序盤からずっと利用するような施設経営者だけど強キャラに薄目にこやかで見られながら名前を呼ばれて最後に「ですよね?」で締め括られる存在になりたい 作:ブ雨堰ド
雨が降っている。
分け隔てなく、容赦なく降り注ぐ雨は、果たして誰の慟哭を表しているのか。
「はぁ……嫌ですわね。こう毎日毎日雨だと気分が滅入りますわ」
「そうかな。僕は雨、好きだけど」
雨音の下を歩くのは、傘を差した二人。
美しい女性と、どこか刺々しい空気の青年だ。
周囲にもそれなりの人影が見えるけれど、この二人の周囲には誰も寄ってこない。
それは、ここが魔王国で、彼らが人族のように見えるからだ。無論、魔王国のど真ん中に人族がいるとも周囲は考えていない。つまり、己の種族を隠さなければならないお尋ね者か、仮面の魔族のような特殊な役目を背負った魔族か。
なんにせよ厄介事だ。だから誰も近寄らない。
雨足がさらに強まる。傘程度では無視できない量の水が彼らを襲う。
「……どこかで雨宿りでもしましょうか」
「雨宿りか。……あそこのカフェとかどうかな。ブックカフェ『ルート』。……知らない店だけど、この数十年でできたお店かな」
「へえ、静かそうで良いですわね。入りましょうか」
二人が訪れたそこは、見た目の印象通り静かなカフェであるらしかった。
カウンターやテーブルのあるカフェスペースと、本屋でもあるのだろう書棚が奥の方に並んでいて、数人の魔族が各々の時間を楽しんでいる。
傘を魔力にまで分解した二人はそのまま空いているテーブル席へと座る。
防音系に気を遣っているのだろう、雨音はほとんど届かない。まるでこの店だけが時間から切り離されているかのように静かだ。
「……消音結界を張りましょうか。雑談をするのも……少し気が引けますわ」
「必要は無いかもね。ほら、あっちのテーブル」
青年が促す方向へ女性が顔向ければ、それなりに白熱している様子の議論が交わされているらしい光景があった。
しかし、その音の一切が店内に漏れていない。
「へえ……消音刻印を刻んでありますのね」
「店全体は結界じゃなく構造でどうにかしているみたいだし、ここのマスターは相当なこだわりを持っているのだろうね」
「なら、味も期待できますわね。ああけれど、声が届かないのでは注文は」
そこまで言った女性と青年の前に、す、と……珈琲が出される。
驚いてそちらを見れば、先程までグラスを磨いていたマスターの姿があった。
「当店オリジナルブレンドです。どうぞ」
「え、ええ……ありがとうございますわ」
「ありがとう、いただくよ」
マスターは小さく頭を下げ、カウンターの方へと戻っていった。
鼻孔をくすぐるは芳醇な香り。
ただ、砂糖やミルクなどの調整の品は無いらしい。それは望みすぎですわね、と……女性がひと口、珈琲を口にして。
「……まぁ。……とっても……美味しいですわ」
「本当だ。……え、けど、姉さんは……こういう甘いの苦手じゃなかったかい?」
「え? 甘さは控えめで、程よく苦くて……美味しいですわよ」
何気なしに珈琲へと解析魔法を飛ばす二人。
けれど、特に魔法の類はかかっていない。互いが飲んでいる珈琲のブレンドがそれぞれ違うことくらいか、わかったのは。
「……まさか、話してもいない相手の味の好みを見抜いた、と?」
「あり得ないとは……言い難いんだよね。アスミカタに行った時もさ、ほら」
「ああ……一目見ただけで好みの度数がわかる、などと大口を叩いていたご老人、いましたわね。……まさかあれも本当だったりしますの?」
「かもね。胡散臭いと見限るばかりも良くないって学びだな……」
ふぅ、と一息つく二人。
しばらくもしない内に、青年の視線は奥の書棚へ向かっていた。
「我慢しなくていいのですわよ。行ってらっしゃいな」
「ああいや、まぁ行きたいのはそうなんだけど……いいな、って思ってさ。僕も……自分の家とか建てたら、図書館って言えるくらいの書室を持ちたいんだ」
「ふふ、叶えればいいでしょう。ストレイルが足りないのなら融通してあげてもいいのですわよ?」
「やめてよ。そういうのは自分のお金でやるさ。姉さんに迷惑はかけないよ。……まぁ、魔剣に消えてストレイル欠っていうのは認めるけど」
「全くですわ。真なる魔剣ならばともかく、誰が鍛造したのかもわからない、さらには珍妙な効果しか持たないような、売り手以外は魔剣と呼称しないようなものまで買ってきて……。二日前に購入したものなど、なんでしたか、効果は」
「……『早く振るとピューと音が鳴る』、だよ」
「それに70万ストレイルでしたか。呆れて物が言えませんわ」
「僕がもし【マギスケイオス】に入るのなら、『浪費』って名付けられるかな」
「そうなったら私は『財宝』から『倹約』に改名しましょうか?」
言い争いのトーンではない。二人とも冗談だと理解している会話だ。
そういう軽口が一段落して、じゃあ、と……青年が席を立ち、書棚へ向かう。彼は本が好きだから、ずっとうずうずしていたのだ。
まったくあの子は……なんて呟きながらも口角の上がったままな女性。
彼女の前に、またもやス、と……追加の珈琲と、さらにケーキが二皿差し出された。
「え。頼んでいませんわよ?」
「あちらのお客様からです」
マスターに促されるままに彼女がそちらを向けば、どうにも見覚えのある
無論彼とて魔族である。ここにいることは不思議ではないが、どうしてこうも鉢合わせるのかと、溜め息を吐く女性。
「ありがとうございます。あちらの方にもお礼を言っておいてくださいな」
「ええ、ごゆっくり」
そういえば彼は甘味に目がありませんでしたわね、なんて考えながらフォークを入れたケーキが、これまた美味しくて、というのは。
その品揃えの良さに半ば興奮気味に本を購入して戻ってきた青年へ報告する形で、絶賛に絶賛が重ねられるのである。
この店が姉弟のお気に入りになるのは火を見るよりも明らかだったと言えるだろう。
やがて雨が止んで、退店した二人は。
「……美味しい珈琲と美味しいお茶のケーキ。加えて良く晴れて……文句なしですわ」
「おかしいな。いつもならここで財力をひけらかして、この店を買いますわ、とか言い出すのに」
「魔王国にあるものをわざわざ買ったりしませんわよ。それに……なんというか、こういう系のマスターは、どこかに雇われると味が落ちるという偏見がありますわ」
「ああ、違いないかも」
なんて。
冗談を言い合いながら、帰路に就く。
平和な──何も起きていない、起きるという予感さえないある日の魔王国の一幕だ。
***
というのを見送って、あー、あの司書の男もとい魔王、主人公パーティだったんだなぁ、というのを感じる今日この頃。
「マスター、獅子の魔族用珈琲を頼むよ」
「ええ、こちらに」
「……相変わらずの手際だ。恐れ入る」
というわけで、今回はコーヒーショップのマスターである。
まーた料理系ですか、というのは重々なんだけど、よく通っているカフェの恐ろしく手際の良いマスターが実は……!? の展開は、デスヨニストとしては通過しておく必要があるだろうと思ってさ。
今回は『全味覚対応団子』を応用し、入店した直後にその客の好みの味・今飲みたい味・食べたいものとバランスを取る味などを判別、それを淹れる、という方式にしている。
打ち立てた偉業はまた別にあるのでこれはマジでただの俺のやり込み。折角出すならマックス美味しいものを出したいじゃん、っていう。何気に洋菓子類は作るの初めてだし何事もチャレンジ精神よ。
……一応朧気な記憶ながら、『
そんで、ターゲットに選んだのは司書の男。もとい魔王。エス……エスタルト? エスタルト・"ヴァーン"・マイズライト君。と、その姉エレオノーラ。
この時代で何があったのかを知るための「──ですよね?」なので、少なくとも紫輝歴618年まではいるつもり。彼らがどれくらいの頻度で俺のコーヒーショップを利用してくれるか、っていうのはわからんけど、そこそこ長い付き合いになるだろう。
とかって構えていたら、まず初めに来たのが羽澤だったんだよね。
……改めて再認識だけど、こいつは本当に魔族だったんだなぁ、っていう。
ちなみに当店ケーキ各種やコーヒーゼリーなんかの冷菓も楽しめますので、みたいに言ったら「じゃあこの店にある甘味全部お願いするよ」って。
お前拍車がかかり過ぎだろ色々。
一応茜座とは全く違うやり方で作っているけれど、彼はうんうんと頷いて甘味すべてをぺろりと平らげ、「ぜひ握手を」とか言ってきたのでどう思われているのかはわからん。
……というか、魔王国にいるっていうことは、『
そんな風に、カフェとしても本屋としてもそこそこの人気が出てきたなーって感じのある日。
「失礼する」
という言葉と共に入ってきたのは……『王様』だった。
ああ、やっぱり……いるんだな。いや当然なんだけど。
***
落ち着いた雰囲気のカフェで、二人。
豹の魔族と、オレンジ髪の青年がテーブル席に座っている。
豹の魔族……アンキア・"ヴァーン"・バリムケラス。そして、エステルト・"ヴァーン"・マイズライトである。
「確かに良い店だ。貴様がオレをカフェに誘うという珍事に目を瞑ればな」
「姉さんに急用ができてしまったからね。ついでだよ」
「……はぁ。貴様、口を開けば姉さん姉さんと……少しは姉離れしたらどうだ」
「余計なお世話だよ。ああほら、来た来た」
差し出されるは珈琲である。その事実に顔を顰めるアンキア。
「なんだ、正面切っての暗殺か?」
「それはちゃんと豹の魔族でも飲めるようにしてあるコーヒーだから、安心しなって」
「ほう。オレ以外の豹の魔族がここの常連だとでもいうのか」
「さぁ、どうだろう。君以外は見たことないよ。僕もそこまで頻繁に来ているわけではないけれど」
「ならばなぜこれがそうだとわかる」
「ここのマスターはそれをさらっとやってのける腕があるから」
深く説明する気がない、という様子のエステルトに溜め息を吐き、人生初のコーヒーを啜るアンキア。豹の魔族や獅子の魔族などはコーヒーが飲めない種族であるため、恐る恐るではあったが──ほう、と。
飲んで、一息を吐いて、ようやく自分が呑み込んだという事実を認識して。
「美味だ。……それに、害も無い」
「だから言っただろう。それと、今日はケーキを……ああ、ありがとう」
エステルトの前に置かれるは甘ったるい感じが伝わってくるケーキ。アンキアはそれを見て顔を顰める。彼は甘すぎるものが得意ではないから。
けれど、彼の目の前に置かれたのは──真っ黒な立方体が積み重なったものだった。
「これは……。というか、エステルト、貴様……あらかじめ注文をしていたのか? そこまで気を利かせずとも良いだろうに」
「姉さんと来る予定だったんだから君用の注文なんてするはずないだろ。この店は誰に対してもそうなんだよ。マスターの見る目というやつが凄いみたいでね。客の飲みたいもの、食べたいものを察して、注文しようと思ったタイミングで出してくれるんだ」
「それは……見る目が凄いで済む話なのか?」
「魔力も動いていないし、そうとしか言えないんじゃないかな。だからそれも、僕は食べたことが無いけれど、美味しいものだと思うよ」
もう話す気はないとばかりに自分のケーキに集中するエステルト。
アンキアは、溜息を吐いた後、恐る恐る匙を黒い立方体に入れて──。
「……ほう。美味だな。……珈琲というものの、ゼリーか。こちらはこちらで味わいが別で……面白い」
「流石に飽きないのかいWコーヒーは」
「飽きるのか? オレは今日初めて飲むし食べるから、わからん」
「あるいは飽きないどころか好むことも見越しての……?」
……という、この店へ来ての通過儀礼のようなものがあった後で。
二人は──本題に入る。
「それで、人族を迎え入れる予定というのは、本気なのかな」
「……ここで話すことか?」
「大丈夫だよ、ここでは会話の音は漏れない。下手な消音結界よりもね」
「……ああ、その通りだ。人族の全てを受け入れるという気はないが、優れた者、尊敬に値する者を招き入れることは……魔王国を更なる発展に導くことであると考えている」
「けど、相手は人族だよ。狡猾で悪辣で複雑だ」
「何が言いたいのか言え、エステルト」
「時期尚早だと思う。特に連邦の動きが今は怪しい。もう少し様子を見るべきだ」
「そういう言葉は、軍属になってから言え。姉と共にふらふらと旅をしている者が口にしていい台詞ではない」
肩を竦めるエステルト。普段接している姉には見せない、ひょうきんな一面であると言える。
「人族の国を、人族のフリをして回ってきた僕らだから言うんだけどね」
「オレとて、貴様らに負けず劣らず人族の国は旅してきたとも。その上でこの選択をしている。……無論、貴様のように難色を示すだろう各所を説き伏せたあとで、にはなるがな」
「君も難儀な性格だよね、本当に」
「貴様もそろそろその子供のような口調をやめて、大人になったらどうだ。今のままでは『財宝』殿も貴様から目が離せなかろう」
「……痛いところを。……そうなんだよ。僕が……僕としては勿論姉さんとはずっと一緒にいたいとは思っているけれど、そろそろ僕のことを気にせず、自分のしたいことをしてほしいんだけど、いつまでもそばにいてくれるのが……申し訳なくなって」
「軍属にでもなって、立派な姿でも見せつけたらどうだ」
「そう考えて、申請書は出してあるよ。今季入隊になる」
「なんだ、そうだったのか。……魔王にまで上り詰める気はあるか?」
「そうして君と決闘して僕が、って? 君ほど人気な魔王様を倒したら、国民人気が割れてそのまま国まで割れそうだから、やめておくよ」
重要な話だ。魔王国の今後に関わる。
けれど、まぁ、世間話といえば世間話の範疇でもある。
「真面目な話ついでに、貴様の所感を聞きたい。……【マギスケイオス】についてだ」
「姉さんの『財宝』としての活動については知らないよ、僕は」
「わかっている。貴様は何を積まれてもそれを吐かんだろう。……オレは以前、『先見』という……【マギスケイオス】の第四位と関わったことがある。オレが、というよりは、オレの影法師が、だが。……その男の実力如何というものは結局のところ見れず終いだったが、風の噂に聞けば、精霊の構築した位相結界を崩壊させる一助を担ったらしい」
「『先見』……会ったことはないかな。そもそも【マギスケイオス】は十二人いるのだし、一人や二人と関わったところで実力も危険度も測れないんじゃないかな」
「フッ、それは道理だな。……第八位が魔族である、という噂は貴様も知っているか?」
「さぁ、どうだろう。姉さんが直近で鉢合わせたとかなんとか言っていたから、魔族であるというのは本当かもしれないけれど、会ったことはないよ」
彼らには聞こえていないけれど、カウンター席にて「メニューの甘味全部」を頼んだ青年がいたというのは、語られぬ話か。
「魔導の最奥を目指す者達。そのためであれば、如何なる犠牲も厭わない者達と聞くが……脅威か否か」
「姉さんに剣を向けるのなら、僕はしっかり敵に回るよ」
「ほう、オレに勝つ気でいるのか?」
「勝ち目は薄いから、逃げるかな。姉さんを連れて、どこか遠くの国へ」
「ふん。他の魔族ならいざ知らず、同じ"ヴァーン"だ。無下にはしない」
「歴史上類を見ないことらしいからね、同じ時代に予知名が被る、なんて」
「凶兆の現れでないことを祈るばかりだ」
「僕らが生まれた年に起こるならわかるけど、今更起こるのは遅れすぎだろう」
カップがソーサーに置かれる。
完飲である。
「そろそろ行くよ。君にとって有意義な話し合いになったのなら何より。今日は僕が奢ってあげるから、代金は気にしないでいいよ、魔王様」
「……ありがたく与るさ。また……食事処でもなんでも、おすすめがあれば教えてくれ」
「姉さん優先だから。それでいいならまたいつか」
「ああ、またな、エステルト」
そうして一日が終わっていく。
何でもない日。ありふれた日々。ささやかなる発見。
──慟哭の足音は、すぐそこに。