序盤からずっと利用するような施設経営者だけど強キャラに薄目にこやかで見られながら名前を呼ばれて最後に「ですよね?」で締め括られる存在になりたい   作:ブ雨堰ド

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72.ED9 - いつかに届いた風砂のたより

 三十年前──涅月歴40年朱華の月。その少年はドランシア共和国にて名を上げた。

 災厄から二百七十年。人類はその歩みを元の軌道に戻し始めていた頃だ。だからこそ余計に騒がれたのかもしれない。

 共和国が保有していた資金財産。資産家が保有していた金銀財宝を盗んだ。

 時には悪徳領主の秘密文書を盗み、時には災厄の最中から守り継がれてきたと言われているマジックアイテムを盗み、各地から大量の魔鉱石を盗み出した。

 彼が捕まったのは、たったの一度だけ。その後すぐに牢獄看守らの横領金や着服レポートを盗み出し、脱獄を成功させている。

 それに、捕まった彼はその瞬間、人々の心まで盗んだのやもしれない。

 金糸のような髪を持ち、紅色に光るその瞳は異彩を放っていたが、同時に、この世のものとは思えない程に整った顔でもあった。聴く者を魅了する中性的な声と、男女問わず見惚れてしまう物憂げな笑み。

 まさに絶世の美少年。

 自身の領が被害に遭っているというのに彼へと愛を叫んだ領主もいるくらいだった。

 

 盗賊としての手口は圧巻の一言だろう。

 どんな警備も錠前も、彼の手捌きの前には意味を為さない。物理鍵も魔法鍵も、あるいは取り出すことを度外視した完璧な密封箱のなかの財宝であっても……彼は瞬く間に盗み出してしまう。

 警備兵の剣を、鎧を、全てを切り裂く剣術も然り、だ。それでいて彼は敵の命を盗むことだけは絶対にしないから……カルト的な人気が集まっていくのも理解できようというものだった。

 彼に憧れて盗賊を目指す者、なんてものまで出る始末だったが、彼は新人の盗賊や新興の盗賊団であろうと標的にした。財を溜め込むもの、不当に所持するものだけを狙う──それをしていいのは自分だけだとばかりの犯行は、一時共和国から窃盗という犯罪を失くしてしまうほどに鮮烈だったという。

 

 彼はずっと孤高だった。仲間を作らなかった。共和国政府からの申し出を受けることもなかったし、民に靡くこともなかった。

 五年経っても、十年経っても、彼の噂と犯行は衰えを知らぬとばかりに増え続け、被害総額は400億ストレイルにまで上ったという。

 しかし……七年前。涅月歴63年に、彼の噂はぱったりと止んだ。単純に犯行が無くなったのだ。

 捕まったというわけではないし、死んだという話も出てこない。まるで永遠の眠りについた魔物のように、めっきり話を聞かなくなったのだ。

 

 そのまま月輝は流れ、次第に噂話さえも、共和国から消えていった。

 されど、当然ながら彼に盗まれたものは戻ってきていない。共和国政府は彼を永世指名手配とし、その行方を探っている──。

 

***

 

「──それがディートリヒ・ローマン。つまり、お前だ。違うとは言わないよな?」

 

 長い地の文が必要なほどの盛りに盛った「──ですよね?」キタ──!!

 そう、今回は珍しい悪人になっての「──ですよね?」である。モデルは当然トムさん。

 いや、もしトムさんが「──ですよね?」されていたら二番煎じだったからやめたんだけど、彼は別にされていないのでGOサインが出た。

 あ、ちなみに盗品は実はちゃんと然るべきところに返していたりする。代わりに国外まで追ってこないでネ、っていう政府との司法取引的なものがあったりした。

 だから今「──ですよね?」をしてくれた彼が政府の人間ではない、というのもわかるってスンポーよ。……まぁ内情を知らない人の可能性もあるけど。

 

 しっかし、仙実国(シァンシーグァオ)で美味しい「──ですよね?」があったすぐあととはいえ、魔王国で薄味を食べていたからかな、超絶美味い。こじゃんとうまいき~。わっぜうんめか~~。

 いやーごめんキアステン俺やっぱこれだわ世界救うとか災厄に打ち勝つとかじゃないわ~~~。

 

「──ひとちがい。こいつは、ディミトリ。そんなでんせつの存在じゃない」

「そうさね。というか、おかしいだろう、その話。──それが本当なら、こいつは……少なくとも三十歳以上だってことになる。あたしは認めないね! こいつの見てくれの良さは、歳を取ったら損なわれるものだね!!」

「そこなんですかメリアートさん!?」

「ガァーッハッハッハ! お前は幾つになっても綺麗だと思うぞ、メリアート!」

「う、うるさい! そういう話をしてんじゃないのよ!」

 

 感無量である。うんうん。──だから、もういいや。

 君、俺をどういう目的で探していたのかな。できれば──恨みだと、嬉しいんだけど。

 

「仮に、そうだったとして。ボクがキミの言う通りのやつだったとして、キミはボクにどんな用なのかな」

「……そいつは、認めた、ってことで、良いんだよな」

「さぁ、どうだろうね? ま、確かに老若男女問わずボクがその心を盗んでしまった、というのは間違いないかも知れない。なにせボクってば、完・璧だからサ!」

 

 恨み……は、無いのか。えー。これ「親父の仇だ!」みたいな……俺の被害に遭った領主の息子パターンを期待したんだけど……害意は無いのか。

 まぁ確かに、被害者だとギリ身内感出ちゃうから、上質な「──ですよね?」の後味を保つという意味では良いことなんだけど……。

 

「……この際、どっちでもいいさ。あんたが『大盗賊』でも、『深淵の瞳』のリーダーであっても、どっちでもいい。──依頼があるんだ」

「ふぅん? らしいけど、みんな。どうする?」

「話を聞くだけ聞いてみるのもアリだろう! いや、ひやひやしたぞ! ディミトリを連れ戻そうとか言い出していたら、俺は、俺の全力を以てルミアを止めねばならなかった!」

「確かにねえ。ディミトリが連れていかれたらあたしらだって嫌だし困るけど、多分一番キツいのがルミアだ。あんた、そういうこと言い出してたら、今頃八つ裂きだったよ」

「……そんなこと、しないし」

「ルミアさんはこんな公の場ではやらないと思います。あとで夜皆が寝静まってから暗殺かと」

「あー……詰問するような言い方が悪かったというのは、謝罪する。一応俺も、聞き込みというものをしてきていてな。ディミトリ・クラウンの()()についてはある程度知っている。……孤高の『大盗賊』ディートリヒに何があったら()()()になるんだ、という気持ちはあるが……」

 

 視線が集まる。クネ、クッネとポーズを決めて、顔に手を添え、実際に幻術でキラキラを出す。

 

「……実際何があったんだい? 仮にあんたがディートリヒ・ローマンだったとして。ああ違うとはわかっているけれど、仮にね」

「仮にボクがディートリヒくんだったとして、そうだなぁ。……この世の全ての財を見尽くして、おや、どうやらボクの方が美しいぞ、ということに……気付いてしまったのかもしれない・ンネ……ネ……ネ……」

「たぶん、あたまのなかの大事なぶひんをだれかに盗まれてしまったんだとおもう」

「ちなみにこれはルミアさんへの自慢なのですが、私は格好いいだけのディミトリさんを見たことがあるので、今の話にも納得しています」

「さいきんドルミーレがわたしを舐めくさりすぎている」

 

 反対意見は出そうにないか。

 じゃあこの……依頼で、良い感じに死ぬのがイイかなー。

 

「それで、依頼っていうのは? というか、キミ。名前は?」

「ああ、失念していた。俺の名前は、ヒルベルト・ノイアー。ドランシア共和国軍第三戦術大隊司令、ノイアー准将が……正式な役職名になるか。そのため、あなたのことはドルミーレ嬢と認識するし、ルミアさんの祖国のことを俺は認識しないでおく」

「……べつにわたしはあそこの出身じゃない」

「そうなのか。それならば気兼ねなく頼ることができるな」

 

 あー……連邦になる前の、共和国軍の軍人さんね……。

 ……ってことは、彼の子孫が未来でテロを起こすわけか……。あれ確か旧ドランシア軍だったよな主犯。

 

「生憎と俺は他国の軍人に対する敬意など持ち合わせていないが、問題ないか!」

「勿論だ。今の名乗りはあくまで俺に後ろめたいことがないということの意思表明。敬ってほしいなどとは思っていない」

「そりゃよかった。堅苦しいのは無理だからね。……それで、依頼ってのは? 普段の様子からしてその伝説の『大盗賊』さんは眠りこけているようだけど」

 

 また注目が集まったのでキメポーズをしておく。

 

「ああ、話そう。……鍵開けの依頼だ。あんたに、とある物の……とある宝箱の鍵を開けてもらいたくて、『大盗賊』を頼りにきたんだ」

 

 真面目な顔で、彼はそう言った。

 

 

 フォノンの井戸。そう呼ばれる、深い深い立坑が存在する。

 ドランシア共和国とガルズ王国の国境付近にあるその穴は、もし落ちてしまえば、一生落ち続ける……とまで言われているほどに深く、暗い穴になっている。

 

「こりゃ……さしものあたしも、生唾を飲み込む程度には怖いね」

「わたしはふつうに怖い。今小石を落としてみたけど、底に落ちる音も、水にちゃくすいする音もきこえない」

「あまり穴に近付かないようにしてくださいね、皆さん。フォノンの井戸の話は、私もお父様から聞いたことがあるんです。調査するために命綱を繋いで降下していった方がいて、底が見えたり何かを見つけたりしたら縄を引いて知らせるように、という決まり事を設けたらしいのですが、どれほど降ろしても縄が引かれることなく……空腹、及び体力の限界を悟った地上の調査員たちが縄を引っ張り上げたところ……、降下した調査員の身体に結び付けていた縄が、すべてそのままの結び目を残し、しかし誰も結わえ付けてはいなかった、と」

「ちょ、やめとくれよ。空恐ろしい話をするのは」

 

 ……確かに。

 おかしいな。今の俺の探知限界は6.330kathl。

 その俺が……地底を探知できない。そんな深い穴あり得るのか? 煙突効果でこの辺の空気流動が下降も上昇も大変なことになってるだろうし、つーか地盤が保たないだろ普通。埋まるよ途中で。

 なっとらんやろがい、ってそれはそうなんだけど。

 

「この井戸が、そのひとを食べちゃった?」

「多分子供をここへ近づけさせないように、っていう親の訓戒だとは思いますけどね」

「残念ながら、それは正式な調査だったし、当時の記録が『保存される石板(ラルフ・マウフーズ)』、及びそれを転写した壁画に残っているぞ」

「なんと、実話だというのか! 興味深い!」

 

 深い……っていうか、一定距離までいくと弾かれている? というよりは……神の位相結界に似た感覚がある。つまり、ループしているんだ。

 ああ成程、確かにそうすれば一生落ち続けるし、縄を垂らして降下しようものなら……位置的な重なりが起こって、縄で圧死する、という現象が起きてもまぁおかしくはない、か?

 

「それで……まさかとは思うけど、ディミトリにここへ降りろっていう気じゃないだろうね」

「そんな非人道的なことは言わない。……聞き込みをした時もそのケがあったが、ガルズ王国の民はなんというか、他国の人間を化け物か何かのように言うのはどうしてなんだ」

「差別はいただけないヨ、軍人クン。そうではない王国人だって山ほどいるサ」

「……まぁ、そうだな。すまなかった」

「その上で……ドルミーレに聞かせる話ではない、と。そう言っておこう・カ・ナ」

「……成程。確かにそうだ。重ねて、すまなかった」

 

 この国の教育がな。

 基本的にまだ学校だのなんだの、みたいなのは出てきていないけれど、ガルズ王国は超攻撃的国家である。そのため、子守歌は「他国が襲ってくるから夜は出歩くな、早く寝ろ」みたいな歌詞が多いし、吟遊詩人も他国より自国の伝説を歌いたがる。……兵士に睨まれると彼らも活動しづらいから。

 まー共和国も公国も帝国も仙実国もそんな感じなので、この辺一帯はずっとそうなんだろうな、って感じ。

 

「改めて。この近くに、軍の駐留地がある。そこに……開けてもらいたい箱が存在する」

「箱?」

「そうだ。このフォノンの井戸に垂らされた釣り糸がひっかけてきた、由来、正体、全てが不明の白い箱。数々の()()()()()、魔道具研究家がこれに挑んだが、誰一人として中身を知ることはできなかった」

 

 し……白い箱ッピか?

 ん~~あの~~それもしかしてなんですけど~~。

 

「白い箱? へえ、ディミトリ、あんたの得意分野じゃないか」

「そ、そうなのか? 白い箱がピンポイントに得意分野になることがあるのか……」

「いえ、以前も白い箱の形をした魔道具を扱ったことがあるんです。それが私と彼らの出会いのきっかけになったものなので、みんな覚えているんですよ」

「おお、そうだったのか。それは期待ができる。『大盗賊』のお手並みを……ああいや、違うのだったな。すまない」

 

 この依頼はさてはすぐ終わるな……。死ぬ機会とか訪れなそうだし……。

 うーんこれ、もしかしたらすんなり死ぬの無理ッピかもねぇ。

 

 

 結果として、やはりその白い箱は例の箱であり、その後紆余曲折があってエリスフィア帝国の皇帝家の秘宝とがっちゃんこし、エリスフィア帝国が復活する次第となる。

 この時の恩義からドランシア共和国はエリスフィア帝国より謝礼なりなんなりを貰うのだが、その辺は俺には関係ない話。

 うまいこと「──ですよね?」が決まった以上、これ以上の「──ですよね?」は望んでいないし、さっぱり死ぬのも無理ということでしたらばガニ。

 

 ──失踪するしかないでしょう!!

 

 ということで、今日。ドルミーレが……ネムリ姫が『深淵の瞳』に加入して、丁度三年の月輝が過ぎたこの日。

 実行いたしまぁす!! 遊撃ポジ被ってたしちょーどいいのよね~。

 

***

 

 彼女、『輝耀の姫君』と呼ばれることも減った……ネムリと呼ばれることさえ減った、ドルミーレは、その夜、ふと目を覚ました。

 一年目や二年目に比べたら随分「ちゃんと」「羽目を外せる」ようになった宴で騒ぎ過ぎたのだろう。興奮冷めやらぬ就寝前が祟って、こんな夜更けに起きてしまった。

 成人して、お酒が嗜めるようになった、というのは大きいだろう。メリアートやヒーサーアーサーが楽しそうに飲んでいるのをいつも見ていたから、初心者ながら──樽を空けてしまった。

 ルミアとディミトリの信じられないものを見るような目は見物であった。

 

 とかくそんな、アルコホルの抜けていないふわふわの頭で起きた彼女は、夜風を浴びるためにバルコニーに出た。三年前の砂に埋もれたガルズ王国の夜風は、酷く冷たいものだった。けれど砂が上書きされたあとは、適温の夜風になったと言える。酔い覚ましにちょうどいいのだ。

 ……けれど、その時彼女が肌に感じた夜風の温度は、三年前を思い出す……少し冷たすぎるくらいのもの。

 どくんと心臓が跳ねる。

 彼女は薄々思っていた。考えていたのだ。

 自分が探検者に混ざって冒険をして、王国も繁栄を重ねて……だなんて、そんな()()()()()御伽噺が、本当にあるのか、と。

 これは全て、あの時の自分が……その逞しい想像力で見ているだけの、夢物語だったのではないか、と。

 

 だから──だから確認のために、彼女は、あの時と全く同じ角度の……屋根の上を、見た。

 そこに、御伽噺がいた。

 

 三年前と寸分違わぬ姿だ。屋根の縁に腰を下ろし、片膝を立て、彼は遠くを眺めている。

 夜風を纏う金糸の妖精。けれどその光景は、記憶の再現というよりは、まるであの時のまま時間が停止しているかのようだった。

 

 風に靡く輝き。彼と世界を隔てる輪郭は確かにそこにあるのに、どこか霧のように揺らいでいて、砂漠で見る蜃気楼なのではないかと思わせるほどに不確かだ。

 彼の視線の先には何があるのか。普段の言動からは考えられないほどに儚げで、空気に溶けていってしまいそうなその表情は、何を憂いているのだろうか。

 

 ドルミーレの胸に、なにか、苦しいものが走る。

 愛情とは違うのかもしれない。悲哀ではないのだろう。

 だからこれは、やはり──勇気、なのだ。

 

「きれい……」

「……起きてしまったのかい? 眠り姫」

 

 このまま何も言わなければ。

 本当に……消えていってしまいそうだったから。

 だから彼女は、言葉を紡いで、繋ぎ止めた。自身の運命力で、名も無きそれを。

 

「今……寝ていたら、だめな……気がして」

「そうかい。けれど、今夜は夢のような旅も、ボクらを阻む竜もいないよ。ただの……長い夜だ」

「……」

 

 本当だろうか。

 優しい声だ。けれど……けれど。

 

「私……兄弟姉妹がいないので、このまま行けば、ガルズ王国の女王として……君臨することになります」

「そうなんだね。おめでとう、で、あっているのかな」

「この国の探検者協会にはすでに話を通してあって……私が女王に君臨したその日、探検者協会は、冒険者協会として名を改め……トレジャーハンターだけでなく、世界各地を冒険する人達を支援する……そんな組織になってもらうつもりです」

「へえ、良い夢だね。いや、既に実現しかけているのか」

「女王になったら……トレジャーハンターは、続けられないかもしれません。でも、皆さんのことを忘れるつもりはありませんし……冒険に惹かれる心を捨てるつもりもありません」

 

 ネムリは話す。これからのことを。これからこの国に起こるだろう、起こすだろう、ありとあらゆる"奇蹟"を。

 三年前の彼女のままだったら、決してやらなかった──あらゆることを。

 

「魔法の研究所も建てるつもりです。私……あの夢の魔法、忘れていませんから」

「そうかい。実現は大変だと思うよ。あれは、夢の中だからできたことだから」

「いいえ。あれは現実でも可能です。それだけの論拠を、私は、あなたの中に見ました」

「……そうかい」

 

 話す。たくさん話す。

 たくさんのことを質問したあの夜とは違う。自分にできること、やっていきたいことを、しっかり……必ず達成することを誓うように、話す。

 

 だから。──だから。

 

「だから。……()()()()()()()()()。たくさんたくさん、救ってもらいました。たくさんたくさん、あなたから貰いました。だから……災厄を越えたところにいる私は……もう、大丈夫、なので」

 

 振り絞って。

 

「……大丈夫じゃない子のところへ、行ってあげてください」

「……」

「それが……充分に救われた私達からの、最後のお願いです」

「それが……充分に救われた俺達からの、最後のお願いです」

「それが……充分に救われた僕達からの、最後のお願いです」

 

 願うように。祈るように。

 繋ぎ止めたその縄を、自ら切り離す。

 

「……それをボクが聴く理由は?」

「理由なんてないですよ。これはただ、あなたの優しさに付け込んで……巣を発とうとする親鳥を引き留めようとしているだけ。既に巣立った雛鳥たちが、未だ巣立てぬ兄弟姉妹を見て……どうかあの子たちにも、同じくらいの幸福をくださいと、……ただそう、同情を誘おうとしているだけです」

「……」

「お願いします。あなたに手を伸ばす子らへ、道を教えてあげてください。ここへ繋がるその道を。できないとは……言わせないですよ。……だって、あなたは夢幻の住人。かつて私を世界に案内してくれた……妖精さん、でしたよね?」

 

 問えば彼は、きょとんとした顔をして……そして、ふふ、と……小さく微笑んだ。

 

「ボクが言うのもおかしな話だけど、ルミアは荒れるよ。落ち着かせられるかい?」

「大丈夫。あなたが思っているほど彼女は子供じゃないです。……まぁ、誘拐の線を考えて、この国から悪党という悪党が消え去りそうですが」

「メリアートはヤケ酒をするかもしれない。落ち着かせられるかい?」

「大丈夫。あなたが思っているほど彼女は子供じゃないです。……まぁ、とても汚いスラングが飛び交うことは止められないかもしれませんが」

「ヒーサーアーサーは黙して怒るかもしれないね。彼を宥められるかい?」

「大丈夫。あなたが思っている通り、彼は子供じゃないです。……まぁ、見るに堪えない罵詈雑言があなたの墓碑に刻まれるかもしれませんが」

「キミは……もう、一人でやっていけるんだね」

「はい! 大丈夫、あなたがおらずとも、ネムリ・ガルズのその名前は、あなたがどこにいたって安心できるほどに、強く、深く、世界に浸透することでしょう!! だから……あの夜言ったことと、同じです」

 

 言葉を紡ぐ。隣に立った、背後にいた、前にいた……誰かたちと、言葉を合わせるようにして。

 

「笑ってください! 私はその顔を絵にして、彫像にして、未来永劫語り継がせますので!!」

「……そうかい。それは楽しみだ。──おやすみなさい、お姫様。その命尽きる時まで、どうかずっと、良い夢を」

 

 眠い。眠い。眠い。……ああ、いや。

 

 ──目を覚ますと、彼女は、自室のベッドの上にいた。

 時刻は……もう朝だ。

 成人を迎え、新たなる一年が今、始まったのである。

 

 風が砂を運び、黄金色が空へ還る──。

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