星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜 作:暁 蒼空
ファントムロードの移動要塞が、不気味な足音を立ててマグノリアの湖畔に迫る。
鉄格子の嵌められた牢獄の窓から、ルーシィはその光景を絶望的な思いで見つめていた。
「やめて……みんな、逃げて……!」
要塞の前面が展開し、巨大な砲身が姿を現す。
魔導集束砲『ジュピター』。
ルーシィの過敏な感覚が、そこへ収束していく膨大な魔力を感じ取り、悲鳴を上げた。あれが撃たれれば、ギルドごと仲間が消し飛ぶ。
カッ!!
閃光が奔る。
ルーシィは思わず目を覆った。
「嫌ぁぁぁぁぁっ!!」
轟音と衝撃が要塞を揺らす。
しかし、彼女が恐れた「仲間の消滅」は起きなかった。
煙の晴れた先に、ボロボロになりながらも仁王立ちする、一人の女魔導士の姿があったからだ。
「エルザ……!?」
『金剛の鎧』を纏い、身を挺して砲撃を受け止めた妖精の女王。
その体から力が抜け、倒れ込むのが見えた。
「う、うぅ……私のせいで……エルザまで……!」
会ったこともない最強の魔導士が、自分のために傷ついた。
その事実は、ルーシィの心を罪悪感で押し潰すのに十分だった。
直後、ファントムの要塞内で爆発音が連鎖し始めた。
『妖精の尻尾』の逆襲が始まったのだ。
「ルーシィはどこだぁぁぁ!! 出てこいジョゼェェェ!!」
聞き覚えのある、野獣のような咆哮が廊下を伝って響いてくる。
ドガァン! という音と共に、牢獄の分厚い鉄扉が溶解し、吹き飛んだ。
「ナツ……!」
煙の中から現れたのは、全身から炎を噴き上げるナツだった。
彼は部屋の隅で縮こまっているルーシィを見つけると、血相を変えて駆け寄った。
「ルーシィ! 無事か!?」
「ナツ……ごめん、なさい……私……」
「謝ってんじゃねぇ! ……くそっ、なんて冷てぇ体だ」
ナツはルーシィの鎖を焼き切り、その氷のように冷たい体を抱き寄せた。
彼女の消耗は激しく、自力で立つことすらできない。
「帰るぞ。じっちゃんも、みんな待ってる」
「うん……」
しかし、その再会は唐突に断ち切られた。
「ギヒッ。随分と楽しそうじゃねぇか、火竜(サラマンダー)」
天井を突き破り、無数の鉄骨が雨のように降り注いだ。
ナツはとっさにルーシィを庇って飛び退く。
土煙の中から現れたのは、鉄の鱗を持つ男――『鉄竜のガジル』。
「テメェか……! レビィたちをあんな目に遭わせたのは!!」
「あぁ? あの弱っちぃ妖精どもか? 次はそこの女も杭打って晒してやるよ」
ガジルの視線が、ナツの腕の中にいるルーシィに向けられる。
「なんだそいつ、死にかけじゃねぇか。こんなガラクタのために戦争とはな」
「ガラクタじゃねぇ!! 俺たちの仲間だ!!」
ナツが激昂し、炎の拳を叩き込む。
ガジルも鉄の腕で応戦する。
滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)同士の激突。その衝撃波だけで、石造りの牢獄に亀裂が走り、天井が崩落し始めた。
「うわぁっ!?」
衝撃でナツの手から離れてしまったルーシィは、床に投げ出された。
頭上から、巨大な瓦礫の塊が落下してくる。
(あ、死ぬ――)
魔法を使えば防げるかもしれない。
けれど、今のルーシィに魔力は残っていない。いや、使えばその瞬間に『同化』が進み、人ではなくなる。
彼女は反射的に身をすくめ、死を覚悟した。
――その時だった。
ルーシィの腰につけていた鍵束。
ナツたちが取り返してくれたその中の一本が、勝手に黄金の光を放った。
「え……?」
シュウウウ……!
光の中から現れたのは、メイド服を着たピンク髪の星霊。
『処女宮のバルゴ』。
「姫、お下がりください」
バルゴは瓦礫の下に滑り込むと、その細い腕で巨大な岩塊を軽々と受け止めた。
ズズン! と重い音が響くが、バルゴは微動だにしない。
「バルゴ……!? どうして……私、呼んでないのに……!」
「星霊は、契約者の危機には自らの意思で扉を開くこともあります。……ましてや、姫のような無茶をする主ならば尚更です」
バルゴは瓦礫を投げ捨てると、埃まみれのルーシィを抱き上げ、安全な場所へと移動した。
「お仕置きは後ほどたっぷりと。今は、ただ生きていてください」
「……ありがとう……バルゴ……」
契約の魔力消費(コスト)ではない。
それは、星霊たちがルーシィへ向ける、純粋な「守護」の意思だった。
「へへっ……。お前、星霊にも好かれてんじゃねぇか」
それを見たナツが、口元の血を拭ってニヤリと笑う。
そして、ガジルへ向き直り、全身の炎をさらに燃え上がらせた。
「見たか鉄クズ! これがウチの魔導士だ! 指一本触れさせねぇぞ!!」
「チッ……。めんどくせぇな」
戦いは、さらに激化していく。
ルーシィはバルゴの腕の中で、薄れゆく意識を必死に繋ぎ止め、ナツの背中を見つめ続けていた。