序盤からずっと利用するような施設経営者だけど強キャラに薄目にこやかで見られながら名前を呼ばれて最後に「ですよね?」で締め括られる存在になりたい 作:ブ雨堰ド
紫輝歴780年
製作の着手より約二年が過ぎたその日、天才は、新たなステージに足をかける。
「末恐ろしいとはまさにこのことだね。概要を教えてから……たった二年で、ここまで漕ぎ着けるなんてさ」
「二年もかかってしまった、の間違いだよ。……くだらない許可取りや説得を挟まなければ、一年……いや、八か月程度にまでは縮められただろうに」
「生死がかかっていようと緊急を要そうと、くだらない伝統と己の物差しを捨てきれないのが人間という生き物だから、そこは仕方ないさ」
眼前──342.9athl四方の広場に刻まれた、精密なる魔法陣。『最小限』とアレンジの天才の共同制作品にして、ブレイクスルーを起こした儀式場。
ヘンリーが……その手に、無数の魔鉱石のついた杖を掲げる。
「『聖杖エカスベア』。武具加工というものに理解を及ばせた精霊十七名が、心血を注いで作り上げた一品だ」
単純な『効率化』や『魔力増幅』だけでなく、確かに武具加工では余白が狭すぎて出せないような効果が複数見受けられる。
聖剣、魔剣。聖槍、魔槍。そして聖杖、魔杖。
精霊の鍛えた珠玉の逸品か。
「これを使っても、少しだけ魔力が足りない。……だから、お願いするよ、ノア・ヘドクイスト」
「任されよう。楽団ミュテスからね、この日のために新しい歌を作ってもらっていたんだ。これから君が熾すすべてへの凱歌を」
それを歌い始める。
外部から行う魔力増強と効率化のバフを受けて、ヘンリーは。
「──構築式:
その魔法を使う。
魔法陣という外付けブースターを噛んだうえで魔力がイメージに沿って組み上げられ、激しい魔力圧を迸らせながら空へと昇っていく。
向かう先は上空──否、天外。
ウウウ、と……各所に設置されている大地の魔力の波形チェッカー、及びそれに繋げられた音の魔鉱石のスピーカーによる警報器がけたたましい声を上げ始める。
やっぱり来たか。
「慌てるな! 予め決めていた班分け通りに行動しろ! これは防衛戦だ! 繰り返す、これは防衛戦だ! 竜を、その攻撃の一片たりとも、エカスベア学園長のもとへ届けるな!!」
「応!!」
今回の俺はヘンリーの外付け魔力タンクの役割しかしない。
だから、その周囲で何があっても……ここを動かない。
「──来たぞ、一体目! 北西方向332! 第六セクター付近です! 魔力パターン計測……計測完了! 火属性と氷属性のミックス! ブレスに気を付けろ、生身で食らえば四肢を失うぞ!」
「目算全長8athl! 小型ですが、油断は禁物です! 推定魔力量800,000Etrh!」
「第三セクター付近に出現兆候あり!
「南東、第六セクターに魔力反応あり。……重なっている? ……まさか、二体か!?」
ここが正念場だと、どちらも理解している。
人間も──紫輝も。
ここを乗り越えられてしまえば。
ここを乗り越えてしまえば。
その存在は──。
「──帝国方面警邏中の部隊から報告! 市街地上空に謎の魔力の流れアリ!」
「なに? ……まさか戦力分散を狙ってきたというのか!?」
「やっぱり、竜災が、何者かの意志ありき、というのは……本当だったのね」
「冒険者に協力要請しろ! こちらから割ける戦力は無い!!」
「地中を潜航する巨影を確認! 大きすぎる……!」
「以降それは潜航型の竜と呼称しろ! 充分に警戒しつつ、最速で仕留めろ! 魔法陣を破壊されてはならない!」
「魔力濃度が分散! ……いえ、これは……上空に再度集結しています! まさかこの場に直接!?」
「学園長の魔法効果範囲外で
怒号、怒号、怒号。
音の魔力を飽和させて作り上げた新式・通信網によって報告が容易になっているこの場で、無数の想定外が牙を剥く。
「南南東に出現した竜のブレスが来ます! 防壁を!!」
「く……やはり防ぎきれないか! いいか、ブレスは全て潰せ! すべての魔竜がここを狙っているのだからな!」
「大変です、魔鉱石管理庫付近に竜らしき巨体を見たとの通報が!」
「それ、どこ? 座標言える?」
「え……ハ、学園中心座標-667.2、-554.0であります!」
「ありがとう。──
雷が落ちる。……あれは、ガルズ王国の魔導兵器? ……いや、違う。この魔力の流れは。
「遅れたけど、間に合ったみたいね! ──【マギスケイオス】が第九位、『最小限』アルカ・ダヴィドウィッチ! 『最小限』とは、"無駄を省く"という当然を行使する者の諱でもある──最高効率で竜退治をして、ヘンリーとノアくんを守るよ!」
「【マギスケイオス】が第三位、『財宝』エレン・"オーラ"・マイズライト。『財宝』とは、"富を得る"という安全を行使する者の諱ですわ。──遅れましてごめんなさい。けれど──ストレイルに物を言わせて、私の知る限りの戦力を
周囲、至るところで魔力が立ち昇る。
すでに十体以上現れている竜を覆い尽くす勢いで。
「──エリスフィア帝国冒険者ギルド以下226名! 正しい報酬の倍を払われちゃあな、やることやらねえと後が怖い! ──なにより自国を守るって話にガキどもばっかで大人が蒼褪めてちゃ何が冒険者だ! そうだろう、テメェら!」
「V・D連邦冒険者ギルド以下134名。マイズライト殿の呼びかけに応じたのが全体の三分の一しかいなかったことに、ギルドマスターとしては遺憾の意を覚えるが……なぁに、応じなかった三分の二を凌駕する戦士が集まっているとも。ちなみに非公式だが軍人も冒険者を装って──え、なに、言っちゃダメ? あそうだったの? ──なんでもない! 助力しよう!!」
「キロス自治領警察機構86名! エリスフィア帝国非戦闘員の避難誘導及び防衛を担う! 後ろは気にせずに戦え、戦士ども!」
「──んで、俺達がゼルパパムの新設冒険者ギルドが精鋭50人さ。創設者レスベンスト冒険隊が六名の内二名が戦うとあって、尻尾丸めて逃げる腰抜けはいねえよ。ちなみにこっちも非公式だが、マリト・マフィアから結構な量の兵士と武器を……あん? あんまり言いふらしてほしくない? 知らねえな! 臆病だがビビりじゃねえ先代の爺さんにゃ多分に世話になったんだ! 恩くらい返させろ!」
おーおー。
最終決戦たるやってくらいの人間が集まってきているらしい。成程金に物を言わせて。
周辺国の冒険者にストレイルを積みまくってきたってわけか。良いね、自分の持ち味を理解している。
しかし、キロスの警察がきたのはなんでなんだろう。警察ってストレイルで動いていいのか? それとも誰か縁者でもいる?
さらに遠いところで……恐らく【マギスケイオス】のメンバーだろうとんでもない魔力の発露が感じられるから、激戦区に人を集めたって感じかな。【マギスケイオス】の超火力は魅力的かもしれないけど、アルカみたいに小回りが利くでもないと周囲を巻き込むからなぁ。
いきなり人手が増えたことへの混乱もあるにはあったけど、連係の良い冒険者たちの活躍がゆっくりと竜を退かせていく。
この時代の冒険者は一端程度になればみーんな魔法剣を持っているから、そんじょそこらの竜なんて勝ち目は……って。
ゆらりと……紫輝の光を遮るようにして現れるは、超巨大な半透明。
「──レイスキングドラゴン?」
知っている者は多いのかもしれない。『ロストランド生態系図鑑』はエリスフィア帝国でもまだ人気だから。
ロストランドにかつていた──あそこの特殊な環境あって初めて現れるとされていたもの。
非実体にして魔竜。あの頃に現れていたモノの正式名称は、霊裁竜クリアスタ。レイスキングドラゴンは闘技王デッラッダがつけたあだ名でしかない。
「ッシャァ! 夢にまで見た冒険初日がこれとは、心が躍るなァ!」
と、どこかで聞いた声が響いたかと思えば、ゴースト竜の頭蓋に
射出された方向を見れば。
「すまん、ちぃと遅れたな! けど──魔王国の腕利きという腕利き! 冒険者、軍人、あとなんでもないけど強い一般人! おれは眺めるだけになっちまうけど、頼りにしてくれていいぞ、人族!!」
「なにあれ。とんでもない量の魔竜ね。竜災というか、最早尖兵じゃない。……で? それを引き起こしたのがヘンリーと……その話し相手科の少年、ね」
「なんだ、キアステン。人族に責任アリとでもいいたいのかよ」
「そうじゃなくて。……うーん。私の目から見ても、『博士』と同じ要素は見受けられないし。今回はアルカの思い違いの方が可能性は高そう」
……いや、総戦力がすぎるだろ。
まだ紫輝の挿げ替えは先の話で、今回はその前準備でしかないっていうのに。
「レイスキングドラゴンなるけったいな呼称ではなく、奴を個体名『レヴュリス・マリオン』と呼称固定! 対非実体装備を有する者は前に出よ!」
「レイスキングドラゴンの方が呼びやすいです先生!」
「そうかわかった、戦闘中はそっちでもいい! 報告書にはちゃんと名前で書くように!!」
あと……半分くらいかね。
ヘンリーの様子は正直芳しくない。……こいつは周囲で起きている魔力反応の全てを察知できる。
だから多分……わかるのだろう。
犠牲が、いつ、どのようにして出たのかが、手に取るように。
天才といえど人の子。
生徒に愛を抱けばこそ、集中力に乱れも出るかね。
「掬います! 治癒術師科総員、普段の考えを捨て、全員掬いましょう!! 今回の竜災に関して言えば、勝ちきることではなく、生き延びることが最優先ですから!」
けれどそれは、杞憂らしい。
治癒魔法を常時待機させた……つまり身体強化を行うことのできない面々が、それでもと戦場を行く。
身に纏うは防具加工。なるほど、せめても、だ。
歌いながらヘンリーに話しかける。
「さすがのヘンリー・エカスベアも、彼らを"命知らずの英雄"とは罵れないんじゃないかな」
「入学当初はそうだったけど、教育の賜物で状態が良化した、とは考えられないのかい」
「流石天才屁理屈が上手いね」
見上げる先。天外のその向こうで組み上がっていくのは、
そう……打ち上げてから建設する、ではなく。
遠隔で直接建設する……それが通るのが魔法という無法であれば、予め計算し、すべてを整えた上で今これを作っている。
魔法陣の製作にかかった時間は一年に満たない八か月程度だけど、許可取りや交渉などで二年がかかってしまった。
紫輝を観測するための宇宙ステーション。当然世界初の試みであるが、完成してしまえばそんじょそこらの人間には手の出せない領域となるだろう。
無数の竜が現れる。
そのすべてが魔竜であり、通常の竜は一匹もいない。
「人類がここまでのことに踏み出して、大地が一切止めに入らないのはなんでだろうね」
「……魔竜が大地の魔力で呼び起こされることも含めて、行使権利を盗まれたりこれだけの無法をされたりで……ちゃんと怒っているんじゃないかな」
「同感。……そろそろユランでも現れておかしくないだろうに、その兆候が無いあたり、あれは完全なる大地の天使と見るべきか」
「ユラン規模の大きさの竜は作れない、っていうのも朗報だね。……まぁ、あんなの、生物として破綻しているけれど」
もう
竜災とは裁定などではなく、人類の歩みを阻みに来る現象の一つにすぎないと、だれもが理解しているから。
66%……70%。
あと30%で、完成だ。
「──紫輝の目論見を突き放す。ノア、僕に魔力を直接譲渡してほしい。……できるでしょ」
「ちゃんと痛いし苦しいけど、温室育ちのお坊ちゃんは我慢できるかな」
「成長痛というやつだと思って受け入れるよ」
良いだろう。
──彼の腎臓から溢れる魔力の供給ラインに割り込み、汎用変換した魔力を供給する。
だとしても……血管に冷えた液体が入ってくるような痛みがあるはずだ。それが、どこに力を込めても緩和されないまま、全身に広がる。
「ああ……確かに痛い。耐え難い。……けど、みんなが感じているものに比べれば、どうってことない。……
ヘンリー・エカスベアの手元から伸びるは、
77%、89%、94%……。
魔竜の挟まる隙など与えずに。
「不思議な気分だ。己のスペックを使いきるというのは、こんなにも心地いいことなのか」
「もしかして、生まれて初めてかい、全力は」
「ああ……そうだね。これが限度というわけじゃないけど……この魔力マニピュレータというのも、知覚が増えたようで……面白い」
いや……今がどうかは知らんけど、前見た時は千本でもキツそうにしていたアレクが泣くよこれは。
とはいえ、五百万でセーブしたのは、それ以上が危険だとわかっているからだろうけど。
「──完成だ。宇宙ステーション『Noah』。これから先、紫輝を観測するための足掛かりとなる場所であり、そして……いつか、逃れられない怨嗟から、少しでも希望を残すための方舟になるものだ」
「……名前は聞いていなかったけど、当てつけかい? というか方舟が何かわかっているのかな」
「さぁ。けど、君の名前に対応していることはわかっているよ。
……いやいや。羅詞源語でも継詞基語でもその意味は無いから。
正解ではあるけども。
「……ああ、疲れた。……魔力切れだ。……魔竜は、あと……まだ三体もいるのか」
「まぁ、大丈夫だと思うよ。こんなにも輝いている人々を見て、紫輝も不要とは言えない。つまり、無理をして魔竜をけしかける意味が無い。……人類が魔竜に勝るということが証明されたし、あるいは君対策で、紫輝は守りを固めに入るかもね」
「それは……しないんじゃないかな。保身に走るような手合いなら、そもそも君の前に姿を現さないだろう。……あくまでシステムに徹して、今後も……当然の顔をして竜災は起こるのだろう。それでも」
ずしんと……一匹の魔竜が地に沈む。
勝鬨もそのままに、残りの魔竜へと人々が群がっていく。
蟻の軍勢が甲虫をすらも貪り食うように。飛蝗の大群が畑も建築物も破壊していくように。
捕食者と被捕食者の関係が逆転したその光景を見て。
「君は、強き者の味方では、いてくれるのかな」
「愚問だね。元から僕は、誰の味方でもないよ」
そしてまた、一匹が。
残りの一匹は。
「ああ、そうそう、少し長期休暇をもらうよ。大丈夫、ちゃんと帰ってくるからさ」
「え……待って、もしかして」
「君はつくづく頭がいいね。呆れるよ。──それじゃ」
後ろ手を振り、疲労困憊で動けないヘンリーを背に。
俺は──。
──紫輝で、目を覚ます。
……まっぶし。
「当然でしょう。あなたの知る天体とは違うかもしれませんが、それでも光を放つ星です。肉眼で直視しようものなら目が潰れますよ」
「もうフィルタリングしたから大丈夫だよ。……にしても、足場があることが驚きだよ。ガス星じゃないんだね」
「高温高圧環境で魔力が結晶化する現象についてはご存知だったはずでは? 紫輝とて同環境にあるのですから、そりゃ足場くらいありますよ」
……確かに。その通りだ。
「生身があると熱を遮断しなくちゃいけなくて大変だな。脱ぎ捨てる気はないんだけどさ」
「あなたもつくづく融通が利きませんね。紫輝と良い勝負ですよ」
「そういえばそれ、なんかいい呼び名ないの? 涅月がノクスルーナであるみたいにさ、天体の紫輝と人格の紫輝が同じ名前だとややこしいんだけど」
「名前を持たない方にそう言われましても。私達にとっても呼称が一致しないのでややこしいため名乗ってもらえますか?」
「なるほど、それは難しいね。こっちからの要求は取り下げるよ」
色々なものを遮断して尚魔力酔いしている肉体を一時的にシャットダウンし、操り人形にして動かす。
いやー……しかし、紫色の太陽みたいなものを踏みしめているこの感覚は面白いことこの上無いな。
「それで本日は何用ですか?」
「観測計測の類は天才に任せるつもりだけど、やっぱり殺し合いをする相手の顔は見ておきたくてね。──出てきてよ、紫輝。楽しい楽しい嫌い合いのスタートラインに共に立とうじゃないか」
声をかければ……背後に魔力が集中してくるのがわかった。
フフーフ、涅月の中で魔力感知ができなくなっていた頃とは違う。俺だって成長しているのだ。
振り返ったところにいたのは……オレンジ色の魔力塊。
「人の姿を取るわけじゃないんだ」
「ふん、わざわざ合わせる意味がわからぬ。ノクスルーナがそちらと姿を合わせていたのは、そちらのことをよく知るため。我にそのような歩み寄りは存在しない」
「でも言語は純天体語ではなくこっちの公用語に合わせてくれるんだね」
「……アンドリアミアフィナイラロカの手前、義理を通しているにすぎぬ」
そうなんだ。
でも。
「このまま行けば、人類は君の観測を終えて、そして僕の手により、君の挿げ替えが行われるだろう。代替する側から代替される側になるんだ。それは理解しているのかい」
「愚かしい人間の考えそうなことだが、そちがいなければ出てこなかった発想だ。真に愚かなのはそちであり、人間はただ、純粋無垢であるだけなのだろう」
「命乞いをするわけでもない、と?」
「調子に乗るなよ瀛毒の分際で。
……
「アロクトンが、まぁ、我々からする大地の呼称ですよ」
「アンドリアミアフィナイラロカ、口を挟むな」
「これは失礼を」
ようやく役者が揃ったって感じだが。
「やっぱり紫輝にも呼称があると見た。アンドリアミアフィナイラロカ、教えてくれないかな」
「顔を見たいだけだというそちの要望は果たした。帰れ。アンドリアミアフィナイラロカ、余計なことを言うでないぞ」
「困りましたね、板挟みです。まぁあなたが行こうとしている地にいる
「帰れ、異物。……そして忠告だ。人類を調子付かせることについてはもうどうでもいいが、その果てに辿り着いた一つの『
「そうだね、同意するよ」
「……フン。アンドリアミアフィナイラロカ、送ってやれ。送別の言葉は聞かないでいてやろう」
言って、魔力塊が消える。というか紫輝に溶けた、というべきか。
いやはや、なんというか、難儀だねえ。
宇宙空間を少し歩く。
何も言わずについてくるアンドリアミアフィナイラロカ。最初からあの異形の天使の姿であるもの。
「問いを一つしても?」
「ん、ああ……なに?」
黙っていると思ったら、とてもタイミングよく、そう切り出してくるソイツ。
「ヘンリー・エカスベアに止められていたここへの訪問。会話をしてしまえば相手の人格を覚え、情を抱いてしまうという性質がその手を鈍らせると……彼はそう判断したようですが、私の理解でいえば、あなたは自身の心情や覚悟に一切関係なく行動を起こすことができる方であると思っています」
「かもね」
「そのあなたが此度紫輝と会話をしにきた理由は唯一つ。覚えていたいがため。……あなたは恐らく不死だ。不老であるがゆえの不死なのか、不死であるがゆえの不老なのかはわかりませんが、あなたの中に時というものは流れず、あなたはどの時間、空間、位相、あるいは何も無いところであっても、あなたであり続ける。考え得る限り最も強固である存在。……ですが、その存在規模に反して、記憶力の方はその辺にいる人間と大差が無い」
正しい。そうだ。俺は……書庫でも作らないと、なんでもかんでもは覚えていられない。
というか十年そこらで割と忘れる。普通の人間より忘れやすい方かもしれない。
「誰にも漏らしていないままに、実は後悔しているのでしょう? ──カリアン・ヴィスマルクの指示のもとに行った、あの殺人。その女性の名を、しっかり覚えていないことを」
「……」
「だから、今度こそ……魂に刻み付けるために。存在に上書きするために、あなたは殺す相手のことを覚えにきた。それが此度のあなたの行動理由にして、あなたという存在が抱える
……。
……ああ、そうだ。
今は……帰ったばかりだから、覚えている。ダルク・エヴァンス。洗脳による勘違いで俺を狙ってきた者。俺が手ずから殺した者。
それを……時折、覚えていなくて当然であるかのような言い訳と共に忘れてしまうことが、まぁ、嫌だった。俺が果たして人間なのか、という問いに対しては、俺をしてもわからないと返そう。
だけど……殺した奴の顔も名前も忘れてヘラヘラしているやつになる気はない。たとえ相手が己の命を狙ってきた相手でも、俺を不倶戴天の異物として扱ってくる天体が相手でも。
だから、記憶に刻みにきた。霊質も霊魂も魔力の質も、全てこの世界の法則だ。だから、それに依らない場所に。……俺という意識に、刻み込めるように。
「ヘンリー・エカスベアではありませんが、紫輝の挿げ替えを行う役目、彼に代わってもらった方が良いのでは? あなたという存在が砕けてしまいますよ」
「それは僕を甘く見すぎかな。君が言った通り、たとえ心情がどうなっていても、どんな感情が吹き荒れていても、僕は僕だよ。あるいは俺かもしれないし、私かもしれない。吾輩なことだってあるだろう。けど、外界であった何事かで……僕の根底に何か別のものが現れると期待するのは、そうだな……心というものを信仰しすぎている」
「……」
「それを天使に言うのは、皮肉か。……しかし君、紫輝と分裂したかのような口ぶりだった割に、性格が違いすぎるね」
「同じ肉体に宿る人格が相反していることくらいザラでは?」
「ははっ、なるほど、それは確かに」
さて。
「そろそろ行くよ。次に会うのは、紫輝を殺す時かな」
「あるいは、あなたが我々に
「それはないよ。……じゃ」
「ええ、また」
消える。
……長期休暇だからね。もう少しだけ遠くへいかせてもらおう。
その目的では初めての……何があったのかを知るための時間遡行だ。
紫輝歴600年。十八年後に惨劇が起こるとされている、魔王国へ。