序盤からずっと利用するような施設経営者だけど強キャラに薄目にこやかで見られながら名前を呼ばれて最後に「ですよね?」で締め括られる存在になりたい   作:ブ雨堰ド

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59.平穏を支える石造りの道

 災厄竜さんのお出ましから二百年ちょい。

 俺は涅月の精霊として……でも、クィローとして……でもなく。

 一般精霊さんとして、ファウンタウンで仕事をしている。ファウンタウンといっても魔力流の位相結界にあったあそこじゃなく、外の世界に移転したファウンタウンだ。

 

 涅月の精霊になったことで精霊とはどういう存在であるのか、を突き止めることができたため、こうして普通の姿になることもできた、と。

 暦で言うと、今は涅月歴971年。あと30年で紫輝歴が始まるためか、ファウンタウンにおいてすら滅亡予言が流布されていたり、反対に新暦を祝う祭りの準備を今からしていたり。

 一応ファウンタウンは魔王国の一部であり、街中にはそれなりの数の魔族がいる。けど、別に荒くれものってわけでもないから特に何か、って感じはしない。一部の精霊が「涅月の魔力があると精霊が減衰して寿命が早まる!」みたいな与太話をしているくらいか?

 精霊といっても全員が全員のんびりしているわけではないし、キビキビしたやつや、時間に細かいやつもいる。種族でその辺が変わることはないんだろうなぁ。

 そういえば、今の魔王はガストリン・ゼンノーティ君というらしい。シュラウンお兄ちゃんがちゃんと逃げ延びたことの証左である……が、どうして精霊から魔族が生まれたのかは謎。というか血縁は無いっぽいから……あれか、ヘンリックが集めた孤児がみんなエカスベア姓を名乗るみたいなことなのかな。

 

 あと、世界中における災厄からの復興は百年ほどで終わったようで、壊滅的なダメージを受けていた各所が新たに国として機能し出して……まーた小競り合いだのなんだのが起きているけれど、ファウンタウンは我関せずだ。マー精霊一体が投入されるだけで戦局変わっちゃうしな。

 

 世界の近況はそんな感じ。ガストリン君は第十四代魔王らしいので、トルヴィッシュ君から四代も後だ。四百年で四代はわかりやすくてイイネ。

 

「ごめんくださーい。調整って今受けられますかー?」

「はい、大丈夫ですよ」

 

 お、客が来た。

 当然のことながらここでも「──ですよね?」を狙っている。今営んでいる仕事はそのための施設ってところか。

 

「じゃあ、ここに寝転がってもらって。自分の名前とコアに精神を集中させてくださいね」

「はぁい」

 

 ベッドに横たわった精霊から、涅月の魔力や大地の魔力を除去する。

 また、体内の魔力を整えて巡りを良くすれば、はい終わり。

 

「終わりましたよ」

「え、もう? ……わ、ほんとだ。身体がかるーい! ありがとうございましたー!」

 

 今の俺の職業。それは、『調整体屋』である。

 "調整体"屋ではなく"調整"体屋と言った方が良いかも知れない。整体的なことをする施設で、主に精霊の体内魔力を調整する。

 元からこの世界で生きていた精霊は自己他己の境界線をしっかり認識しているからそうはならないんだけど、ファウンタウン生まれの精霊はその辺のガードが甘い。だから涅月の魔力や大地の魔力を受け入れてしまうことがあるみたいで、それが不調を呼ぶのだ。

 魔族排斥を謳う精霊たちが寿命が云々と言っているのは多分この辺が原因。不調にはなるだろうけど寿命に干渉できるほどのそれじゃない、ってのが俺の見解ね。

 

 ファウンタウンにおける店というものはほぼすべてが国営であり、店と客がストレイルの取引をすることはない。

 今の精霊みたいにフラッと来てふわーっと出ていくのが基本で、その日来た客の数に関係なくお給金が出る。一か所にとどまっていることが苦手な精霊の方が多いからな。客ゼロであっても店番し続けたことは偉いことの部類に入るらしい。

 精霊の食料が魔力や魔鉱石であることもあって、そのお給金はザクザク消えていく。だから店持ちの精霊であっても冒険者やら魔物討伐やらをやっているやつが多いように思うかな。みんなのほほんとしているけれど金欠なんだわさ。

 

 除去した涅月の魔力や大地の魔力は新しく作ったプールにストックしているから、何かあったら使えるかもね。

 

「ペイトラン殿、おるかのー?」

「はい、いますよ」

「おお良かった。少し遠出をしていてのー、身体に溜まってしまった魔力を整えてほしいんじゃ」

「もちろん、いいですよ」

 

 この精霊はファウンタウン上空にいた老精霊。法霊院というファウンタウンの法律や法則を決めるお偉方&超高位精霊であり、新設ファウンタウンにおいては後進に席を譲ろうとしていたけれど、周囲から強く切望されてまたトップの座に座ったらしい。

 つっても普通に接する限りではただの爺さんだ。あ、ペイトランが今の俺の名前ね。

 

「はい、終わりです。確かにちょっと魔力が乱雑になっていましたね。霊山などの魔力が潤沢な高い場所へ行って深呼吸をすることをお勧めします。気付いた時にやるだけでも結構変わりますよ」

「ほほ、そうしてみようかのぅ。……ああ、身体が楽じゃわい」

 

 このペイトランの身体は魔力の質も霊質も、クィローとは似ても似つかないそれにしている。また、魔力操作もマニピュレータなしの手作業──精霊の干渉力があればできる──でやっているので、繋げられる心配もないってコト。

 一応探したんだけどね。ファウンタウンにはシュラウン君たちはいないみたいで、まぁ、どこかをさすらっているのでしょう。

 

「そうじゃ、ペイトラン殿。お主、ヨロギヌク祭は知っておるかの」

「いえ、浅学で」

「ああそう畏まらんでも大丈夫じゃわい。ここファウンタウンが元々は別の場所にあった、というのは知っておるかの」

「はい。僕はこちらで発生した精霊ですから行ったことはないのですが、あちら出身であるという方にいくらか話は伺いましたよ」

「うむ。その元ファウンタウンで行われていた祭りでの。災厄の傷もそろそろ癒えてきた頃合いじゃから、開催しようと思っているんじゃ」

「いいですね。お祭りは、皆さんの心を豊かにしますから」

 

 へー、って感じ。アダンの時にホルホラ村での生還祝いに出たくらいで、がっつり祭りって経験してないなぁ。

 精霊は酒を飲まないから厳かな感じになんのかな。全部が全部のどんちゃん騒ぎがお酒ありきとは言わないけどさ。

 

 話を聞いてみると、お祭りっていうより縁日が近いのかな? ファウンタウンじゅうのお店が一か所に集まって出店をするから、あまり知られていないお店の紹介になったり、新規のお客さんを獲得できる、とかなんとか。

 国営固定給なのにそれが意味あるんか、って疑問はあるんだけど、この国どっちかっつーとユーザーファーストだからな。知らなかった店を知ることができて、新しいお友達にも巡り合えます、くらいの感覚なんだろう。

 

「ペイトラン殿のこの魔力調整はもっともっと知られるべきじゃと思うんじゃよ」

 

 というのが爺さんの本音だそうで。

 まぁ、確かにそうではあるんだけどさ。でもなぁ。俺の目当てが「──ですよね?」を発生させそうな主人公パーティだから、ということもあって、その他の客はおまけである。

 おまけだからといって手抜きはしないけど、自分から客足増やすのはナーって感じ。

 

 だから、「考えておきます」と返しておいた。Do善処に並んで返事を誤魔化す最高の言葉である。

 

 

 来店する精霊たちが口々に「やっているか」とか「いるかどうか」というのを聞いてきていたのは、精霊の営む店というのが基本不定休であることに起因する。

 いつ開いてもいいし、何日休んでも良い。ストレイルは日給なので休むと出ないけど、どれだけ休んだあと再開しても固定給が出る、というのは、のほほん精霊にとってはベストな形態なのだろう。

 そんな形態であるため、折角訪れたのにやっていない、ということがザラなのだ。それに対して一喜一憂する精霊はいない。それくらいにはみんな休んでいる。

 唯一の例外は学校かなー。あそこだけは五日授業+二日休日という形態だから、教員になる精霊には適性検査みたいなのがあるらしい。それに対応できるかどうか、っていう。

 ちなみにではあるが、元ファウンタウンでやっていた授業はほとんどやっていないらしい。というのも、「最悪魔力流に放流すればいいか」の精神でやっていた超危険授業がたくさんあったらしく、それができない外界では調整せざるを得ない授業内容が多数あったのだと。

 それでもためにはなりそうだから通うのもアリだったんだけど、第二第三のお兄ちゃんを作るのも忍びないので没とした。

 

 さて、そろそろ今回の「──ですよね?」成立のキーマンこと、主人公パーティについて触れておこう。

 

 そう、恐らく主人公である者。

 

「今日も……お願い、します」

「はい。横になってくださいね」

 

 この一見普通の女の子。なんと精霊と夢妄の魔族のハーフ。魔法における最強種族の精霊と特殊個体魔族、どちらもの力を使える……のだが、精霊は紫輝由来の魔力を、特殊個体魔族は涅月由来の魔力を扱うために、身体の中で魔力の折り合いをつけられずにいる感じ。

 そもそも発生する精霊と出産で生まれる魔族がどうやってハーフになるか、という点に関しては、特殊個体魔族だから可能になることがうんぬんかんぬんらしい。詳しく聞いてもだーれも教えてくれないでやんの。

 この子の親は双方亡くなっていて、だからこの子は天涯孤独。けれど頑張って生きてきて、仲間を手に入れて……っていう境遇を見て、こーれは主人公と認定したわけです。

 名前はイリア="プロメトテレサ"・エルツァリオ。

 霊質がそのまま予知名でもあったとかで、ここまで全部乗せの子も中々いないだろうと思っている。プロメトテレサは、古代魔族語だと「命を賭して死守する」、精霊語だと「あの貴き我らの都」。

 

「はい、終わりましたよ」

「ん……ありがとう。……本当に、この店は……生命線」

「でもイリアさん、旅をしたいのだと聞きましたよ。モイリアさんから」

「あのおしゃべり……。……まぁ、そうです」

「なら、いつかは自分でできるようにならないとですね」

 

 実際外界生まれの精霊はやっていることだ。こっちの世界には紫輝:涅月:大地の魔力が5:2:3くらいであるため、それなりの頻度で曝される。まぁ人族の国に近付かなければそこまででもない──人族の王族・貴族は数がいるし集合しているため──んだけど、だとしても毎回毎回ダウンするくらい不調になってちゃあな。

 

「そうね……。ペイトランさんが……旅についてきてくれたら、一番いいのだけど」

「旅路の目的にも依りますねえ。僕には今のところ旅をする理由がありませんから」

「わかっているの。ただの……愚痴だから」

 

 旅路に同行して、その先で「──ですよね?」もアリっちゃアリだよな、とは最近思いつつある。

 仲間であってもアイテム売買においては金銭が発生する、みたいなのたまにあるじゃん? あの感じでいけば、正体不明の同行者の正体が実は……のケースは割とあり。

 ただなー。それだと、「なんで今までやらなかったの」とか「なんであの時助けてくれなかったの」が発生しちゃうのがなー。

 

 ちなみに既に偉業らしい偉業は打ち立ててあるので、「──ですよね?」待ちの姿勢はできているのだ。問題は精霊の時間感覚かな……。

 

「イリア、お、もう終わってる感じ?」

「ああ、コーウェイ。今行くから。……それじゃあ、また、よろしくお願いします」

「ええ、またのご来店をお待ちしております」

 

 イリアちゃん、モイリアちゃん、コーウェイちゃんの三人で『峡谷の(きざはし)』というパーティであるとか。冒険者ギルドはこの国には無いんだけど、魔王国にあるから、そこで、結構な活躍をしているみたい。マー精霊二人とハーフ精霊一人いりゃ大抵の魔物はなんとかならぁな。

 ……うん。やっぱり祭りに出るのは無しで。俺はこの子たちをのんびり眺めて、「──ですよね?」チャンスがあったら狙う、くらいでいいからなー。

 

 

 二十九年の月日が過ぎた。

 涅月歴999年。滅亡の年だとか新生の年だとか若い精霊が騒いでいるけれど、災厄経験者の精霊たちからしてみれば何を言っているんだこいつらは、って目線がすごいすごい。

 ちなみにそれは魔族人族もそうみたいで、特に彼らは過去を知る老人たちが生きていないケースが多いから、暴動が起きたり恐慌が起きたりと大変らしい。

 

 そしてこのタイミングでガストリン・ゼンノーティ君が病没。不安が募るままにレギトゥス・"ヨルン"・ホールアクティスというのが第十五代魔王になった。

 イリアちゃんたちは既に名を馳せたパーティにはなっている……んだけど、新しい仲間を作る気配がずぇんずぇん無い。精霊の時間感覚的にあと二百年くらいはのんびり待つつもりだけど、確かに戦力不足も感じないだろうし、仲間を作る機会には恵まれんかーっていう。

 

 今このタイミングは、暦が切り替わる寸前。

 近所の精霊たちと一緒に中天の涅月を眺めて、新年のお祝いに備えている段階にある。

 

「あ、見て! 天星雨だよ!」

「ほんとだ!」

 

 若い精霊の言葉と、その指の差す方向。

 そこに──流星群があった。無数の塵が尾を引いて落ちていっている。

 

 なんだ、あれ。

 ……地球における流星というのは、彗星が残した塵の残滓帯に地球が突入することで起きる摩擦現象でしかない。流れているというか地球が前に進んでいるから後方へ流れていっているように見えるもの、でしかない。

 けどあれは……本当に落ちているな。

 

 目を瞑り、感覚を広げる。

 あれがなんであるかを見る。知覚する。

 

 ──ミツ ケ ナキャ。

 ──ミツケナ イト。

 ──ミツケテ。ミツケテ。

 ──ミツ ケテホ シイ。

 

「っ!」

 

 思わず手を引っ込めたけど……今のは、涅月の魔力か?

 それよりももっと指向性のある……勘違いでなければ、召喚契約、だと思う。

 それを流星のように飛ばして……何かを探している? 意思のようなものを感じたが。

 

 いつか、『涅月の血属(ノクスルーナ・ブラッド)』というのは涅月の使役物なんじゃないか、という考察をしたことがあったけど、正しいのかもな。

 探しているんだ。何かを、ずっと。使役物を使って……それらを増やして。

 魔力が協力的だったのは、もしやその方があっちにとっても都合が良いから、なのか? 利害の一致?

 

「みなさん! 紫輝歴になりましたよー! おめでとうございまーす!!」

「おめでとー!」

「おめでとー!!」

「なにがおめでとうなのかわかんないけどおめでとー!!」

 

 ああ……考え事していたら暦が変わっていた。

 一応新年の変わり目みたいなものだからジャンプしようとしていたんだけどな。精霊は浮いているからそもそもってソレ。

 

 夜空を見上げると、既に流星群……天星雨はなくなっていた。

 ……どこかでまた、新たな『涅月の血属(ノクスルーナ・ブラッド)』が生まれたのかね。

 

 なんにせよ──。

 

「あけましておめでとうございます、ってね」

 

 挨拶はしておこう。

 

 

 さて、「──ですよね?」の本懐は確かにそうなんだけど、もう一つ俺が研究していることがある。

 それが身体強化の魔力だ。

 散々言ったと思う。剣士と魔法使いでは魔力の使い方が違うから、魔法剣というのが成立させ難いよ、って話。

 身体強化と通常魔法とで魔力の使い方が違う。だからそれは無理だと散々言ってきましたやつ。

 

 感覚で言うと、通常の魔法は魔力の回転率を上げるイメージが近い。とくとくと魔力を汲み出す際も井戸の滑車をブン回している感覚に近いし、魔法を使う時は原動機の紐を引っ張るみたいな。

 対して身体強化は四肢や骨格、神経に沿って魔力を薄く、硬く、ゆっくり延ばしていくイメージだから、どうやっても一緒には使えない。ヘンにダマができると身体強化は失敗するし。

 でも、魔法も脳のイメージを基礎に組み立てられるものなわけで……ハウルの時にやったように、脳を身体強化して魔法を使う、ということが常に可能になったら、そりゃもう強いんじゃないかって話なんですよ。

 

 精霊には生身というものが無いので身体強化についての実験はできない……ということもない。

 むしろ生身が無いからこそ余計なリスクを考えずに身体強化ができる。したところで強化先が無いのはそうなんだけど。

 

 精霊の身体で、たとえば腕部強化をしてみたとする。

 その状態で腕を振ると、魔力で構成された腕に遅れて、身体強化の魔力で形作られた腕が追従してくる。

 本来精霊には生身が無いために強化の感覚が掴めず、ここまでのカタチを再現することも難しいそうなのだけど、そこは俺ということで。

 で、この状態って、精霊の身体(魔法に近い魔力)と身体強化の魔力を同時に操っているわけじゃん。これができている理由を解明すれば、同時に魔力を使うこともできるようになるんじゃないかな、と。そう考えている次第だ。

 魔力の軸とか感覚を抜きに、結果だけを見ると、この遅延が両者を同時に使えない根本理由だと思うんだよな。

 

 俺は遅らせている自覚が無い。遅延している感覚も無い。腕を動かす時、同じように動かせているつもりで、けれど身体強化側だけが遅れている。

 

「──ペイトランさん、それ……なに?」

「ん、いらっしゃいませ、イリアさん」

 

 おっと、これだけ周囲に魔力塊があるとやっぱり無意識探知が機能しない。三十年やって一切進歩しないというか、無理なもんは無理というか。

 まぁいい。で。

 

「これですか? 身体強化の魔力ですよ。僕ら精霊には必要ないものですが、魔族のお客さんで、身体強化の魔力を整えてほしい、という方もいらっしゃいますからね。それに対応できるよう、勉強しているのです」

「……自分の身体を動かしながら、身体強化もできる……の?」

 

 お、そうか。この子も同じ悩みを抱えていたか。

 そうだよな、半分生身だし。

 

「完全に同期させる、というのが難しく、研究段階ですがね。やろうと思えばこういうことくらいならできますよ」

 

 言いながら、幾つかの小物を手に取って四本腕でジャグリングをする。

 身体強化の腕がどれくらい遅延しているか、がわかっていれば、こういう曲芸も可能なのだ。

 

「やり方を……教えてほしいの。私、最近……二人に、後れを感じていて」

 

 そこから始まるのは、まーそやろね、としか思えない話。

 精霊二人の実力にハーフ精霊の自分が劣る、というのは避けられない話だろう。魔法を使いながら魔族の肉体が使えたら、というご相談である。

 でもなー、彼女の場合は涅月の魔力がいるっていう要素もあるから……。

 

 ……いや、待てよ?

 彼女に限定して言えば、教えられることはあるな。

 

「ご自身の魔力の源泉がどこか、というのはわかっていますか?」

「源泉……?」

「精霊の身体は自身のコアから湧き出る紫輝の魔力によって形作られています。イリアさんは、普段隠していらっしゃいますが、コアも持っていますよね」

「え、ええ。心臓の近くにあるから、出すことは難しいのだけど……」

「しかし、生身の肉体……人族や魔族は、自らの腎臓を源泉として魔力を汲み出しているのです。腎臓、どこかわかりますか?」

「……知らなかった。そうなの? 場所も……わからない」

 

 失礼、と言って、イリアちゃんの脇腹の少し上のあたりに触れる。

 

「ここです。改めて意識をして、涅月の魔力を汲み出してみてください」

「ええ……」

 

 途端、彼女の身体を夜闇の魔力が覆う。精霊としては離れたくなる感覚を持つ魔力。

 

「いいですか? 今あなたは、腎臓から汲み出した涅月の魔力を意識しています。それを身体強化に使ってみてください。骨や肉に魔力を馴染ませるように、ゆっくりと」

「……できたわ」

 

 おお、筋が良いな。流石は高ランクパーティのリーダー、か?

 ここができるかできないかでこれを教えるか教えないかのラインになるんだけど、クリアだ。

 

「それを維持した状態で、今度は、心臓付近にあるコアを意識しましょう。今コアの中の魔力はどんな感じですか?」

「どんな……。……全身にある……涅月の魔力を……嫌がって、奥に引っ込んでいる……感じ」

「イメージしてください。あなたは今、自身の肉体の後ろに立っている、もう一人の精霊です。自分の身体を見下ろすようにして、その自分の手足を動かすのです」

「難しい……。自分を、見下ろす……?」

 

 あの時俺は、ハーフリングの肉体を捨て、精霊モドキへと移行した。

 涅月と紫輝の関係性は逆だけど、同じことは誰にでもできる。感覚さえ掴めたら、の話だが。そして彼女の身体ならばそれが、他者より少し容易になる。

 

「なぜ僕が知っているのか、という話は聞かないでくれると助かりますが、イリアさんは夢妄の魔族として、夢を歩くことがあるでしょう? その感覚に近いです」

「な、なんで知って……あ、いえ、そう……聞かない……夢を歩く……」

 

 お。目を瞑って身体強化をしている彼女の後ろに、守護霊のようなものが出てくる。

 紫輝の魔力だけで構成された意識体。それはつまり精霊である。

 

「イリアさん、手を差し出してください。僕と握手をしましょう」

「え、い、いま?」

「はい。今です」

「わかった……身体強化は」

「そのまましていて大丈夫ですよ。僕は精霊ですから、今のあなたに握り潰されることはありません」

「そう……ね。じゃあ、はい」

 

 そう言って、精霊の手を差し出してくるイリアちゃん。

 下の身体は身体強化をしたまま固まっている。

 

 手を握り返せば、彼女は「?」という顔をした。生身の方で。

 

「……あれ。私……今、どっちで」

「精霊同士の握手だと気付きましたね。もう目を開けていいですよ」

 

 おそるおそる生身の方の目を開くイリアちゃん。

 俺が立ち上がって、自身の上の方に手を差し伸べているのが見えただろう。

 

「え……あれ?」

「僕が握り返している感触、わかりますか?」

「……わかる。手は……ここにあるのに」

「いいですね。その感覚を忘れないままに、安全弁も作ってしまいましょう」

「安全弁?」

 

 このままだとゆーたいりだつ~が起きかねないからな。

 コアが心臓の近くにあるから大丈夫だとは思うが、何かの拍子で精霊の方に意識が行って、生身が呼吸をしていなくて、ということが万一にでもあったら大変だ。

 

 そうならないための細工をつける。

 

「少しくすぐったいかもしれません。我慢してください」

「なにを……う。……霊質に……何か、手、みたいなのが……」

「はい。イリアさんの霊質を肉体に結び付けました。精霊とは言わば霊質だけで存在できるモノなので、こうすることで、肉体ありきの精霊体を作ります。イリアさんの精霊としての身体に生身の肉体を霊質であると勘違いさせた、という感じですね」

「なんでそんな……ペイトランさん、何者……?」

 

 別にこれくらい意識体になったことあるやつなら誰でもできる。何者と問われるほどじゃあないさ。

 ……これは世間知らずとかではなく、多分あの爺さんクラスなら知っている。だってあの爺さん『災晶』相手にそれっぽいことしようとしてたし。っていうかこの子のことも気に掛けているっぽかったから、なんかやろうとしてたのかもなー。

 

「立ち上がってみてください。そして、立ち上がった足を意識して、足、腰、お腹、胸、腕、手へと意識を移します。意識のある方の手を握ったり開いたりしてみてください」

「うん……うん。できている、かな?」

「はい。できていますよ。その上で、今僕が握っている精霊の手を握り返せますか? 肉体を握ったり開いたりしながら、です」

 

 イリアちゃんは、グーパーグーパーを繰り返すままに……握手している手を握り返してきた。

 おっけぃ。

 

「涅月の魔力で身体強化をしたまま紫輝の魔力を動かす感覚がそれです。……とはいえ、今は握る、くらいしかできなそうですね」

「そう、ね。難しいわ……」

「時間はありますよ。あとは反復練習です」

「……わかった。これが……普通にできれば、身体強化をしたまま……魔法が使えるものね」

「そういうことです」

 

 ちなみにハーフである彼女限定の話である。普通はどっちも紫輝由来の魔力なので、ここまで区別はできない。……と考えると、あの爺さんもしかして?

 由来の違う魔力を宿しているからこそできたことだ。

 

 まぁ頑張れ少女。名が売れて遠出をするようになれば、俺の「──ですよね?」も近付いてくる。

 あと変に負い目を感じていないで相談とかしろよ。あの二人超優しいぞ君に。妹みたいに接しているし。……それが余計、なんだろうけどさ。

 

 ハッピーニューイヤーなんだ。心機一転にも、乾杯。

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