序盤からずっと利用するような施設経営者だけど強キャラに薄目にこやかで見られながら名前を呼ばれて最後に「ですよね?」で締め括られる存在になりたい   作:ブ雨堰ド

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70.思わぬ再会

 一目でわかった。

 これは俺の作ったものじゃあない、と。けれど、確実に俺の魔道具を参考にして作られている、とも。外装の破壊具合からして紫輝歴800年に作られた、というのは多分嘘か勘違いだな。その少し前……紫輝歴700年後期頃の製作だ。

 

 遺物を発見したことをメリアートに報せにいけば、喜び勇んで戻ってきた彼女。

 俺達『深淵の瞳』の決まり事だ。見つけた宝はみんなで見るし、調べる。抜け駆けなし。

 

「確か、取っ手を引っ張るんだったか」

「おい、いいのか? 王家に引き渡す前に起動させたりして、ぶっ壊れでもしたら報酬がトぶだろう」

「そうなっちまったら最初から壊れていたことにすればいいさ。丁度良く、さっきの樹木の化け物がいたことだしね」

 

 俺達は徒党を組んでいるけれど、トレジャーハンターの倫理観なんてこの程度のものだ。基本、自己中心的。損害なんて黙せし者に押し付ければいい、と。俺達はただ、その矛先が仲間に向かないだけ。

 して……取っ手が、引かれる。

 

 ──展開されたのは結界関係の魔法ではなかった。

 これは……幻術?

 

「なんっ……ゴースト!?」

「違うみたいだね。少し様子を見よう、メリアート」

「……ディミトリ、落ち着いている。……ほんとうにあんぜん?」

 

 箱型魔道具が映し出すは、どこかの一室。

 研究所……のように見えるな。置いてある器具類からして。

 

 ──ふいに、そこに、キアステンが映る。

 

「やっぱりゴースト!」

「大丈夫だよ。ヒーサーアーサー、メリアートは怖がりだから、手を握っていてやってほしいカ・ナ」

「な、べべべ、べつにそんなんじゃ!!」

「ハハハ! どんな鎧にも隙間はある! 安心しろメリアート、俺がついているからなぁ!」

 

 キアステンだ。……黒髪黒目の少女だから、じゃない。流石に本人は本人だとわかる。

 連邦で別れた時から一切変わっていない彼女。

 

『あーあー。これもう撮れているの? ねえ。ねえってば、ヘンリー』

『え? あ、う、うん。蓄像はできているよ、キアステンさん』

『だから敬称は要らないってば。その顔とその名前で他人みたいに扱われるとムズムズするもの』

 

 ヘンリックの声もしたな。……いや、年代から考えて彼が生きているわけがないから……子孫か?

 あいつ、そっか、メッテとちゃんと上手くいったのか。結婚前に『博士の博士』は死んだっぽいから、よく知らないんだよな。

 

『それじゃあ改めて。初めまして……それとも、お久しぶり? 私の名前はキアステン。キアステン・バリムケラス。未来にいるだろうあなたに向けて、蓄像の魔法でこれを記録しているの。……今日は紫輝歴769年深葡萄の月。世界中の予言者や星詠みたちが、明日という日を、災厄の日に……文明というものの終わりの日になると告げている。つまり今日が人類最後の日で、私の残りの人生の最初の日ってわけね』

『明日で終わるのに、楽観的だなぁ』

『終わらせたくないからこれを撮ってるんでしょ。……良い? これを聞いているあなた。我儘に聞こえるかもしれないし、横暴だって思うかもしれないけれど……私はまだまだ生きたいの。だってズルいじゃない。他の血属は何百年も生きているのに、私だけ二百三十年で終わり、だなんて』

『おれたちは百年生きたらすごい方だから、何とも言えないなぁ』

 

 周囲に……結構いるな。

 というか……最後の声は、大分しわがれてはいるけれど……まさか。

 

『話を戻しましょう。……未来がどうなっているか、というのは、正直さっぱりなのよね。でも、『皇帝』と『最小限』、『古物商』、そして精霊たち。他にもたくさんの存在が協力してくれて、『先見』より受け継いだこの魔法は成立している。皆……私みたいには、先へ進めないとわかっていても、そうでなくとも、知識や技術を貸してくれた』

『強さを持つ人達はみんな、災厄竜を迎え撃とうって出ていっちゃったけどね……』

『いいじゃない。ただ諦めるより万倍マシよ。それで……だからこれは、お願い。──助けて。これを聞いているのなら、これを見ているのなら。ナタリア……最古の血属に聞いたの。災厄を打ち負かし得るのは、あなた以外にはいないんだ、って。正直迷い家とか名乗らじの怪とか、なんのことかさっぱりって感じだけど……あなたがどんな存在で、どんな目的があったのだとしても、私たちは気にしない。……いえ、言葉が正確ではないわね。気にしないというか、でしょうね、が近いかしら。私達が接してきたあなたは、だって、そもそもそういう変人さんだったから』

 

 ザ、と……映像にノイズが走る。

 恐らく魔法の限界だ。今まで黙って、固唾を飲んで見守っていた三人にもそれは伝わったらしかった。

 

『キアステン、そろそろだよ』

『ええ……。ま、これだけ言ったけれど、知るかそんなもん、で切り捨ててくれたって恨みはしないわ。私達は十二分に救われて、その恩も返せていないのだし。あなたの目的に合致しないから、でシャットアウトしても良い。覚えていてほしいのは、この瞬間まで、文明というものが続いていた、ということ。──それだけよ。じゃあね。……で、リュオン。あなたは何か言いたいこと無いの? あと三十秒しかないみたいだけど』

『いやほんと、今のおれよりチビのくせに、図太さだけでいえば全魔族を凌ぐだろうなあ姉ちゃんは。……よいしょ』

 

 キアステンが掃け……簡易なつくりの車椅子に乗った……優しい目をした、獅子の魔族の老人が映る。

 

『──第二十三代魔王、リュオン・"ハルカウオン"・マイヤーだ。……と言っても、数年前に受けた傷で足が動かなくなってしまったから、最後の魔王の座は姉ちゃんに譲ったんだけどな』

『要らないって言ってるのにね。没後それなりに経っているけれど、これで史上初、夫婦揃っての魔王になったってわけで』

『いやあの、二人とも、残り三十秒って言ったよね……?』

『え! あ、もう切れるのか!? あー、あ、えーと! 師匠! ……じゃないんだっけ? おれその辺よくわかってないんだけど、おれはまー充分生きたからいいけど、折角魔族と人族がこうして手を取り合える世の中になったっていうのに、それを絶やされるのは甚だ遺憾っていうかさ! あ、これ最近覚えた言い回しなんだけどかっこよく──』

 

 ぶつん、なんて音がして、映像が途切れる。

 ……。

 ……はぁ。

 

「こわれ……ちまったのかい?」

「いいや、そもそもここまでしか記録されていないようだ・ンネ。魔道具としての機能は損なわれていないよ。これは多分、ガルズ王家以外の魔力が触れた際に自動展開されるよう仕込まれていたもののようダネ……ネ……ネ……」

「今のが……ぶんめいの滅びるまえの、じんるい?」

「ガッハッハ! やはり滅亡前の人類は高い技術を持っていた、という説は本当のようだな! ()()()()()()()()()()()から結局立証しようがないが!」

 

 キアステンに、……リュオン。

 それに、列挙された名前からして……。

 

「結局ソイツの本来の用途はなんなんだい。ディミトリあんた、本当に魔道具に詳しいみたいだし……」

「これは多分、携帯シェルターのようなものだろうね。小規模の異界を展開してその中に逃げ込み、災厄をやり過ごす類の」

「シェルター? 小規模の異界?」

「瞬時に穴を掘って広範囲魔法なんかを避ける、ってニュアンスかな」

「ほう! 中々使えそうだが!」

「そうかい? そんなモンがなくたってヒーサーアーサーの盾で充分だし、籠ったって敵がやっつけられるわけじゃないんだろ? だったら時間稼ぎにしかならないじゃないか」

「たしかに。……戦えない者せんよう?」

 

 その通りだろうな。

 小規模の『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』を作り上げ、その中に避難する、か。『付与式結界道(バウンダリーロード)』と基本の展開式は変わっていないから、そこに設置したら効果が終わるまで動かせない。ただし、異界を通って別の場所に向かい、『博士の博士』が作った穿孔式で異界を出れば……外界のあらゆることをやり過ごした上で、安全な場所にまで逃げ延びることができる、と。

 成程、王家の秘宝なわけだ。王族御用達の「どこにでも作ることができる隠し通路」なんだから。

 ……多分王家には穿孔式の方があるんじゃないかな。そっちがあって初めて成り立つ魔道具だし。

 

「ボクらにとって無用の長物でも、王家は手から喉が出るほどに取り返したいもののはず。慎重に持って帰って報酬をもらおうか」

「だね。……しっかし割のいい仕事だったね。あの化け物がいたこと以外」

「魔物もそこまで強くなかったしなァ。……どうするこれで、遺跡から出た途端王兵隊に囲まれたら」

「鏖殺する」

「しないよルミア。その時は騙されたんだって思って、大人しく秘宝を明け渡そう。王家に睨まれてしまっては、ガルズ王国でトレジャーハンターを続けられなくなってしまうから・ンネ」

 

 さて、ガルズ王国はどう出るか。

 

 

 その夜。

 

「あーさっぱりしたねぇ。温めた水浴び場ってのがどんなもんかと思えば、そりゃ毎日入るって言ってたのも頷けるというか」

「メリアート。髪……洗ったら、きれい。うらやましい」

「なーに言ってんだい。……あんたの素顔、初めて見たし、多少は驚いたけどね。可愛い顔だったじゃないか。そう僻むことはないよ」

 

 ガルズ王国王家宮殿にて、俺達は歓迎を受けていた。

 まず大浴場を使わせてもらって、この後には豪勢な料理が出るという。みんな罠なんじゃないかと疑ってはいるけれど、「まぁディミトリが気を許しているし大丈夫か」みたいな空気があるらしく、割合リラックスしているように見えた。

 悪意は感じなかったからな。あの『輝耀の姫君』さんは、俺達の帰還と……そして秘宝を見つけ出したことを、心の底から喜んでくれているようだったし。

 

「普段の水浴びからもそうだが、女は長くていかんな!」

「キミが早すぎなんだよヒーサーアーサー。ボクだってこの肢体、髪、顔や手……すべてを美しく保つには、女性たちと同じくらいの、いや倍以上の時間をかけなければならないから、気持ちはわかるの・サ」

「ガッハッハ! この言動だが、鍛えられていてイイ身体だったぞ! あれほどの切り口だ、やはりしっかり筋肉をつけているな、ディミトリ!」

 

 この世界の特殊な時間の都合上時代感や文化圏を測るのは難しいんだけど、男女がしっかり分けられていて、且つ今俺達の着ている湯着のようなものがあることを加味するに、アスミカタか仙実国(シァンシーグァオ)から多少の影響は受けてそうだな、って。

 両国も滅んでいるのだろうがね……。

 

 その後罠も毒も無い食事会があって、腹ごなしを終え……報酬の話や秘宝についての云々は明日の朝で、ということになって、今日は眠る次第となった。

 王家に泊っていってもいいし、帰ってもいいし。

 色々事情があるルミアだけは宿屋に帰って、ヒーサーアーサーとメリアートは隣同士の個室へ。

 俺は……。

 

 ガルズ王国王家宮殿、その最も高い場所。

 普段から清潔にはしているけれど、久しぶりに入った風呂で洗った髪は、夜風に靡いて……多分結構美しい。……ナルシ君をやっていたからか、影響されているのかね。

 

「……正直重いよ、キアステン」

 

 その風に乗せるように、胸にあったものを吐き出す。

 俺は……そういうんじゃない。みんなを助けて回るヒーローじゃないんだ。

 今、「頑張って」「無理矢理に」「くよくよして」みているけれど、俺の心はすっからかん。そういう……救難信号を、どうでもいいものとして扱う自分の方が大部分だ。

 

 助けてくれ。災厄をどうにかしてくれ、なんてさ。

 別に……多分、やろうと思って準備して、ちゃんと臨めば……なんでもないことのようにできちゃうんだ。

 

 だから俺はそういうのをやらない。マー最終的にvs竜が多くなって、今更何を言っているんだ感はあるだろうけど……。

 はじめから英雄になろうとして生を受ける、というのはさ。違うじゃん。俺のやりたいことに欠片も掠っていないってのもそうだけど……それは英雄じゃなくて、操り人形じゃんか。

 お前達が。……何者の意思にも操られていない、お人形遊びじゃないお前達がなってこそ、英雄というのは、あるいは救世主というのは……意味があるんだろう。

 

 夜空。黒く輝く涅月を見る。

 紫輝の反射ではなく、自ら光り輝く涅月。

 ノクスルーナよ、お前はどのようにして血属を選んだ。彼らが英雄に、あるいはトリックスターになると知って、どのようにして選定し、どのようにして託したのか。

 

 今は誰もいないそこで。一人ぼっちのそこで……他者に何を視たのか。

 

「……きれい」

「うん?」

 

 ぼそっと呟かれた声が聞こえた。

 下の方からだ。

 そちらに目線を向ければ……同じく髪を下ろした、『輝耀の姫君』がいた。

 

***

 

 彼女、『輝耀の姫君』などと呼ばれているネムリ・ガルズは、その夜、ふと目を覚ました。

 恐らく興奮冷めやらぬ就寝前が影響していたのだろう。それも仕方のないことである。

 なんせ、三百年間行方の分からなかった王家の秘宝、『ルメンタルプリズンアイ』が見つかったのだから。

 

 秘宝を見つけてきたのは、トレジャーハンター四人。『深淵の瞳』という名前で活動をしている者達。

 トレジャーハンターの間では有名人たちであるらしいが、普段市井とそうかかわるわけではないネムリたちは彼らを知らなかった。だから……彼らを送り出した時、胸中にあったのは不安と心配ばかりだった。

 王家の依頼で、この四人の命が損なわれてしまうかもしれない。民を守るべき王家がこんな頼みをしなければならないことをお許しください、と。

 終わってみればそれは全くの杞憂だったのだが、とかく、彼らが帰ってくるまでの間──なんとたった一日なのだが──ネムリは気が気でなかったのだ。前日は不安で上手く眠れなくて、そして、今日の夕刻に帰ってきた彼らに驚き、秘宝をしっかり持ち帰ったことにさらに驚いて──心を躍らせた。

 探検者と呼ばれる者達は、こんなにもすごいのか、と。

 

 食事の際にはたくさんの話を聞いた。王家で過ごしていては絶対に経験できない冒険譚を聞いて、ネムリの心は弾むばかりだった。

 その心持ちで就寝したのだから、上手く寝付けなくて当たり前だった。

 

 彼女はだから、火照った頬を冷ますために、バルコニーへ出る。夜風に当たろうと思ったのだ。

 そこで……ネムリは、御伽噺を見ることになる。

 

 夜風に靡く黄金色の髪は、夜の黒に溶けることなく、むしろ月光を押し返すように柔らかな輝きを放っている。

 その髪の隙間から覗く横顔は、彫像のように整っていて、どこか人ならざる気配を……どころか、この世ならざる気配を纏っているようにさえ感じられた。

 鋭い目に浮かぶ、紅色の魔鉱石(オルガナサイト)にも似た瞳。そこに映るは……過去か、未来か、どこか遠くであるのだろうというのはネムリにもわかった。

 

 ネムリに気付いてはいないのだろう。微動だにせず、夜空を仰いだまま動かない彼。

 出立時や昼間に受けた印象とはまるで違う。祈るように、あるいは咽ぶことを許されずに泣いているかのように……ただただ、賢者のように、静かに世界を見守っている。

 その姿に……彼女は、胸を打たれた。恋とか愛とかではない。なんだか、彼女まで……悲しくなってしまったのだ。

 でも、それでも、口をついて出た言葉は、悲しいものではなかった。

 

「……きれい」

「うん?」

 

 零した言葉に彼が反応する。

 美しい顔がネムリを捉える。作り物のように整った、ネムリが出会ってきたどれほど高貴な存在よりも美しい顔。

 

「おや……『輝耀の姫君』。夜更かしかい?」

「あ……いえ、その……ちょっと、眠れなくて」

 

 優しい声だ。やはり今までに持っていた印象とは全く違う。別人なのではないかと思うほどに落ち着いている。

 彼は……何かを思案するように、ピンと立てた先頭指を口に当てたかと思えば……彼女にウィンクをする。

 

「大声を出さずにいられるかい、お姫様」

「え……」

「自分だけが眠れぬ夜、というのは……長いからね。一介のトレジャーハンターで良ければ話になるよ。けれどこの邂逅は、本来はあり得なかったこと。夢幻の泡沫に覆われてしまう出会いなら、もっと夢見心地でいなくては。──だから、おいで」

 

 ふわ、と……ネムリの身体が浮かび上がる。

 

「え、え、え……!」

「シー。静かに。王家の方々も、ボクの仲間たちも、疲れて眠っている。勿論兵隊さんたちもネ。寝ずの番についている兵隊さんもいるから、気付かれないように。此度宮殿の上空で、吟遊詩人が夢物語を紡いでいることにはね」

 

 彼と同じ高さにまで浮き上がった身体。持ち上げられている感覚も無ければ、掴まれているような圧迫感もない。ただ、空を漂うスカイネットルのように、彼女の身体は軽くなってしまったのだ。

 そして彼も……夜空の舞踏会に加わるように、中空へその一歩を踏み出す。

 彼の場合はそこになにか見えない地面があるかのように、コツコツと足音が聞こえていると錯覚するほどに、しっかりと空を踏みしめて、彼女の元まで歩いてきた。

 

「驚いていないで、ほら。下を見てみるといい。──これがキミたちの治めるガルズ王国だよ」

 

 ──見たことも無い景色が広がっていた。大部分が砂に埋もれた国土ではあるが、そうでない部分には家屋や建築物が密集し、そして真夜中であるというのに働くことをやめない人々がいる。

 それを見下ろす。王家の宮殿からでは見下ろせない……見渡せない、広い広いその国を。

 

「私達の国は……こんな、形を……していたのですね」

「ほら、あそこにある湖が主人を待つ魔犬のような(エールグラスト)湖だ。その向こうに見えるのは、仙実国(シァンシーグァオ)の腰痛爺湖だね」

「腰痛爺湖……?」

「この角度だとよくわからないけど……ほら」

 

 遠くに見える湖。その見えているままの形に光の粒を沿わせて、写し取った形を回転させる彼。

 

【挿絵表示】

 

「腰痛爺湖。そのまま、腰を痛めた老人が歩いているように見えるから、だそうだよ」

「……面白いです。世界には……そんな場所があるんですね。しぇんしーがお……隣国なのに、全く知らなくて……」

「なんでも聞いてくれよ、お姫様。今日のボクは夢幻の住人。キミを世界に案内する妖精なのだから」

「妖精……。……あの、教えてほしくて。……その……私でも、探検者には……なれるでしょうか」

 

 問えば彼は、きょとんとした顔をして……そして、ふふ、と……小さく微笑んだ。

 

「キミのお父様とお母様が心労に倒れてしまいそうだけれど、探検者には……誰でもなれる。けれど、そうだな。キミがしたいのは盗掘ではなく、冒険だろう?」

「……冒険。はい……そうだと思います」

「なら、トレジャーハンターは少し違うね。トレジャーハンターにとって冒険は二の次。一番大事なのは財宝を見つけ出すこと、になってしまうから」

「……じゃあ、探検者ではなく……冒険者が、私の……なりたいもの、なんですね」

「そうだろうね。ふふ……これボク、犯罪教唆でしょっ引かれないかな……」

「?」

「なんでもないよ。──さてお姫様。もっともっと遠くまで行こうか。夜空を飛ぶデザートホークのように、風を切ってどこまでも」

 

 彼が指を鳴らすと共に、二人は、ゆっくりと……そこからどんどん加速して、砂漠の空を飛び始める。

 寒さや風は無い。恐らく彼が防いでいる。砂漠の砂粒が肌を刺すことさえない──美しき空の旅。

 眼下、後方へ流れていくように、ガルズ王国が、ドランシア共和国が、ヴァグス公国が……遥か彼方へ消えていく。

 

「これが世界……!」

「こんなものはまだまだ一部サ。世界はもっと広いよ」

「すごい……あれっ? あそこ……あそこだけ色がありませんけど、どうしてですか?」

「あそこはロストランド。魔力が全て吸収されてしまう土地さ」

「あちらは? ……砂と緑が、斑になって……」

「モゴイ丘陵といってね。キミの言う通り、丘陵地帯と砂漠が斑を描いて混在している不思議な場所だよ」

「前方に……妖しい雲が見えます」

「滞積妖雲という、明郷神権王政国特有の気候だね。あれは年に二回しか晴れないんだよ」

 

 目の前に広がる全てが未知だった。

 ネムリは、今まで住んでいた世界の狭さを理解した。これでもまだ一部で、世界は、ああ、これほどまでに広いのだと。

 案内役を名乗るだけあって、ネムリの抱いた疑問の全てを答えてくれる彼は……いったいどれほどの土地を歩いてきたのか。

 

 探検者。いいや、冒険者。

 

「……あれは? 海から……なにか、大きいものが」

「いやいや……本気かい? 最近なんか遭遇率おかしくないかな。もしかして目を付けられたり?」

 

 セプウルクルム洋。そこから長い首と膨らんだ腹、蝙蝠を思わせる翼をはためかせて出てきたもの。

 それは──。

 

「……うそ、竜?」

「夢幻だからネ。悪い夢だってあるサ。けれど──妖精さんはそういう夢を、美しいものに変えてしまうんだよ」

 

 指が鳴る。

 瞬間、竜を中心に、空間がひび割れたかのような(ライン)が刻まれた。

 ……違う。これは。

 ネムリが宮殿の下で見た、あの儀式場と同じ。

 その──最大限に巨大であるもの。

 

「残念ながら、これは、朝起きて試そうとしても絶対にできない……夢幻だから許された力技サ」

 

 幾重にも重なる円環。美しき幾何学模様を描く魔力線。淡い橙色。深い紫色。黒天に相応しき漆黒。そしてそれらの織り成す見たことのない色彩が、海竜を中心に踊っている。

 遠きそこへ刻まれている緻密で見覚えの無い文字たちは、本来はどれほど大きいのか。

 まるで世界の法則が視覚化されたような、人の理解をはるかに超えた"構造"が、音の届かぬほどの向こうに、確固として熾されていく。

 ネムリの胸に去来するのは震えだった。恐怖……ではない。喉の奥で固まって、呼吸さえ忘れそうになるこれは。

 もしかしたらこれは、勇気、なのかもしれない。

 

「その……魔法は、私でも、覚えられますか?」

「現実じゃあ絶対にできないよ。夢の中だからできるのさ。あるいは全てを覚えていられたら……いや、それでも無理だネ」

 

 竜も、魔法も、動いてはいない。新たに紡がれる部分以外、微動だにしない。

 あれは"生きていない"魔法だ。体温の無い魔法だ。淡々と組み上げられた、人ならざる者が編みだした、世界の真相の一つ。

 

「──征封心(セイファート)

 

 呟かれるは魔法名。普段耳にする炎属性や水属性の魔法とは違う、世界から齎された構築物。

 空の向こうで、竜が、その身体を……宝石のようなものに変えていく。

 羽搏く翼も、恐ろしき瞳も、すべてを砕いてしまいそうな顎も、長い首も、巨大な胴体も、最後まで抵抗していた尾も。

 全てが……肉体の全てが水晶となりて、そして、砕け散る。

 

 直後、朝靄のように、空間を用いた儀式場も……消え去った。

 すべては夢幻であったかのように。

 

「……そろそろお休みの時間だよ、お姫様」

「え……あ、……はい」

「ごめんね、折角の美しき夢の旅が、悪夢で終わってしまった。──せめて残りの夜は、良い夢を」

 

 ふわりと……彼女の身体を包む布の感覚があった。

 申し訳なさそうに沈む彼の顔は、ああ、だから、どうしても許容できなくて。

 

「──楽しかったです。とっても。なにより……あなたは、私に、夢を与えてくれたんですよ? 笑ってください。()()()()()()()()()()は、あなたの笑顔が見たかっただけなんですから」

 

 口が何か、思ってもみないことを紡いだ気がするけれど。

 それを聞いて、また、きょとんとした顔になる彼。

 その彼が……何かに気付いたように柔らかく笑みを作って。

 

「おやすみなさい、眠り姫。──善処はするさ」

 

 ──目を覚ますと、彼女は、自室のベッドの上にいた。

 時刻はまだ夜。それに、とても眠い。

 でも、それでもと彼女がベッドを降りて、バルコニーに出るも……。

 

 その空にも、近くの屋根にも、誰の姿も見つけられなかった。

 空の旅をしたのさえ、彼と出会ったことさえ、夢であったかのように。

 

 眠い。眠い。

 休息を欲する身体に従って、窓を閉め、ベッドに入って……今度は深い深い眠りに誘われる。

 

 ……それを、遠い所から……苦笑しながら見守る黄金色には気付かずに。

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