星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜 作:暁 蒼空
ファントムロードとの抗争から数日が過ぎた。
マグノリアの街は復興の槌音に包まれているが、ルーシィの部屋だけは静寂に支配されていた。
「……うぅ」
ルーシィはベッドの上で、自分の右腕を見つめていた。
何重にも巻かれた包帯の下で、星の痣は脈打ち続けている。
けれど、それ以上に痛むのは心だった。
(私のせいで……ギルドが壊された。みんなが傷ついた)
脳裏に焼き付いているのは、魔導集束砲『ジュピター』の閃光と、それを身を挺して受け止めたエルザの姿。
あの最強の魔導士が、私のために倒れた。
その事実は、ルーシィの小さな胸を押し潰すのに十分だった。
コン、コン。
控えめだが、芯の通ったノックの音がした。
いつものナツなら窓から入ってくるし、大家さんならもっと乱暴だ。
「……はい、どなたですか……?」
「私だ。……エルザ・スカーレットだ」
ルーシィの心臓が跳ねた。
慌てて起き上がろうとするが、体が鉛のように重い。
ドアが開き、鎧を纏った赤髪の女性が入ってきた。その体にはまだ、ジュピターを受けた際の包帯が巻かれている。
「あ、あのっ、エルザさん……! 私……!」
「寝ていろ。病人が無理をするな」
エルザの声は厳格だったが、ルーシィを制してベッドに寝かせる手つきは、驚くほど慎重で優しかった。
彼女は椅子を引き寄せ、ルーシィの枕元に座った。
その威圧感と美しさに、ルーシィは言葉を失う。これが、『妖精女王(ティターニア)』。
「……すまなかったな、ルーシィ」
沈黙を破ったのは、意外にもエルザの方だった。
「私がもっと早く戻っていれば、お前にこんな怖い思いはさせなかった。……怖かっただろう」
「え……?」
「レビィたちも守れず、お前まで攫わせてしまった。……私は、ギルドの守り手として失格だ」
エルザが拳を握りしめる。
ルーシィは目を見開いた。謝るのは私の方だ。私が原因なのに。
「ち、違います! 私が……私がハートフィリアの娘だから……! 私のせいで、みんなが……!」
「馬鹿者が」
エルザの言葉が、ルーシィの悲鳴を遮った。
「親が誰だとか、そんなことは関係ない。お前は『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』の仲間だ。仲間が流した涙の分だけ、敵を討つ。……それが我々の流儀だ」
エルザは、鎧の篭手(ガントレット)を外し、素手でルーシィの涙を拭った。
硬い指先。剣を振り続けたマメだらけの手。けれど、それはとても温かかった。
「お前は、よく耐えたな。……偉かったぞ」
「……う、うぅ……エルザ、さぁん……っ!」
ルーシィはエルザの硬い胸当てに顔を埋め、声を上げて泣いた。
エルザは何も言わず、ただ不器用に、ルーシィの小さな背中を撫で続けた。
ひとしきり泣いた後、ルーシィは少しだけ落ち着きを取り戻した。
エルザは真剣な眼差しで、ルーシィの包帯が巻かれた右腕を見た。
「……マスターから聞いた。その腕の病のこと」
「……はい。もう、魔法は……ほとんど使えません」
「なら、私がなろう」
エルザは迷いなく言った。
「お前が魔法を使えないなら、私がその代わりにお前の敵を斬ろう。お前が歩けないなら、私が背負おう。……それが、姉としての務めだ」
「姉……?」
「ああ。ギルドの女魔導士は皆、姉妹のようなものだ。……まあ、お前は少し手がかかりそうだがな」
エルザがフッと笑うと、部屋の空気が一気に華やいだ。
その笑顔は、最強の魔導士ではなく、ただの頼れるお姉さんのものだった。
「おいルーシィ! イチゴ大量に持ってきたぞー!」
「ルーシィ! 服着てんのかー!?」
その時、窓ガラスが割れ(本日二度目)、ナツとグレイ、ハッピーが乱入してきた。
「お前たち……! 病人の部屋には静かに入れと言ったはずだ!」
「ゲッ、エルザ!? い、いたのかよ!」
「服を着ろグレイ! ナツ、土足で上がるな!」
ゴチン! バチン!
エルザの拳骨が二人の頭に炸裂する。
伸びている二人を見て、ルーシィは思わず吹き出した。
「ふふっ……あはは!」
「……まったく、世話の焼ける弟たちだ」
エルザも呆れながら笑う。
最強の鎧の魔導士と、最弱の硝子の魔導士。
そして、騒がしい家族たち。
ルーシィの病が治ったわけではない。右腕の痣は、今も静かに時を刻んでいる。
けれど、この温かい場所がある限り、まだ私は「人間」でいられる。
そう思える夜だった。