序盤からずっと利用するような施設経営者だけど強キャラに薄目にこやかで見られながら名前を呼ばれて最後に「ですよね?」で締め括られる存在になりたい 作:ブ雨堰ド
目を引くのは、つるりと光る禿げ頭か。
それともこの時代にどうやって維持しているのかわからない恰幅の良さか。
卑しく握られた両の手か、下心しか感じられない細められた目か。
「……誰? ソルス、知り合い?」
「知らん。恐らく敵だろう。殺すか」
これ見よがしに錬金術で生成するは、巨大な剣。
それを雑に放り投げる──直前で。
「ちょ、ちょーっとお待ちを! ありゃ! おかしいな、聞いていたより気が短い! すぐに殺すとか暴力的な手段に出ない方と聞いていたんですが!」
「別に、俺だって相手を選ぶ。言葉を交わすことができるからといって、意思の疎通が図れるからといって、俺は変わらず竜へ刃を向け続けるだろう。コンタクトを取ろうとしてきたとしても、だ。俺にとって知能の有無は害意に影響を与える事象ではない」
「まず! 敵ではございません! ワタクシ、この災厄により荒廃した時代にて商人をやっております、アンドリアミアフィナイラロカという者です!」
「なに? アンドリ……長い名前ね」
怪しい。俺を見てシュライン・ゼンノーティの名を出した時点で怪しさは満点だが、聞いていた、という言葉もなんだかわざとらしい。
……なんでもかんでも疑い過ぎか?
一応ツッコんでおくと、ドリルパイル・バンカーバンカーも大概な名前だと思うぞ。
魔力の質、霊質共に怪しいところはない。怪しいところの無い奴が生き残っているというのがおかしい……いや、文明はリセットしにかかる災厄だが、人類を絶滅させてきたわけではないから、その辺は判断材料にならんように思う。
とりあえず、剣を消す。
「おお、やはり話の通じる方で……」
「誰に聞いた。シュライン・ゼンノーティという人物が、魔法に造詣深く、そして魔力マニピュレータを使うやつである、というのを」
「いやぁそれは、情報は商人の命でしてぇ」
「そうか。ならば抱え死ね。──『
BBの『全開』の改良中に思いついたアレンジ版。
指先を砲塔に見立て、その極細の範囲内に『全開』の全戦力を注ぎ込む、弾速と貫通力がとんでもない魔法。
それを、アンドリアミアフィナイラロカの頬へ掠めさせる。
「時間が惜しい。俺達の時間を食っているのだと自覚した上で話せ。用があるのなら聞いてやらんこともないが、まずは身の潔白を証明しろ、商人」
「その通りね。今は小さきヒトが災厄に挑もうとしている手前なの。そこに余計な悪意は邪魔にしかならない。よこしまな考えを持って近付いてきたというのなら、疾く失せなさい。次はそんなほそっこいのじゃなくて、人間一人簡単に消し飛ばす『零距離最大限』が放たれるのだから」
「待ってください待ってください! 気の早い方々だな聞いていた話と違いすぎる!」
「だから、早く話せと──」
……ん。
この魔力は。
「情報を売ったのは儂じゃよ。ほほほ、どうしても食料が欲しくてのー」
「おっひさ~! みんなのアイドル銀・結糸ちゃんだよー!」
「……ぁ」
唐突に現れたのは……その三人。
幻術、ではない。隠れていた……にしては結界気配がゼロ過ぎたが。
なんだ今の現れ方。……竜のそれに酷似していたな。
「え……やだ、あなたたち生きてたの? 私、てっきり死んじゃったのだと思って……弔いまでしてたのに」
「ちょっとした抜け道を突いた感じじゃよ。何回もできることではないわい」
「まーまー【マギスケイオス】同士の感動のサイカイはあっちでやってて! でぶっちょおじさんもハイハイ退場退場! あたしはこれが見たかったんだから静かにしててよね! ってことで──ほら、『最小限』ちゃん!」
肉体も魔力の質も別物になっているハニー老。精霊ですらないな。どうやったんだ。
時代感の無い金と赤の髪をデコりまくってる少女、忍者の城の用心棒、銀・結糸。確かに久しぶりだが。
そして……。
俺を見て、口をぱくぱくさせている……女性。
もう、チビではない。少女ではなくなったな。
「教、」
「その男は死んだ。お前の目の前でだ、アルカ・ダヴィドウィッチ。あの時は魔王であるとはわかっていなかったが、魔王の魔獣形態に敢え無く敗れた。忘れたわけでもないだろう」
死人との感動の再会を俺は好まない。
たとえそれが──望まれたことであっても。
「……」
「ちょっとー、言い方あるでしょー! キミの自認がどうなっているのか、なんてこっちは知らないんだよー! 一時はアルルン病んじゃって、『財宝』ちゃんが記憶に封印をかけなきゃいけないほどだったんだよ~? 大人になってからそれは噛み砕けるようになったみたいだけど、とにかくそれだけキミがだぁいじってことじゃんか~」
「知らん。かつて身内だった者だろうと、敵対していた者であろうと、俺の口から出るのは同じ言葉だ。──初めまして、『
モーガン・カルストラは死んだんだよ。
彼へ向ける感情を俺に向けるなんて、あっちゃいけない。お前達は俺を……感情の線を誰とも繋げないやつだと罵るが、俺からしてみればお前達の方が感情を軽視していると侮蔑しよう。
舞台上の登場人物へ向けられる愛情……親愛であれ愛憎であれ憤怒であれ悲哀であれ、ひっくるめて愛情という言葉を使い、それが向けられて然るべき者達に代わって、中身の役者が愛される、なんてのは。
じゃあなんだ。
アルカ。お前の記憶にあるモーガン・カルストラという男は、誰かの操り人形だったと……そんな残酷な真実に重ねられる相手だったのか。
そちらの方が、随分と、薄情に思えるがね。
「……はじめまして。【マギスケイオス】が第九位、『最小限』のアルカ・ダヴィドウィッチです。……お名前、教えてください」
「えーっ! いいの? アルルンずっと教授さんのこと想ってたじゃんか! こいつゼッタイ面倒臭いだけだよ~! 今のアルルンを形作ってくれたたぁいせつな相手なんでしょ~? 押して押して押してかなきゃ、すぐ逃げちゃうよ~こういうテアイは!」
「いいの。……あなた達に、あの時の状況が……特殊な環境にあったって聞いて、ヘンな望みを持っちゃってたけど……ようやく、割り切れた」
強い目だ。
揺れていない。動揺はしていない目で……俺を見てくる女性。
「教授は死んだよ。あの時、やられちゃった。私があの時もっと……強ければ。あの時もっともっとたくさんの事ができる魔導士なら……救えていたかもしれない人。でも、それが叶わなくて、死んじゃった人。……この人とは、別人」
「えぇ、なんでぇ~? そんな割り切りしちゃうのモッタイナイって~。コイツはさ~、普通のヒトが、一回きりしかない人生を全力で遊び尽くして頑張り尽くすところを、どんな時代にもいけて、なんにでもなれるからって、面白半分、遊び半分にいろんな人生を試してはケラケラ笑ってる最低野郎なんだよ~? 迷い家の怪なんて、歴史的に見たらそう見えるってだけでぇ、本質はコイツのお遊びなんだよぉ? こういうのはぁ、一回痛い目を見るべきだと思わない~? 過去に追いつかれて、未来に追いつかれて、文字通り進退窮まらないと……アルルンみたいな悲しい思いする子が無制限に量産されていくだけだと思うよ~?」
ふむ、マー特に反論はない。
畜生エンジョイ勢だからな俺は。最低野郎ですよその通り。誰かを救いにいくヒーローでもないし、憧れられる存在でもない。
今だって……災厄が目に見えて降臨しているのに、結局そこまでやる気を出せないでいる。棚ぼた「──ですよね?」なんて何の意味もない。あれは超限定環境下でこっちが準備し尽くしてからの天命が転がって起きるからキター! なのであって、こんなものに味など無い。
「ありがと、結糸。もういいよ。そうやって自分から嫌われようとしにいかなくて。あなたの言動とは別の優しさは、ちゃんと伝わってるから」
「……ちぇ~。アルルンなんか……オトナっぽくなっちゃってさー。昔の子供っぽいアルルンの方がたくさんドウヨウしてくれて楽しかったのにぃ」
「ほっほっほ、それが成長というものじゃよ。では儂も初めましてをしておこうかの。儂は【マギスケイオス】が第一位、『不死』、フラニー・ハニー・オーケストラじゃ。精霊の方の儂とは別人じゃからな、実は儂お主のことよく知らんのじゃ」
「【マギスケイオス】が第十位、『蓋然』の銀・結糸だよーん。……じゃあ茜座とか痣火クン扱いもされたくないっていうこと~? メンドクサ~。あ、でも『全味覚対応団子』作ってくれたら許してあげるけどね~」
……なんだ、【マギスケイオス】の同窓会なのか、この時代は。
「俺に名は無い。今は……ソルスノメントゥムと呼ばれている。災厄を打ち払ってほしいと頼まれたんでな。あまりやる気はないが、この時代でそれを成し遂げんとする者だ」
「私はノクスルーナなのだわ! お空に浮かぶ涅月様とはまさに私のことなのだわ!!」
「ほっほっほ……それは何事じゃ?」
ひょっこり現れたるはノクスルーナ。あの商人のおっさんまでもが空気を読んで黙っていたってのにコイツと来たら。
「じゃあ……ソルス教授って呼んでもいいですか?」
「……割り切ったんじゃなかったのか?」
「なんですか? この世に教授はモーガン・カルストラ教授しかいない、とでもいうつもりなんですか?」
「……まぁ、呼びやすいように呼べばいいさ」
「はい。少しの間だけだけど、よろしくお願いします、教授」
後ろでニンッヤニンッヤしてる銀・結糸の口に、錬金術で作った『全味覚対応団子』を突っ込んでおく。
流石にびっくりした顔をした後、幸せそうな顔をしていた。それで黙るのなら楽だ。次からはそれで対応しよう。
「お話は終わり、かしら? それで、フラニー。彼は誰なの?」
「おお、そうじゃった。いや別に誰とか知らんのじゃが、食料と飲料が無くて困っていた儂らを助けてくれた親切な商人殿じゃよ。名前は長いことしか覚えておらん」
「アンドリアミアフィナイラロカです! いや、いや! かの高名なシュライン・ゼンノーティさん……じゃなく、ソルスノメントゥムさん? に加えて、【マギスケイオス】の方々まで! さらに……えーと? ノクスルーナ……というのは、空にあるあの?」
「そうなのだわ! 私がノクスルーナなのだわ。まぁ、言い方を整えると、涅月の精霊、になるのだわ?」
「……よくわかりませんが! ええ、ええ。ええ、ええ、ええ! これだけの戦力があれば、災厄竜ユランとてけちょんけちょんのこてんぱんに──」
警戒を解くつもりはない。
このおっさんに情報を与えたのが『不死』の魔法使いだったとして、なんだ。シュライン・ゼンノーティの名が食料と飲料の対価になった理由は? なぜコイツは俺にそれを言いに来た。
疑念は何も解消されていない。どうしてこの三人がここにいるのか、という疑問が増えただけだ。
彼らの魔力は、それぞれ、『不死』フラニー・ハニー・オーケストラが大地、『蓋然』銀・結糸が大地、『最小限』アルカ・ダヴィドウィッチが紫輝。
商人のおっさんは……紫輝だな。
未だにやはり涅月の該当者がいない。その上で、「大地の魔力を持つ盗人」の容疑者が増えた。竜よりよっぽどこいつらの方が盗人適性がありそうだ。
「無理じゃなあ。儂らの魔法、一切が通じなかったみたいじゃし」
「あたし達は生き返ったっていうかちょっとごにょごにょな事情があって、ユランの実力をなーんにもわかってないんだよね~。一撃でみんな死んでた?」
「一撃ではなかったわ。まず、ブレスが来たの。防いだのは『最小限』と『財宝』、『別界』。舌を巻くほどに早くて強い結界を構築して、ブレスは完全に防がれた。その後、私、『到達』、『薄明』、他、【マギスケイオス】ではない魔法使いたちが全力の一撃を叩き込んだのだけど、傷一つつけられなかった」
うーん、【マギスケイオス】の戦闘力は数値化しづらいんだよな。
BBは先述の通り戦闘力200,000くらいだけど、たとえば重村鎖袋なんかは通常時だと5,000くらいしかない。そっから『
アルカは……期待値込みで30,000としておこう。ハニー老は知らんが、精霊の頃の実力そのままなら10,000,000くらいある。これが負けたのマジで意味わからん。……年齢的にイリアちゃんとかザイラちゃんだって生きてただろうに、そっちも死んじゃったんかな。シュラウン君とか。
銀・結糸は……こいつの本気は見たこと無いからなぁ。あの『物を大きくする魔法』と『所有物を倍にする魔法』だけしか使えないなら7,000くらいが関の山だが、そんなわけもなく。
「その後……『到達』、『観察者』、『四毒』が死んだの。でも『四毒』は最後に一矢報いて、ユランに毒と呪詛を埋め込んだのだけど……それが効果を発揮している様子は無かった。その後、『最小限』、『財宝』、『業運』、『薄明』の順に死んでいって、せめて考える時間だけでも稼ぎます、って『別界』が生き残りを隔離して、死んだわ。結局方法は見つけられなくて、結界の効果時間が切れて、外に放り出されたところで、『蓋然』、『不死』も死んで、あらゆる傷、あらゆる異常を恢復していた『解体』がユランに食べられて死んで、最後に私も死んだわ」
「……なんか不思議な感覚。自分の死に際を聞くなんて」
「その間、【マギスケイオス】は全力で自身の思う最高最強をユランにぶつけ続けたけど、文字通り傷一つ与えられなかった」
「ああ、それなんだがな。『
改良していた魔法……その構築式を文字にして投げて渡す。
必中といってもホーミングするって意味じゃない。死の回避というレリック効果を無効にするだけだ。あと、簡易だが、余剰魔力や変換の際に発生する変換ロス魔力を火力に再変換する式も組み込んでみた。『全開』を名乗るのならこれくらいはしないとな。
「嘘、会話の最中にやってたの?」
「さぁっ
「お主、さっきから大人しいと思ったら何を食っとる?」
食い終わったら次の、食い終わったら次のって感じに詰め込みまくっているので喋れないだろう。
ああいうトリックスターは口を塞げば終わりだ。
「……教授なら、『
「知らん。お前の『最小限』というのはスタイルの話じゃないのか? スタイルまで弄るのは無理だぞ」
「ですから、たとえばあの頃に一度見せた、──『
ああ、それか。
無数の魔法陣によって作られた球形。包絡面の集合体。刻印魔法を突き詰めに突き詰めた、最高効率の魔法陣。交差型立体球形魔法陣、だったか。
「……それはお前の『最小限』ではなかったと、モーガン・カルストラにはそう話していなかったか?」
「……私の『最小限』は……その、教授にお見せするのは恥ずかしいっていうか……」
「ふん。【マギスケイオス】の持つそれぞれの魔法が常識の悉くを凌駕していることなどもうわかっている。恥ずべきはそれを使わずに死んでいく場合だけだ。それに、お前のそれを他の奴らが認めたからお前は『最小限』になったんだろう。前代『最小限』の推薦があったから、だけじゃなく」
ごく、と唾を飲んで。
アルカは……虚空より取り出した杖を掴む。
「──『
回転を伴って展開されるは、先程のそれより巨大な魔法陣。
術者を中心に半球状……いや、恐らく球形に展開したそこに書かれていることは。
「……これは、俺の『万能』か? いや、かなり使いやすくしてあるが」
「ああ……やっぱり見抜いちゃうんですね。……そうです。元からこうやって……万象に干渉する『最小限』は持っていたんですけど、あの日、自分の世界の狭さに気付いて……何年もかけて、教授の使った涅月みたいな魔法を取り込みました」
「のだわ?」
「でも……あんなに小さくはできなくて。これくらい魔法同士の間を取らないと、重なってしまって、意味を取り出すのが難しくなって……別人とわかっていても、教授に……お見せする、教え子の成果として……自信が無くて」
あれは……お前、それは、肉眼と手作業では電子顕微鏡やナノスケール解析に追いつけないんです、って言ってるようなモンだぞ。
それくらいわかってるっていうか、無理なモンは無理というか。
「魔力マニピュレータを覚えればいい。教えている時間は……流石に無いが」
「教授とか、ローレンスさんがやってた、……今も『全開』に対して使ってた、細い糸、ですよね」
「……もちゃ! もちゃもちゃもちゃ!!」
「口に物がある状態で喋るでないわい」
何か言いたげだな。
……ああ、ローレンス関連でまた弄りたいのか? 懲りねえなホントに。
「んぐ……ん~っ!? んー! んー!」
「団子を喉に詰まらせたのか? 何やっとるんじゃまったく……」
「せい!」
ガツンと……BBの、かなり鋭い肘鉄が銀・結糸の脳天に突き刺さる。
「んぐ……いっ……たぁぁああ!? なにするのぉ!?」
「でも呑み込めたでしょう。喉に何かを詰まらせた相手にはこうするのが一番よ。たまに気を失って呼吸も止まって死ぬけど」
「安全策! 安全策とってよ~! 私別に不死身じゃないから死んじゃうんだけどぉ!!」
……よし、努めて無視しよう。
今は授業中だから。
「あーちょっと待って! 喋りたいことあったから呑み込んだの! ね、名無しさん!」
「なんだ」
「エチェロエグズル教戒院! あそこの門戸をあたし達にも開いてよ! あたしも何回か海で遭難してみたんだけど、ゼンゼン辿り着けなくってさ~。あそこなら、行って帰ってきても時間経ってなくて、その上で卒院生の一人一人が歴史を変えるくらいの知識と技術を授けられるんでしょ~? 【マギスケイオス】が行ったらとんでもない実力者になっちゃうかもよ~!」
「ほう……そのような場所があるのですね。ぜひワタクシも行ってみたく……」
「オジサンじゃ学ぶことなんてないでしょー」
……まぁ、アリ。
パワーアップになるかどうかは知らんが、魔力マニピュレータを習得してきてもらうのは……戦力としてみればアリではある。……が。
「先にBBに怒られたばかりだ。虚を突かれた。俺はお前達がそんなものではないと勝手に期待している。道の在り処を教えることはあっても、近道を作ってやる、なんてことはしない」
「えー! ちょっとBBヨケーなこと言わないでよ~!」
「誰かに答えを出されたって嬉しくないでしょ。私達は自分で追い求めてこその【マギスケイオス】なんだから」
「真面目ちゃんすぎー! 楽ちんできるならそっちの方がいい~!」
そして俺は聞き逃さない。
既にエチェロエグズル教戒院の存在は御伽噺として……実在不明ではありつつも、かなりの知名度を誇る桃源郷としてこの世界の人々に認知されつつある。
それを一切知らなかったこの商人は、やはり外なる者か。
「わからない問題があったらどうするのか。お前はモーガン・カルストラから学んだだろう、アルカ・ダヴィドウィッチ」
「……なぜ自分がその問題を理解できないのか。何が足りなくて理解が及ばないのか、何を知らないから辿り着けないのかを……分析し、明確にします。その上で、どうしても無理な部分を聞きにいって……そのどうしても無理な部分以外は自分で考えます」
「何度か見ただろう魔力マニピュレータは、お前にとって、どうしても無理な問題か?」
「……あの頃ならはい、って答えたと思います。それほどあの魔法は……異質だったから。でも、確かに、技術や知識の無い頃に諦めたことが……今も変わらずできないか、なんて。……そんなの、わからない。今できないことは、未来永劫できない理由にはならない」
ならば、やはり改良はナシだな。
ハニー老も頷いてないで、これくらいのアドバイスはしてやれ。お前だってできるだろう。
「ちぇ~。教戒院に流れ着いた子供として迎え入れられて、教師より凄いことを無自覚にやって、この子、子供なのになんてこと……! っていうのやりたかったのにぃ~!」
「私も学校というの、通ってみたいのだわ~」
「そいつは一応涅月の精霊だ、ハニー老」
「え!? 今儂!? いやだから精霊の儂とは別人なんじゃって! そんでもって精霊の儂でも流石にノクスルーナ本体は手に余ると思うぞい!」
そうか? 別にそいつウザいだけで扱いはその辺のガキと変わらんと思うが。
特に問題行動を起こすわけでもないしな。たまに無断で自己境界さえ曖昧になる幻術に嵌めてくる程度のいたずらしかしてこない。
「あ、あの~……結局その、ここにいる方々ではユランには勝てない、っていうのは本当なんでしょうか……?」
「うむ。無理じゃ!」
「今改良してもらったこれで、攻撃を通せたとして……倒せるのかしらね」
「紫輝の魔力を惜しみなく使えて、攻撃がちゃんと当たるんだ。倒せるのか、じゃない。倒せ」
何を弱気になっているんだ。紫輝の魔力に接続した経験があるから言わせてもらうけど、あれだけの魔力を操っておいて無理ですごめんなさいとか、馬鹿言えにもほどがある。
「そういう精神論ではなく、……ソルスさんには何か、勝算はあるのですか……?」
「結局のところ、俺はまだ災厄竜ユランを目にしていない。ファウンタウンを襲った『災晶』が力の最大限であるというのなら打破は容易だが、それならBBが打破できなかった理由が分からない。奴の無敵に関しては俺が解除したが、それ以外を持っていた場合、その瞬間からの解析し直しになる。そこが問題だろうな」
もしユランがトムさんを準えているのなら、死の回避以外にも霊体化に該当する何かがあって然るべきだ。
後天的に刻み込まれた魔法刻印。それがどういう形で顕現するか。
「あれ? おじーちゃん前に、あたしの『蓋然』とかおじーちゃんの『不死』が名無しさんに見られちゃまずい、とか言ってなかったっけ? ここで見せちゃっていーの?」
「まぁ、仕方ないじゃろ。どうやらすでに、その段階をすっ飛ばしたところに手を伸ばしているようじゃし」
「あの、何度もお話遮って申し訳ないのですが、結果として……勝てそう、なのですか?」
「五分じゃな~」
「うーん半分くらい?」
「五分五分だ。災厄竜ユランに勝って終わりだとも考えていない」
「難しそうだと思う。ソルス以外は戦力にならない可能性が高いし」
「教授の前で無様を晒す気はないけど、だからといって魔法の出力が上がるわけじゃないので……」
えー、上から、50%、50%、50%、20%、20%くらいか。
勝てる予想をしている奴がいない。俺を含めて。
「でも、これは勝手な期待ですけど、解析に徹した教授に読み解けない事象は存在しないと思っているので……ユランに勝つこと自体は、多分、できると思います」
「ほっほっほ、今その彼がユランに勝って終わりだとは考えていないと言っておったが……どういう意味じゃ?」
「俺がやるべきは、災厄を起こさせないことの方だ。なぜ災厄が起きるのか。なぜユランが目覚め、文明のリセットなどというものを行うのか。俺がこの時代で行うべきは、その解明だろう」
「そんなの……紫輝の光がなぜ紫色をしているのかを解明すると言っているようなもの、ではないですか!」
「紫輝の光が紫色をしている理由は、俺達の脳が、あの光の波長を紫色だと知覚しているが故だ。元来光に色などなく、故に同じ光を見ても、同じ色を知覚することは難しい。脳とは個々人で違うものであり、全く同一の人間であっても同じ時を歩むことはできないからな」
この世界の電磁波は全て魔力波になっているから色々違いはあるんだろうが、今この場で行う説明としてはこれだけでいいだろう。
「な……」
「俺達が意識することなく呼吸が行えるのは、脳幹にある呼吸中枢がそれを制御しているからだ。血中の成分濃度を監視し、上下によって激しい呼吸を必要とするかどうかなどを決める。世界に風が満ちているのは大地表面の温度差によって気圧勾配が生まれるためだ。尤も、他の理由があるから風は縦横無尽の動きをするが。魔法が現実世界の改変を行うことができるのは、魔力素という粒が、あらゆるものの代替となり得るポテンシャルを有しているからだ。いつの日か、全てが代替しきった時、世界は魔界へと代替されるのだろう」
一度言葉を切る。
そして……睨みつけるように、言う。
「この世に原理の存在しないものなど存在しない。すべてのものには起因する理由があり、すべてのものは、必ずどこかに帰結する。災厄を前にして、システムだから理解できなくて当然とか、災厄に対して人一人ができることなど無いとか……くだらん戯言をほざくな。俺は全てを試すぞ。全てを考え、全てをぶつけ、全てを手中に収めてやる。そして問うてやろう。──お前達は、何もしないのか?」
おっさんだけじゃなく。
お前達に問うているんだぞ。
「……ほっほっほ。やはりお主、【マギスケイオス】の適性があるのぅ。この際じゃし十三席に増やした上で、『解析』の名で入ってくるのはどうじゃ」
「断る。俺が調べ尽くしたいのは魔導に留まらないし、目的は全くの別だからな」
「ってことはぁ~、名無しさんにも原理はあるのぉ~? あたしたち以上にカンタンに時代を行き来できることとかぁ、死んでも死なないこととか!」
「ああ。当然だろう」
「はい! はいはーい! 時代を遡行するのは私でもできるのだわ!! 私も【まぎすけいおす】に入れるのだわ!?」
「いや別に時間遡行のできるできないが基準じゃないからのぅ」
入ったところでお前は何をするんだよ。
「──ソルス」
「ん?」
「今、改良してもらってなんなんだけど……ちょっと相談に乗ってくれない?」
「相談?」
「火力、もっと上げたいのよ。紫輝の魔力をそのままぶちまけるだけじゃなく、さらに威力を増幅させる魔法にしたいの。私の『全開』って多分、ここじゃないでしょ」
「パイル姐さん。その勉強会、私も参加していい? 私も……まだまだできること増やせると思うの」
「うひぃ、勉強会とか小難しいことはヤだから逃げちゃお~。『蓋然』は改良の余地ないだろうし」
「なら儂は、『蓋然』と共に竜を狩っていようかの。お主らが勉強会に集中できるように」
勉強会、ねえ。
別に構わないけど……。いや、向上心を持たせたのは俺か。
その分の面倒くらいは見なきゃな。
「……ワタクシ、感銘を受けましたよ、ソルスさん」
「そうか」
「ええ。ですからワタクシも、少々失礼して、決戦に向けて準備をしてきたいと思います」
「オジサンがどんだけ頑張ってもアルルンの小指一つに勝てないと思うけどなぁ~?」
「いえ、商人には商人のできることがあるのです! そして……ワタクシはワタクシなりに、全てを試そうと思います!!」
……あんまり、やめろよ。
そういう……純粋なところ見せるの。
応援したくなる。親切にしたくなる。
ノクスルーナにはああ言ったが、本当は俺が一番、悪意というものを操るのに向いてないんだから。
……それを見越して送り込まれているのなら、あっぱれだがな。
「勉強会、私も参加するのだわ! 学校行きたいし!」
だから、こいつのことも。
疑いたくは……ないんだけどなぁ。