序盤からずっと利用するような施設経営者だけど強キャラに薄目にこやかで見られながら名前を呼ばれて最後に「ですよね?」で締め括られる存在になりたい 作:ブ雨堰ド
あの竜災の日から、子供達の意識は明確に変わったように思う。
他の子を牽制するとか、卒業後の権力がどうとか、派閥がどうとか。
そういうのを一切考えなくなった……考えている余裕が無くなったというべきか。
貪欲に知識を貪り、貪婪に力を求め、貪戻たることを厭わず。
必然、彼らの中で、そうなってはいかなかったメンバーが浮き彫りになる。
俺と、レイナと、アストリッド・スカルドラ君と、エヴァンジェリアーナ・グランディネッリちゃんである。
つまり目算の戦闘力が、初めから10,000以上あった四人だ。
最初に突っかかってきたソフィー・ダールちゃんも、姉御肌だったセルマー・ヨシトミちゃんも……今は、余裕が無い。
「危ういワネ」
「危うい? 何がー♭」
「学園長の言葉を借りるのなら、みんな、まるで……世界を救うためなら命を投げ出したって構わない、って。そんな顔をしているモノ」
「あーね♭ でもそれが弱いって言葉の本質だと思うな# 自分にできる範囲を知らないと♪ まるでなんでもかんでも背負い込めると勘違いして♭ 分不相応な結末に辿り着くんだ#」
俺のお株奪ったりというか、常に歌うように話す子がアストリッド・スカルドラ君。リッドでいいらしいからリッド君と呼んでいる。
語尾が、というか全体的な語調に多少の違和感がある子がエヴァンジェリアーナ・グランディネッリちゃん。彼女もリアーナでいいらしい。危うくトマトゼリーに乗せられるところだった。
……ちなみに、別に歓楽国家ザミザイフェスも公用語は羅詞源語及び継詞基語である。だから彼女の言葉が訛っているのは微妙に納得し難い上に、名前も……
俺の「──ですよね?」を優先したいので指摘はしばらくしないつもりだけどね。
「別に、本来あるべき姿じゃない? あたしらがおかしーんだって」
「それはそう♪」
「……デモ、国にいては身の危険がありすぎるッテ……送り出してくれたお父様たちには申し訳ないケレド、エリスフィア帝国だって危険度は変わらないように思うワ。対抗手段を学べることを差し引いてもネ」
「そういえば僕、リアーナが越竜に来た経緯を知らないや」
「……簡単な話ヨ。ザミザイフェスは……数多の魔竜に襲われて、壊滅状態にまで陥ったノ。魔竜にとって美味しそうな……肥えた人間がたくさんいたからでショウネ」
あー……ギャンブル狂いは、確かに「不要」そうだなぁ。
それの集まっているところなんて恰好の的がすぎる。俺の目と腕の届かないところで、果たしてどれほどの、ってか。
知らんがね。なんのために稼いだ金なんだ、それで冒険者でも雇えば良かっただろう、とか。それこそ余計なお世話だろうが。
「ふーん」
「ふーんて。あんたなんか学園長に感情が無いって言われて傷ついたとかって言ってなかった? そういうところから改善しないといつまでたってもノー感情人間になるわよ」
「そ、そうなんだ……。大変だったね。つらかったね……」
「突然オーバーリアクションになっても珍妙なだけヨ」
あと多分ヘンリー君が言いたかったのはそういうことじゃないと思う。
ちなみにヘンリー君の奇行は割ともう言わずと知れたことらしく、ただ「天才とは一癖も二癖もあるものだ」みたいな常識はあるから、特に奇異には思われていないのだとか。
「この学園に演劇部があったら入って修行したのになぁ」
「部? 部門ってこと? そりゃ演劇部門なんて越竜にあるわけないじゃない」
「え? ……ああ、あんまり馴染み無いのか。他の学校だとクラブ活動とか部活動っていって……なんだろう、顧問の先生と同好の士たる生徒で集まって……なにかを成し遂げようとする小さな単位のこと、というか」
「ボクは知っているよ♭ ガルズ王国の学校には似たようなものがあったからね# 確かあそこは、『魔法パフォーマンス倶楽部』だったっけな?」
へえ。……ああでもそうか、ガルズ王国は魔法を軍事兵器に組み込みまくっている国だから……そういう花火とかパフォーマンスとか、そっちへの転用がしやすかったのかもしれないな。
一応俺も考えてはいたんだよな。伝説の花火師「──ですよね?」。潰されたか。ま、それは余裕の証拠だから……願わくは竜災に遭って絶やされませんように、って感じ。絶やされたら俺が「──ですよね?」しにいくぞ、って紫輝に脅しでもかけておこうか?
「……どちらにせよ竜災対策専門学校な越竜にあるわけなくない?」
「レイナの言う通りネ。それこそザミザイフェスなら、歌劇というものがカジノで行われることは多々あったケレド」
へー。……ザミザイフェスなぁ。
確か……あー。……えーと。書庫で……そう、『業運』だっけ? 【マギスケイオス】の一人がそこでギャンブル狂いになったとかなんとか。
アルカが苦言を呈していたのだけは覚えているけれど、それ以外は知らんなぁ。……「伝説の勝負師──ですよね?」はできそうだから、目的地リストに入れておくか? ああいやでも半壊してんだっけ?
運と言っても大きく分けて二つあるからなぁ。天運と機運。俺はその辺も干渉したくないから弄ってないけど、カジノでやるなら天運側より機運側……つまり人と人とが無作為に行うズレの方にテコ入れした方が良い。それを応用すれば、「なぜか予定が入ってきてその場所にいくことをキャンセルしなければならない」とか、「なぜか入用になるものが出てきてほしいものが買えない」とか、そういう呪詛を刻んでおける。
あの万能薬には患者として本当に欲しがっている者以外には辿り着けないような呪詛を刻んであるから、好事家の好きにはされない、って仕組みがあったり。
「歌劇といえば……ノア」
「なにかな、レイナ」
「……ん。なんでもない」
あの広域治癒に関して、それが俺の仕業だと知っている者はレイナとヘンリー君くらい。
他の皆は「なぜ起きることができたのか、なぜ再度戦うことができたのかはわからないが、とにかく
無論、歌が聞こえていたような、くらいの感覚はあるかもしれないが。
「──失礼しますわ。砂塔・レイナさんとノア・ヘドクイストさん、アストリッド・スカルドラさん、エヴァンジェリアーナ・グランディネッリさんをお呼びしてほしいのですけれど」
とかなんとかべらべら駄弁っていたら、呼び出しがかかった。
この声は……エレンちゃんか。
思わず顔を見合わせる四人。……なんだろう。俺個人じゃないってことは正体云々じゃないとは思うけど。
エレンちゃんに先導され、やってきたのは訓練室。
そこにいたのはクレーア先生、ナウラー先生、エレンちゃんにダヴィド先生、ヘンリー君。
うーんこれ。
「何かご用でしょうか?」
「……別に叱るために呼び出したわけではないですけれど、大抵の生徒は何かやってしまいましたか? と聞いてくるところですのに……なんというかふてぶてしいというか図太いというか」
「あはは……でも自分の身の潔白を知っているのは良いことじゃない?」
「コホン。良いですかな? では……よく来てくれた。諸君ら四人は、先日の竜災において多大なる武勲を挙げた者達である。よって、皇帝陛下より直々の勲章が贈られることになった」
エ。
……あー、ヘンリー君そういうの一切留めずに言っちゃうよねそうだよね。
うわ、「──ですよね?」に高いポテンシャルとか言ってたけど、全然かもしれない。むしろ最大の障害かもしれない!
「この二人はわかるけど、あたしとノアも?」
「砂塔・レイナさん。あなた自身が気付いているかはわかりませんが、あなたの拳法は魔竜相手には特効とすら言えるものなのですわ。相手の体力ではなく魔力を削ることに注力したその拳法は、私の記憶に違いが無ければ、アンシュッツ流の対非実体魔物剣技を汲み取っているもの。違いまして?」
「へえ。……ごめんなさい、あたし、理事長さんのこと……お金持ちだからそれを笠に着て幅を利かせているだけの、武理の武の字も分かっていない人だって思ってたから……意外だった」
「失礼がすぎますわねこの子。今この場で炎に巻いてやろうかしら」
「まぁまぁまぁまぁ!」
へー。アンシュッツ流なんかあるのか。ハーゲンたちが……開祖だったりすんのか? でもあれ魔剣の効能ありきじゃ。
「んじゃ、ノアはなんでなんだ♪ 実はとんでもない身体能力向上のバフをかけていたとか♭」
「……まさかとは思っていたケド。ワタシ達が再び立ち上がることのできた理由が、ノア君だったり、するのかしラ」
「なんだ、明かしていなかったのか? 確かに報告書にはそれらしきものが上がっていなかったな。……何か理由があって隠し通したかったのであるのならば、勲章の授与を断ることもできなくはないが」
「ウィルヘルム殿下からの勲章授与を断るのハ、相当な理由が必要に思うけれド」
「無論である。だが、嫌がる子供に無理を言ってまで授与したい、という方でもない。事情を話せば無かったことにしてくれるだろう」
どう……しよっかなー、これ。
勲章の授与までされた上での「──ですよね?」は……薄味にならないか。
それに、どう考えてもレイナ、リッド、リアーナの三人は主人公パーティなんだよなぁ。それが既に既知で知っている状態じゃあなるものもならない。頭が頭痛で痛いよな……。
今回は……盤外戦術でヘンリー君にボロ負けして、大人しく退散しましたとさ、が……関の山かぁ?
「ノア、なんで隠そうとしているの? あたし、あんたが凄かったってこと隠しておきたくないんだけど」
「うーん。……隠そうとしているっていうか、うーん。その後が……嫌というか」
「その後?」
立ち去るかどうかはおいといて、とりあえずここは。
「実を言えば、そうだよ。僕は広域治癒ができるし、倫理をガン無視したバフやデバフもかけられる。……けど、それを公言すると……学園にいる意味が無いと言ってくる人達とか、もっと最前線で活躍すべきだとか言ってくる人とかいてさ。……ただそれが嫌だったってだけなんだけど」
「何を言うかと思えば。少なくとも対魔竜戦闘の最前線はここ越竜ですわ。そして、その論調でいくのなら、私やダヴィド先生、そしてエカスベア学園長はこの学校にいるべきではないでしょう。もっと活躍できる場所がありますし」
「ちょっとエレオノーラ、私は……」
「その言葉が引き出す問いは、これだけですのよ。──あなたの価値は、私達に勝りまして?」
いいじゃん。
エレオノーラと同じ……あいつの美点をしっかり受け継いでいる。
あいつは謙遜というものをしなかった。自身の実力や価値をしっかりと理解していた。
それは時に、説得力と名を変える。
「そう……だね。わかっ、」
「──ところが、そうでもない」
「え? ちょっと、ヘンリーあなた」
「改めて……二年前に提唱された荒枝方舟の論文を読んだけれど、次元が違うな。この人は多分、魔力というものを……僕らの何百倍も深く理解している。そして、まるで……歌というものに
おいおい、ヘンリー君。今話が上手くまとまりかけていただろう。
というか……粗は無いはずだ。その論文はしっかり……そういう方面でリサーチされないように書き上げたものなんだから。
「荒枝方舟、っていうのは、人名だよね?」
「そうだよ。読むかい、ダヴィドさん。写本をもらってきたんだ」
「えーと……『歌唱による治癒及び呪詛効果の関連性に関する実証的検討』。……へぇ、こんな研究が」
疑念の目線は、レイナから。
覚えがありすぎるだろうしなぁ。俺にそんなつもりはないのに。
「あれから調べに調べたけれど、荒枝方舟なる人物とノア・ヘドクイストの関連性は見つけられなかった。アスミカタ帝国出身の現時点で三十八歳。アスミカタ帝国にもその人物の生きた痕跡があり、人々の記憶にも残っている男性。対して君はエリスフィア帝国生まれ、現十三歳。
「……前の時もそうでしたけど、校長先生はちょっと失礼すぎるかな。エカスベア魔導博士の再来だとかって理由だけで、他人をそんな……血の通っていない人形みたいに扱っていい理由にはならないでしょ。というか僕の存在証明はレイナたちがしてくれるよ」
「まぁ、そうね。同じCAになってからは四六時中一緒にいたし」
ヘンリー君はおそらく決定的な証拠が無ければそうだと断定しないタイプなんだろうな。
証拠が無くていいなら……推測でいいなら、そういうもの無しに真実まで辿り着けるタイプでもあるんだろう。前回のエルフがそんな感じだった。
俺のことも、直感頼りだけであれば……どう考えてもそうって思えてしまうのかね。
「ヘンリー、あなたまさか、
「そうであれ、そうでなかれ、学生という身分に甘んじていないで、僕らと同等の席につき、議論を交わしてほしいと思っている。……少なくとも世界を"この視点"で見られる存在は、誰かに教えを乞う立場であっちゃいけない。確実に教える立場だ」
「……エレオノーラ。今回はヘンリーの言うことが正しいかも。この論文を書いたのがもし本当にこの子なら、学生レベルじゃないのは確かだよ」
「いえですから……荒枝方舟なる人物と彼を結び付ける要素は一切判明していないという話ではなくて?」
「ああそうなんだっけ? じゃあ荒枝方舟って人を見つけてきた方が良いかも。その人がいればノア君の疑いは晴れるわけだし」
──フ、そんなこともあろうかと! 以前の
「ああ、無駄だよ。荒枝方舟を名乗る人物にはもう会っている。僕が行くと怪しまれそうだったから、別の人がね。それで二、三、問答をしてもらってきたけど、この論文を書いた人と完全に合致していた」
「……ならその人でいいんじゃない?」
「まさか。二年前に書いた検討と名のつく論文と現在の考えが完全一致しているだなんて、そんな進みの無い人間がいるわけないだろ。この規模の天才なら確実に新たな知見に辿り着いているよ。だからその人物が身代わりだっていうのはすぐにわかったんだ」
……確かに!
それは……それは確かに!
凡ミスだ。……いや、だとしても「荒枝方舟」と「ノア・ヘドクイスト」を繋げられる要素はないはず。
「むう。よろしいですかな、学園長」
「ん、ああ、なに?」
「今は竜災という世界の災厄に対し、果敢にも立ち向かってくれた子供達を讃えたいのです。ノア・ヘドクイストに疑惑があるというのはわかりましたが、それは彼に勲章を授与する理由の妨げになりますかな?」
「なりはしないけど、彼が望むかどうか、という話じゃなかったのかな」
「ええ、ですから、学園長側に妨げの理由はないということが判明した。これが大事なのです。そして……ノア・ヘドクイスト君。きみは、やはりまだ、ウィルヘルム殿下より勲章を授与されることは避けたいと考えるであろうか?」
……うーん。うーん。
まぁ……望み薄でも待ってみろ、って。……俺の思想を変えたる偉人、津吊花札大明神に言われたわけだし。
ここで全バラシした上で何が起きるか、ってのも……待ってみるか。
「いえ、受け取ります。……なんか単純に癪なんで」
「癪とな?」
「僕が荒枝方舟? っていう、どこの誰とも知らない人として数えられるのが、です。ノア・ヘドクイストが勲章を授与されたのなら、多分同じことを研究していたのだろうそっちの人の方が……実は僕なんじゃないか、みたいな話になりそうじゃないですか」
「素晴らしい心意気ですわ。ええ、世界を見返してやりなさい。ここにいる二人のことは気にしなくても結構。天才だなんだと言われていますけれど、まだまだ人生経験の浅い子供です。時にはあなたたちのような、未来というものを支え、切り開いていく者達が現れるのだと……証明してやるといいですわ」
おお。エレンちゃんはそっちなのか。
やっぱアレかな? エレオノーラの話とか、レスベンスト冒険隊の話とか聞いて……英雄譚に憧れる側だったりするんだろうか。
それでいてルールはきっちりタイプ。うんうん、個性があってよろしい!
……しっかし君も老けないね。女性にこれを言うのは失礼だから胸中で失礼するけど、あれから五年経っていて……皺一つないとは。
ああそういえば、生きるのに外道が云々とか言ってたっけ? ……なんかあんのかな。
「ちょっとエレオノーラ……」
「……まぁ、そうだね。君の疑いを晴らす最も簡単な方法は、君が輝き、周囲を照らすことだ。なんせ
「イイエ、かの天才の思考プロセスの欠片を見られただけでモ価値がありましタ」
「なんか小難しい話だったけどさ♪ あの時もう一度立ち上がる力をくれたのは♭ ノアだったって話でいいんだよな#」
「そうなるね。君達を夢中に誘い込み、その身体を無理矢理に生かし、屍兵の如く仕立て上げたのは僕の、」
「あーあー、自虐はうるさいから黙れな♪ こっちはありがとうを伝えたいだけなんだからさ# あの時諦めかけて……諦めていたボクを引き戻してくれてありがとな♭ あれがなければボクは、たとえ生き残れても、越竜を退学していたと思うからさ♪♭」
……。
それは……そうか。そういう見方もあるのか。
「良く言ったであるぞ、アストリッド・スカルドラ君。その通り。確かにあの竜災を経て、心に傷を負った者も少なくはない。だが、再び立ち上がり、夢中になって剣を振った事実は、彼らに不屈の心を植え付けたのである。そういう意味でもノア・ヘドクイスト君。きみの行動は勇気あるもので、価値あるものだった。私はそれを大いに評価するのである」
「ちなみに幻術使いの身からしましても、かけられた暗示効果による各種身体能力向上、及び精神高揚の効果は非常に優れたものでしたので……この授与式が終わった後、こっそり私に秘訣を教えてください!」
「おっ、やったじゃんノア。美人教諭からのデートのお誘いだよ」
「君そっちに持っていくの好きだよね……」
さてヘンリー君は。
……とんでもないものを見る目で……それを隠すように目元口元に手を当て、エヴァンジェリアーナちゃんを見ている。
ああ、やっぱり? 話し方を直に聞いて……なんかわかっちゃったかな?
「ではそろそろ授与式の時間である。クレーア先生」
「はいっ」
こうして……わざわざエリスフィア城が再現される。
なるほどこのための訓練室かぁ、なんて思っていたら、ウィルさんの登場だ。彼は流石に俺に対して何か気付く、ということはなく、そのまま恙なく授与が終わった。
***
彼女……エレン・"オーラ"・マイズライトは、その少年を呼び出していた。
昼間の授与式と違い、一人だけを。
「失礼します」
「……ああ、ノア・ヘドクイスト。よく来てくれましたわ」
理事長室へ入ってきたのは、少年。どこか旧友ユリウス・ヴァーハウストを彷彿とさせる顔立ちの少年だ。
「それで、僕だけに用、というのは?」
「幾つかあるのですけれど、全て私情ですわ。それを念頭に置いていただいて……まず、私の弟……ドレンの命を助けてくださり、ありがとうございました」
「……あれ、ああ、ご姉弟だったんですね。そういえば同姓だ」
「ええ、血は繋がっていないのですけれどね。……ドレンがハーフ魔族である、というのには、お気付きかしら」
「それは、はい。隠しているみたいだったんで言及はしていませんでしたが」
エレンには弟が二人いる。
一人はエステルト。エステルト・"ヴァーン"・マイズライト。
もう一人が……幼き頃に生き別れ、そして再会した、ドレン・マイズライトだ。どちらとも血は繋がっていない。
「あの子は……多分自分からは話さないでしょうから、私が話しますけれど。……ドレンの生まれは紫輝620年。つまり彼は今、百五十八歳ですの」
「……えっと、ああでも魔族って割と高齢でも子供だったりするアレで……」
「いえ、彼はもう充分お爺さんですわ。それで言うと私もお婆さんですけれど」
「そうは見えませんけど……」
「ええ、私は老いを『収蔵』していますから」
エレン・"オーラ"・マイズライト。【マギスケイオス】が第三位、『財宝』。この称号はそのまま彼女の魔法名というわけではない。
彼女の最たる魔法は、『収蔵』。有無としあらむ限り、万物に適応可能な「ストックをしておける」という魔法だ。
「そう……だったんですか。……あの、もしかしてなんですけど、ゼルパパムの英雄……レスベンスト冒険隊にいたエレオノーラって」
「ふふ、博識ですわね。ええ、その通り。私はレスベンスト冒険隊の一人でしたわ。なんならダヴィド先生も。彼女が誰なのか、わかります?」
「ダヴィド……。……だと、まさか……アルカ・ダヴィドウィッチ、ですか?」
「正解ですわ。彼女は私とは別の理由で長生きなのです。……私がバラした、というのは言わないでくださいまし。怒られますので」
扇を口元に当て、ころころと笑うエレン。
ノアの頬が引きつっているところが面白いらしい。
「え、あー……で、ドレン君の命が……ああ、僕の歌で」
「はい。それのおかげで生き繋ぎました。だからそれのお礼と……お願いがありますの」
「お願い?」
この子に何か特異性があるとするのならば、こっちでしょうに、と……"彼"のことばかりを疑うヘンリーやダヴィドに内心の怒りを向けるエレン。
お礼よりも、お願いの方に興味を惹かれる。与えられるものよりも、課されるものにこそ興味がある。
欲するものがない。乗り越えることにこそ意義がある。
その姿はどうにも、エステルトを彷彿とさせるのだと。
「あなたの歌を、ドレンに授けてほしいのですわ。勿論それが……あなたのアイデンティティにも等しいものであることは理解した上でのお願いですの」
「それは別に構いませんけど、どうして?」
「……あの子は戦闘が苦手で、本当は竜に剣を向けることだって嫌なはずですわ。……残念ながら、私では治癒魔法の……教本通りの教え方以外、というものをあの子に授けられませんでした。だから」
「ドレン君に確認しましたか、戦うのが苦手で、竜に剣を向けるのが嫌だ、ってこと」
さっきまでの動揺や言葉の詰まりはどこへやら、真剣な表情でそれを問うてくるノア少年。
「いえ……。でも、幼い頃からそうでしたのよ。血を見ることも、魔物と戦うことも……すべて怖い、怖い、って」
「昔そうだったことが今もそうである、なんて……あなたは彼の何を見てきたんですか? というか、今現在の彼を直視していないからそういう言葉が出てくるのか。……はぁ、なんで会話をしないのかな。まぁしたところで互いに遠慮して、本心を言えずに終わるのが関の山か」
「その……頼んでいる身で言うのもなんですけれど、どうしてあなたにそんな……ドレンが何を思っているか、なんてことがわかるのかしら」
「わかりますよ。ドレン君が毎日頑張って知識を身につけているのも、訓練をしているのも、明らかに守るためだ。討ち果たすためじゃなくて、守りたいから剣を取っている。……彼が誰を守りたがっているのかなんて、事情を聞けば一発でわかる。……だから、そうですね。エレン理事長、こちらを見てください」
「改めて言われずとも、最初から──」
指が鳴る。高めの音が理事長に響き渡った。
「……なん、ですの?」
「おまじないです。あなたが勇気を出せるような。……あなたたちが本当は何歳かとか、どういうスタンスにあるのか、とか。正直興味がありません。勝手にやっててください。ただ、本心を言わないがゆえの……言えなかったがゆえのすれ違いって、僕、一番嫌いなんですよね。イライラする。本当はどうだった。実はこう思っていた。もっと素直になれていたら、できたことはたくさんあったのに。……馬鹿馬鹿しい。奥ゆかしさこそ人間の美徳だというのなら、僕はそれを美徳に思うセンスを軽蔑する。言葉が無いと感情を伝えることもできない存在である自覚があるのならば、言葉を慎んで感情を秘するのは愚かでしかない」
怒涛だった。本当に嫌だと、本当に嫌いだということが伝わってくるほどに怒涛。
その、愚痴にも似た言葉が……どこか歌のように感じられたのは、彼の魔法の概要を知っているからだろうか。
エレンの心に温かいものが満ちる。
呼ばれている。どこかに……惹かれている。
「……これ、まさか私に……暗示を?」
「はい。レジストできるものならしてみてください。心が本当にしたがっていないことなら……やりたくないことなら、暗示なんかすぐに解けますよ。僕のこれは、それを秘さんとするストッパーを外すだけのもの。──死に別れるのはいい。だけど、未練を残すのは許さない。人より長くを生きるのなら、せめてその長生が憧れの的になるようにしてください。長命ゆえの苦しみなど──元来、あってはならないのだから」
突き動かされる。身体が、勝手に。
否──本当は最初から、エレンがやりたかったこと。
無事でよかったと、弟を、抱きしめにいかなければならなかった。
「この……目上の、しかも女性に、二人きりの部屋で、同意なく……勝手に暗示を使うなど! 紳士の風上にも置けませんわ! 覚えていなさい!」
「たっぷりたっぷり使って、つまり言いたいことは"ありがとうございます"、ですか? つくづく素直じゃありませんね」
「調子に乗らないことですわ──ああもう、ドレンに会いたくてしかたがない! から! 今日のところは見逃してあげます!」
「今の会話で抵抗すればするほど会いたくなる暗示もかけたので、どうぞ抗ってください」
エレンの中で、ノア少年の扱いが決まる。
ヘンリーとダヴィドという二大天才・二大偏屈に目をつけられた可哀想な、けど才能ある少年、から。
いつかぎゃふんと言わせてやらないと気が済まない存在、に。
……奇しくもそこに入っているもう一人こそ、モーガン・カルストラ教授だったりする。
だから……ある意味アルカ・ダヴィドウィッチよりも高度なセンサーを有している彼女であるが、怒りに染まった彼女がそれに気付くことは無かった。
どこから取り出したか、ハンカチーフをひらひらとしてエレンを見送るノア少年。
こうして……長生き姉弟が持っていた百年越し以上の蟠りが解けることになる。
本来は発生していた勘違い、すれ違い、行き違いは発生せず。ただただ、姉弟が仲良さを増して、めでたしめでたし。
──だからエレンは、心から彼に