序盤からずっと利用するような施設経営者だけど強キャラに薄目にこやかで見られながら名前を呼ばれて最後に「ですよね?」で締め括られる存在になりたい 作:ブ雨堰ド
ヘンリー・エカスベアが生まれた時、世界は騒音に包まれていた。
騒ぎ立てる声。唸り上げる声。悲鳴と怒号の中に混じる、
「頼むぞ、伝説たち……」
その言葉を覚えている。
生まれてすぐ、言葉を理解していた、なんてことは勿論ない。音の粒として、音の羅列として、記憶をしているだけだけど。
あとから話に聴けば、ヘンリーの生まれたその日、その時間に、エリスフィア帝国で竜災があったのだという。
そこにたまたま居合わせた──否、居合わせるよう指示をされていた「伝説」が見事竜を退治して、彼もまた無事に生まれ出でた。
覚えている。
あの瞬間から彼は世界の全てを記録している。彼は世界の全てを記憶している。
彼が生まれてからの三十四年間。1,147,500,000.0000秒。
……記録ができていないのは、紫輝歴770年に入ってからの十七日間。『
それでも……否、だからこそ、ヘンリーはその時に行われた世界改変の式の一端を知覚している。
災厄が起きていた世界から何が引かれた結果、災厄が起きなかったことになったのか。それを、既に明確にしている。
「──
音の魔力に干渉する魔法。それは複数の音色を持ち寄り合い、
この世界から災厄を消すために消し去られたもの。
彼が記憶している世界と今の世界の相違点。それが、これだ。
和音の消失。より正確に言うと、音同士の干渉が無くなっている。
災厄を消すには和音を消す必要があった。なぜ。関連性は。
これを受けてヘンリーは、大胆な仮説を用いる。
つまり、災厄とは、音の魔力に似た性質を有しているのではないか、と。
「成程、面白いね。いきなり僕の失態についてを詰められた時は何事かと思ったけれど、思考としてかなり面白い。英雄とは、人の営みとは、一種の波であり、災厄はいわゆるノイズキャンセリングのようなものであると」
宙に浮く椅子に座り、足を組み、『黒曜の賢者派と白銀の合理学派の思想的対立史』なる本を読んでいる少年が言う。
ノイズキャンセリング。知らない知識だ、と口を開こうとしたヘンリーの目の前に、彼が良く使う形式の『知識・記憶のアウトプットデータ』が現れる。
罠であるか、なんてことを疑う間柄じゃない。ヘンリーはそれを自身に読み込み、理解した。
「周波数……ああ、音の魔力のピッチの話か。……それをぶつけて、消す。……へえ、面白い技術だね。……いや、なるほど。つまり君の言葉は、僕ら自体がこの周波数に近い存在であるということか」
「そうさ。僕もずっとずっと気になっていた。災厄竜ユランに負けたという皆々様方。確かに今回は涅月が落ちてくるというアクシデントがあったからね、そうなってしまったのも仕方がない。けど、それまでは? 今までずっと誰も災厄竜ユランに勝利できなかったのはなんでなのか。あの程度の羽つきトカゲに文明を根こそぎ食われていた理由とは。魔力。生命力。あるいは気力や克己心なんかのところまで──逆位相がぶつけられて、打ち消されてしまったのなら」
少年は掌の上に二つの音波の映像を浮かべ、それを重ね合わせ、打ち消し、平坦な線だけを残す。
「実に面白い考えだ。
「同じ言葉を返すよ。こっちがどれほど曖昧模糊な概念を取り出したって、すべてに洗練された技術や知識を持ってくる。それでいて全知全能の存在ではないから会話が弾む。叶うことならこのまま一生世界についてを話し合っていたいくらいだ」
読まれていた本が閉じられる。直後それは、『魔導演算機の発掘と魔法式自動化に関する批判的考察』というタイトルの本に姿を変えた。
「僕は君の遊び相手だからね。君の一生が終わるまでは付き合ってあげるさ。たかだか数十年、僕にとってはあくびをしていれば終わる時間だからね」
「……君は、実際のところ、何歳なんだい? 時間遡行ができる時点で年齢というものが意味を為していないのはわかるけれど、その意識の始まりから
「僕の話なんて聞いて面白いのかい?」
「砂場で良く会う友達のことをもっと知りたいって思うのはおかしいのかな」
「おかしくはないけれど、災厄なるものが英雄の逆位相である可能性についてを詰めた方が面白いじゃないか」
「別に、言いたくないなら良いよ。……ただ、アルカさんやアレクにさえ……君は、本当のパーソナルな部分というのを明かしていないように感じられたから、いつか君が……君という存在が誰にも知覚されなくなった時、誰も君を覚えていないのは……なんだろう、勝手に……悲しいと思ったんだ」
それに、逆位相の可能性についての思考を止めたつもりはなかった。ヘンリーの脳内で、さっき受け取った知識に重ねた"可能性"について、すでに検証が行われ始めている。
会話をしたいだけだ。
言葉を使うことでしか感情を伝えられない生物であるが故に。
「……君は優しいね。天才のくせに優しいから、いつか取り返しのつかないほどの損をしそうだ」
「自己評価、かな?」
「ハハッ、言うじゃないか。……ま、僕は天才でもなんでもない。大望に焼かれているだけの渡り鳥だけど」
「渡り鳥?」
「ああ……そうか、地磁気が無いからそもそもいないのか。……魔力を検知して大陸や海原を横断するような鳥のことなんだけど」
「……少なくとも僕の知識には無いかな」
「そうかい。じゃあ、まぁ、風来坊か、渡世人か。なんでもいいさ」
本が閉じる。『初期魔王政権期における権力構造と象徴種族の政治学』という本に変わる。
「年齢は……そうだなぁ。敢えての言い方をするなら、α+五十六年+α'、って感じかなぁ」
「五十六年には何か深い意味があるのかい?」
「ハハハ、まぁね。……詳しく語るつもりはないけど……僕が人として愛を持ち、人として愛を注いだ期間だよ。それ以外のα期間で……僕が人だった保証は無い」
「愛か。……僕はまだしたことがないけれど、結婚というものは、良い物なのかな。キアステンさんからはメッテ似の女の子を見つけるといい、とか言われたけど……。まずメッテという人を知らないし」
「砂場で子供が恋バナか。しかも男同士。いいね、面白い。昨今はジェンダーフリーだ。ジェネレーションギャップでもある。……で、結婚が良い物であるかどうかは、人によるとしか言えないよ。愛する人がいて、誓いや、あるいは姓という契約を以てその証明をしたいのなら、良い物だし。別にそんなものがなくても愛が在り続けるのなら、どうでもいいものだし。そして愛を知らぬ人にとっては、対岸の火事とでもいうべきか、どれほど真剣に説かれたって理解のできない……現実味さえ薄いものになるんだろう」
彼は、本を消して。
その手に……不可思議なものを取り出す。
乳白色の砂粒。色味はそうで、そして、そうである、という以外の情報が……ヘンリーをして解析できない、それ。
「……それは?」
「僕の大事なもの。僕という存在を根本から支え、僕という存在が……愛に理解を示し続けるための、楔のようなものだよ。時々……忘れそうになるから。怪物に寄ってしまった時は、こうして人間を取り戻すんだ」
愛おしそうに、その砂粒を掬い……そしてすぐに消してしまう。
砂粒と表現はしたけれど、ヘンリーがその記憶を辿るのならば──あれは、灰と表現すべき大きさだったのやもしれない。
「ヘンリー・エカスベア。……人間が真に世界を変えたいと願う時は、どういう時だと思うかな」
「……わからない。僕は……まだその場面に直面していないから」
「正解は、危機に直面した時、だよ。世界の破滅。災厄。……そして、親しき者の、死。自らの世界……世界観というのは、知らず知らずのうちに、他者が大切なピースとして嵌っている。親しき者は中心にほど近い場所に嵌っている。……死はそれを奪うから、己の世界は要を失くして、壊れてしまいそうになる。そういう危機に直面した時、人は、真に世界を変えたいと願い──そしてそれが、今すぐにできることではないと理解する」
哀愁があった。万感があった。
聞いているだけのヘンリーの咽頭が痛くなってくるような……悔悟があった。
「愛とは、この世で最も強い力だ。だからわかる。それを用いたところで、世界とは、そう簡単には変わってくれないのだと」
「君は……その五十六年の先に、そういう思いをしたのかな」
「さぁ、どうだろう。生憎と僕には世界をどうとでもできる力があったし、僕という存在は世界を変えることなんて造作も無いから、そんな思いとは無縁なのかもしれない」
理解する。ここがラインだ。
これ以上を踏み込めば、彼とは、友達ではいられなくなる。
「……ところで、さっきの……災厄とはノイズキャンセリングの技術なのではないか、って話なんだけど」
「話題転換のやり方についてはまだまだ学ぶ必要がありそうだね」
「ああ、人生経験不足だ。……色々考えてみたけれど、"波の干渉"という点に絞れば、この世界にはいくらでもそういうものがあるよね」
「そりゃあね。この世で目に見えないものは大抵波の性質を有している」
「災厄を起こさないために天使が改変したものが和音の消滅であると僕は計測した。他の"波の干渉"に関するすべてが消えていれば、災厄は英雄の逆位相の波の
「良い思考だ。そこで浮き彫りになるのが音の魔力だね。火と炎、水と氷、風と雷、地と治癒、光と闇。この世に存在する十の属性に外れて存在する、音の魔力」
「うん。……この世界はあらゆるものが災厄のたびに魔へと代替されてきた世界である、という概念も知っている。だから、音の魔力というのも、本来あった何かから代替されたものなんだと考えている」
「普通に考えるのなら音だね。ここではない世界においても音はあるけれど、それは魔力ではなく単なる現象だ。物体振動……それが気体や液体といった媒体を通じて波を発生させ、生物の鼓膜にその振動を届け、脳が"こう揺れたらこういう音だな"と認識することで感じ取れるもの。そこに魔力は介在しない」
属性魔力とは、魔力強度スペクトルの段階の話でしかない。
等間隔ではない「十段階」から抽出された十種類の魔力。それが属性魔力の正体である。
魔法使いというのは、これら十段階を詠唱や刻印によって「調節を省略し」、魔法を使っているにすぎない。「この程度の魔力強度に調節して魔法を放つと炎になる・氷になる」などというのを体系化し、ショートカットを作っているのにすぎないのだ。
そしてそこに、音の魔力というものは入っていない。
音の魔力。これの利用法は各国各地で開発されてきた。
けれど、どれも広くへ普及されることがなかった。単純に扱いが難しい、というのもある。
だけど、と。ヘンリーは仮説を用いる。
「仮設:音の魔力は災厄と密接な関係を持っている。連動するとまで言える。音の魔力の使い方が広くに浸透しないのは、人間に災厄を制御されると困るから。だからこの魔力だけ、原始的な使い方しか見つかっていない……つまり、知識の制限、ないしは文明発達の阻害が行われている」
「じゃあ僕は同盟者の立場として反証を出そう。確証バイアスを避けるために。まず、原始的な使い方しか見つかっていないとはいうけれど、他の魔力・魔鉱石とて文明的な使い方が見つかっているとは言えないんじゃないかな。魔道具や武具加工においては魔鉱石嵌めるだけだしね。反面、音の魔鉱石には拡声器や通信という使い方が見つかっている」
「まるで音の魔鉱石の方が文明的な使い方がされていると言いたげだけど、それは火の魔鉱石が火を出すことと差異が無い。……いやそうか、これは、僕の原始的な使い方しかされていない、という言い方が悪いな。つまり、その場その場で個人が使うことしか発想に至れないというべきだ」
シュライン・ゼンノーティが魔法剣を生み出した時は、その使い方が世界の隅々にまで行き渡った。加工法が知れ渡ったわけではないけれど、そこに知識の妨害は断たなかった。
そこからたった百三十年ほどで、各国のある程度の実力を有する戦士ならば大抵有している、という程度まで普及している
対し、音の魔力については、涅月歴0年より前から魔族によってその使い方が示唆されてきたというのに、個人が作りだしたスピーカーや魔王クラスの存在しか持っていない通信水晶レベルのものしか出てきていない。
「なるほど、そう改められ、そう比較されると、確かにおかしなことだ。特に通信水晶なんてものはもう少し普及があってもいいだろう。ロストランドのような特殊な土地でもなければ、大気中の音の魔力に邪魔をされて上手く通信ができない、ということを差し引いても……あるいは巨大な塔のようなもので無理矢理に音の魔力の通り道をつくるような発想があっていいくらいだ。音魔塔とでも言うべきものがね」
「一つの案として保留しておくよ」
「ふむ、そうだな。……逆に、じゃあ、広くに普及していた場合、どのような使い方が出てきていたと思う?」
「それは……難しいよ。僕はゼロからイチを作ることができない。アイデアを生み出すのは最も苦手な分野だ」
音の魔力の性質を考えれば、探査などには使えるのだろう。反響定位を用いて。
だが、そんなことは他の魔力でできる。ヘンリーはそう考えてしまう。音の魔力ならではの使い方、なんてものは、到底思いつけない。
「まずは音響だ。レリックオークションのような会場で使われるだけのものではなく、遠く遠くまで音を響かせる類のもの。あとは、たとえば国じゅうに音響塔を設置し、国家元首の決定を強制的に聞かせるものだとか、あるいは個人個人が有する媒体に登録した音楽を、その個人個人が好きな時に聴くことのできる仕組み、なんかね」
「……音楽家が泣いてしまうよ、それは」
「『蓄音』の魔法も万能ではないさ。人間が感じ得るのは平面的な音ばかりじゃない。生演奏でしか感じ取れない立体感は損なわれるものではないと思うよ」
「そんなものなのか。……そういうのは実体験あってこそだろうね」
だが、確かに、と。
ヘンリーは考える。声もまた音の魔力である。だから、たとえば、この学園長室の椅子に座ったままに、魔王国の誰かと会話ができたのなら、それは大層仕事が捗ることだろう。移動に要する時間というのは耐え難いほどの浪費であり、危険を伴い、なにより疲れる。それが無くなったのならばどんなに。
「それこそ、たとえば僕の歌唱魔法を個人が所有する媒体に保存し、いつでも取り出せる、ってなったら便利だと思わないかい?」
「……どこでも、君がいない時でも……広域治癒と暗示によるバフが使える。それを拡声させれば、より広範囲に届けられる」
「そういうこと。こういうの、いわゆる音によるニューロモジュレーションっていうやつさ」
成程、いくらでも用途が見つかりそうだ、とヘンリーは頷いた。
「あとは、音というのは振動の別名だから、これを使って流体制御もできるかもしれない。といってもこれは他の属性魔法を使った方が早いか」
「属性魔法は適性に結構なばらつきがあるけれど、音の魔力の適性は皆一緒だ。だから、魔法が苦手な人でもそれらが行える、という点で見れば発展していた可能性はあっただろうね」
「……考えてみればそれも"音の魔力が代替されたものである"という話の裏付けになりそうだね。明らかに後から出てきたものだから、色々な調整ができなかった、というように感じる」
「他にはどんな技術があるのかな。君の知識を聴くだけで、想像が広がって楽しいんだ」
「災厄と音の魔力の関連性に関してはどこへやったんだい?」
「勿論考えているよ。思考リソースと会話リソースは完全な別個として動かせるから、問題ないよ」
肩を竦める少年。
「あとは……そうだな。音で生体の制御、というのもあるだろう。さっきのヒーリングミュージックの話じゃなくてね。……音は非侵襲で安全性の高いエネルギーだ。だから、今刻印魔法を薬剤に刻み付けて行っていることが……それをやることなく、音で薬剤を誘導したり、細胞移動を制御したり、瀛毒だけを破壊するとか、組織再生を促進するとか……色々できておかしくない」
「なんだかそう聞いていると、音の魔力という名前は偽りで、本当は万能の魔力であるかのように聞こえるよ」
「……」
なんでもできる、と言わんばかりの口ぶりをヘンリーが冗談めかして言えば、少年は真剣な顔になった。
「確かに。……仮に、これが……音の魔力ではなく、振動の魔力だった場合。この世界の大抵のことは振動が正体なわけだから、逆にいえば、すべての自然現象にアクセスできる万能魔力ということになるな。ああいや、結界の類は別……だけど、あれは結局、指向性の魔力を面として存在させているだけだから、それも振動で制御できるような」
「といっても、現実からいって音の魔力にできないことは多いから、万能には程遠いだろうけど」
「たとえば?」
「……音の魔力にできないことの代表例、ということかい? そうだな、じゃあ、火をつけるとか」
室内の音の魔力が動く。少年による干渉で、音の魔力が彼の指先に、小さな火を宿した。
「これは僕が魔鉱石の加工技術を模索している時に見つけたことだけど、この世界には魔力に依る自然現象とそうではない自然現象が存在する。どちらも結果は同じだけど、内容物が魔力であるかそうではないか、という違いだね。……そして、音は万能とは言えないけれど、かなりの分野に手を伸ばすことのできる存在だと思うよ」
「……音の魔力が干渉できない領域についてを問うた方が本質的であるように感じるよ」
「いいね。……まず、簡単なのは、真空だ。宇宙。この星の外には、音が発生できない。……そう考えると宇宙空間には災厄の手が届かないのかな。でも紫輝は宇宙空間に……いや、そうか、少なくとも紫輝の光がこの紫輝系には充満しているから、この世界の宇宙は真空とは言い難いのかもしれない」
「けれど、音の魔力は同じ音の魔力以外には阻まれないよ。それってつまり、他の魔力を媒質にすることができない、っていうことなんじゃないかな。紫輝から降り注いでいる魔力がどれほど充満していたところで、結局災厄は、この星から出ていけないんじゃ」
「……一考の価値あり、と感じるね」
既にヘンリーは紫輝の観測を行うための探査機……刻印魔法で制御する自立型探査計算機というものの設計を始めている。
それがどれほどの時間をかけて計測し終えられるかについて、もし涅月歴770年の災厄を挟んでしまっても、宇宙空間にそれがあれば平気である、という希望が見えてきた。
「あとは、量子的な分野にも音は携われないけど……この知識は流石に未来すぎるし、この世界でも必ずそうとは言い切れないから、渡さないでおくよ」
「わかった。そこの裁量は君に任せよう」
「そう考えると魔力・重力・強い力・弱い力のどれにも音は関われないんだな……。……そう、それで、あとは……超伝導や極低温にも干渉できないけれど、ここも……いつかこの世界の人々が辿り着くべき場所か。うん、聞かなかったことにしてほしい」
「それは難しい相談だね。その言葉からそれらがどういうものであるかについて、既に僕の中では百以上の案出しが行われているよ」
「天才も考えものだね」
「今のは君が悪いよ普通に」
少年は乾いた笑いとともに、「そんなところかな」と話しを締め括る。
「つまり、世界の根幹とでもいうべき部分には触れられないけれど、それ以外ならなんだってできるのが音の魔力というものの正体だ。音というのはその多能の一部分にすぎない。これが音の魔力と名付けられていること自体が知識の制限という言葉に繋がるほど、こいつにはできることが多い」
「その多能魔力をベースに災厄というものを実現させているから、多能魔力の一要素を消せば、それに連なる災厄が全て消える、ってことか」
「恐らくはね。けど、和音というツリーの枝葉が災厄だったとは夢にも思わなかったよ。……ある意味で"アコーディオンは竜災によって消された"は正しいのかな。災厄だって竜災なわけだし」
「……竜災も音の魔力……多能魔力のなんらかの要素と繋がっている、という可能性はあると思うんだ。そこをどうにかすれば、竜災自体を……なんなら竜を消すことだってできるんじゃないかな」
「可能性はもちろんゼロじゃない。けど、それをやると、今度は紫輝側もなりふり構わなくなる可能性が出てくると思っている」
少年の懸念は尤もだった。
今でさえ……ヘンリーは竜災を受け流しつつ紫輝を撃墜する、という動きにシフトしていっている。
果たしてそれは、紫輝にどう映るのか。
「多分だけど、アンドリアミアフィナイラロカが必死に便宜を図ってくれている。それが無ければ、今すぐユランが目覚めていたっておかしくないことをやっているんだ、君は。君という高波の逆位相に相応しき竜災が現れても、という話でね。……だから、竜災を消そうとするのはオススメしないかな」
「消そうとするのはやめるとしても、僕は知りたい。観測したい。竜災が何と繋がっているかを見極めたい」
「それは最後にした方が良いという忠告だよ。紫輝を計測し終わって、いつでも挿げ替えが行える、という段階になってからやり始めたって遅くはないだろう」
「……そうか。そうだね。……その段階に至るまでに、僕が老衰していないことを願うばかりだ。……僕は長生きしたいとは思っていないから」
「人道から外れないために、かい?」
「君と友人であるために、だよ。……僕が怪物の側に寄ったら、君、僕から離れていくだろう。怪物の砂場に興味は無いだろうからね」
ヒュウ、と口笛が吹かれる。
正しかったらしい。
「それじゃあせいぜい人生を頑張ってね、人間」
「それと……君を、もう少しばかり人間に縛り付けるため、でもあるよ」
「欲張りだね。流石人間。分不相応という言葉の意味を知らない。──また呼んでよ。そしてまた話し合おう。ノア・ヘドクイストは、いつでも君の足掻きと共にあるよ」
「……次はやらかしへの呼び出しでないことを祈るよ」
ヘンリーが冗談めかして言えば、バツの悪そうな顔をする少年。
みだりに技術を作ることはやめてほしい。それが此度の話の第一声であれば。
こうして、この日の会合はお開きになったのだった。