序盤からずっと利用するような施設経営者だけど強キャラに薄目にこやかで見られながら名前を呼ばれて最後に「ですよね?」で締め括られる存在になりたい   作:ブ雨堰ド

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83.知識という名の誤認(めかくし)

 ツェルニ・シュトロハイム。男性。三十一歳。【マギスケイオス】に数えられておかしくない幻術の使い手であり、対竜模擬戦闘に関する幻術空間の用意を担当する。

 非常に無欲であり、執着心というものをどこかに置き忘れてきてしまったかのような言動を取るため、管理には注意が必要。追記:絶対に逃がしてはならない人材ですので不満等々を見逃さないこと。

 

 というのが、今日から配属される幻想空間戦術訓練施設管理員の簡易プロフィールである。

 それを見て溜息を吐いたのは、教師ダヴィド──つまりアルカ・ダヴィドウィッチである。

 エレオノーラから"彼"かもしれない方を見つけましたわ、と言われて、『不死』と『蓋然』を探す手を止めて学園まで来たのだ。

 実を言うと、普段の彼女はあまり学園にいない。

 知識が高度すぎるのもあるし、対竜戦闘においては魔鉱石の武具加工を武器に戦う場合がほとんどであるため、純粋な後衛魔法使いの出番がない、というのも大きい。後衛魔法使いの勉強は越竜学園に来なくてもできるため、そもそも純後衛の生徒が少ないのだ。

 それでも『最小限(シンプレクス)』の知識が無駄になるなんてことがあるはずもなく、こうして非常勤講師として来ることもある……のだが、今回は完全に私用だった。

 

「……別に、在野にだって……【マギスケイオス】以外にだってすごい人はいると思うんだけどなぁ」

 

 正直なところ、期待三割、呆れ七割がダヴィドの心境である。

 教授、ソルスノメントゥム、迷い家の怪……。歴史上の試練や難所の前に現れ、知識や技術を伝授していく何者か。

 自身に書き込まれた記憶を参照すれば、これなる人物は、ダヴィドが考えていた以上に凄まじい人物・現象である可能性が高い。

 ヘンリーとも改めて彼がやっていたことの確認を行ったのだが、ノールック・無詠唱で位相結界を防壁のように生成していたり、余剰魔力ゼロの刻印魔法で災厄竜ユランを貫通する「だけ」の魔法を作り、それが通り抜けた痕跡とユランの臓器との交点を使って描いた三次元的立体魔法陣によって封印を作っていたり。

 余剰魔力を出さないというのは、たとえば二本の線で管を描いた時、一回きりの色塗りでその線をはみ出さず、そして空白も作らない、ということをするのが感覚としては近いだろうか。

 自身が作る魔法という名の()と、自身の操る魔力という名の絵具の量を……それこそ魔力素単位で把握しきっていなければできない芸当だ。

 無論を言うのなら、手直し込みで言えば余剰魔力ゼロをなし得る人間もいないことはない。

 現在のダヴィド、大人になったヴィクニ、あとは仙実国で出会った槍の仙人くらいか。

 

 それを、刻印魔法という「曖昧な古代魔族語から意味を解釈して取り出す」という曖昧に曖昧を重ねた魔法で行うのだから、果たしてどれほどの知覚と繊細さが必要か。

 さらには最後、彼が紫輝のメッセンジャー相手に見せたあの魔法は──全容は覚えているのに再現できないという域にあるもの。

 ヘンリー曰く、「恐らくあの魔法は全生物・全存在に対して有効で、逃れるすべもないと思う。中心に据えたものが何かによって姿を変えるはずだからね」とのこと。

 あるいは"彼"の作る料理の中で、とりわけ『蓋然』が好物に思っているという『全味覚対応団子』に似た構築式をしているのかもしれないが、現物はすべて『蓋然』が食べてしまったので解析しようもない。そういうところちゃっかりしている『蓋然』なら実は何かに転写しているんじゃないかと期待したダヴィドだったが、記憶にある限りの「最後の話し合い」では何にも覚えてないおいしすぎて、みたいなことを言っていたので望み薄だろう。

 

「……さん」

 

 その辺の確認も含めて『不死』と『蓋然』には話を聞きたいのに、三年を経ても彼らは見つかっていない。災厄が無かったことになったとしても、確かにダヴィドたちは特殊な方法を用いているから、休眠が必要になっている……という可能性は無きにしも非ずなのだが、『不死』の半身である『時渡』曰く「はて? フツーにおると思うんじゃけど。多分逃げておるだけじゃな」らしいのでそろそろ怒り心頭である。

 BB……『全開』は本当に必要な時と気が向いた時しか現れてくれないので、彼女に関しては最初から諦めている。だが他の二人に関しては……。

 

「ダヴィドさん!」

「ひゃい! あ、あ、ごめんなさい授業ですねそうですね!」

 

 彼女の目の前には──ぽっこりとお腹の出た、優しそうな目のおじさんがいた。

 ダヴィドの脳裏にある人物リストに該当する人間はいない。知り合いではない。勿論生徒でもないだろう。

 何者か。

 

「……ここは越竜学園です。あなたは誰でしょうか」

「え。……お話が通っているって、エレンさんから伺ったのですが」

 

 エレン。エレオノーラの本名だ。

 ダヴィドの脳裏にある人物リストが閉じて、エレオノーラとの会話記録が流れる。そこに小太りの中年男性の話はない。

 即ちこの男性は──……とまで思考が行ってから、自身の手にある資料が目に入る。

 ツェルニ・シュトロハイムの名の横に貼り付けられている写し絵。

 

「ツェルニさん、ですね。失礼しました……」

「ああ、良かったです。改めまして、幻術使いのツェルニ・シュトロハイムです。本日付けで越竜学園の幻想空間戦術訓練施設管理員として配属されました。よろしくお願いいたします」

 

 丁寧な人だ。別に軍属というわけでもないだろうに敬礼までして。

 では、この人が……エレオノーラの言う、"彼"かもしれない人。

 ダヴィドは口頭で施設についての説明をしながら、眼球や目蓋、眼孔の隅々にまで仕込んでいる解析用の刻印魔法を起動する。対象の魔力の質、霊質、霊魂などを視認するための刻印魔法であり、元【マギスケイオス】の『先見』が使っていたものに多少似ていると言えるだろう。それを仕込んだのがダヴィドの前代『最小限』なれば。

 

 見た、結果。

 ……普通のおじさんである。成程欠片程度精霊の血が流れているようであるが、その目に映る全てのパラメータが通常の域を超えない。強いて言えば魔力量と魔力効率が多少高いことくらいか。

 

「あ、そうだ。ちょっとお願いがあるんですけど、いいですか?」

「はい?」

「ここに"緊張のひと時(ᕙnᐴhle)"を刻んで欲しくて。あ、刻印魔法って使えますか?」

 

 自然な流れで彼を刻印魔法に誘導するダヴィド。完璧だ。

 

「使えますけど……六文字の刻印魔法は、できないですね。四文字が限界といいますか……お恥ずかしい」

「ああ、じゃあ"水掛け論(ツァーク)"とかで……」

「はい、じゃあ……"ツァーク"!」

 

 空間に文字を刻印するツェルニ。それ自体はかなりの高等技術だ……が、だいぶクセのある文字、且つ線の厚みが一定でなく、上手く意味が取り出せていないのか『槍水』ではなく『放水』程度の威力しか出ていない。しかも余剰魔力を表す塵状魔力がたくさん零れてしまっている。

 

 うん。教授じゃない。

 ダヴィドは意識を切り替えた。

 

「ありがとうございます」

「申し訳ありません、学生時代から刻印魔法は苦手で……お恥ずかしい限りで……」

「いえいえ、幻術がとんでもないって話だったので、もしかしたら他の分野でも生徒に教えられることがあるんじゃないか、っていう私の勝手な期待で……って、この話自体失礼ですね……ごめんなさい」

「ははは、構いませんよ。その分幻術ではしっかり役立ちますからお任せください。あ、幻術内でしたらもっとすごい刻印魔法が使えますよ」

「あはは……それは楽しみですね」

 

 そりゃそうでしょうよ、とは言わないダヴィドである。一般的に幻術内において、術者は想像し得る限りの全てを実現できる。だから「もっとすごい刻印魔法」など使えて当然なのだ。

 

 ──ただし、彼女はこの時点で彼を舐めていた。エレオノーラの過大評価だと思っていた。

 その評価は、生徒たちごと幻術内に引き込まれた瞬間に刷新されることになる。

 

 

 そこは、三年前のエリスフィア帝国だった。

 なんとなく見たことのある風景、ではない。全員の記憶にある限りのエリスフィア帝国。他国から来た者以外は息を呑むほどに精巧な世界。

 そして……あの日多くの犠牲者を出したオフィス街が、今、魔竜によって踏みつぶされる。

 

「っ──焦らないで! みんな、教わったことを復唱した上でことにあたって!」

 

 魔竜が咆哮を上げる。

 けれど、誰かが違和感に気付いた。あの日は前に出てくれていたエリスフィア帝国軍の兵士が来ないのだ。

 悲鳴と怒号が上がる中で、生徒たちは──ようやく動きだす。

 

「チェイン! ロッホ! 魔竜の眼球に矢を放ち、気を引け! 魔法剣は……ちゃんとあるな。油断せずにいくぞ!」

 

 声を上げたのは普段から指揮を担当するユーリッヒという生徒だ。

 連邦出身であり、去年までは士官学校にいたということもあって、有事の際の気持ちの切り替えに慣れているのかもしれない。

 

「あたしは右目!」

了解(ヤー)、左目をやる」

 

 武具加工の施された弓を用い、属性魔法の伴う矢が放たれる。ダヴィドからしてみれば魔力を込め過ぎに思ってしまうその魔法矢は、魔竜の眼球のその直前で力を失ったように落ちた。

 

「な──!?」

「ご、ごめんユーリッヒ、初動が遅れた! あの魔竜は確か、少量だけどマジックアーマーを持ってたはずなんだ! 魔法矢じゃ有効打を与えられないかもしれない!」

「謝らなくていい! その時間を全て行動に使ってくれ!」

 

 生徒たちを意にも介さず、魔竜がその大口を開けて……逃げ遅れた人々を。

 

「このっ──だぁああらあああ!」

「馬鹿、逸るなベンクト!」

 

 飛び出した生徒。捕食を止めようとしたのだろう彼は、しかし、大気を切り裂くように振るわれた尾の一撃に叩き落とされ……言葉を発さなくなる。

 怖気が走る。死、というものを、感じてしまったのだ。

 竜災の恐ろしさを肌に感じて『越竜』の門を叩いたというのに、教わる内容の高度さや日に日に力をつけていく自分たち、そして死者を出さずに竜災から帰還する先輩たちの姿を見ているうちに……忘れていた。

 死だ。これが。

 どれほどの英雄であっても。

 どれほど人望のある者であっても。

 関係が無いとばかりにその先の生を鎖されるもの。

 

「──っ、リュニス! ベンクトを回収してくれ! 治癒班は全力の治癒! その間、俺と、カール、ケヴィンで前線を張る! いけるか、カール、ケヴィン!」

「ハ、任せろ! 幻術の訓練だのなんだのと腑抜けた話だと思っていたが、これは最早本物と変わらんではないか。──そそるなァ!」

「本当にね。ユーリッヒ、確認するけれど、今回はやり過ぎたっていいんだよね?」

「魔竜相手にやり過ぎもあるか! いくぞ!」

 

 生徒たちのそのやり取りで……ようやくダヴィドは、ここが幻術内であることを思い出した。

 誰にも気付かれないうちに構築していた魔竜を殺すための魔法を消して、一息を吐く。

 

 エレオノーラの言う「とんでもない腕」。彼女は才能食いだから、才能ある者に対してこの言葉を吐きがちだ。

 だから精確な実力を測れていなかったけれど……これは確かに「とんでもない」。

 悍ましくも耳を通り抜けていく悲鳴も、喉が擦り切れんばかりに叫ばれる怒号も……今、刻々と時が過ぎるたびに増えていく断末魔も。

 すべてが本物だ。

 ブレスによって上がった大気中の魔力濃度も、憎たらしくも照り付ける紫輝の光も、鼻孔を掠める血の臭いも、竜を名に持つモノと相対した時に感じる魂の震えも。

 

 すべてが……本物と遜色がない。

 

 業火が踊る。氷棘が暴れる。斬風が飛ぶ。

 魔鉱石による武具加工、それが織り成す効果もしっかりと再現されている。何より今、消してしまった構築しかけの魔法。幻術だと言われるまで気が付かなかった程度にはいつもの感覚で編んでいたし、おかしな抵抗もなかった。

 

 本当はどこかの位相空間に飛ばされていて、あの魔竜は本物だ、と言われたって……そうかもしれないと思ってしまうほどには精巧。

 解析魔法も問題なく使えるし、治癒魔法や音の魔力などにも不備がない。

 

「く……そォォオ!」

「これが……本当の魔竜! なんと心の踊る……だが、無念、こちらの力不足だ……」

「だらしないな、二人とも。僕はまだまだやれ──」

 

 前衛を張っていた三人がブレスと尾の一撃により沈む。

 残りの面々では戦線を維持することは難しい。ダヴィドはそう判断した。

 まぁ、まだ一度も竜と交戦したことのない初等学生である。年齢的な話ではなく履修量が学年を決めるのが越竜学園であるため、彼らは教本を読んだ程度の知識しか持っていないということ。

 充分頑張った方かな、ということで。

 このまま終わりにしてもいいけれど、今後の教えやすさのために、彼女は背中を見せることにした。

 

"夕飯を呼びかける声""風の眠りを感じて""歌う小鳥を乗せて""いつか辿り着く地平線""矢を番える雄鶏""貰った果実を心に留めて"

 

 それぞれ『呼応』、『好機』、『協力』、『憧憬』、『嫉妬』、『絶対に忘れない』を意味する六文字-六単語の刻印魔法。

 言葉と魔力に従い、構築されていくのは巨大な柱だ。あるいは釘。あるいは槍。

 

 脅威を理解したのだろう、魔竜がそのブレスをダヴィドに向けようとする。けれど、いつの間にか取り出されていた彼女の杖の先端が地面に当たると同時、魔竜を中心とした六個の魔法陣がその六方を固め、身動きをとれなくさせてしまった。

 

「流石にあなた程度には、私の最強を使うまではいかないかな。私も日々、進化しているので」

 

 やがて……巨大な柱が落ちてきて、魔竜を縫い留めるように突き刺さる。

 咆哮とは違う悲鳴を上げる魔竜。じたばたと暴れようとするけれど、魔法陣がそれを許さない。

 痛みか、それとも、己の根源たる魔力を削られていく恐怖か。

 

「──天描杭(アンカー)

 

 その代名詞こそ使っていないが、彼女こそは最年少にて【マギスケイオス】入りを果たした魔導士。

 幾重の苦難を経た彼女にとって、一度斃された魔竜など、障害に非ず──。

 

 

 そうして……魔竜が動かなくなる。

 伴い、天描も消して……ダヴィドは負傷した生徒たちのもとへやってくる。

 

「治癒魔法は……」

「ダメだ……もう……ベンクトも、ケヴィンも……一撃でやられてて……どれほど治癒魔法をかけても、息もしてなくて……」

「治癒魔法は維持したままでいいから、ちょっと診せて」

 

 見る。

 見て……理解する。

 彼らはもう死している。治癒魔法は……魔力の無駄だ。

 

「ユーリッヒ君とカール君は?」

「二人は骨折が酷かったけど、内臓損傷とかはなくて、大丈夫だと思います」

「そっか。……じゃあ今回は、死者二名。逃げ遅れた一般人も含めると、六名ってところかな」

「そんな……数なんかに、しないでください。……彼らはちゃんと」

「え、だってこれは訓練だから、数にはしないと。ここからの目安になるわけだし」

「え?」

 

 何か噛み合わない……というところで、魔竜の死体も、エリスフィア帝国も、風に吹かれる砂のように消え去った。

 代わりに現れたのは、生徒たちが良く使っている訓練場。

 そしてそこには。

 

「……いやー、面目ない」

「調子に乗ったねえ。舐めすぎていた。これが明確な敗因だ。反省しないと」

 

 死んだはずのベンクトとケヴィンがいたのである。

 また、大怪我をしていたユーリッヒとカールも次の瞬間には全快していた。

 

「二人とも、どこから意識あったの?」

「多分肉体の生命活動が停止してすぐからだと思う。俺達はゴーストみたいになっててさ。声も届けられないし物体にも干渉できない状態だったんだけど、だからこそユーリッヒたちの戦いを上空から眺めることができた。それでわかったことが幾つもあってさ」

「次からは最初からこの視点を有する教師が一人いてもいいかもしれないねえ。僕が死んだのは最後の方だけど、ダヴィド先生の魔法を至近距離で見れて……とても参考になりましたよ」

「……あそっか! これ幻術なんだった!」

「ベンクト……あたし、死んじゃったんだと思って……あたしの涙返せー!」

「理不尽がすぎるだろルーティ……」

 

 そう、これは幻術である。

 その事実をようやく理解した生徒たちが、葬儀ムードから一転、すごいすごいと騒ぎだす。

 雑談へ移行しかけていたため、パンパンとダヴィドが手を打って注目を集めた。

 

「はいはーい静かにしてねー。あー、ツェルニさん、さっきの魔竜と私達の戦いの様子、停止した状態で出してもらえますか? チェイン君とロッホさんが矢を放つ直前くらいで止めてもらえると助かるんですけど」

 

 という言葉に従い、彼らの眼前にまたエリスフィア帝国と魔竜が現れる。

 一瞬ざわついた彼らだったけど、それが微動だにしないことを理解して、胸をなでおろした。

 

「申し訳ない……不勉強で、時間を無駄に使ってしまった。魔竜がマジックアーマーを持っているケースがある、ということは知識にあったはずなのに……」

「それを言うならこの竜災を当時経験していた僕が最初に動きだすべきだったんだ。あまりの事態を呑み込めずに動けなくなってしまって……本当にごめん。報告の前に謝罪を入れたのもごめん。それをするなって習ったはずなのに」

「そうだね。ここでのミスは二つ。攻撃の選択が違っていたことと、報告を入れるのが遅れたこと。すぐに動きだしたことや、声かけをしたこと、気を引くために眼球を攻撃しようとしたことは間違っていないから、落ち込まないで」

「実際ユーリッヒが動きだしてくれたから動きだせた部分は大きかったしなー」

「あたしたちだけだったら誰かが死ぬまで動けなそう」

「それじゃ、次。ツェルニさん、魔法矢がマジックアーマーに弾かれた瞬間にしてほしくて」

 

 ダヴィドはツェルニに指示を出し、少しシーンを進めてもらう。

 今まさに体表付近のマジックアーマーに魔法矢が弾かれた……というのがわかる光景が映し出される。また、生徒たちの立っている地面から透明な床がせり出して、全員を魔竜の眼球付近にまで運んでくれた。

 

「マジックアーマーについてはみんな習ったよね?」

「はい」

「じゃあ注目してほしいんだけど、ここ。まずチェイン君の矢がマジックアーマーに弾かれたあと、ロッホさんの矢が来て……わかる?」

「心なしか、ロッホの矢は深くまで入り込んでいるような気がします」

「その通り。じゃあ……カール君。マジックアーマーの弱点はなんだったかな」

「ふむ。連続攻撃だったはずだ。自身の魔力抵抗を大きく超える魔法攻撃にも弱いが、このケースには当てはまらんだろう」

 

 頷くダヴィド。尊大な言動を取りがちな生徒カールであるが、座学も欠かしていないことが伝わる。

 

「うん、正解。チェイン君とロッホさんの攻撃は、同時じゃなくて連続した攻撃になっていた。右目には回り込む必要があったから、その分の差だろうね。つまり……ここからわかるのは何だと思う?」

「まさか、あのまま矢を射続けていても、マジックアーマーは突破できた、と?」

「そう。第一射のチェイン君の攻撃で、マジックアーマーの色がわかったよね。淡い青色。っていうことは、大体100kRstくらいってこと」

「え……あれ? じゃあ魔族(私達)が持っているものよりかなり低いような」

 

 魔族の生徒数はそこまで多くないが、このクラスには猫の魔族であるミーティアという生徒がいる。

 彼女の言う通り、魔族の戦士が持つマジックアーマーは500kRst~1MRst程度のどこかに落ち着くものが多く、高位ともなれば100MRst……魔力を吸って育った大樹と同等クラスのマジックアーマーを持つ者も現れるというが、稀の中の稀だ。

 で、100kRstなど、非戦闘員の魔族にすら劣る魔法抵抗であるというのがわかる。

 

「そんな……ありったけの魔力を込めたのに、100kRstも抜けられないのか……?」

「逆だと思うよ。ありったけの魔力を込めたから威力は底上げされたけど、貫通力が落ちたんだ。だよね、ダヴィドセンセー」

「うん。ケヴィン君の言う通り。魔法矢って実は結構特殊な魔法でね、魔力を込めれば込める程威力はあがるんだけど、推進力や貫通力が落ちて、マジックアーマーには簡単に防がれちゃうものになるの」

「さっきゴースト状態で見たセンセーくらいの魔力密度じゃないと無理ってことかな?」

「あそこまではしなくていいけど、少しは練らなきゃかな。その上で連続攻撃が必要だから……そうだね。実際に実験しながらやってみよっか。ツェルニさん、素の状態の魔竜を、攻撃させずに配置できますか?」

 

 ……と。

 この後も細かい注文+指導が入り、そのたびに期待通りの、希望通りの幻術が出てきて……を繰り返したあと、授業は終わりを迎えた。

 

 

 その日の夕刻。紫輝の光が赤色になり始めた空の下、職員会議を終えたダヴィドは、彼女に呼び止められた。

 

「アルカ、ちょっと」

「ん……ああ、エレオノーラ。なに? あと学校ではそっちの名前で呼ぶのやめてってば」

 

 アルカ・ダヴィドウィッチは人族である。少々特殊な方法で肉体の時を止めているため、アルカという名前とこの年若い見た目が結びつくのは色々面倒なのだ。

 だからダヴィドと名乗っているのだから、それを徹底してほしいと。

 

「そんなのとっくに消音結界を張っていますわ。というか、そんなことどうでもよくってよ。……それで、どうでしたの、彼は」

「ああ、ツェルニさん? 凄いね、私も途中まで幻術だって思えなかった。あの規模のことができるってなると、正直どの分野にも引く手あまただと思うよ。危険すぎて実験ができないから作れていない魔道具、とかもいっぱいあるだろうし……」

「幻術の腕なんて私が一番よくわかっていますわ。彼が"彼"であったかどうかの確認を取りたいんですの」

「……。……ああ、そうだった。その疑いがあったんだった」

 

 完全に忘れていたダヴィドである。

 だって。

 

「可能性はゼロじゃないと思うけど、別人かなぁ。魔力の練り方が甘すぎるし……」

「練度の巧拙など演技でどうとでもなりますでしょう」

「どうかなぁ。ソルスノメントゥムって呼ばれていた時の教授ですら、モーガン教授の時の魔力行使の癖が出てたから……私だって自分の魔力の練り方を徹底して消せって言われても……一瞬一瞬でならできるけど、常には無理だし」

 

 そもそも魔力の使い方自体、成程幻術使いという使い方ではあっても、根底に刻印行使が染みついている者の使い方ではなかった。

 その辺詳しいのだ、ダヴィドは。

 

「なら、軍属でもなんでもない方があれほどの幻術の使い手だった、という事実を認める、と?」

「別に、歴史に名を残す天才や偉人がすべて迷い家の怪に纏わる者、ってわけじゃないと思うし……。それなら私もエレオノーラも迷い家の怪になっちゃうじゃん?」

「……確かに。……なんなら【マギスケイオス】が全員それであっておかしくないですわね」

「うん。でも、そうじゃない。ってことは……そういう人もいるんじゃないかな。あ、でも、配属報告をした時、彼、敬礼してたんだよね」

「敬礼……。成程、経歴の方に偽り有の可能性、というわけですのね」

「優しいし良い人そうだから疑いたくはないけど、生徒たちの命を預かっている以上は、もう少し深めの調査をしてもいいんじゃないかなって思ったよ」

「帝国軍だけでなく、連邦軍の方もあたってみましょうか」

 

 ダヴィドとて、「三年前に会社員を辞めた一般男性」という経歴を信じ切っているわけではない。

 あるいはそこに、この幻術の強度の秘密が隠されているのだとも睨んでいる。"彼"ではない天才の到来だと。

 

「……ちなみに、私が推薦することはありませんけど……【マギスケイオス】に紹介したら、誰かが弟子に取りそうだ、というのはあったりしますの?」

「ああ、どうだろう。魔法が噛み合いそうなのはザイカおじさんだけど、席を譲りそうなのはハクメイかもね」

「『不死』と『蓋然』が見つかり次第、様子見させるのもアリだと思いますわ。見つかり次第ですが」

「いや本当にね。どこにいるんだろあの二人……」

 

 そんな断定を下した、ある日の夕方であった。

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