序盤からずっと利用するような施設経営者だけど強キャラに薄目にこやかで見られながら名前を呼ばれて最後に「ですよね?」で締め括られる存在になりたい 作:ブ雨堰ド
雨が降っていた。しとしとではなく、ざあざあと降る雨だ。
少女は雨の降り頻るそんな道をとぼとぼ歩いていた。小脇に抱えた汚れた画板。踏み荒らされたポーチ。
いじめ……というものに遭っていたのだろう。
人とは違う瞳の色。人とは違う髪の色。
周囲へとはひた隠しにしている「ある理由」から来るすべて。
芸術は逃避だった。作品という形を通してであれば、「みんなとは違う自分」も影になれる。誰が描いたからすごいとか、どの流派だからどうとか、そういうところを越えた、完全な実力主義の世界。
自分の要らない、自分を消してしまいたい少女に取っての、唯一の逃げ道。
雨が降っている。彼女の心を表すかのように。どうどうと、ごうごうと。
「やぁ。浮かない顔だね。びしょ濡れだけど、そういう趣味ではないのなら、この傘を使うと良いよ」
声。よく通る声だ。幼さの残るハスキーな少年の声。
少女が顔を上げれば、そこに、傘を差し出す彼がいた。
「あ……大丈夫、です。傘……あるから」
「折れている傘をあるっていうのかい?」
「……二本、あるの?」
「残念ながらそこまで酔狂じゃない。けど、ちょっと魔法を使えば雨くらいどうとでもなるからね」
言葉の通りだった。
雨の中にいるというのに少年の身体は濡れていない。仄かに光る耳飾りが風魔力の層を作り、雨を弾いているらしかった。
名前も知らない異性。差し出すのなら、耳飾りと傘であれば、当然傘か。
遠慮や申し訳なさを飲み込んで、少女は傘を受け取った。
「ふむ。この反応からして、僕のこと覚えてないね、君」
「えっ……あ、ご、ごめんなさい、知り合い、でしたか?」
「今更敬語なんて遅いから要らないよ。それで、そう。イノセントの掉尾を飾るコンテスト。僕の隣で参加申請をしていたのが君だ」
「それは……覚えてなくても、仕方ないかも」
「おっと、見た目より引っ込み思案なコじゃないね、君。思ったよりは心配しなくても良さそうかな? ……なんて、ところで。改めまして、僕の名前はケレン。ケレン・マイズライト。ずぶ濡れのお姫様、君は?」
「私は──」
それが彼、ケレンと少女の出会い。
その後二人は『イノセントの掉尾を飾るコンテスト』に作品を提出し──。
特別、あるいは特異とも言える画法と共に、その名前が爆発的に売れるようになる。勿論ケレンの名前が、だが。
少女の名前は売れない。どれほど評価をされても、売れてはいかない。
やっかみや嫉妬も増える。一切合切を気にしないケレンはさらに、少女さえも魔の手から救う。不思議な使い方の魔法や画材の応用でひらりはらりと棘を躱す。
紆余曲折は勿論あった。勿論あったけど、その全てを跳ねのけて……ようやく彼を自らの契約に繋いだ少女。
この関係になった以上は彼女の心の中にあった淡いソレも解けて消えてしまうけれど、誰かのものになってしまうのは嫌だから、と……彼を選び、そして同意がもらえた、その次の日の夜のこと。
その日も雨が降っていた。懐かしいほどの豪雨が。
「ケレン、入るよ。明日はお姉様たちにケレンを──……ケレン?」
嫌な予感がして、返事も待たずに扉を開けば……そこには。
破られた窓。散乱する紙片。執拗なまでに割り砕かれた画板、踏みなじられた画材。
割れた花瓶や剣筋の痕跡など、複数人の争った形跡があり……果ては血飛沫までもが。
荒らされた部屋。それがそこにあった。
「──誰か、早く! 兵を……誰か!!」
慌てて駆けつけてきた少女の父親が彼女を抱き留めるまでの間。
現実感が湧かなくて、事実を受け止めきれなくて、ほとんど放心していた少女。
誰も気付かなかった。誰にもわからなかった。
──だが、確かに。
彼女とケレンが契約を締結した時、妙な視線を向けてきている集団があった。彼女がケレンを王城に呼び寄せる前日、「王族に取引を持ち掛けてきておいて、取引を持ち掛けた側から撤回する」という妙な動きを見せた商人がいた。
調べていくうちに繋がって……浮き彫りになっていくラインと、それならば防げたのではないかという八つ当たりに近い感情。
あの雨の日。少女は確実に救われた。水底から引っ張り上げられた。
それはもしかしたら、鮮烈な人生を送る彼にとってのほんのひと時のことだったのかもしれないけれど、少女にとっては一生分の救いにも似た時間だった。
殺した。
彼を……少女が。だって少女が彼と契約なんてしなければ、こんなことにはならなかったのだから。
少女の慟哭は三日三晩続くことになる。その心の傷もまた癒えることなく、王族の末娘たる彼女はしかし、今後一切の芸術家を抱えないと宣言することになるのである。
***
芸術家であり貴族であるセルベルタ家がアリエッタ家の末娘を「お抱え芸術家」にしてからそれなりの月日が経過した。
セルベルタ家の持つ光触主義とは全く違うタッチを持つマルガナレの画法。
否、そこにとどまらない。セルベルタ家の多く……古典光触主義と呼ばれる「お偉方」は彼女の画法を今なお以て痛烈に批判しているし、それを受け入れたジュリア、そしてアリエッタ家さえをも批判し出している。
この事実は当然アリエッタ家にも届き、謂れのない批判を誹謗中傷として定めたアリエッタ家がさらに言い返して……という悪循環を生み始めているのだ。
ジュリア、マルガナレ共にそのような意図はなかったし──悲しいことに世間一般はマルガナレのその特異な絵を評価してしまっている。そのため、マルガナレの絵を否定する「古株」と、マルガナレの存在自体を欠落と称する「本家」がどちらも落ち目に入っている状況だ。
言い返したい。やり返したい。
そういう思いは確かにマルガナレの中にあったけれど、こういう展開を望んでいたわけではない。少なくとも世間一般に家族を攻撃してもらう、なんてやり方は望ましくない。
マルガナレは無い頭でそう考え──そして一つの結論を出す。
藝理総会に出る。そしてハンラムいちの芸術家になり……その勢いでアリエッタ家当主になる。
──あまりにも馬鹿馬鹿しい、そして状況の一切を理解していない夢。当然ジュリアは懇切丁寧に「それは違うと思いますよ」を説いたけれど、マルガナレは自分のことを想って注意を上げ連ねてくれているのだと勘違いし、本心でまで考えることはなかった。
そして困り果てたジュリアが頼った先にいたセレン少年は──当然、それを止めることはない。むしろ背を押す。「マルガナレお姉さんなら、できるよ」と。
果たして──王都へ旅に出た彼女を見送った二人は。
「けれど、確かに、ではあるんだ。セルベルタ家のお偉方だって、アリエッタ家の本家筋だって、藝理総会で一番を取ったっていう作品と作者になら、表立って批評はできない。ハンラムは実力主義だから」
「そうですけど……根本の解決にはなりませんわ」
「あとはまぁ、マルガナレお姉さんのことだから、意図していない場所でもっと偉い人をひっかけて、いつの間にか仲良くなるか……利用されるかして、なんだかんだ上手くいくポジションに居そうじゃない?」
「理解度が高いですわね……」
そこは解像度じゃないんだ、と言いかけて、まだその概念が普及していないことに気付くセレン少年。
「僕は気ままにまたお店を続けるだけだからね」
「私は……少し実家の方へ帰って、光触主義の絵を描くことにしますわ。それで消える火もあるでしょうから」
「大変だね、上も下も自由だと」
「ええ、本当に……」
というやり取りがあって、さらに半年後。
事態はジュリアもセレン少年も予期していない方向へと転がり始める──。
ある日のこと。
セレンが画材屋イコノグラフにて画材の調合──擂粉木や擂鉢などを使って狙った通りの色の出る絵の具を作る作業をしている時のことである。
ドアに取り付けたドアベルがチリンチリンと音を立てたかと思えば、勢いよくそれが開く。
「ぃよ! セレン、ひっさしぶり!」
「マルガナレお姉さん、久しぶりだね。半年ぶりくらい?」
「多分そんなところ。ああ、それで、紹介したいコがいるの。王都で知り合ったんだけどね──」
マルガナレに促され、入店してくるは少女。淡い色味のブロンド髪を大きく後ろで括ったその少女は……息を呑む。
「オーリエ、この子があたしの絵の……色々のきっかけになってくれた子で、ある意味であたしの師匠なセレンだよ」
「初めまして、お姉さん。店番に見えるかもしれないけれど、僕がこのイコノグラフの店長だよ」
「初め……まして。ええ、そうですね。……初めまして。オーリエ・セントグラフフィカと申します」
何か含みのある言い方で。
けれど完全に初めましてな二人は──。
「では……早速ですが、マルガナレさん。必要な画材というのを」
「そだね。セレン、青七番と緑六-六番ちょうだい。切らしちゃってさ」
「作り方教えたでしょ。レシピ捨てちゃったの?」
「いやあるにはあるんだけど、結構な高位魔物を要求してるせいで冒険者たちも辟易しちゃって受けてくんないの。ホントにセレンが狩ってたのか怪しくなるくらいのやつが混じってたし」
「はぁ。ま、いいけどね。マルガナレお姉さんとジュリアお姉さん以外お客さんいないから、在庫は増える一方だし」
ちょっと待ってて、とカウンター裏へ準備をしに戻るセレン。
その様子を見送って。
「オーリエ、大丈夫そ? 顔色悪いけど……」
「言ってませんでしたか? 生まれつき場の魔力の影響を受けやすい体質で……」
「え、そうなの? 大変じゃん、いいよ画材は私が買うから、外で待ってても」
「大丈夫ですよ。そこまで酷い症状が出るなら予め言っています」
「無理しないでね?」
「ええ」
ややあって、セレンがカウンターへ戻ってくる。
バッグにいっぱいの絵の具の瓶を入れて。
「青七番と緑六-六番ね。確認して」
「いいよ確認なんて。セレンに限って間違えるなんてありえないし」
「そうは言うけど僕だって人間だからミスとかあるって」
「はいはい。じゃあ、ええと。あ、オーリエ。蓋開けるから少し離れた方が良いかも。臭いもあるし、魔力が零れるかもしれないから」
わかりました、と少し離れるオーリエ。それを確認して、マルガナレは瓶の蓋を開ける。
なみなみと入っているのは深い深い青。深海を思わせるその青は、既存の顔料や染料では出せない色合いを有している。
「ひゃー、いつ見ても凄い色。飲み込まれそうな──」
「──スカイネットル。その中でも傘に青玉を持つ種類を殺さぬように捕獲し、削いだ青玉とスカイネットルの体液を特殊な方法で混ぜ合わせて作ることで生み出されるその青は、
下がっていたはずのオーリエが。どこか事態を飲み込めずにいたような彼女が、言葉を吐く。
「……ですよね、セレンさん。いえ──」
「青は合っているけれど、緑は違うよ。これはブルーミィホッパーの体表を削って加工したものだから」
「ケレン・マイズライト」
話を遮る言葉も無視して。
オーリエはその名前を言い切る。
──泣きそうな声で。
「……あー、もしかして僕の知り合いだったりするのかな。だとしたら、ごめんね。僕、何も覚えてなくてさ」
「それは……どう、いう」
「オーリエ。セレンには……記憶が無いんだって。三年前くらいから。気付いた時にはこの画材屋の……元の店主に拾われてて、その人も老衰で亡くなって……だからここで店番をしている。……もしオーリエがセレンのことを知っていて、親御さんを知っているなら……あたしに教えてほしい」
オーリエはようやく気付く。
セレンの頭部近くに、その幼さに似つかわしくない傷があることに。
それは、彼女があの日見た部屋の剣筋とそっくりで。
「あ……あぁ、あああっ」
思わず膝を突いて泣き出してしまう。オーリエへと駆け寄り心配をし、だから当然セレンから視線を外すマルガナレ。
彼女の魔力が乱れたからか、彼女の髪色がチカチカと明滅する。その「元の色」を見て、誰にも聞こえない声で「ああ」とセレンが呟いたことになど誰も気づかない。
「マルガナレお姉さん。僕はこの生活が好きっていうか、満足してるからさ。だから」
「わかってるよ、無理に聞き出そうとはしないから。ちょっと外に出てきてもいい? この子が泣き止んだら……お代も払いに来るからさ」
「ツケでもいいよ」
「なーに言ってんのよ。あたしはこれでも稼ぎ始めてるんだから、払わせなさいって。……じゃ、ね」
「うん」
身を掻き抱き、零れ出る嗚咽が止まらない様子のオーリエ。その肩を支え、マルガナレが店を出ていく。
彼女らの後ろ姿を見送るのは、とんでもなく冷めた瞳のセレン──というか、畜生。
事の顛末は、「そういうんじゃないんだよな」という彼の吐き捨てるような言葉で始まるのだろう──。
***
そういうんじゃないんだよな。
途中まではキタかコレ!? となっていたけれど、なんでい知り合いじゃんけ。つか雇い主ね。
目元当たりの雰囲気に既視感はあるけど、俺こっちの世界の人種の顔ほとんど見分けられてないからニャー、とか考えてたらド本人でやんの。そりゃ既視感もあるわ。
んー、違うんだよな。俺がやりたいのは「俺のこと知ってるけど初対面な強キャラによる技術なりなんなりからの気付き」であって、「俺を追ってきた縁者からの気付き」じゃないんだよな。強キャラに認められる強キャラになりたいという浅ましい願いであって、こういう重苦しい感情を向けられたいわけじゃないっていうかさ。
ううん。ハンラムにかけた時間はそこそこあったんだけど、これもう終わりけ? なんだかなぁ。というかスーパー陰キャこと雇い主の少女も……そこまで感情あったんならもうちっとアピールしてくれ? 同じコンテストに出て、その後特段大きいことなくて、なんでかクライアントになってくれたコ、くらいの印象しかねーべや。
まだソノヴァキアの知り合いの方が記憶に残ってるよ。弟子のやつらとか。元気してっかな。
うーんしかし勿体ないけどもう無理かぁ? この後の流れなんて、「実は君は私の○○だったの」でもう一度お抱えにされるルートじゃんね。マルガナレが王都にいるから丁度いい、とか言ってさ。
また適当に死んで逃げるか……でも二番煎じはなー。一人芝居だって気付かれたら終わりだしなー。
あと……これは本当にただの勘なんだけど。
もうワンチャンスありそうな感じ、するんだよな。カズラ君が王都へ引っ越した時に感じたやつに似てる。転居するか迷ってた俺を引き留めたその勘には……従ってみるべきじゃないがや?
そんなことを考えていたら、二人が戻ってきた。
マルガナレちゃんさ、その子を慰めるのはいいんだけど、絵の具の蓋開けっぱなしやめようね。すぐにダメになるんだから。
「失礼を……お騒がせをしました」
「律義だね。別に気にしてないよ」
「はい。……その、ケ……セレンくんは、お抱え芸術家、というものを知っていますか?」
ほーらみそでんがく。
しかしまさか聞こえてなかったのか。マルガナレちゃんだけじゃなくこの子にも聞こえるように「今の生活が好き」って言ったつもりだったんだけどな。
いや悪いことだとは思うけど、どうしてもカズラ君と比べてしまうというか。律義だしこっちにリスペクトがあったし、死ぬほど真面目で素直だった彼を返して。まぁ返してもなにもダミー掴ませてとんずらこいたのは俺の方なんだけど。
「知っているし、もうなっているよ。僕とマルガナレお姉さんはセットでセルベルタ家のお抱え芸術家だから」
「え! あ、そっか。そういう契約だっけ」
「セルベルタ家……。そう、ですか。……セレンくん。私は……恐らく、あなたの過去を知っています。……知りたい、ですか?」
「特には。お爺さんから受け継いだイコノグラフも大事だし、芸術家としての夢はマルガナレお姉さんが叶えてくれるらしいからね。僕はここで吉報を待っているよ」
だからお前さんはお呼びじゃないの。
ぶぶ漬け出してホウキ逆さに立てたろか。ちなみに記憶喪失とかお爺さんとかはマルガナレちゃんと話している時に聞かれてその場で生えた設定なのでところどころ珍妙だったりする。
「……わかりました。では、最後に。……セレンくん。あなたは今、幸せ……ですか?」
「うん。この街の人も優しいし、好きな時に好きなだけ絵を描いても怒られないしね」
「そう……ですか。それなら……はい。私から言うことは、なにもありません。……どうか幸せに生きてください」
言葉はそれで最後だった。
彼女はスゥと目礼をして、踵を返す。どうあっても口を挟めない空気にあわあわしているマルガナレちゃんを置いてけぼりに。
「……ああ、でも。……また来ても、いいですか。今度は……お客さんとして」
「勿論。お客さんが来ることを、僕は拒まないよ」
ありがとうございます、と……柔らかく、力無く笑って。
彼女、オーリエを名乗る雇い主は店から出ていった。
その表情にアテられた、とでもいうような呆け顔でポカンとしているマルガナレちゃん。彼女はハッと我を取り戻すと、慌てて出ていく──ってちょい。
「お姉さん慌てすぎ。絵の具置きっぱなしだし、結局お金払ってないし」
「ああ忘れてた! ナイスセレン!」
「そのそそっかしさでよく王都で生活できてるよね……。オーリエお姉さんに迷惑かけまくってるんじゃない?」
「そんなことは──ある! けどあたしも色々助けてる! と、思いたい!」
「はいはい。そういうとこは本当に才能を感じるよ。まいどあり」
「ん! じゃあ、またね! 今度は筆が壊れる予感してるから、その時に来る~!」
じゃあ今メンテナンスしていこうぜ、と思うんだけど、そういう観念自体無いんだろうなぁ。
……利用する気満々で、悪魔のささやきをしまくったマルガナレちゃんだけど。
こういう……「ちゃんと日常送れてるのかな」とか「変な詐欺とかに引っかかってないだろうな」とかいう心配の感情は湧くんだよな。俺自体がとんでもない詐欺みたいなもんなのに。
カズラ君に対しても割合そうだったし……もしやこれが父性……?
次は子供を喪った父親、みたいな設定でいくのはアリだなー。