序盤からずっと利用するような施設経営者だけど強キャラに薄目にこやかで見られながら名前を呼ばれて最後に「ですよね?」で締め括られる存在になりたい 作:ブ雨堰ド
塔勝を迎え入れて二十日を過ごしたあたりで、彼らがやってきた。
俺と実狼を受け入れた雄。ぶつかるより利用した方が良いと気付いた将が。
彼らは俺たちを視界に入れるなり、叫ぶ。
「
「あ? ……
「なんだ、生きてたのかはこっちの言葉だ! お前今までどこに……、いや、なるほど……討ち取ったというのは法螺か」
知り合い。それも味方だったのか。
よかった。敵対していたらコトだったが。
「お知り合い……ですか?」
「ああ、巫女殿。そうだ、彼は私の親戚なのだ。もしや巫女殿たちが彼を助けてくださったのか?」
「はい。えっと、でも私も助けてもらいました」
「ンだよ兄貴、巫女殿って。このアホガキがそんなすげーやつに見えるのか?」
「また失礼な口を……。すまぬ、こやつに悪意は無いのだ。ただ学が無いあまり……」
どっちも話を聞かない血族と見た。
実狼、とりあえず話を聞いてくださいと大声で言ってから話し始めなさい。
「とりあえず話を聞いてください!!」
円滑なコミュニケーションは、こういう
して……全てが説明されて。
「──普段の我らの易占だけでなく、塔勝の命まで救っていただき……誠に感謝をする」
「気にするな、だそうです」
「ありがたく」
「言葉がわかるってそこまでわかるのかよ……。妖獣に育てられたガキなりの雰囲気の違いとかの話かと思ってたが……」
「既にルー殿は幾度となく我が軍を勝利に導いている。この方の今と、そして先を読む力は本物だ」
さて、じゃあ、此度も方位盤を使おう。
八角形の方陣。それを軸に見立てを行い、意思を実狼に伝えていく。
「……変わらず、南西に富。北東の雄が北に遁走、妖馬を狂わす白草に気付き、学者を派遣している。北へ向かうは愚策。東へ回り、敵の背後を取れ。西へ向かえば富が待つ。南へ戻るのならば急げ。蛟の気配がする……と、申しているように思います」
「蛟の気配……。そのようなものまでわかるのか」
わかる。わかるようになった。
ほぼ間違いなく、竜は大地が遣わしてきているものだ。その理由まではまだわからんが、だから膨大な大地の魔力の集まる場所で竜は生まれる。
どうやって生まれているのか、については、実はまだわかっていない。云億分の一のスピードで生誕の瞬間を観測してみたけど、突然、シーンが切り替わったかのように、大地の魔力の中から竜の幼体が出現している。細胞片から増殖したとか、卵があるとか、そういうことが一切無い……完全な突然。
恐らく召喚契約と似たものだとは考察している。どこかに竜の……神のなりかけがたくさんいる場所があって、そこから大地が召喚をしているのだと。それがどこなのかはわからんが。
とにかく、大地の魔力が台風みたいな範囲・規模で渦巻き始めたら、そこからなりかけが出てくる。
この国は竜災が多いからサンプルも多くてね。ありがたい限りだったよ。
「……行軍は中止だ。すぐに戻るぞ!」
「檎集の兄貴、俺も行く!」
「ああ、ついてこい!」
「っつーわけだ、ガキ、妖獣! 世話んなったが、オレの本懐は軍人として民草を守ることにある! 落ち着いたら……この森じゃ採れねえような果実や肉をたんまりもってきてやっから、それで礼とさせてくれ!」
「実狼とルー! 次名前忘れてたら、口をきいてあげないから!!」
「おう! じゃあな、実狼、ルー! また会おうぜ!」
こうして。
珍客、塔勝は……俺達のもとを去っていったのであった。
少し経ったある日の夜。
「……ルー」
「……?」
「私ね、夢が……できたんだ」
涅月の黒光に照らされて、俺の上で、幼子が言葉を紡ぐ。
「ルーには言ってなかったけど……私ね、本当の……お父さんと、お母さんが……いたの。名前はね、女の子だってばれないように、って……男の子の名前をつける、って……」
「……」
「私が……今よりもっと小さい頃に、……死んじゃった。そこから私を育ててくれていたのは……お母さんの弟さんで」
叔父に育てられていたこと。それが……育てるとは言えない虐待に近いことだったこと。
そしてあの日、「ぐったりと横になっている暇があれば働け」と言われ、この森で食料を採ってくるよう言われたこと。
「お父さんとお母さんは……私のいた村を守って、死んじゃったの。嫌な笑い方をする……たくさんの人が来て、家に火をつけようとしたり、みんなに酷いことをしようとして……」
魔物ではなく盗賊に襲われたこと。村を守った英雄が自身の父母であること。実狼はそれを誇らしく思っていること。
「塔お兄さんを……助けようとしたあの日。小さい頃の思い出を思い出したの。……私と、お母さんとお父さんは、顔が妖獣の……男の子を、助けたことがあって」
「……」
「本当は助けちゃダメな子だって言われた。川で溺れてて、なのに、見て見ぬふりをしなきゃだめだ、って。……でも、できなくて。私はその子を助けちゃった。できもしないのに……そのあとの面倒を見る力なんて、私には無かったのに」
……そう、繋がるのか。
「その子は……目が覚めてからも、結構暴れちゃってねー……。塔お兄さんみたいに。……でも、大丈夫だよーって。安心してね、って何度も言って……私と、仕方ないな、って言って許してくれたお母さんとお父さんで、その子が元気になるまでお世話して……その時から、だと思う」
俺の上。涅月に手を伸ばし、それを掌中に収めんとする少女。
「私は誰かを助けたい。酷い目に遭っている人を。怪我をした人を。死にそうな人を。だから……塔お兄さんが、見捨てられなかったんだと思う。お兄さんを……仕方ないで、諦めるのは。──私の夢を、諦めるのと、同じだから」
「ならば、もっと知識をつけないといけませんね。その先において、あなたが、夢を諦めずとも済むように」
「うん! ……って、え? 今……」
「……?」
「え……気のせい、か。そうだよね、ルーが喋れるわけないし……」
それはまぁ、どうかわからんが。
人語はわかっても人語を話す喉が無い魔物もいるだろうし、わかるし喋れるけど相手にしないだけのやつもいるにはいると思うぞ。
つーか俺の意思を受け取っててそれはどうなん。俺が喋るかもしれんやん喋らんかったけど。
そこから……文字以外の全てを彼女に教えた。全てっつっても結局魔法は使えないから、
気の練り方から歩法や食事に関する知識など、様々だ。
時折やってくる──結局無事だったらしい──塔勝や檎集からも色々を習いながら、少女は、実狼は、戦士へと成長していく。
「走雷震!」
「……いやいや。成長が早いなんて話じゃねえだろ。もう鋭爪熊を一人でって……オレも追いつかれんじゃねえか、これ」
「けど、今のじゃ気の練り方が絞り切れてなかった……。ルーならもっとうまくできるのに」
「本気かよ。……しかも、今の技。内側に留めた気をもう一度引き出すとか、刻黒山の僧かテメーは」
「こっこくざん?」
お。……思ったより名が広まってんのか?
「あー、そこで修行する僧は、気の扱いがとんでもなく上手いんだよ。一回妖獣の体内に入れた気を引き出すとか、後から破裂させるとか。妖術の方はからっきしなんだけどな、気功に関してはあそこを超える山はねーだろうな」
「ルーより上手?」
「いやオレはまだルーが気を、ってのも疑ってんだがよ。……この槍があれから一切折れねえ軋みもしねえで戦えてるからとんでもねーのはわかるんだが」
「塔お兄さんって基本疑り深いよね」
「たりめーだろ。オレは基本自分の目で見たものしか信じねーの。……まぁ蛟の出現予測を悉く当てられてて、そろそろオレの立つ瀬も無くなってきちゃいるが」
ふむ。まぁ、そろそろ良いだろう。
実狼。言葉を伝えてほしい。
「え? あ、うん。来なさい、少し揉んであげます、だって。……え?」
「おいおい本気かよ。……オレはガキと違ってちゃんと軍人だぜ?」
「そ、そうだよルー! 塔お兄さん、言動はこんなだけど、ちゃんと強いよ!」
「こんなってなんだオイガキテメェコラ」
晶化寸前の気を尾に纏い、超高速で塔勝へと突き出す。
寸前で止めた……が、防御を間に合わせたか。へえ、やるな。
「……!」
「え……え? 今、いつ槍を出して……」
少し緑がかった頭髪をオールバックにまとめ、塔勝は……ニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。
「このオレに寸止めとは、妖獣風情が調子こいてくれんじゃねえの」
よく見ているように、実狼。
これが、対人戦です。
気を解いて、尾に着いた埃を払う。
「お……鬼強ェェ……なんだこの妖獣鬼強ェェエエ……!」
「ルーすごーい!」
ふん。俺に勝つにはあと二百六十年くらい修行しろ。それでようやく指一本くらいなら触れられるだろう。
身体強化の魔力について勉強するために構築した肉体だからな。今の俺はバリ強いぞ。
俺を散々褒めたあと、疲労困憊で倒れた塔勝の上に座る実狼。……なんかイケナイ方向の趣味が目覚めているような。そういう教育した覚えはありませんよ。
「アホガキ……テメェあとで覚えとけよ……」
「実際、塔お兄さんってどれくらい強いの? 下っ端さんなの?」
「……この国で……二十……いや、三十本の指に入るくらいには強ェよ。……たぶん」
まぁ確かに強い部類だと思う。霊脈に愛された英雄の欠片が入っているし、槍捌きも好戦的で隙が無い。ただ──。
「背を預けられる戦いに慣れすぎている。孤立無援で戦った経験が少ない。槍の取り回しを見ても広々とした空間でしか戦えず、しかし広々とした空間だと気にする物が多くて集中力が切れやすい。気の集中には敏感だが、発散に疎く、いつまでも同じところを注視するせいで不意打ちがかけられやすい……だって」
「……オレが槍の師匠に言われてることまんまじゃねえか。……あ? ガキ、テメェが見抜いた……ワケねえよな」
「だからー。ルーが言ってるの! 檎集さんとのやり取りいつも見てるくせに、なんで信じてくれないかなー」
ほー、じゃあその師匠の言うことちゃんと聞きなさい。君は成長という意味では大分頭打ちだけど、戦い方一つでもう少し強くなれるから。
「いやいや……師匠はこの国で一、二を争うって言われてる槍の名手だぜ? 妖獣が……武理を理解するってのか?」
「私の槍でやる気功の技も、ぜーんぶルーに教えてもらったんだから! ルーはただの妖獣じゃないの。檎集さんの隊の人達も良く言ってるよ。ルーは仙獣だろう、って」
「ンな御伽噺の話はどうだっていいんだよ。つーか、まず槍が持てねえだろ。だってのに槍のこと理解したような口を……」
槍を直した時に持っていただろうに。
まぁいいよ。ほら。
てこの原理で塔勝から槍を弾いて奪い、尾の先でバトンみたいにくるくる回して見せる。
そしてそれを、彼に突き付けて。
「ならば、たかだか妖獣の尾遊び、全て躱してみなさい、だって」
「……やってやろうじゃねえか! ──だが少し待て! もうちょい休憩させろ身が持たねえ」
うむ。それを許そう。
して。
おごふっ、と肺の中の空気を全て吐き出し、塔勝が倒れる。
それをちょんちょんと自分の槍の穂先でつつく実狼。
「人体構造上無理な動きができるから、だけじゃねえ……なんつう槍の冴えだ……。明らかに達人のソレだ……」
「大丈夫?」
「不思議と大丈夫だ……つぅか、気功の回復術みてぇなのが攻撃に纏ってあったから、回復されながら痛みが来て……大変だった」
これは永純や重村鎖袋相手にもやっていた稽古である。俺の攻撃が入ると相手が回復する。回復したならまだ戦えるよね? って際限なく続いていく稽古。ダメージの蓄積が治癒促進程度じゃカバーできなくなったタイミングで終わり。
重村鎖袋は「最高の筋トレだ……筋肉が歓喜してる……! 永遠に続けよう、そして見せてやろう『到達』の真骨頂を!!」って喜んでいたけれど、真面目な永純であってもグロッキーになる稽古だった。
こういう感じで対人戦はやりましょうね、というお手本だったが、参考になっただろうか。
──パチ、パチ、パチと。拍手が響く。
「数多の武器を手足のように使いこなし、練気も武芸も最上級。何より輝かしきは、立ち昇る気の滑らかさ。時には荒れ狂う大波の如き技を繰り出しながらも、常に冷静で在り続け、場を俯瞰しているその
キ……キター!?
そう、それが狙いだったの!! それをやりたくて魔物風味を漂わせてたの!!
拍手をしながら近付いてきたのは、槍を持った女性。ポニーテールの髪は……紫色を鮮やかに放っている。
……ん、この感覚は。
「え……師匠? なんでこんなところに」
「こんなところとはあまりの言い草ですね。我が檎軍がここのところ常勝無敗を収めているのは、彼らのおかげである、と、そう聞いていますよ?」
「ああいや、それはそうなんだけど……」
久しぶりに見た。
あれは……多分、純度100%だ。
「愚弟子がお世話になったようですね。初めまして、玄妙仙人、お嬢さん。私は
「あ……はじめ、まして。……玄妙仙人っていうのは、ルーの……ことですか?」
「ええ。
「何言ってんだ師匠……そいつはどーみたって妖獣だろ」
「森で生きていく術ならともかく、妖獣が槍の扱いに長けているわけがないでしょう。そも、武器や武術とは、妖獣のような強い力を持たない人類が、それでも妖獣に立ち向かうために編みだしたもの。この規模の妖獣が初めから妖獣であれば、あれほど冴え渡った槍術など使わず尾の一撃で全て片付けていますよ」
純度100%。一切の混じり気の無い、大地の魔力の英雄。
レスベンスト冒険隊と同じ。そして、それでいながら、肉体的に成長しきった……言うなれば大地の愛し子、か。
「人……なの? ルーは」
「……」
「刻黒山でも仙人が姿を消したと騒ぎになっていましたが……本当にあったのですね。力をつけすぎた仙人が仙獣になってしまうという伝説。あなたは自身の仙獣化の兆候を感じ取り、彼らの前から姿を消した。そしてこの森で……少女を育てていた。そんな感じでしょうか」
「ルーは……もともと人で、妖獣になっちゃったの? ……それは、つらいの? 苦しいの?」
「……」
「問題ありません、って……それ、肯定しているのと一緒だよ……?」
まー。どうするかな。
このまま幼子との愛で奇跡的に身体がー、って展開も悪くはないが。
「ほう? 今のは声無き者の声を聴くという術法の応用ですか。……武の頂点の一人と謳われた玄妙仙人。一度手合わせ願いたかったのですが……その姿から戻る術は、やはり見つからなかったのでしょうかね」
「まぁ……見つかってたら、戻ってるだろ。弟子たちが探してるんだってんなら。……大分世話んなったから、どーにかしてやりてーけど。師匠はなーんも知らねえのか?」
「伝説が真実だと知ったのも今なのですから、流石に。というか、私も時折槍の仙人と呼ばれることがありますが、もしやこのまま年老いていくと仙獣になるのでしょうか」
「普通のやつは二百年も生きねえっつの。……師匠今何さノワァ!?」
「女性に歳を聞かないこと。教えたでしょうに」
「疲労困憊で動けねえやつに槍を投げるなって教わらなかったのか!?」
悩ましいが……ふむ。
もう欲しい「ですよね」は貰ったからなー。
よし。
「え……あ、うん。……あの、師匠さん」
「はい、どうしましたか?」
「符になりそうな紙を持っていませんか、って……ルーが」
「符になりそうな紙……。……伝書の筒紙でよろしければ」
おお、ありがたい。
じゃあこれに、魔声の模倣刻印をして、俺に貼り付ける。
「──確かに、私は禄・玄妙という者でした」
「うおっ……術符ってやつか。見るのは初めてだ……」
「ルー……」
「ですが、残念ながら、仙獣から仙人へ戻る方法は無いようなのです。私も散々試しましたが、無理そうで。諦めて仙獣として、せめて人の世を騒がせないように生きようとしていたところに現れたのが、彼女、実狼です」
そこから軽く実狼のわかっている限りの身の上話をする。俺のは端的に言う。
多分もう、大人二人組は理解してくれていると思うが。
これを話す、ということは、だ。
「……戻れねえなら、まぁ、仕方ねえわな」
「極力私達も術が無いかを探ることを約束しましょう」
「ありがとうございます。……実狼」
「な……なに?」
今にも泣きそうだ。……だから多分、気付いている。
この子も俺が思っているほど子供じゃないね。
「塔お兄さんたちと一緒に、人の世に帰りなさい」
「やだよ! 今までのままでいいじゃん! なんで……」
「でも、それだと、あなたの夢が叶えられません」
影にあるものを。酷い目に遭っている人達を。
救いたい、と。助けてあげたい、と。
その純粋な願いは、紛う方なき立派の二文字で彩られるものだ。
「別に……永遠の別れってわけでもねーだろ。この森にたまに帰ってくりゃいい」
「いえ、それだと実狼が入り浸ってしまいますから、私はこの森を去るつもりでいます」
「なんで……なんで、そんな」
「おや? ということは、私達檎軍は明日から船頭を失くしてしまうのですか?」
「ええ、それが人生です。違いますか?」
にっこりと。多分、俺と同じ顔で笑っている崙師匠さん。
「私はルーも助けたい! 困ってるんでしょ!? 苦しいんでしょ!?」
「いいえ、全く。姿形が変わっても私は私ですし、この姿になって尚、弟子を取り、それを育て上げることができました。──これ以上何を望めばよいのかわからないくらいです」
「そんなの……嘘だよ。だって、お弟子さんたちとも……会いたいはずだよ。別れるのがつらいのは、今、私が、これでもかってくらいわかってる! ……もう一回会いたいって、思わないわけないって……」
「もう一度会いたくないといえば、それは確かに嘘になりますね」
「なら──」
「けれど、もう一度会いたいという心は、決して悲しいものではないのですよ、実狼」
そんなわけ、ない。
と……彼女が言葉を紡ぐ、その前に。
「!」
「っ!?」
崙師匠さんと同時、顔を上げ、ある方向を見る。
咄嗟に、合図する用途だろう警戒色を示す煙玉を打ち上げる崙師匠さん。
「……いいですか、実狼。もう一度会いたいから、人は、思い出を大切にするのです。人とは忘れてしまう生き物ですが、大丈夫。今聞いている声よりも、ずっとずっと脳裏に響き続ける声を、あなたは聞いていたはず」
「……」
「……なんだ、この……肌の粟立つ感じ。おい、お前ら!」
「愚弟子。今、そういう雰囲気ではないでしょう。……ですが、そうですね。……愚弟子、彼女を守りなさい。疲労困憊のあなたでは戦場に立てない。それはわかりますね」
もう少し言葉を尽くしたかったが、仕方がない。
いつも言っている俺の哲学で話を〆させてもらおう。
「夢とは、突き進むもので、寄り道をしないもので、達成に甘えないものです。隠してもいい、嘘を吐いてもいい。ですが、それに大望という銘を刻みつけたのであれば、いついかなる時も忘れずに、それを正眼に見続けなさい。機会とは常に前にしかありません。実現の欠片は微かな光明でしかありません。──今一度聞きましょう、実狼。あなたの夢は?」
「……私の夢は。……泣いている子供を、つらい目に遭っている人を……苦しんでいる人を、助けること! 敵をどうするとか、そういうのは……塔お兄さんたちに任せるから、私は、私だけは、みんなを助ける翼でありたい!」
ならば、だ。
今の体格にはちっと大きいだろうが──これをやろう。
槍を錬成する。身体強化の魔力で行う錬金術。本来できるはずの無い回路を用いた、見る人が……特に隣の彼女が見れば、やってはならぬと怒るかもしれない一品。
「餞別です。その槍は、あなたの気だけを良く通し、癒しの気を増幅させます。──大きくなりなさい。大きくなって、いつかまた、私に辿り着きなさい。──塔お兄さん。彼女を頼みますよ」
「……チッ。……オウ、任せておけ」
槍を握る彼女を抱く塔勝。彼は頷くと、そのまま遠くへ跳ねるようにして去っていった。
さて。
あの場所から少し離れたところにある、湿地帯。
つーか、毎度毎度、なんというか、もしかしてお前達も「──ですよね?」を狙ってきているのか?
でないと説明がつかないレベルのお約束だろう、なぁ。
「よく出来たお弟子さんですね。自身の体力不足、実力不足をちゃんと理解して、退いてくれた。羨ましい限りですよ」
「おや? ではあなたのお弟子さん……刻黒山の僧たちはあの子に劣ると?」
「さて、自身がどれほどやれるか、というのをわかっているのは、果たしてどれほどいるか」
俺達の眼前で……骨から組み上がっていく、超巨大な竜。形は首長竜タイプ……征武乱禍の大蛇と同タイプだが、あれの十倍はあるな。
あの時の『災晶』ほどの脅威は感じないけれど、今までに出会ってきたどの竜よりも大きい。珍しく魔竜ではない様子だが。
「──そりゃあ聞き捨てならねえなァ!」
ドン、と……轟音を立て、空から飛来してくるは巨漢。
ふわりと俺の隣に降り立つ、生真面目そうな面の青年。
「槍の仙人とも名高き崙・壮澗。確かに彼女自身には見劣りするやもしれませんが、弟子にまでとはお言葉でしょう。──お久しぶりですね、師匠。随分と毛深くなられたようで」
「だが、気がまるっきり本人だ! 世の中にゃ不思議なこともあるもんだなァ! ──『
最初からフルスロットルってやつか。
彼の奥義にして、それ以外の魔法は覚えていないらしい限界突破の術。
「『到達』……ははぁ、風の噂で聞いたことがありますよ。【まぎすけいおす】……妖術を極めた十二人にのみ名乗ることを許された称号。一人一人が一国の軍隊に等しい戦闘力を有し、当然と安全を行使する……この世で最も"世界の真相"に近しいとされる、まさに生ける伝説……でしたか?」
「ハーッハッハッハ! おうよ! 【マギスケイオス】が第六位、『到達』のマッスルボディ重村とは俺のこと!! 『到達』とは即ち、"努力は実る"という"当然"を行使する者の諱でもある!」
成程。ならばそれは、霊質の話でもあるな。
重村鎖袋の霊質は、今彼が言った通り、「努力は実る」という言葉の全てを表す形をしている。彼の墓碑に刻まれる言葉はまず間違いなくこれであり、彼の生き様、彼の在り方を示す言葉だ。
つまり【マギスケイオス】とは、なんらかの術で自らの霊質に行き当たったものを指す……のか?
「刻黒山唯殿、
「崙家相伝桐流家元
おー。肩書きいっぱいだねえ。
じゃあ俺は。
「ルーです。毛深い妖獣です。よろしくお願いいたします」
「……
答えは咆哮である。
喉を作り終えた竜が、ぎろりと、こちらを睨みつける。
一発目は……やっぱり、ブレスだ。
溜めはほとんど一瞬だった。纏う属性は──雷!
「僕が!
俺達の前に躍り出た永純が、開きかけの傘のような形をした気を前方に展開する。
そこに直撃するブレス。しかしそれは、すべてが俺達の後方へ流れるように逸れていった。
「ほう。成程、単純な防御術にも見えますが、自身の気で気の流れを形成し、敵の練気をすべてその方向に流した、と。お見事」
「そしてェ、俺が続いてェェェ──
まだ消え切っていないブレスの残滓。
その影に隠れるようにして行う、重村鎖袋の持てる全戦力を凝縮した最速の拳。
一切の防御を間に合わせずに炸裂した拳は──そのまま、竜の体内に気と勁を浸透させ──爆発する。
内功炸裂。うちの流派の基本技だ。
「──!!」
「ハッハァ! 効いたなァ!」
「鎖袋、油断しない! 第一段階──とにかく奴に気を使わせなければ! 再生したそばから壊します!!」
「おうわかってる!
永純の鋭い一刺しと、重村鎖袋のバカみたいな火力。
それにより押されていく巨竜。時折来るブレスはすべて永純が防ぎきっている。
良い連係だ。互いの苦手を補い合っている。
だが──。
「蛟退治において刻黒山の右に出る者はいないでしょう。はい、伝書の紙です。封印符、作ってくださいますよね」
「流石に
「素晴らしい」
「──ぐぉ!?」
「くっ!」
尾のひと薙ぎでぶっ飛ばされる重村鎖袋と永純を俺の尾で掴む。
直後、突風が巨竜を通り抜けた。
開くは──大穴。
「な──」
「おお、すげえ!」
「灰墨一夜──この一瞬で、あなたは千回死にます」
起きるは奔騰。
まぁそれで終わってくれるなら、俺もとっとと魔鉱石爆発させて終わりにしているんだがね。
音もなく俺達の隣に帰ってくる崙。重村と永純を降ろして、と。
「油断しないでください。蛟はこれを何度か繰り返さねば封印できません」
「知っていますよ。何度か交戦経験がありますから」
「それは、失礼しました。……しかし、中心点の作成、ありがとうございます。おかげで陣が敷きやすい!」
彼女がしっかりと体内……というか、身体のあった場所に置いてきた封印符を目印に、再生している暇を縫って方陣を敷いていく永純。
手際良くなったなー。本職
……ゆらり、と。
炎の揺らめきを逆再生しているかのように……魔力を伴い、巨竜が、その骨格や組織を集め、蘇っていく。
再生力という言葉で片付けていいか怪しい光景。これで時には手を掛けていないというのだから、本当に。
「槍の仙人ばかりに良い所を持っていかれると、刻黒山の僧としては立つ瀬がないでしょう。──震」
仙獣の身体で行う震脚。周囲の被害を一切考えないこれが引き起こすは地割れである。
ちゃんと封印の陣は除外している。その上で、足場がひび割れ、バランスを崩す巨竜。
飛びあがり、その首元へ尾による連打を入れていく。
充分に気が浸透したら、首を掴んで掲げ、暴れる胴体を他の尾で縛り上げ──。
「
炸裂させる。
ただし、俺の魔力で固めた殻の中で、だ。
一瞬にして赤い液体になる巨竜。それが気によって作られた透明な「巨竜の模型」の中で、何度も何度も繰り返される。
「うわぁ……えげつねえな」
「玄師の最たるは、やはり気の晶化ですね。あそこまで硬質で、しかし練化石の形を取らせないという塩梅は玄師にしかできません」
「武器要らずの玄妙仙人とはよく聞きますが、成程、己が気こそが最高の武器だったのですね」
「いやあれもう気功っつーか普通に魔法だろ……?」
重村鎖袋。お前が正しい。
俺が辿り着いた身体強化の魔力の極意。
それは、「通常の魔力とは扱い方が違うだけの同種である」というもの。身体強化の魔力と謳ってはいるが、別に属性変更もできるし、こうして物質化することもできる。できることの方向性と使い方に多少癖があるだけ。
だから、この身体ではできないけれど、身体強化と魔法の同時使用は……やはり、できる。
別種由来の魔力の切り分けをやらなくたって、できる。コツがいるだけだ。
「
永純が敷き終わった方陣へ巨竜を叩きつけ、気の殻を解除。ぽーんと退けば。
「第一封印入れます! 旬・内・衰!」
「あぶねえ永純!
それはパンチなのか? とか思うけど、しっかり永純を守りつつ、再生した尾による一撃にパンチを入れている重村。
しかし……その一撃で、重村の身体が限界を迎える。
「ぜぇ……はぁ……」
魔力切れだ。体力的にはまだまだ行けるのだろうが、大技の連発に魔力が追い付かなかったか。
「あの規模の気を毎回練り込んでいたら、誰だってそうなりますよ。充分な働きです。あとは休んでいてくださっても──」
「ふ……フッフッフッハッハッハ! ハーハッハッハッハ! 限界! それはつまり、『到達』だ! この状態の俺でもまだ『到達』があった──俺はまだ、まだまだ、まだまだまだまだ強くなれる!! 『
轟、と魔力が渦巻き、瀕死だった重村の筋肉が、肉体が、体力が、そして戦闘力が、そして消費した魔力までもが……全快を通り越して1.3倍くらいになる。
本人がどれほど気付いているかは知らんが、身体強化と治癒魔法、魔力回復術など、人間が初めから有している全てを凝縮した魔法が『
俺とやった時みたいに一撃で気を失わない限り、どこまでも、どこまでも、どこまでも到達し得る。
あるいは人の身で海の水を飲み干すほどに。
「……素晴らしい。やはり
「ああ! だが、これで知った気にはなるな! 恐らく【マギスケイオス】において、俺が一番弱い! 俺は、他者にもできることしかしていない!! だがやつらは、他者には真似できない最高を磨きに磨き上げた真なる
それが本当ならとんでもないけどな。
……でも、確かに……アルカとか、本気出せば多分超絶強いんだよな。『最小限』ってことは、つまり『最速』もあいつなんだよ。最速且つ最も短い式で、最大の結果を出す。それがあいつだ。だから……なりふり構わなくなったら、モーガンの全戦力で戦ったって勝てなかったと思うな。
俺が今まで作った肉体で勝てそうなのは、今のこれと、クィローくらいか?
ああでも、ローズちゃんとか『探偵』は、強さ的には逆にそこまででもなさそうか。……わからん。大人になったらとんでもない可能性もある。
「今の俺が巨竜を相手に魅せることができるのは、今の俺の到達点でしかなく! 一秒先、二十秒先、三百秒先の俺の限界ではない!! だが、今の俺の出せる限りの全力であることに変わりはない!!」
高らかに、宣言するように。謳うように。
重村鎖袋は──人体を壊しかねないレベルの魔力を右腕に集中させる。いや、壊しているが、治している。『
「槍の達人! 我が親愛なる兄弟子!! そして、魔物に姿を変えてなお、俺を惹きつけて止まない強きを持つ師よ!! どうか見ていてくれ! 今ここに、俺という個人が世界へ刻む、世界最強の人族という名を顕さん!!」
いつか……竜というのは、生まれてからたった一時間で二千回以上の脱皮を繰り返し、成体になるものであると……そう説明した。
だが、この男は。
自身の魔力による破壊と再生を、一秒の間に何十回、何百回と繰り返し……今、竜に、追い縋らんと……追い抜かそうとしている。
「おっと! これ以上は危険だとお仲間からのありがたい言葉が聞こえた! だから、あと一回だけ嵩増しをしてのォ──」
なぜか額に手を当て溜息を吐くハニー老とローズちゃんが見えた。気がした。
「
パァンと大気が弾け、次の瞬間、巨竜の肉体を消し飛ばすパンチが炸裂した。
さらに、その膨大な魔力によって、竜の魔力さえも削り取っていく。
なるほど……巨大な魔力で魔力の押し合いを引き起こし、消費を早めりゃいいのか。
「うぉぉぉおおおおおおおおおらぁぁぁあああああああ!!」
「助太刀しましょう。桐流に気を放出する系統の技は無いので、今作ったということで」
「重村鎖袋。気を拡散させず、巨大な錐を想像なさい。あなたの腕が穿つは大地。ここに縫い付けられた竜の根源を削り切るのです」
「っだあぁああああああらああああああ!!」
うーん全然上手くいってないので手伝うけども!
「闇雲に放出するのをやめなさい。あなたの場合は……そうですね。巨大な拳を意識するのです。気とは即ち、生命が当たり前に生きていくために必要な当然の行使。なれば、生物の形に合わせるのが最適解です」
「こう……かぁ!? わからんが、何とかなっている気がする!! 永純、封印はどうだぁ!」
「かなり良い! 第二、第三封印までいけました! 残り半分です!!」
……ま、そろそろいいだろう。
重村の気の制御を彼に戻し……ボロ、と。
身体を崩れさせる。制御権を外す。
「っ、禄殿!?」
「おや……限界のようですね。元より、私は何故自らが二百年も生きられたのか、わかっていないのです。……それが、幾つかの夢の後押しをするためだったというのなら、本望というものでしょう」
生き残ると蛇足が過ぎるのでね。
──そして、一人いなくなればこっちのもの、とか思っているのかもしれない巨竜くん! 良いことを教えよう!!
満足した立つ鳥は!! 跡を濁していくものであると!!
「愁刻!」
三本の尾を操り、中空に描いていくは赤き刻印。
連動して肉体の崩れゆく速度は上がるが──関係ないね!
「永純、鎖袋。──仲良くやってください。そして、崙さん。実狼を、よろしくお願いいたします」
「ええ、必ず守り通しますよ」
「師匠! ありがとうございました!!」
「最高の師だった! さらばだ!!」
身をねじり──弾ける。
パァンと。そして、その全肉片が、模倣刻印の文字を形作り──巨竜へと殺到する。
その数、百九十二万発。行うは再生の阻害。細胞一片一片にまで突き刺さる治癒促進の逆法術。
「無駄にはしません!! 第四封印、第五封印経路確保!! 崙さん! 最終封印の符です!! 中心へぶち込んでください!!」
「お任せあれ。第六封印──之にて」
最終封印符が中心に突き刺さる。
鎖袋の魔力で削りに削り、俺の炸裂で再生の悉くを阻害し、永純の符を全身に走らせ……崙の槍で縫い留められた巨竜は。
「晶封──!!」
この、小さな水晶に閉じ込められる。
もう出られない。出られる頃には死している。
英雄譚だ。冒険譚だ。
三人と一匹が、巨竜を討伐せしめたぞ、と。
──あとは上手くやってくれ。健やかにな。