星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜 作:暁 蒼空
その夜、マグノリアの公園に、無惨な光景が晒された。
『チーム・シャドウギア』のレビィ、ジェット、ドロイの三人が、鉄の杭で大木に磔にされていたのだ。
腹部には、『幽鬼の支配者(ファントムロード)』の紋章が刻印されていた。
「……っ、うぅ……」
アパートのベッドで、ルーシィは胸を押さえてうめき声を上げた。
直接見たわけではない。けれど、彼女の過敏すぎる魔力知覚が、街の中に生まれた「悪意」と「鉄の魔力」の残滓を拾ってしまったのだ。
「レビィちゃん……? 嫌だ、嘘でしょう……?」
仲間の悲鳴が聞こえた気がした。
動かない体を引きずって窓へ這い寄る。ギルドの方角から、怒号と魔力の爆発が感じ取れる。
ナツたちが、怒りに任せて飛び出していくのが分かった。
(行かないで……。これは、罠よ……)
ルーシィの予感は正しかった。
ファントムロードの狙いは、主力メンバーをギルドから引き剥がし、手薄になった隙に「本命」を攫うことだったのだから。
ナツたちが報復へ向かい、マグノリアの街が静まり返った頃。
シトシトと、冷たい雨が降り始めた。
「……寒い」
ルーシィは布団を頭まで被ったが、震えが止まらない。
ただの雨ではない。この雨には、ねっとりとした魔力が込められている。
呼吸をするたび、湿った魔力が肺に入り込み、気管を塞いでいく。
「ゴホッ! ガハッ……!」
発作が起きる。
その時、窓ガラスが音もなく溶け落ち、雨と共に二つの人影が部屋に侵入した。
「しんしん……と。ここですね、ハートフィリアの娘は」
「ノンノン、こんな今にも壊れそうな硝子細工(ガラスドール)がターゲットですか? 拍子抜けですねぇ」
現れたのは、ファントムロードの精鋭『エレメント4』のジュビアとソル。
ジュビアが纏う雨の魔力は、病弱なルーシィにとって「即効性の毒」だった。
「だ、誰……っ」
「お迎えにあがりました。お父上がお待ちです」
ジュビアが無表情に告げる。
ルーシィは枕元の鍵に手を伸ばそうとした。
「あ……くえりあ……」
「おっと、動かないでくださいね。ボクの地面(アース)は気まぐれですから」
ソルの魔力で床が泥のように変化し、ルーシィの体を拘束する。
抵抗する力はない。雨に打たれたルーシィの体温は急速に奪われ、意識が闇へと落ちていく。
「……おじい、ちゃん……ナツ……」
最後に見たのは、無情に降り注ぐ雨と、嘲笑うような幽鬼の紋章だった。
目が覚めると、そこは冷たい鉄の牢獄だった。
手足には魔封じの錠。もっとも、今の彼女に封じるほどの魔力は残っていないが。
「目が覚めたかね、ルーシィ」
鉄格子の向こうに立っていたのは、ファントムロードのマスター、ジョゼ・ポーラだった。
彼は侮蔑と憐れみを含んだ目で、ぐったりとしているルーシィを見下ろした。
「君の父親、ジュード・ハートフィリア氏からの依頼だ。『娘を連れ戻せ』とな」
「……お父、様が……」
「ああ。随分と探したそうだ。……しかし、聞いていた話と違うな。魔力過敏症に、星霊同化症の末期か。こんな欠陥品を連れ戻してどうするつもりやら」
ジョゼの言葉が、ナイフのように突き刺さる。
父は心配しているのではない。自分の所有物が勝手に逃げ出したことが許せなかっただけだ。たとえその娘が、瀕死の状態であろうとも。
「……帰して……。私は……妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士よ……」
「フン。そのギルドも今日で終わりだ」
ジョゼは高笑いを残して去っていった。
残されたルーシィは、冷たい石床の上で、自分の右腕の痣が不気味に脈打つのを感じていた。
一方、マグノリア。
ファントムの支部を壊滅させて戻ってきたナツたちは、異様な光景を目にした。
ルーシィのアパートの壁が破壊され、部屋中が水浸しになっていたのだ。
「ルーシィ!?」
ナツが部屋に飛び込む。
そこには誰もいない。あるのは、争った形跡と、大量の水溜り。そして、枕元に落ちていた書きかけの小説と、吐血の跡。
「……あいつら、やりやがったな」
ナツの全身から、凄まじい熱気が噴き出した。床の水が一瞬で蒸発する。
ギルドに戻ったナツの報告を聞き、マカロフは震える手で杖を握りしめた。
「レビィたちだけでなく……あの子まで……」
マカロフの脳裏に浮かぶのは、医務室で泣いていたルーシィの姿。
病に侵され、魔法を禁じられ、それでも懸命に生きようとしていた、か弱い孫娘。
それを、治療の場から無理やり引きずり出し、土足で踏みにじったのだ。
「……許さん」
マカロフの声は低く、地獄の底から響くようだった。
ギルドの空気が変わる。
ナツ、グレイ、エルフマン……そして帰還したばかりのエルザ。
全員の目に、涙ではなく、修羅の炎が宿っていた。
「わしの子供たちに手を出したこと……。ましてや、病床にあるあの子を攫った罪……万死に値する!!」
ドォォォォォォン!!
マカロフの魔力が爆発し、ギルドの屋根が吹き飛ぶ。
それは、喧嘩ではない。戦争の合図だった。
「行くぞ野郎ども!!! ファントムロードを根絶やしにする!! ルーシィを取り戻すんじゃぁぁぁ!!!」
「「「オオオオオオオオオ!!!!」」」
妖精の尻尾(フェアリーテイル)の歴史上、最も激しい怒りの進撃が始まった。
その中心には、誰よりも家族を想う巨人(マスター)の姿があった。