序盤からずっと利用するような施設経営者だけど強キャラに薄目にこやかで見られながら名前を呼ばれて最後に「ですよね?」で締め括られる存在になりたい 作:ブ雨堰ド
世界にたった十二人しかいない魔導士たちが、その数を四分の一にまで減らして災厄竜へと挑んでいく。
……やはり。
見たところ、ユランの外皮が持つ魔力抵抗は、BBの魔法を受けて無傷で居られるようなものじゃない。大体100MRstくらいだ。つまり、その辺の樹木と同じくらいの魔力抵抗ってこと。
ただし外皮から少し離れたところに「死の回避」と同等の結界のようなものがあって、それが今まで直撃という直撃を避けていたものであると見受けられる。
ろくろをなぞるのならば、今回の俺の調整さえも対応してきておかしくないが──。
「『
「……!!」
アルカが空中に作り上げる足場や壁を上手く使い、考えられる限り最高の形でのクリーンヒットがユランに入る。
BBの掌から放たれる紫輝の魔力は、しっかりとユランの外皮を貫き、抉り、さらには肉体の持つ安定構造まで乱す。
それでも……ユランはそっちを見ない。
まっすぐに俺を見つめている。お前だけは逃がさないとばかりに。
「ほれほれ~、こっちじゃよ~」
「おっかしーなー。フツーのイキモノだったらあたしとおじーちゃんから目を離せなくなるはずなのに、ずーっと名無しさんを見てる! 名無しさーん! キミ、ユランくんになんかやったんじゃないのー!」
「お前らが羽虫すぎて俺以外気にならないってことだろ。もっと気張れ」
「……叫んでるわけでもないのに耳元で声が聞こえるの、そういう魔法使ってる? 器用だけど……なんていうか、芸が細かいよねぇ」
うっせ。
……効いている。効果はあるはずだ。
でも……多分、こいつは、生物として強靭すぎる。盤石すぎる。
だから、BBの魔法は多分、蚊に刺された程度のダメージにさえなっていない。
痛かろうと痛くなかろうと安定構造が崩れたら魔法も入りやすくなるから、いつかは殺し得るのだろうが……気の遠い話だな。
「アンドリアミアフィナイラロカが音もなく忍びより、お前の背から心臓を、なんて展開もあり得る。油断するなよ、ノクスルーナ」
「あなたはもう少し他者を信頼した方がいいのだわ?」
「俺だって信じたいが、万一はあるという話だ。──
一切の溜めや兆候無しで放たれたブレス。
それを位相結界の応用で防ぐ。……【マギスケイオス】ガン無視でこっちに攻撃してきたか。正しい感覚だよ。
「が……今の俺はかなり強い。俺を潰せば終わりというのは正しい感覚だが、同じくらいには、効率が悪いと言える。……もっとも? 効率を考えられる頭があれば、巨竜の姿を象って文明をリセットして回る、なんて迂遠な遠回りは初めからしていないだろう。地震、大洪水、大噴火……種を絶滅させるほどの天災など、竜以外にいくらでもあるのだから」
竜。その身に溢れんばかりの大地の魔力が滾っているというのなら──まずは供給源を明らかにしよう。
「"大通りの朝日"、"地を駆け追従する"、"許されざる者たち"、"山肌の白化粧"、"明日の天気を願う"、"緊張のひと時"、さらに──
六文字-六単語で織り成すは、ユランの全身を走る
それぞれ『鋭い』、『捕捉』、『確定』、『裡へ還る』、『幸運』、『研ぎ澄ませる』という意味。
ユランを貫いて走るそれらは、今はただの魔力の線だが──直後、実体化した。
「──!!」
「なんかすごい魔法だったみたいだけどぉ、効いてないよーん」
「教授! 綺麗な刻印魔法ですがダメージが入った様子がありません!」
「ダメージを通す目的ならBBの真似をしているさ。今のは身体強化の魔力による封印を通すための魔法だよ」
通信機など無いが、その代わりをする音の魔力素を飛ばしている。
だからこうして会話ができるし、だから俺の封印が効いたことも理解できる。
「無駄に生物の形を取るからこうなる。トカゲやワニにも腎臓はあるんだ──腎臓から汲み出される魔力封じが効くのは自明だろう」
「さらっと言っとるけど今結界術の直後に身体強化の魔力を使わんかったか? お主の魔法剣の旨味全否定かの!?」
「確かに世界の命運に関わることができるほどのこと、というのについてはシュライン・ゼンノーティが最上位だろう。魔鉱石を武器に転じ、さらには魔鉱石を魔晶石に変える技術など、あってはならないものだ。だが、禄・玄妙の書いた『
その最たるがこれだ。
──ユランの身体が、落ちる。
竜が飛行を可能にしているのは、翼があるから、ではない。あんな小さな翼ではあの巨体を支えられない。
彼らは無意識に飛行魔法を使っている。浮遊魔法でもいいが。翼の役割は浮遊や飛行ではなく舵だ。進行方向を変えるためにあるものでしかない。
「ところで、俺はそっちには一切触れてこなかったが、この世には最硬の物質というものが存在する。アダマンチウムやヒヒイロカネ、オリハルコンといった伝説の物質たち。しかし、これらは結局鍛冶師が鍛えることのできるものだ。その窯や槌に特殊な構造が無い以上、職人の技という名のやり方一つで突破される硬さでしかない。ダイヤモンドだのロンズデーライトだのウルツァイト窒化ホウ素だのにしても同じだ。やり方一つで破壊される硬さを前に、最硬という言葉を贈るのは惜しい」
遠目だとゆっくりと落ちていいくその巨体。
ユランの真下に組み上げられていくのは、半透明な物質。中を幾条もの光のラインが走っている、どこか近未来的なもの。
それの──正七角錐ピラミッド。三角形の意味たるピラミスから来ている名前だからこのネーミングはおかしいんだが。
とかく、それがユランの真下に出来上がれば、当然。
「──!!」
「フレキシブルグラスとアルカヘストを混合して作った新物質、スパティカという。お前がなぞった奴が腕につけているものだ。良く味わえ」
「おぉ~! やるじゃん名無しさん! ここにきて明確に痛がったよぉユラン!」
「痛いとかあるんじゃなこやつ。やはり普通に殺せるものか。……しかしとなると、弱体化していたとはいえ、儂や『蓋然』が殺された意味がわからんのぅ」
いやホントにそう。
今のところここまで、ただただ生物として強靭であるだけの怪物、でしかない。
これがどうして『不死』やエルフ、紫輝の愛し子を殺せたのか。精霊やらなにやらだっていただろうに。
「──ソルス、後ろ!」
背後に位相結界壁を張る。
瞬間、そこへ突き刺さるは──『災晶』によるビーム。発射元を辿れば……ほとんど地平線の彼方に浮かんでいる『災晶』が一つ。
……おいおい。超長距離狙撃かよ。
「悪い、助かった」
「気にしないで、お互い様だから! それと、最初の予定通り、あなたは攻撃しないで、解析に専念して! 私達の攻撃が心もとないことも、注意を引けていないことも理解している! その上でお願い! 一度惨敗している私達よりあなたにこそ勝機があるの! だからあなただけは、前を見続けて!!」
「そーそー! それにぃ? なんだかぁ? 魔法的なヘイトコントロールよりぃ、物理的な攻撃の方が効くみたいだしぃ~? ──こーんなの、どうかなぁ♪」
結糸から投げられるは、誰が使うんだという武器No.1、棘付き鉄球フレイルさん。
ユランと比較して豆粒サイズにも満たないそれは、スパティカオベリスクに突き刺さって苦しんでいるユランの頭上で、倍に、その倍に、そのまた倍に……を繰り返し、ユランに匹敵する大きさにまで膨れ上がる。
「ちょっと銀、それ魔力消費激しいんでしょ。使って大丈夫なの?」
「えっへへ~、実はキツいんだけどぉ。ね……ね、名無しさん、さっき貰った武器の魔晶石、食べていい~?」
「いやお主精霊じゃないんじゃから」
「好きにしろ。それはお前に与えたんだから、既に俺の所有物じゃない」
「やったぁ!」
言って……彼女は腰に佩いた剣──使いもしないクセに妙にねだってきていたもの──を取り出し、嵌っている魔晶石をソケットから抜いて……バリムシャと食べ始める。
大きな脈動があった。この距離でも聞こえたと錯覚するほどの。
銀・結糸の髪色が、染髪だろう赤と金から、BBにも似た銀色へと変わっていく。
「んんんっ~……! あぁ……満たされるぅ~!」
「結糸、あなたハーフ精霊だったの?」
「違うよぉ。……えへへ……あぁ、ちょっと酔いそう……。……あぁぁああぁ……くらくらするけどぉ……イイ気分……」
髪で隠されていたその耳は鋭く尖り、その瞳はエメラルドグリーンに輝く。
BBに似た銀色、じゃない。
そっくりそのまま……というか、銀・結糸の方が高純度に思える変貌ぶりだ。
……つまり、BBが……エルフ、なんだろう。結糸はハイの方だから。
「ハイになっとる場合じゃないわい! 『蓋然』、攻撃来とるぞ!」
地面からの棘と頭上からの鉄球。その二重苦から抜け出すために暴れ始めたユラン。
その「じたばた」の一環である腕の横薙ぎが、銀・結糸を襲う。たったそれだけで彼女の命は──。
「──アハハ! すごいすごい! 魔力で満ちるってこんな感じなんだ……病みつきになっちゃいそう!」
失われなかった。
ここにいても伝わるほどの衝撃波と共に、ユランの腕の横薙ぎが、結糸の細腕によって止められたから。
「知ってるぅ? 知ってるかなぁ? むかぁしむかし、涅月に住んでた幻の種族のお話ぃ! ほんとは、昔は、涅月は黒い光じゃなくてぇ、緑の光を発してたんだってぇ~!」
止められて、そこから、バチンと弾かれる腕。
「その種族は銀糸のように流れる髪と、翠玉のように麗しき瞳を持っていてぇ、紫輝の光に照らされても、真っ赤な光沢を照り返したって話だよぉ~?」
「……パイル姐さんと、今の……結糸みたいに?」
「その種族はねぇ、ほとんどが絶滅しちゃったんだぁ。月を追われ、大地に馴染めず、精霊とかいう半分魔物に席を奪われて……それでも、細く細く線を繋いで生き残ってたんだってぇ。やがて生き残りは二つに分裂してぇ、一つは時の彼方に、もう一つは自分たちを世界からも隠して生き繋ぐ選択をしたの。──その種族の名は、エルフ。そしてそしてぇ? この! あたしがぁ! エルフの王族、ハイエルフ……なぁんだよねぇ~!!」
……こいつ、まさか──セルフ「──ですよね?」だと!?
主人公パーティっぽいのがいる中で! (ハイテンションから)薄目になっている銀・結糸が、己自身に「──ですよね?」を!? ちゃんと主人公パーティも「そんなすごい奴だったのか……」になっている……!
アスミカタの三連続「──ですよね?」の時もだったけど、レギュレーション違反をした上で俺を驚かせてくる……こいつやはりデキる!!
「あら、じゃあ、私もエルフなの?」
「だと思うよぉ。『全開』ちゃんはエルフで紫輝の愛し子だから、レアリティはハイエルフとどっこいどっこいかもねぇ?」
「そうじゃったのか……それで、ハイエルフって何がすごいんじゃ?」
「えっと……御伽噺だと、精霊よりも魔力への親和性が高いとか、魔族やオーガ族よりも身体能力に優れているだとか……」
「ほーん。で、じゃあなんでこやつはユランに負けたんじゃ?」
「魔晶石を食べられなかったから……?」
……おっと。危ない。あまりの衝撃に忘れるところだった。
えーと。そう、解析ね。ハイハイ。
超距離狙撃も警戒しつつ、えーと? 腎臓からの魔力汲み上げができなくなった君は──大地から魔力を吸いあげているのか。
じゃあそれもカットしようねぇ。
「ノクスルーナ。お前の性質借りるぞ」
「どういうことなのだわ?」
地面にある涅月の結晶体、その全ての在り方を模倣し、気を走らせる。
ユランと地面の間に通った俺の気は、涅月結晶体を模倣する形で晶化し、大地の魔力の通り道を絞る。完全遮断はできないからな、吸い寄せて迂回させて弱めるだけだが。
充分だろう。なんせ今、お前の身体の中には。
「『零距離最大限』!」
「こんどはあたしが大きくなぁ~るぅ~!! やる必要ないケドまーのーびーしーてーしゃーべーる~~!」
紫輝と……そして、涅月の魔力が満ちているのだから。
……銀・結糸が、涅月だったか。確かにな。色相環で考えれば、紫とオレンジがいて緑がいないのはどうしてだろうと思ったこともあったが……涅月を追放、ね。
何かあったのは間違いないだろうな。
殺人犯と思しきは紫輝のBBと涅月の銀・結糸。窃盗犯と思しきは大地の災厄竜ユラン。
あのゲームの登場人物の割り当ては、やはり俺がトムさんで、被害者がノクスルーナで……じゃあ、探偵は。
……あまりこの話に囚われすぎないほうがいいか?
どの道ユランはもう終わりだ。竜である以上は魔力を削り切らないと死なないだろうが、無尽蔵の供給元を絶った今、あとは紫輝と繋がっている方の無尽蔵がそれを食い散らかすだろう。
やはり、どうしてこの程度の相手にあいつらが負けたのかがさっぱりわからない。無敵は確かに要素としてあったのだろうが、だとしても全滅死するほどじゃないだろう。
災厄の方は……世界に代替を起こさせないようにする、くらいしかないんじゃないかなぁ。つまり、できるだけ戦争を起こさずに仲良く寿命いっぱいまで生きて死にましょう、が……解決方法か。
釈然とはせんが、これで。
「──まさか。疑似的にとはいえこの私を駆り出しておいて、釈然としないままに謎を解決した気になって終わる、だって? 冗談はよしてくれたまえ」
声が現れる。
近くに他者の気配はない。だからこれは、『蓄音』の魔法によるもの。
「え……ゲームのキャラクターが出てきたのだわ! 声だけだけど」
「実際にいる人間をモデルにしておいて酷い言い草だね、涅月の姫君。……しかし、キミは、名探偵の作法は真似できても、名探偵ではないんだね。それがよくわかるよ」
「俺名探偵ってあんまし好きになれないんだよな。自分が読んでいる物語の主人公だってんならともかく、それ以外の登場人物が名探偵だと、俺が考えている最中なのにズカズカネタバレかましてくるじゃん?」
「それは致し方の無いことだよ、ソルスノメントゥム君。そして君は、名探偵の作法の中で、一つ、決して忘れてはならないものを忘れてしまっている。──名探偵が自らの推理を口にするシーンでは、必ず、被害者以外の登場人物の全員が揃っていなければならない……たったこれだけの作法をね」
はいはい、わーったわーった。
「アンドリアミアフィナイラロカっていう探偵役がいないところで話進めんなってことでいいか」
「推理の場に居合わせ、朗々と語られるその推理を聞き得る者は、少なくとも殺人事件の被害者にはなれない──そう言ったんだよ、ソルスノメントゥム」
……なに?
じゃあ……ノクスルーナは、被害者ではない、と?
「……アンドリアミアフィナイラロカが……被害者、か?」
「もうわかっているはずだ。キミの頭の回転はそこまで悪くない。状況は正しくろくろをなぞっている。──被害者の頭を抑えつけ、溺死させた者は誰だったのか。被害者に毒を盛り、自由を奪ったのは誰だったのか。被害者から土地の権利書を奪うのは誰だったのか。その被害者とは、誰なのか」
被害者の頭を抑えつけ、溺死させた者。ゲームにおいてはノクスルーナ。そして今は──銀・結糸。
被害者に薬を盛って、自由を奪った者。ゲームにおいてはニツァ=H。そして今は──BB。
二人が今、殺人の対象にしているのは。
そうか、ならば、銀・結糸の言葉の通り、元々は緑色の光を放っていた涅月が、今、黒を放っている理由は。
だからそれは──既に代替されたものである、と。
「──
「残念ながら、少しばかり遅いですねえ、ハイ」
そして、その巨体から、するりと……何かが抜き取られる。力を失うように動かなくなるユラン。
「【マギスケイオス】! あれを取り返せ! あれは恐らく、
「さすが──各時代を巡って大きな波を作り、その波を合流地点へと追いつかせるために、バラバラだった時代と時代を繋ぎ続けていた名乗ら
パチンと……その恰幅の良い腹が弾け、中から、無数の眼球のついた車輪のようなものが出てくる。
メラメラと燃える炎に包まれ、錫杖を持ちて立つは、まさに異形なりし者。
「──残念。あなた、良い人そうだったのに。『零距離最大限』!」
「ダメですよ。紫輝に愛された子では、紫輝のメッセンジャーたる私に傷をつけることはできません」
「ギ──ぃ!?」
BBの腕が──肩から、消失する。
紫輝の魔力のパイプになっていた腕が。
「パイル姐さん!?」
「……改めて聞いてもよいかの? お主は?」
「名前は変わりませんよ。アンドリアミアフィナイラロカ。ノクスルーナの見抜いていた通り、影に潜む高次の使者。大地の天使より、"災厄の行使権利"、確かに頂きました。そして──査定は終了しました。"世界の命運に関わることができるほどのこと"を成し遂げた存在は、そこな異物の怪ばかり。やはり人族はその全てが無駄です。淘汰され、代替されて然るべき劣敗者だ」
魔力マニピュレータを用い、BBを受け止めたアルカごとこっちに引き寄せる。
そしてその腕を再構築する。……成程確かに異種族だ。まぁ、些細な違いだが。
意識は戻っていない様子だが、一応健康にはした。
「査定ってなにさぁ! こっちはイイ気分だったのにぃ!」
「世界に要るか要らないか。たったそれだけの審判です。かつてエルフが不要と判を押されたように。かつて動物が不要とされて、魔物に代替したように。あの異物以外が……この世界で生まれ、育った誰かが、"世界の命運に関わることができるほどのこと"を成し遂げていれば、それではもう一度同じ条件で始めましょう、となったのですが……これでは目も当てられない」
「……紫輝のメッセンジャー、と。そう言っておったのぅ。そして、今、大地の災厄竜から災厄の行使権利を奪ったとも。ということはなんじゃ? これからは紫輝が災厄を起こすと?」
「はい。これまでがおかしかったんですよ。この星は災厄によってリセットを起こしつつ、どうにか誰かがそれを超えてくれないかと……天才や英雄を生み出し続けていました。災厄を超えられるよう、それよりも弱き災厄で経験を積ませることで、それらを育てようとすらしていましたね。……しかし、あなた達は弱かった。生物として、存在として。短い寿命を以て、災厄退治の経験を子孫に継承することなく、多くが無為に死に、多くが無何有の土に還った。それをもう、何度も何度も繰り返した。何度も何度も……繰り返すたびに魔が代替し、あなた達を強化し、どうにか誰かが災厄を超えてくれないかと願っているところに……異物が現れました」
……。
なんだよ。見世物ンじゃねーぞ。
「紫輝もこの星も、この異物のことは嫌いでした。どうにかして最小限の
「話長ぁ~い。っていうか紫輝君心狭すぎぃ。だし、ほんとにそれあの紫輝の話なのぉ? なんか感情豊かすぎなぁい?」
「ノクスルーナがあれほど情緒豊かなのですから、紫輝やこの星の情緒が豊かでもおかしくはないでしょう」
「むっ……確かにぃ」
論破されてんじゃねーよ。
……まぁ、大体の事情はわかった。アンドリアミアフィナイラロカがここまでおしゃべりだとは思ってなかったんだろうな、オンドウの『蓄音』魔法も時間切れになっているから、ここからは俺が繋ぐが。
声を届ける。
「アンドリアミアフィナイラロカ。お前が俺を嫌いなのはよくわかったよ」
「いえ、勘違いしないでください。個人的な好悪を言えば、私はあなたのような存在が好ましいです。良識を持ち、行動力があり、他者や行為の善性を信じる。もしあなたが異物ではなかったのならば、私の特権であなたをいつかの時代の"紫輝の愛し子"にしていたであろうほどには、高い評価をしています」
「ああそうかい。そりゃありがとさん。……で、ちょいと聞きたいことがいくつかあるんだが、いいか」
「どうぞ」
「まず、なんで
「のだわ?」
結構距離があるけど、多分見えているんだろうということで、ノクスルーナの頭にポンと手を乗せる。
……こいつ、見た目……髪っぽいけどこれ、魔力結晶なんだな。
「それが円環に刻まれていたことだったからでしょう。ああ、墜としたのは私や紫輝ではないですよ。そこで眠っているユランが下手人です。竜の感覚など知りようもありませんが、本人……本竜的には呼び寄せた程度の感覚かもしれません。実際に涅月が墜ちたのであれば、この辺りは更地かクレーター化しているでしょうし、涅月の魔力結晶体がこうも残っていることはなかったでしょうから。とはいえこの辺りが突然涅月の魔力の奔騰に晒されたせいで、ユランを相手に戦っていた複数人の魔力も乱されたようですが」
「儂らが死んだ理由それかぁ!」
「あー。魔法ごと存在を焼かれたんじゃあ確かに死ぬカモ~」
被害者は……なんらかの相談のために、同格のものを呼びつける。
キロスにおけるトムさんは……あるいは誰かを呼んでいたのか? 俺の知らない奴を。あるいは誰かに会いに……?
「呼ばれた自覚は?」
「無いのだわ。私、竜の言葉わからないのだわ。せめて純天体語で話してほしいのだわ」
「千年周期でしか目覚めることの許されない、それでいて活動期間は長くて数か月な竜にそれを求めるのは酷でしょう」
「確かに。私が竜の言葉を覚えた方が早いのだわ」
うるせー。なんでほのぼのしてんだよこいつら。
「次だ。ろくろを読むなら、紫輝の代行者はこいつを昏倒させるなりなんなり、薬を盛るんだろう。BBがこれからそれをするのか?」
「もう砕け散っているものを、さらにどう壊せ、と? あなたが体験した『円環の疑似記憶』でその紫輝の代行者が本当にやろうとしていたことは、昏睡だったのですか?」
「……いや、違う。できなかっただけで、殺そうとしていた」
「ではそれが結果でしょう。結果が同じになれば、必ずしも過程をなぞる必要は無いのです」
……へえ。
そりゃ、大事なことだな。
「次……お前がそんな珍妙な人間を演じていた理由と、今までどこに行っていたのかについては」
「私の目的はあくまで人類の査定であり、あなたたちを欺くことではありませんでした。だから、『円環の疑似記憶』の体験後すぐで疑心暗鬼になっているだろうあなたが、少しでも仲間を信じてあげられるよう、怪しむことのできそうな人物像を作ってみたのです。見当違いの推理で仲違いを起こされては、人類の査定に影響が出ますから」
「俺達が仲違いすると、何が困るんだ」
「あなたたちの関係値がそのままであれば何も問題ないのですが、もし、今の状態のあなたを殺し得る者が現れたり、その考えを根本から否定し、納得までさせられるようなことがあったりした場合、私はそれを行った人間を"世界の命運に関わることができるほどのこと"を成し遂げたと認めざるを得ないでしょう」
「俺の考え如きに随分な高評価だな」
「あなたが有する良識、常識、存在を理解している親愛……そういったものを全て無視できるほどに強く堅固な大望。紫輝や星ですら見通せないソレを変えることができるほどの価値は、未だ誰の中にも現れていません」
……どうかな。
だとしたら……津吊花札は、成し遂げた者に数えられるのかもしれないぞ。
「今までどこに、という問いは、各地に刻まれた記憶を閲覧し、該当者を探していた、というものになります。あなたの言葉にアテられたようにしていなくなったことについては、申し訳ございません。丁度いい機会だと思い、便乗させていただきました。……ですから、彼女の意識が戻り次第お伝えください。私は決して……あなたの感じていたような良い人ではない、と」
その訂正を入れること自体が、ではあるんだけど。
はぁ。
「最後だ、アンドリアミアフィナイラロカ。お前が……紫輝が災厄の行使権利を手に入れて、その後、世界はどう変わる」
「紫輝は涅月の出ていない半分の星を常に見張っています。ですから、紫輝の光に当たる者達が、世界にとって不要であると判断されたその瞬間、災厄が起こるようになるでしょう」
「竜か」
「ええ。魔竜の方ですがね。竜は紫輝の命令を受け付けませんので」
……そういう違いだったのか。
じゃあシャルフロースの村とかマリト・マフィアの時に出てきたあいつらは、紫輝の意思ってことなんかな。
「魔竜は不要である者達を食らい、席を強制的に空けさせます。魔竜は満足してその場を去りますし、余計な被害を出す前に餓えて死にます。その後、次の次の暦において、その者達の座っていた席に、魔族が座ることになります。紫輝のお眼鏡に適った魔族が」
「イチ人族からの質問よいかの? 遮ってしまうんじゃが」
「ええ、どうぞ」
「世界がそうなったとして、結局異物……ソルスの排除はできんじゃろ。それじゃあ本末転倒じゃろうに」
「いいえ。今現在、彼は"既にいる魔族の魔力パターンを模倣することで魔族に擬態"という手段を採っていますが、それは魔族になったとは言えません。代替された魔族が増えていく中で、能力的に劣る人間が足を引っ張り、結果不要という判断は加速するでしょう。そうして全てが代替された世界において、彼は必ず浮きます。真に異物となります。紫輝が気に入らないのは、大地と共に作り上げ、見守ってきた人類というものが、異物の持つ異質な言葉や在り方に影響されることそのものなのです。大地が許容したそれを、紫輝は許容できなかった。──ゆえに、真の異物となり、擬態さえも見抜かれるようになった彼は、この世界から居場所を失くし、やがて出ていくだろう、というわけです。そうなれば万々歳、と」
まぁ……だろうな。
大望……「──ですよね?」以前に、どこへ行っても剣を向けられ、何になっても奇異の目が避けられなくなるのなら……「一度は姿を晦ませ、いつのまにか主人公の背景の一つである施設経営者になっている」という状況が作り難くなる。
そんな世界には……流石にいる意味がない。
紫輝の思惑通り、俺は……出ていくだろう。この世界を。
「──つまり、教授が完璧な魔族になったら、紫輝の思惑は破綻する、ってことですか?」
「……──」
それは……ずっと黙っていたアルカからの言葉だった。
実は巨大化したままの銀・結糸がものすごい風圧を纏って手を叩く。
「アハハ! いいね、良い考えだよアルルン! 名無しさんの大望とかショージキキョーミ無いケド、これだけオーボーなコトしてくる紫輝が痛い目見るのは嬉しいかも!」
「ふむ。じゃったら儂の魂二分術を教えてやってもいいかもしれんのう。精霊にはなれたんじゃし、魔族にだってなれるかもしれん」
「ええ……無論です。そうなれば、紫輝の思惑は破綻します。……それが彼にできるのなら、ですが」
……うーん。
うーむ。
できない……んですよねぇ。
ヴァルカンの時も、センバー・アークライトの時も……本当に色んな手段を試したんだ。アレクの話を聞いた後だったから、心臓移植も試したし、新たに一人魔族を作るくらいのつもりで肉体を構成して……それでもできなかった。
何か俺の知らない法則があるんだろうけど、それの糸口すら掴めていない。
簡単に諦める俺じゃない。本当に試して試して……でもできなかったんだよなぁ。
まぁ、だから。
「──すまん、それ無理そうだから、ここで仕留めるわ」
走る。魔力の線が──薄く、鋭く。
幾重にも重なり、回転を辞めることの無い円環。美しき幾何学模様と精霊語を刻み、風を受ける帆のように揺れる、淡い橙色、深い紫輝色、黒々とした黒色。
宇宙の色と表現するに相応しい色彩が、アンドリアミアフィナイラロカを中心に展開する。
「これは……!」
「まだ
彼我の距離を無視して構築されていく緻密なる魔法陣。執念さえ感じさせるだろう"敷き詰め具合"には、アルカも舌を巻くばかりだろうさ。
まるで、この世界の法則が全て書き出されているかのような、人智をはるかに超えていく"構造"。
体温の無い魔法。
「お前は多分、善人だ。お互いの立場が違えば……俺はお前を助ける側にいたんだろう。だから、心苦しいけれど、俺はお前を殺すよ。──征封、」
「そうですか。──では、その善心に対して、命乞いというものをしてみましょうか」
「っ、……なにを」
「交換条件です。私の権限と能力により、今回の災厄によるリセットを無かったことにしましょう。そして次の二千年間、先程述べた通り、紫輝による竜災は多数発生しますが、どうぞ防いでくれて構いません。紫輝の魔力は無尽蔵に等しいですが、魔竜を操るのはまた別の話でして、無制限に魔竜が湧き出るということはないので安心してください」
「その程度で……お前の命に足るのか?」
「あなたのやっている通り。あるいは、スモーキー・
……。
余白と夢と舩と祝福と。……お前はそこまで見抜いていたとでも?
「紫輝を説得するとか、できるのか。というか失敗したら意味がないだろう」
「命の代価なのですから、命を賭して説得しますよ。それに、初めに申し上げました通り、私個人はあなたを評価しています。あなたを追い出してしまうのは勿体ない、というアプローチからも説得しましょう」
「……アンドリアミアフィナイラロカ。お前が……今、命乞いをしているのは……なんとしてでも紫輝のもとに"災厄の行使権利"を持って帰りたいからか?」
「生きたいからです。死にたくないから、でもあります」
こいつ……狙って言ってんのか?
俺が……それに弱いって、わかってて……。
「教授」
「……なんだ、アルカ」
「教授の手は、子供達を教え導く手で、料理を作る手で、誰かを育て、守る手だって……勝手に思ってます」
「……」
「それに、仮に"災厄の行使権利"っていうのが空席になったとしても、私達はもうそこには座れませんし、手にするとしたら教授かパイル姐さんですけど、多分どっちも"人類を監視して要否を決めて災厄を起こす"って役割、嫌いだと思うんです」
「別に……起こさなければいいだけだろう」
「じゃあ聞きますけど、アンドリアミアフィナイラロカさん」
「はい、どうぞ」
「仮にパイル姐さんか教授に"災厄の行使権利"が付与されたとして、二人が当然の顔をして行っている時間遡行はそのままできるんですか?」
「いえ、"災厄の行使権利"は世界と同期し続けるものです。ですから、世界と共に歩みを進める者にしか付与されません。強制的に付与された存在が世界と歩みを合わせられないものであれば、同じく強制的に合わせるよう存在を改変されるでしょう。はじめから時間遡行……というか、円環を無視して動ける涅月に"災厄の行使権利"が付与されていなかったのはこれが理由です」
「私だってこの星や紫輝と同格なのだけど!!」
「いいえ、あなたは明確に幼いですよ。あなたの前代涅月についてはエルフの方々が詳しいでしょうから、そちらへどうぞ」
つまり……なんだ。
お前は手を穢すな、と。……別に俺の手は、とっくのとうに汚れていると思うんだがね。魔物とか竜はたくさん殺しているわけだし。
「アンドリアミアフィナイラロカ」
「はい」
「……お前を信じる」
魔法を消す。……まさか、これもろくろをなぞっているとか言わないだろうな。
オンドウがジュノさんを許したあれを、そのまま……。
なんて。
「んじゃ……なんだ? えーと、この後は?」
「……緊張感のない方ですね。この後は、ここで起きる災厄が無かったことになるため、世界規模で改変が起きます。文明の途絶も今回は無かったことになるため、次の涅月歴は著しく発展するかもしれませんが、涅月歴770年の災厄は当然の顔をして発生します」
「当然の顔をして」
「はい、当然の顔をして。それまでに英雄を育てるなりなんなりしてください。間に合いそうになければ位相結界シェルターとか活用してください。本来は紫輝もそのシェルターを学習するため、位相結界内にさえ災厄が訪れる、という結果になりかねませんでしたが……まぁ、私の方でもみ消しておきます。つまり、涅月歴770年に初めて使用されることになる、というわけです。ああただ……時間関係の変更が非常に面倒臭いので、今日一日は災厄のままで、明日に切り替わるタイミングで、ということで」
「案外……融通が利くんだな。紫輝、っていうかお前自身」
「命を救ってもらった代価ですからね。これくらいは頑張りますよ。全ての企みが紫輝にバレて、私が天使の座から降ろされた場合は……匿ってください。私も、さも当然であるかのような顔をして、災厄に打ち勝つためのあれこれを人類の皆さんと共に考えますので」
思ったより良い性格してやがる。
……ふん。じゃあ、まあ。
「あちょっと待ってなのだわ! 私! 私は空に還ることができるのだわ!?」
「それはちょっと、私の権力外ですね。それでは皆様──次の歴史で会いましょう」
「ちょ──!?」
アンドリアミアフィナイラロカが消える。
ついでに……ユランも、魔力になって解けて……消えていった。
……静寂が満ち──ることはなく。
「ちょっと! 困るのだわ! 私を戻してほしいのだわ!!」
「お前さ、もうちょい余韻を楽しもうぜ」
「死活問題なのだけど!?」
「俺が天体くらい作ってやるっていったじゃん」
「……そういえば。……じゃあ、安心なのだわ?」
ただ、虚像の涅月が、黒々と輝いていましたとさ。
Ex.語られぬ言葉を受け継いで
日付が変わる時間まで、あと少しになった。
BBの意識は無事に戻り、今は【マギスケイオス】たちとなんかやってる。多分今日が終われば解けて消えるやつらと思い出とか残してんだろう。
俺は一人、レイン・ヤーガーの家だっただろう場所で……ぽけーっと、空を眺めている。
「教授」
「……ん。アルカか。どうした、BBとの思い出作りはいいのか」
「はい。もう充分です」
「そうか。……それで俺のところに、って?」
「ダメでしたか?」
「別に構わんが」
隣に……ちょこんと座る少女。ああいや、女性。もうちんちくりんではないからな。
「なんだか不思議です。教授の一人称は、私、だったから」
「俺と重なり、上書きされる、とでも? そも、容姿からして全く違うだろうに」
この世界の言葉、日本語ばりに一人称あるから……まぁ多少混ざるのは理解できるが。
「前にも言ったが、モーガン・カルストラは」
「死にました。魔王にやられて、首を落とされて……死んじゃいました。私の目と鼻の先で……必死に逃げ帰ってくるアルジオとリチャードを見た時、私、自分が何を言っているのかわからなかった。エレオノーラとヴィクニとユリウスに、精いっぱいの力で抑え込まれているところまで……記憶が飛んでいて。エレオノーラに、『収蔵』の魔法をかけてもらうまで……心が落ち着かなくて」
……。
すまなかったとは……思っているさ。
モーガン・カルストラの死は、俺が調子に乗って……魔王を挑発したから起きたことだ。あんな風にペラペラしゃべって力をひけらかせば、その次に待ち受けるものがなにか、なんて……想像はできていただろうに。
魔獣形態というものを知っていて、それが爆発的な戦闘力を得るものであることまでわかっていて……俺は、あの魔王を軽視した。
その油断が。その慢心が。
俺の自惚れでなければ……モーガン・カルストラという存在を慕ってくれていた子供達に、消えないトラウマを刻み付ける結果となった。
あと少し、俺が……大人だったら。
スライムなんか知らぬ存ぜぬで……アルジオとリチャードを連れて逃げ果せていたら。
そうしていたら……俺は、カリアンとも出会わなかったのだろうな。
「教授。私、あの時たくさん後悔して……誓ったんです。次はもう、失敗しない、って。次は……もし次が与えられるのならば、私は、私の誇る『最小限』を呪詛に変えてでも……後悔しない道を選ぶ、って」
「……知っているさ。それこそ知っているんだろう。ローレンスだって俺が、」
「モーガン教授には悪いけれど。割り切って、引き摺っていたものを降ろして……私は、新しい恋に進みます。だから──好きです、教授。あなたのことが」
……。
そうか。
「すまんな、アルカ」
「言うと思いました。ほとんど悩まずに断ってくるだろうなって思ってました。……最初は私だって、……あくまで教授の刻印行使に惚れてるだけだから、とか……幼稚な言い訳してて、でも、大人になって色々なことを違う視点で見ることができるようになって……あれが恋だったんだって自覚して」
「すまん、どんなに言われても俺は」
「わかってます。夢があるからとか、やりたいことがあるから、だけじゃない。私の言葉なんて、多分、一言も、ひとかけらだって……あなたには届いていない。大望があろうとなかろうと、あなたにとって……人が人を好きになるその感情は、一切の興味を向ける対象に……なってはくれないから」
その通りだ。
俺はそういうものを突き放して生きている。大望において邪魔だというのは当然として、俺が、たとえばなんの夢も無く新たな生を受けた者だったとしても、この考えに揺るぎはない。
だって。
「すまない。俺は……もう、一人を……愛し終えたあとなんだよ」
「え」
「一生涯を付き添った相手がいて、その人が永遠の眠りに就くところを見送った。俺の手で、俺の指で、愛する人の瞼を閉じた後なんだ」
いつか『王様』に愛を語った。「貴様が愛を語るか」なんて言われたけれど、勿論、知っているから語るのだ。
俺という存在の身の上話なんて、心底どうでもいいだろう。だから語らなかった。明かさなかった。
だけど、愛や恋という、己では制御できない暴走感情が、俺を向いてしまったというのなら。
先達として……期待をさせないことを仕ろう。
「愛に興味がないのは、俺がもう、俺という存在が汲み出し得る最大限の愛情を、注ぎ終わったあとだから。愛することを知り、愛されることを知り、そしてそれが終わったあとであるからこそ、一切合切をどうでもいいものとして扱っている。そして、もしまた俺が愛情を持つとするのならば、その矛先は、永遠の眠りに就いた相手になる。決して。何がどう転び、何がどう変わったとしても──お前に向くことは、無い。無いんだよ、アルカ」
──世界が震動する。
あの異形の天使の手によって、世界がここの……紫輝歴770年に入ってからの数日間を、無かったことにしようとしているのだろう。
「──知りません!」
「え」
「私、消えるので!! あなたが私を……ぜったいに、なにがあっても……私に振り向いてくれないって情報は、アルカ・ダヴィドウィッチは知らないままです! 私は……迷惑でしょうけど、ずっとずっと……あなたの影を追ってしまうと……思います」
零れ落ちゆく涙。
それを拭ってやる資格は……無いわな。流石に。
「真実は……知らせないであげてください。期待させたままにしてあげてください。……じゃないと私は、この先……やっていけないって……思うので」
「いや、そのたびにちゃんと話して、ちゃんと断るよ。その上で言うさ。お前はこの先もやっていけるってな」
勝手ながら。
お前は既に、巣立ったあとで。
そして……いつかは、誰かを教え導く、親となるだろうと。
心の底から、勝手に、期待しているから。
「"自分に自信の無いおかしなやつだが、将来有望な子供がいる"。"赤髪に翡翠色の瞳をした、どこか抜けている娘"。──それがモーガン・カルストラからの、お前の最終評価だ」
「……はい」
「モーガン・カルストラの目は正しかったな。将来有望──世界を災厄から救ったんだぞ。もっと自分に自信を持てよ。それだけじゃない。お前はたくさんのことをしてきたのだろう。お前は多分、モーガン・カルストラに誇れる自分になれるように、頑張ってきたのだろう」
「はい……そう、です」
「忘れるだのなんだの言ってたが、あいつは、同じ授業を二度も聞かせるタイプじゃなかっただろう。勉強会の内容忘れるなよ。そんで、次会う時は、魔力マニピュレータ、できるようになっとけ」
「……無理難題です。今の私、消えちゃうのに」
「いくらでもやりようはあんだよ。過去や未来の自分に情報を書き込むっていう裏技とかな」
やがて世界が真白に染まって──。
「今やれ! 消える前に開発し、やりきれ! できるだろ、『
「……無茶な課題ですよ、教授。──でも、私は今……学生じゃないから。……やってみせます!」
ああ、やれ。
そして……全てを持って、また会いに来い。告りに来てもいいぞ。ちゃんとフってやるから。
……懲りて愛想尽かして、「なんですか? もしかして自意識過剰にも告白してもらえるとか思ってたんですか?」とか言ってきたら……そん時はようやく笑い話さな。
そいじゃーまー。
またどこかで。