には『涅月の血属(ノクスルーナ・ブラッド)』とか時計の魔族とかいたらしいし、珍しがられはしても邪推はされないって」

「良い案だな。ちょうどここに俺という希少魔族がいることだし」

「確かに。いつも接しているから忘れていたけれど、伐開の魔族も結構な特殊魔族よね……」

 

 というわけで、アダンは魔族の村へ迎え入れられることとなった。

 内心ちょっとほっとするハインス。この二日間、あれだけ良くしてくれたアダンに不当な扱いを受けさせたり、蛮族の村に入れてはいさようなら、はしたくなかったのだ。

 

「んじゃ改めて、おかえりだ。ハインス、ミント。んでようこそ、アダン。歓迎するぜ~」

「ああ。それと、あとでジョシュアにもちゃんと言ってやってほしい。あいつ、割とそういうの喜ぶから」

「記念日とか必ず祝うものね、ジョシュア」

 

 いつもいつも、なんでもかんでも背負いたがる、大事な友へ向けて親愛を送りながら。

 

 

 それなりの数の魔族で賑わうそこを三人は行く。アダンにこの村を案内してあげているのだ。

 

「ここはホルホラ村といって、ロストランドに建った最初の村になる。元は調査キャンプで、そこからどんどん追加調査員を受け入れて、発展していったんだ」

「よくこんな土地に住もうと思いましたね。住んでいる僕が言うのもなんですが、居住には適さないでしょう」

「魔族にとって記録は使命みたいなものだからな……。あとは、先人たちが住みやすくしてくれていった、というのも大きい。この地の植生や魔物の分布、生態などの記録は、大昔に取られたもので、それを今でも参考にしているんだ。新種もちょこちょこ出てきてはいるが」

「どの種族の魔族なら食べられる、食べられない、みたいなものが全部書いてある、世界最古の本『ロストランド生態系図鑑』というのがあってね。209年前に書かれたものである可能性が高いんですって。今使われている羊皮紙というものが現れて、ほとんどすぐに書かれた本ってこと」

 

 かの本の写本は魔王国の至る所で見かける。ハインスは魔王城に保管されている原本を見たことがあるが、200年以上経った今でも一切の劣化が無い、最早オーパーツに近い代物だったと記憶している。

 

「ここが装備品なんかを整える店だ。あんまり用はないと思うが、魔鉱石の調整や魔力補充などもやってくれる」

「……ここの店主さん、高貴な血の出ですか?」

「いや、そんな話は聞いたことがないが……どうしてだ?」

「……やはり気密性が高いのですね。いえ、なんでもありませんよ。気のせいだったようです」

 

 高貴な血の持ち主……貴族や王族たちはこんな場所には来ないだろうから、アダンの気のせいだろう。

 ドキっとしたのは一人だけだ。店内で外の話を聞いていた店主一人だけ。

 

「次、ここは狩りと調理を担当するキッチンだ。おーいレーナターリヤさん。いるかー?」

「あら、どうしたの……って、ハインスくん? それにミントちゃんも……まぁ、良かったわ、生きていて……」

「ジョシュアも帰ってきていますよ。この青年……仮面の魔族のアダンに危ない所を救われて、助かったんです」

「それは、本当に……本当にありがとう」

「いえいえ。困った時はお互い様というやつですよ」

「あらあら、本当、良い子ね。お腹空いたら、いつでも来てね。おばさん腕によりをかけちゃうから」

「はい、ありがとうございます」

 

 アダンとレーナターリヤのやり取りに、ハインスとミントは視線を合わせ、頷く。

 やはり正解だった。レーナターリヤはこの村にいる魔族全員の胃袋を掴んでいる。彼女に気にいられたら、この村ではやっていける。

 

「今は村を案内している途中なので、ご飯時にまた伺います」

「ええ、いつでも来てねぇ」

 

 ちなみにおばさんとは言っているが、栗鼠の魔族であるゆえに生命サイクルが早いだけで、ハインスの目にはまだまだ子供に映っている、というのは内緒の話。

 

 次の場所へ。

 

「調査研究所だ。ここはまぁ、あまり用はないかも知れない。ああでも、アダンの知識があれば、ここで働くことは可能かもな……」

「所長さん……今はいないみたいね」

「いえ、そこにいらっしゃいますよ。隠蔽結界で姿を隠しておられるようですが」

 

 え? とハインスが振り返った先に……確かに何か妙な『空間の撚れ』みたいなものがあった。

 それを、ハインスが、自身の感覚を信じるままに剥がしてみれば。

 

「ちょ──何をするんだねハインスくん!? そんなことをしては──」

「ああああ! 出かけてると思ったら隠れてたのかマイクてめーこのやろーっ!!」

「ひぃいぃい! ば、伐開の魔族だからといって、みだりに他人の結界を暴かないように!! 私は失礼するよ!!」

「マイクてめえこら、今年度分の予算案早く出せよ!! 怒られるのアタシなんだかんなオイ!?」

 

 ぴゅーんと逃げていく男性と、それを追いかけていく女性。

 男性の方が躓いて転び、その上へと魔馬乗りになった女性が彼をボコボコに──。

 

「よし、一通り回ったし、居住エリアへ行くか」

「そ、そうね」

 

 触らぬ魔族に祟りなし。どうせ所長と呼ばれた男性が悪いので、見てみぬふりをするのが一番であった。

 

 

 居住区へ戻る最中に、ジョシュアが合流してきた。

 こってり絞られはしたが、生還を喜ばれ、なんだか温かい気持ちになった、という次第らしい。

 

「それで……どうだ? その……この村に住む気は」

「いえ。皆さん魅力的ですし、数日滞在するくらいなら良いのですが……やはり僕は、もっと研究がしたい。だから、ありがとうございます、とは。言っておきますね」

 

 実は、三人がアダンを地裂の底から連れ帰ってきたのには、ここまで良くしてくれた……治療もしてくれたし様々を教えてくれた彼が、あんな暗い地の底で独りぼっち、というのがどうしても我慢ならなかったからだ。だから無理矢理彼を引っ張って連れてきて、村で……他者と共にあることの良さを伝えたかった。

 けれど、アダンにはアダンの夢があるのだろう。それもわかる。

 

「……けど、数日は居てくれるんだよな。なんかさ、村の連中に聞いたら、明日から俺達の生還祝いで祭りをやってくれるらしくってさ。それだけでも参加していってくれよ」

「はい、お世話になります」

「よし! あー……じゃあ、そうだ、あの話の続き聞かせてくれねえ? この地に昔出た、身体を膨らませて170athlにまでなれる魔物の話!」

 

 落ちたのも怪我をしたのもハインスだが、アダンに一番懐いているのはジョシュアだった。

 ……いや、ここはやはり、全員懐いている、というべきかもしれない。

 最初こそ警戒したが、この青年は非常に優しく、温かく、そして驚くべき知識を保有している。

 人族というのは長く生きても60年そこらであるはずだ。つまり、猫の魔族や犬の魔族らとそう変わらない寿命をしている。だというのにその知識の深さは、伐開の魔族や時計の魔族をも凌ぐ。

 そして彼の話は面白かった。ハインスたちが幼い頃に持っていた「冒険心」に再び火をつけてくれるほどに。

 

 それでも……いや、だからこそ。

 他者の夢を自分たちのエゴで捻じ曲げることだけは、してはならないと。

 彼らは、今の彼らと同じく調査隊であった親や曾祖父母らから学んでいるのだ。

 

 

 

 五年後。

 調査隊としてもそろそろ中堅の域に達してきたハインスら三人は、とある相手にアダンを紹介するため、「毎回毎回落ちないでも済む道」を目指していた。

 

「地裂の底に人族が……本当にいるってのかい」

「魔王様ちょっと疑り深すぎですよ。俺らの事信用してないんですか?」

「信用はしてるが、ドルフィングラスは何かとサプライズ好きだから、人族がいるって連れていった先に、何かとんでもない絶景があって、……結局人族は? って聞いたらえ、そんなものいるわけないじゃないですか、とか返してきそうな」

「あー。ありそう」

「ねーよ!」

 

 そう、魔王である。第十代魔王、トルヴィッシュ・"エリメス"・ロフトヘッド。

 七年前……涅月歴511年に起きた、『第九代魔王人族へ嫁ぎにいく事件』のあとに魔王に着任した男性であり、そういう珍事の処理から魔王としての仕事を始めたからか、ジョシュアのような「トンデモ系」に強い。

 割合面白おじさんのために部下からも慕われているし、こうして現場にまで赴いて何をしているのか、なんかを直で見ようとしてくれる、良い上司、であった。

 

「ああここです。ここを行きます」

「というか、地裂の底って確か魔力吸われるんじゃなかったか?」

「この道はソイルドライアドで舗装してあるので大丈夫なんですよ」

 

 一応部下のことは信頼しているトルヴィッシュである。魔王たる彼を危険に晒すようなことはさすがにすまいと、疑心半分でその穴倉へ入った。

 

 しばらく下っていくと……椅子や机といった人工物が散乱しているのが見えてきた。

 

「おお……こんなところに、本当に住んでいる者がいるのか」

「俺達の恩人でもあるんです。五年前、俺が地裂から落ちてしまう事故があって、救助に駆けつけたジョシュアとミントも二次被害に遭うところで……そこを助けられました」

「どーせ何も考えずに降りたんだろうドルフィングラス」

「へへへ、いやー、あの頃は若かったっつーか」

「まったく……。……しかし、面白いな。知っているかい、ハインス。君のお父さんも地裂に落ちたことがあるんだよ」

「え」

 

 トルヴィッシュは魔王に着任した時期こそ遅いが、元々長命な魔族である。だから、三人の知らない昔話を知っていてもおかしくはない。

 だけど、まさか親子二代揃ってそんな恥ずかしいエピソードを知られているとは思わなかった。ハインスは──伐開の魔族なのでわかり難いが──赤面する。

 

 そんな笑い話をしながら、歩いていくと……洞窟の奥の方に座っていた人影が、すく、と立ち上がる。

 

「……おや、ジョシュアくんたちでしたか。お久しぶりですね」

「ああ、久しぶりだ。半年ぶりか?」

「多分そのくらいですね。それで、そちらの方は?」

「紹介するよ。この方はなんと、第十代魔王のトルヴィッシュ様だ」

 

 流石に驚いた、という表情をするアダン。

 トルヴィッシュは彼に握手を求めにいく。無駄に偉そうにしない点も彼が好かれる要因の一つだろう。

 

「初めまして。アダンと申します」

「こちらこそ初めまして。第十代魔王トルヴィッシュ・"エリメス"・ロフトヘッドと言います。ああ、魔王ではありますが、人族の方々へ地位を考えろ、とか言ったりしませんし、敵意もないのでご安心ください」

「そうですか。いえ、ありがたいですね」

「それに、私の大切な部下たちの命を助けてくださったようで……本当にお礼を申し上げたい」

「いえいえ、そんな、困った時はお互い様ですから」

 

 そういうやり取りが数分続いたあとで、話の切れたタイミングで……ミントが「あ」と声を出す。

 

「ロストランドの魔物分布図、完成したの?」

「はい。つい数日前に。見ますか?」

「ええ、ぜひ!」

 

 机のある壁に大きく貼り付けられているのは、ロストランドの地図だ。

 そこには魔物の分布図……縄張りや、どこを主な餌場としているか、などが図説付きで描かれている。隣にある地形図や気候区分図、輝照時間分布図など、この土地に関する細かなデータがここには揃っている。

 ハインスは魔力濃度変動図、ジョシュアは鳥観図、ミントは魔物分布図がお気に入りであり、魔王国に帰ったらこういうデータを集めてみるのもいいかもしれないな、とまで思っているほどだった。

 

 どさ、と。……トルヴィッシュが自身の杖を取り落とす。

 

「魔王様?」

「……この図の……タッチ。それにこの、お手本のような筆跡は……。……ま、待て! アダン……アダンと言ったか!?」

「ええ、はい。アダンといいます」

 

 突然大声を出したトルヴィッシュが、わなわなと口を震えさせる。

 何があったのかを問おうと、ジョシュアとハインスが口を開いた……その時。

 

「第三次調査隊……地裂に落ちたハインケル・"エイバス"・リガードを救助し、『ロストランド生態系図鑑』を彼に託した……その著者であるアダンという青年! ──だな? そう、だな? 君だな?」

「え……」

「親父の……?」

「すげぇ……え、『ロストランド生態系図鑑』の著者だったのかよアダン!」

 

 ああはい、まぁ、そうですね、なんて言っているアダンに、だったら言えよ~とか図鑑についての色々語ってたけど俺超恥ずかしくね!? とか言っているジョシュアをよそに……ハインスもミントも、二の句が継げない。

 だって。

 

「あれが……書かれたのは、少なくとも210年前、ですよ。魔王様。……何かの勘違いでは」

「勘違いであるわけがない! 君の父親、リガード隊長が持ち帰った『ロストランド生態系図鑑』は穴が開くほど読んだ! 彼にも話を聞いて、人族の中にもとてつもない者がいるのだな、と……心底思ったモノだ。……それがまさか、……え? いや、うん。え? 210年……というか、214年前だな。うん?」

「あはは……僕、ちょっとした事情で長生きなんですよ。この土地にはもう570年くらいいるかな?」

「ごひゃ……」

 

 それは果たして、人族なのか。

 実は本人すら気付いていないだけで、『涅月の血属(ノクスルーナ・ブラッド)』か何かなのではないだろうか。

 

「……君、魔王国に雇われる気はないか?」

「魔王様!? なにを……」

「研究は、全然、じゃんじゃんしてくれていい。ここで……ロストランドの秘密を死するまで追ってくれていい。私達魔王国は研究支援として、食料やその他、ここでは手に入り難い道具などを支援しよう。代わりに、ここでわかったことを魔王国に報告してはくれないだろうか。情報を纏めることや分析することはこちらが受け持つから、君はひたすらに研究してくれていいし、煩わしい書類に追われなくていい。勿論ストレイルも払おう。年……そうだな、700億は出せる」

 

 とんでもない破格。とんでもない待遇の雇い入れだった。

 けど、最初は「何を言い出したんだ」と思ったジョシュアたちも、良いことなのではないかと考え始める。

 そうなればここへ頻繁に訪れる口実ができるし、彼に寂しい思いをさせなくて済む。

 

「うーん。魅力的なお誘いなのですが、僕の寿命は僕自身もわからなくて。永遠の可能性もありますし、明日には死んでいる可能性もあるんです。だから雇用、というか責任の所在が……」

「すぐに医療チームを手配しよう。通信水晶……は、地裂の底では使えないのだったか」

「ああいえ、病気とかではなく。通信水晶は使えますよ。使えるように整えたので」

「責任の所在と言ったが、そんなものはない。もし明日、君の気が変わって、研究をやめてしまっても構わない。ここで結ぶ年契約のもと、年給を支払おう。君の研究成果を不当に取り上げることもないし、何かを強制することもない」

「研究成果に関しては、いいですよ。持っていってくれて。全て僕の頭に入っていますから」

「契約は?」

「……まぁ、本当にフラっといなくなってもいいのなら、いいですよ」

 

 ハインスたちはあずかり知らぬことではあるが、アダンにとって最も大事な部分はそこである。そこさえクリアしてくれるのなら、いつぞやのお抱え医師契約と違って、割と簡単に頷く。

 契約は成った。年給700億ストレイルでの雇用契約。しかし、その価値はあったと言えるだろう。

 

 喜ばしいのは三人だ。

 

「魔王様! 研究支援物資を運ぶの、俺達にやらせてください!」

「元からそのつもりだったさ。……というか、そろそろ堅苦しいのやめにしていいか? ──私も童心を取り戻してここにあるものを読み耽りたい!」

「あはは、構いませんよ。研究材料にはあまり触れないようにしていただければ。魔力で探査するくらいならいいですよ。その程度では壊れません。ここの案内は、ジョシュアさんたちがしてくれるでしょう」

「勝手知ったるナントヤラだからなーここはもう。んじゃ魔王様、まずは『魔力の受け皿(ソーサリーソーサー)』を見に行きましょう。あ、新しい防護服勝手に作っていいか、アダン」

「ええ、勿論。ただ、慣れているとは思いますが、色々気を付けてくださいね」

「ああ、わかってる!」

「私も行くわ。ついでに『流る死骸の河(エンドストリーム)』にも行きたいわね。あそこで採れる泥が欲しくて」

「五年ぶりに『行き着いた者の墓場(ジ・ピリオド)』に行くのもいいかもしれない。あそこには何も無いが……初心を思い出すことができる」

 

 こうして……珍妙長生きな人族が、第十代魔王トルヴィッシュの配下に加わった。

 彼の研究成果は魔王国へと持ち帰られ、ロストランドという場所への理解に多いに役立てられることとなる。

 

 また、持ち帰られた本や地図を見て──既に隠居した一人の老魔族が、懐かしさに目を細めた、なんてこともあったとか。

 時はまだまだ巡りゆく──。

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