序盤からずっと利用するような施設経営者だけど強キャラに薄目にこやかで見られながら名前を呼ばれて最後に「ですよね?」で締め括られる存在になりたい 作:ブ雨堰ド
ずぅんという大きな音を立てて、その巨体が倒れる。
耳に覚えるは誰かの荒い呼気。誰も油断はしていない。誰も警戒は解いていない。
けど……その巨体から、魔力反応さえも消えたとあらば。
誰かが……零す。
「勝っ……た?」
「倒せた……?」
「やった……やったんだ!」
歓声がやってくる。
紫輝歴778年深緑の月48日。個体名「バラルギル・タータン」。全長17.1athl、推定体重685.7katms。討伐時間2時間49分41秒。
越竜学園778年期入学生……つまり、現在の一年生のみでの魔竜一体の討伐。あと九秒で三時間を超えるギリギリ手前──周囲に助力を要請しなければならないとされる最大時間──で、初めて討伐を完遂してみせた。……なにより犠牲者ゼロで。
後世においては「人類に勢いが付き始めた最初の一歩」と評される戦いであり、そして、当事者たる者達にとっても……希望の灯となる戦いだった。
人間は竜に勝てるのだと。
英雄や伝説が味方にいなくても……打ち払い得る露でしかないのだと、そう気付いた日である。
夕暮れ時。越竜学園の屋上にて。
普段はスランプやら壁にぶち当たった、みたいな生徒が多くいるここだけど、今日は誰もいない。
みんなグラウンドで行われている祝祭に出ているからだ。
「君も混ざりにいったらいいのに。──エヴァンジェリアーナ・グランディネッリ」
「長いからリアーナでいいと言ったでショウ、ノア・ヘドクイスト」
眩しいものを見るように、自分では手に入れられないものを見るように。
彼女は祝祭の炎を……羨ましそうに眺めていた。
「あなたこそ、今回の竜災打倒の立役者でショウ」
「ヒーラーの僕がMVP扱いされるのなら、アタッカーだった君がその槍玉にあげられないのはおかしな話だよ」
「ワタシはいいのよ。ワタシがいなくてもどうにかなったことしか手伝っていないカラ」
「それがただの謙遜であれば良かったのだけどね。残念ながら事実だ。……とどのつまり、君も確認したかった、ってことでいいのかな」
「何ヲ?」
「災厄が無かったことになった新たな千年。その第一歩を」
問えば……クスクスと上品に笑うエヴァンジェリアーナ・グランディネッリ。
「ええ、そうネ。……あなたがいなければ、最高だったのだケド」
「それは失敬。けど、個人的には嫌われていなかったはずじゃないかな」
「それは個人を見た話ヨ。あらゆる好悪は時と場合によって変容する。そうでショウ?」
「正しいよ。結局は君が正しい。僕が悪なのは未来永劫変わらないだろう」
地属性の魔力を編んで、グラスを二つ造り出す。
そこに虚空から取り出した青みがかったワインを注ぎ、片方のグラスを彼女に向けて投げて渡す。
くるくると回転するグラスからはしかし、どんな液体も零れ出でない。
「これハ?」
「やっぱり知らないか。歓楽国家ザミザイフェスの特産品、
「……試したのネ。ま、仕方のないことでしょう。ザミザイフェスに王族なんていないのダシ」
青のワインを口元に当てる彼女に待ったをかける。
「ちょっと、少しは人間の作法に倣いなよ。こういう時は乾杯をするものだよ」
「そう。なら、ワタシたちは何に乾杯するのかシラ?」
「それは当然この夜の素敵な出会いと、そして人類がまた新たな一歩を踏み出し始めたことについて、でしょ」
「長いワ。──歴史の新たなる一ページに、乾杯」
「
距離があるけれど、しっかりと衝突音をチリンと響かせて。
その青いワインをこくこくと飲む。
「……ちなみに君って味とかわかるの?」
「わかるけれド、伴う感動が無いカラ、違いが感知できるダケ、という感じかしラ」
「ふぅん。僕はちゃんとわかるけど、酔うことはできないんだよね。いや、肉体が酔っていようがいまいが関係なく意識が明瞭であるというべきか」
「しっかりと肉体に精神を結びつけないカラヨ。それは死体を操り人形にしているのと変わらないワ」
「返す言葉を持たないよ。僕の精神……というか意識は、この世界の肉体とは相性が悪いんだ。君の雇い主が喜ぶ情報かな、これ」
「雇い主というヨリ、親というべきネ」
なんというか、接続端子が合わないんだよな。この世界の精神の受け口と俺の意識って。
だから睡眠中だろうと覚醒中だろうと関係なく冷静であれるというか。同じく肉体がノってなかろうが精神がテンアゲなら一気にフルスロットルまでいけるというか。
「ちなみに女の子で来た理由ってあるの?」
「話が飛ぶワネ。……別に、ワタシに性別というものは無いモノ。男性の姿を取りがちではあるけれど、本質的には魔力の塊に近いカラ……少女の形にしたノハ、あの天才やあなたに察知され難くするためヨ。まぁちゃんと言語を決めきらずに来てしまって、あの天才には怪しまれていたようだケド」
「怪しんでいたというか、断定していたというか。欠片でもボロを出したら一瞬で根元まで食ってくるよ、アレ」
「恐ろしいワ。出生調整とかいうあらゆる調整物の中でもとりわけ面倒臭い調整をさせるから、まったく紫輝は、いつもいつも臆病で腰抜けね、とか思っていたのだケド、目の当たりにしたら納得って感じネ」
「夕暮れ時とはいえ大丈夫なのかい、そんな悪口言って」
「これくらいなら常に言っているから大丈夫よ。腰抜け、臆病、ビビり、不器用で大雑把、偏執的、友達いない──アイタッ」
がぅんっ、と。……なんだろう、見たことのない形状・材質だけど、直感的にゴミ箱と感じるものがリアーナの頭の上に現れ、降ってきて、その頭蓋を直撃し……消えた。
……会話するしないはやっぱ関係ないかな、ヘンリー。
人間性がある、という知覚が……それだけで充分だから。
「仲が良いんだね」
「……難しいワネ、それに頷くのハ。直近まで自他の境界線が無かったノニ、突然ワタシが本体、オマエはメッセンジャー、って言われテ……その相手と仲が良かったと表現するのかシラ?」
「なに、君達ってプラナリアみたいな生態なの?」
「プラナリア?」
「あー……いるのかわからないものの知識の説明って難しいな。概要をアウトプットしたからこれをインプットしてよ」
使い勝手のいいヘンリーの魔法を使い、雑多な概要を渡す。
特に疑いも持たずにそれを読み込むリアーナ。しばらくしたあと。
「異世界って、フシギな生物がいるノネ。魔力も使わずに竜を超える再生力とカ、どうかしてるワ」
「この世界にはいないのかい」
「いるかもしれないケド、ワタシは知らない。といってもワタシに知らないことなんていっぱいあるカラ、それがいないことの証明にはならなイ」
「紫輝は全知全能ではないって話かな」
「紫輝も、星も、涅月も、あるいは緑月も。誰も全知全能であったことなんてないワ。全知全能に憧れを持つ人類はたまに現れるけレド、その理由もわからなイ」
「……」
「……ナニ? ナニか、反論?」
「いや、『先見』のオンドウが何か仕込んでいないかを期待したんだけど、流石にだったらしい」
流石の名探偵も災厄で終わらなくなった世界のあとで、竜災を乗り越えるための学園が開かれている、なんてことは読めなかったか。
……こんだけフラグ立てて置けばまたいつか出てくるんじゃないかって。癪には障るが、結構助けられたしな。
「次の暦に生まれてくるのを待つしかないワネ」
「そうらしいね。……全知全能か。確かに僕も憧れは無いかな。なんでも自分でできて、なんでも知っている、なんて……サイコーに詰まらない。この世界に来た時、強制的にそれが付与されていたら、一目散に逃げ去っていたかもしれないよ。惜しいことをしたね、紫輝」
「全知ではないかもしれないケレド、全能には近いでショウ、アナタ」
「それでも全能じゃない。……ああ、昔神に全能亭なんて名字をつけられはしたけれど」
「どの神?」
「カタツムリの神。名前はなんだっけな。スモーキー……」
「ああ、スモーキー・
「そうそうそれそれ」
神も……謎な存在だよな。
大地の魔力の化身っぽい振る舞いはしているし、竜というのがそもそも神の成りそこないであると考えると、なら、神とはそのまま天使の一形態だったりするのかな。
災厄担当が竜で、英雄担当が神、みたいな。
「神というものについてを解き明かすのは、アナタに任せるワ。アナタ、自分は知識を振りまくクセに、他者から知識を授けられるのは嫌いでショウ」
「耳が痛いね。痛すぎて取れてしまったよ」
「ただ、ソウネ。サラード・
「いいけど、自分で行けばいいじゃないか」
「ワタシは紫輝の魔力の化身だもの。大地の魔力の化身とは会えないワ」
「ノクスルーナとは対面できてたじゃん」
「災厄の地では、当然でショウ。あそこには涅月の魔力が満ちていた。そこへワタシが行ったって、ノクスルーナが弾き飛ばされる結果にはならなイ。けど、位相結界も持たない神にワタシが会いに行けば、激しい忌避を覚えさせ、逃げ出すことを許してしまうワ」
……そんなものなのか。
別に、大地の魔力の英雄だって紫輝の魔力を使っているところをよく見るから、その辺平気なんかと思ってたけど。
「わかったよ。なんて伝える?」
「『賭けに勝ったのは、アナタ。古の約定に従い、アナタの定めた一人を死の運命から解放することを許す』、と」
「へえ、大盤振る舞いだね。紫輝自ら時の円環に干渉するんだ」
「他者への伝言に口を挟むのはバッドマナーではなクテ?」
「確かに、その通りだ。ごめんね、謝るよ」
それを俺に託す、ということは。
俺が次行こうとしている年代までわかってるってか。
「……さっきの話」
「うん?」
「ワタシと紫輝が、仲が良い、という話についテ」
そこでちょうど、紫輝が沈む。
山々の向こう側へ、話が聴けないことを惜しむかのように。
「仲が良いかどうかは、正直わからなイ。──けど、家族ヨ。アナタが欲しかったのは、この言葉でショウ?」
「……僕らは紫輝をどうこうしようとしているんだ。そんな同情を誘うような言葉を、僕が欲しがると思うのかい?」
「ダッテそれは、アナタの覚悟だもの。……公園の砂場で遊ぶお友達が、アナタのためを想ってしてくれた目隠し。外すつもりなんでショウ?」
「プライバシーってものがないよね、君達はさ」
「どんな悪事も企みも、紫輝が見ている、って……よく言うでショウ」
「初耳だけど」
「アラ、なら、人間についての勉強不足ネ。アナタも学び直した方が良いワ」
余計なお世話だい。
……ふん。
「エヴァンジェリアーナ・グランディネッリ。僕は君を最後までそう呼ぶけれど。……もう行くのかい」
「そうネ。間違っても……ワタシやアナタがいたから勝てた、ナンテ……思ってほしくないカラ」
「僕にも前線から退いてほしいとは欲張りだな」
「今は別に、いても良いんじゃないかシラ。どうせ十年で卒園はしなくちゃならなイのだかラ、些細な違いダワ」
「ふぅん。……そうかい。それは、まぁ、君にも言えることだろうけど。……ああそうそう、BBから君に伝言があってさ」
「……アア、ワタシが腕を奪ってしまった子ネ」
「奪えていないよ。僕が治したから。……BB曰く」
──やっぱりいい人だったってのは再認識したけど、それはそれこれはこれ。いつか零距離で最大火力をぶっぱなすから、覚えてなさい。
「だってさ。こういうこと言うのはなんだけど、ワードセンスによってかませ度って上がるよね」
「……良い人は、子供達の間に混ざって……その謳歌の一部を奪ったりしませんよ」
「その反論は僕にも刺さるな。だから安心すると良い。僕が良い人だから、君も良い人だよ」
「世界にとっての瀛毒が、よくもまぁぬけぬけと。──さようなら、ノア・ヘドクイスト。華々しき戦果に泥を塗るつもりはありません。エヴァンジェリアーナ・グランディネッリのことは、次第にすべての人の記憶から消えるようにします。悲しみや忘却への悔悟を思い起こさせぬよう、記憶、記録のすべてから、ひっそりと」
「十年くらい付き合ってあげればいいのに。そんなに忙しいのかい?」
「ええ、誰かさんの尻拭いばかりで」
「あはは、それはどこの誰だろう。君とは僕も親しいからさ、見かけたらやめるように言っておいてあげるよ」
一瞬、業火が立ち昇る。屋上を焼き尽くすほどのその火は、リアーナの身体を焔に巻いて──そして。
「さようなら。次に会うのは、紫輝でかな」
「さようなら。いつでもどうぞ。私自身はあなたの来訪を歓迎しますよ」
消える。
……消えた。
残されたのは、ワイングラスだけ。
完飲されているそれを手に取り、地属性の魔力の状態にまで解いて。
自分の方のグラスを掲げ……紫と赤のグラデーションを持つ空に青を重ねて。
「新たな一ページに、乾杯」
少しばかりの余韻を楽しんだ。
翌日。
教室で読みかけの本を読んでいると、隣に気配が。
顔を上げれば、なーんぞか半笑いなレイナと……なんだか懐かしい顔な、いつかの一年生……今は五年生の少女が。
「あの!!」
「耳元で大声すぎるかなあと顔近いよ」
「ノアくんって……今、フリー、なん……ですよね?」
……。
キ、キ……いやこれじゃなーい!!
「……それは無所属という意味で?」
「男女の関係にある方がいるかどうかという意味で、です!」
「確かにその意味じゃフリーかもね」
「所属でも別にフリーでしょノア」
「いやいや越竜学園に所属しているよ僕は」
「あの! ──付き合ってください!」
レイナを見る。肩を竦め、半笑いであるその顔には、でかでかと「OKしちゃえば笑」と書かれている。
唐突に腕立て伏せしたくなる暗示をかけておく。
「……まず、君の名前は?」
「あ、そうでした。私は越竜学園五年生、治癒術師科のマリーライト・フラディオネールです!」
懐かしいね。ツェルニの時に覚えた子の一人だ。リュニス・エリオンベルグと並んであのクラスのヒーラー担当だった。
……で、それが?
「付き合って、というのは? 買い物に、かい?」
「お付き合いしていただけませんか、というお誘いです。男女の交際です!」
「やったなノア♪ お前の好きな年上の女の子からのお誘いだぞ♭」
うるさい
「流石に初対面がすぎるかな。こう見えても身持ちが固くてね、まずはお友達からでどうだろうか」
「わかりました! じゃあ、いつ結婚しますか?」
ぶふっと噴き出している二人には、それぞれ腕力が二分の一になる呪詛をかけておく。
「話を聞いていたかい。僕たちは友達。友達は結婚なんてしないだろう?」
「でも、まずと言いました! いずれお付き合いいただくのであれば、今、いつ結婚するかを決めておいても損は無いと思います!」
「卵の内から雛を数えるな、って言葉を知らないらしいね」
「はい、知らないですね! ノアくんは博識なんですね! そういうところもグッと来ます!」
「ふむ」
なんだ、リアーナが呪詛でもかけていったか。
まるで話が通じんぞ。確かにツェルニで見ていた頃から猪突猛進な子だなぁとは思っていたが。
「ところで、教室の扉裏で息を潜めている先輩方々はどういう了見だったりするのかな」
「んな、耳元っ!? ……あ、ああ。例の歌唱魔法の応用か」
「そうだよ。腕章を見るに、五年生だ。つまり彼女の保護者と見たけど、何かようかな」
「あ、いや……マリーライトが突然一世一代の告白をしてくる、なんて言うから、気になってついてきてしまっただけで……」
「つまり先輩たちがけしかけた、とかではないんだね」
「そんな外道なことはしない! 彼女の気持ちは彼女だけのものだ!」
……相変わらずの光具合。
えー。うーん。
「もし羞恥が無ければ、僕の何が好きになったのかについてを教えてくれるかな」
「うわー鬼畜ー。さすがノアー。女の子をもてあそぶことに慣れてる~」
「こんな大勢の前でそんなことを語らせるとか♭ サイコーだなノア#」
野次馬の体感する体重を五倍にしておく。
「まずは、その覚悟ですね! 先日の一年生のみの竜討伐を応援させていただきましたが、ヒーラーでありながらほとんど最前線に立って治癒をして、被弾もせず、バフをかけたりデバフをかけたりして立ち回って……。……治癒魔法は属性魔法の一種ですから、勿論身体強化の魔力との併用はできません。だから一撃でも竜の攻撃に当たれば即死もあり得るのに……その立ち回りで、しかも味方を邪魔することもなくて……その覚悟と技量に憧れました!」
あー……死の覚悟、ね。
それは俺の一番の苦手分野だな。それができていれば……アルカの前代『最小限』にも嫉妬していなかったのやもしれない。
「次に、歌声です! 私、あそこまで心に染み渡るような歌を聴いたのは初めてで、自分が効果範囲にいたわけでもないのに涙が出てきてしまって!」
「それは光栄だね」
「そして何より、優しさです! あなたは誰も見捨てませんでした! 竜災と相対するにおいて、最も大切なことは何か。歴戦の方々になればなるほどこう言います──"すべてを掬おうとしないことだ"、と。私達には腕が二本しかなく、かならず取りこぼしが出てしまう。それをしないために日々学び、日々鍛えるのだとしても、すべてを掬い上げるのは無理があると。……恥ずかしながら、あの日までの私はそちら寄りの意見でした。取り逃がしてしまった命、零してしまった命がたくさんあるから。それを覚えているから。……竜災においては勝つことが一番の優先項目だから、そのために……すべてを掬うのは諦めなければならない、って。……でも、あなたは、誰も見捨てなかった」
……この世界でも「救う」と「掬う」は同音異義語だ。
だけど、彼女が使っているそれが常に後者であることはわかる。
悔しくて悔しくてたまらないというのが伝わってくる。
「ノアくんの広域治癒は、普通の治癒魔法より回復量が少ないです。一度で治し切れる怪我に大怪我が含まれていない。でも……このクラスの皆さんは、腕が折れても身体に大穴が空いても戦い続けますよね。……それは、ノアくんを信じているからだって思いました。最後にノアくんが立ってさえいれば大丈夫。彼は誰一人見捨てず、みんなを未来へ連れていってくれるから、って。……あるいは……このクラスの皆さん自身は、それを甘えに思っているのかもしれませんけど、でも、私にはそれが、背中を預けているように見えたんです。正直に言えば、この恋心の半分は憧れだと思います。あなたのようになれたら、と……憧れと恋焦がれが綯い交ぜになって……居ても立っても居られなくなって、告白をしにきました!」
成程ね。
そうか。うん。
「君の想いについては理解したよ。並々ならぬ感情を向けてくれていることも」
「じゃあ──」
「だから、その意味でも友達から始めよう。君のそれは、眩しさに目を焼かれて、前が見えなくなっているだけに聞こえるから」
「そんなんじゃありませ……えっ!?」
食い下がろうとしたマリーライトちゃんは、しかし、背後から近づいてきたもう一人に気付かなかった!!
……じゃなくて。
背後から忍び寄ってきた五年生……リュニスちゃんとロッホちゃんに目隠しされる。
「そこまでだよ、マリー。……ただの一年生じゃない、何枚も何十枚も上手の年下男の子、って感じ。マリーの気持ちは純粋かもしれないけど、彼の言う通り、まずはお互いを知るところから始めるべきだと思う」
「一筋縄じゃいかないよ~。この子、多分歴戦だ。竜より手ごわいかも」
「……もしかして私、迷惑かけてたかな?」
「愛情の吐露を迷惑とは言わないけれど、まぁ、時と場合によるというやつだね。……ただ、そうだな。僕は曖昧な返事というのがあまり好きじゃないから言うけど、僕から君に何かしらの愛情を向けることは無いよ。友達になることは構わないけれど、交際にまでは絶対に発展しない」
それを聞いて……目隠しをされたままのマリーライトちゃんは、「そうですか」と呟いた。
「……つまり、惚れさせてみろ、ってことですよね、これ」
「ポジティブすぎない?」
「ごめんねヘドクイストくん。この子そういう子なの。諦めて」
「いやー、五年間誰にも靡かなかったマリーについに、なんて思ったら、こんなにレベル高いのに行くとは……我が友人ながら流石の難関好きというか」
そうか?
……それなら、氷解させようとするのは、親心なのかね。
「次、告白を受け入れるとは言わないけどさ。憧れと恋焦がれが綯い交ぜになった、なんて嘘を言うなら、こうして心配してくれる友達に全て吐いてからにした方が良いと思うよ」
「え……嘘なんかじゃ」
「僕は歌に感情を乗せるスペシャリストだからね。わかるよ。君の
「……!」
指を鳴らす。
そこでようやく、彼女と、彼女を心配してついてきた五年生の子たちは、自分たちがもうさっきの教室にいないことに気付くだろう。
芸が無くて悪いけれど、暗示と誤認で屋上に足を運んでもらった。こんなプライベートなこと、気を許したクラスメイト以外には聞かれたくなかっただろうしね。
哀しみの穴埋めになるつもりはないよ。たとえ愛を返さぬ相手であってもね。
「ノア、もう終わったんでしょ。そろそろ暗示解いてキツい」
「ノア~こっちもだ~♪」
「本当にやりたくないことなら暗示はかからないと言ったはずだけど。つまり君達は腕立て伏せがしたくてたまらないんだよ」
「意地悪を言わないで、解いてあげてください、ノア君。──
トーン……と、静かな低音が響く。
それによって解かれる俺の暗示。……ほー、少し手ほどきしただけなのに、流石はエレオノーラの弟か?
「た、助かったぁ」
「ありがとな~♪ ドレン~♭」
「まぁ、元はと言えば、あなた達がノア君に意地悪を言ったのが発端ですが」
「じゃあ再暗示を……」
「ノア君?」
おお、素晴らしいアルカイックスマイルだ。
……ドレン・マイズライト。俺が次に行こうとしている場所に、彼もいるのだろうな。
「む、揃っているであるな、諸君。昼休憩中すまないが、書いてほしいものがあるのだ。提出は明後日の放課後まで」
「なんですか、それ」
「進路希望表である。此度の竜災踏破を踏まえ、自分がどの方向に進むべきか理解した者も多いであろう。それを言語化し、提出してほしい。誰かと相談するのもアリである」
配布される羊皮紙。
進路、ねえ。……天才の話し相手科とでも書いておくか。
まだまだ学生生活の先は長いのだから、な。