星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜 作:暁 蒼空
ファントムロードとの戦いから復興が進むギルド。
ルーシィはリハビリも兼ねて、ギルドの隅で本を読んでいた。
右腕はまだ包帯で固定されており、その下では『星の宇宙』が静かに、しかし確実に範囲を広げている。
「……あれ?」
ふと顔を上げると、カウンターで女性陣に囲まれているロキと目が合った。
いつもなら「やぁ、愛しのルーシィ」と軽口を叩いてくるところだ。
しかし、ロキはルーシィを見た瞬間、悲痛なほど顔を歪め、逃げるように背を向けた。
「また……避けられた」
ここ数日、ずっとこれだ。
嫌われているのだろうか? そう思ったが、ルーシィの感覚は別の答えを告げていた。
——匂うのだ。
ロキの背中から、私の右腕と同じ……「あちら側」の匂いが。
人間ではない、純粋な魔力と星屑の匂い。
「あの人は……私と同じ、同類(バケモノ)なの……?」
ルーシィは胸のざわめきを抑えきれず、書き置きを残してギルドを出た。
夕暮れの川沿い。
カレン・リリカの墓標の前で、ロキは佇んでいた。
その体は、夕闇に溶けるように点滅し、存在が希薄になり始めている。
「……来てしまったのか、ルーシィ」
振り返ったロキの表情は、いつものチャラついたものではなく、死を受け入れた老人のようだった。
「やっぱり……貴方、人間じゃないわね」
「ああ。俺は星霊。獅子宮のレオだ」
ロキは語り始めた。
かつての主、カレン・リリカのこと。
彼女の横暴を止めるために、自分が現界し続け、結果として彼女を死なせてしまったこと。
そして、主を殺した星霊として、星霊界への帰還を禁じられたこと。
「俺は、あと数日で完全に消滅する。……それが罪の報いだ」
「そんな……! そんなの駄目よ!」
ルーシィが駆け寄ろうとするが、ロキは手で制した。
「近寄るな! ……お前を見ていると、辛いんだ」
「え……?」
「お前は最高の星霊魔導士だ。……だが、その体を見てみろ。星霊魔法が、お前の命を食い尽くそうとしている」
ロキの視線が、ルーシィの包帯が巻かれた右腕に向けられる。
「俺たち星霊に関われば、人は不幸になる。カレンも、お前も……」
「帰ってくれ。俺はここで、静かに消える」
ロキが目を閉じる。
その体から光の粒が溢れ出し、空へと昇っていく。死へのカウントダウン。
それを見た瞬間、ルーシィの中で何かが弾けた。
(また、何もできずに見送るの? ……嫌だ!)
ルーシィは震える手で、腰の鍵束ではなく、自分自身の魔力を練り上げた。
「開け! 獅子宮の扉!!」
強制開門(フォース・ゲート)。
星霊界への扉を無理やりこじ開けようとする。
「ぐ、ぁあああああっ!!」
激痛が走る。右腕の星の痣が、高熱を発して暴れまわる。
包帯が焼け焦げ、不気味に輝く宇宙が露わになる。
「やめろルーシィ!! お前の魔力じゃ耐えられない! 死ぬぞ!!」
「関係……ないっ!!」
ロキが慌ててルーシィを止めようとするが、彼女は吐血しながらも術式を維持し続けた。
「やめるんだ! お前の命は、あと数年も持たないかもしれないんだぞ!?」
「だからよ!!」
ルーシィは、血に濡れた口元で叫んだ。
それは、誰にも言えなかった、彼女の魂の叫びだった。
「私の命なんて、どうせ長く持たないんだから! だったら友達のために使わせてよ!!」
「……っ!?」
ロキが息を呑む。
「ベッドの上で……ただ枯れていくのを待つだけの命なら、いらない! 私は、今、貴方を救いたいの! 私の残り時間を全部あげたっていい!!」
「ルーシィ……お前……」
彼女の右腕が、星霊界と共鳴し、眩い光を放ち始める。
それは「同化症」という病がもたらした、悲しき奇跡。
人間と星霊の境界が曖昧な彼女だからこそ、本来なら開かないはずの「追放された扉」に手が届いてしまったのだ。
「お願い……死なないで、ロキ……!! 私を、一人にしないでぇぇぇ!!」
ルーシィの絶叫が夜空に響き渡った、その時。
世界が停止した。
ゴゴゴゴゴゴ……
次元が割れる音と共に、巨大なヒゲを蓄えた星霊、星霊王が現れた。
『……旧き友よ、そして若き同胞よ』
星霊王の瞳が、瀕死のルーシィと、消えかけのロキを見下ろす。
『人間でありながら星の理(ことわり)に近づきすぎた娘。その命を賭してまで、罪人を救うと言うか』
ルーシィは意識が遠のく中で、必死に頷いた。
「……私の、全部を……あげるから……ロキを、許して……」
その言葉は、王の心を動かした。
あるいは、彼女の右腕に刻まれた「星の呪い」を見て、何かを感じ取ったのかもしれない。
『……よかろう。獅子宮のレオよ。貴様の罪は免じぬが、この娘の覚悟に免じて、星への帰還を許そう』
光がロキを包み込む。
彼の体が、実体を取り戻していく。
「王よ……! 感謝します……!」
ロキは涙を流し、そして崩れ落ちたルーシィを抱きとめた。
彼女の体は、氷のように冷たく、そして羽のように軽かった。
「……馬鹿な主だ。本当に、大馬鹿野郎だ……」
ロキの腕の中で、ルーシィは満足げに微笑み、深い眠りへと落ちていった。
その右腕の痣は、以前よりも強く、妖しく輝いていた。