星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜 作:暁 蒼空
ロキの一件から数日後。
マグノリアのギルド『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』は、いつもとは違う種類の緊張感に包まれていた。
最強チームのナツ、グレイ、エルザ、ハッピーが不在なのだ。
彼らは休暇で訪れたリゾート地で「エルザの過去」に纏わる襲撃を受け、彼女を連れ去った敵を追って『楽園の塔』へと向かっていた。
本来なら、その隣には星霊魔導士の少女がいるはずだった。
しかし、彼女の姿はそこにはない。
ギルドの地下、薄暗い医務室。
湿った空気と消毒用アルコールの匂い。そして、荒い呼吸音だけが響いていた。
「はぁ……はぁ……っ……うぅ……」
ベッドの上で、ルーシィは高熱に浮かされていた。
ロキを救うために強制開門を行った反動で、一時的に活性化していた『星の痣』の侵食は、皮肉にもピタリと止まっていた。
星霊王との接触が、体内の星霊魔力を飽和・安定させたのかもしれない。
だが、その代償として、彼女の本来の「人間としての肉体」が悲鳴を上げていた。
元々病弱だった身体は、限界を超えた魔力行使に耐えきれず、生命維持機能そのものが崩壊しかけていたのだ。
「ルーシィ、汗を拭くわね。……頑張って」
甲斐甲斐しく看病をしているのは、ミラジェーンだった。
彼女は濡らしたタオルでルーシィの額を拭うが、その熱さは尋常ではない。触れた端からタオルが温まってしまうほどだ。
「う……ん……な、つ……える、ざ……」
「みんなは大丈夫よ。必ず帰ってくるわ。だから……あなたも負けないで」
ミラジェーンは、ルーシィの枕元に置かれたサイドテーブルに手を伸ばした。
そこには、彼女が実家から持ち出した、特製の薬瓶が置かれている。
呼吸器の炎症を抑え、魔力による負荷を散らすための、ハートフィリア家秘伝の調合薬。
「……っ」
瓶を持ち上げた瞬間、ミラの顔色がサッと青ざめた。
軽い。あまりにも軽すぎる。
振ってみるが、カランとも言わない。
「嘘……在庫が……もうないの?」
最後の一錠は、昨夜飲ませてしまった。
これは市販薬ではない。大陸一の富豪が、娘の延命のためだけに最高級の素材と錬金術師を使って作らせた、代えの効かない劇薬だ。マグノリアの薬局で手に入るものではない。
「ポ、ポーリュシカさんに連絡を……! でも、あの人の家までルーシィを運ぶなんて、今のこの子には無理だわ……!」
ミラジェーンの手から、空の薬瓶が滑り落ち、床で乾いた音を立てた。
その音は、ルーシィの命の砂時計が落ちきった音のように聞こえた。
医務室の隅には、もう一人、苦悶の表情で佇む男がいた。
ロキ――獅子宮のレオだ。
彼は星霊界へ帰ることを許されたが、今はルーシィの側を離れようとしなかった。
「……俺のせいだ」
ロキは拳を壁に打ち付けた。
「俺がもっと早く消えていれば……あいつは命を削る必要なんてなかった。俺が、あいつを殺すんだ……!」
「ロキ、自分を責めないで。ルーシィは、それを望んでいないわ」
ミラが気丈に諭すが、ロキの耳には届かない。
ベッドの上のルーシィは、苦痛に顔を歪め、うわ言のように繰り返している。
「……いかない、で……。わたしも……たたか、う……」
高熱の夢の中で、彼女は戦っているのだ。
遠く離れた楽園の塔で、エルザが泣いているのを、ナツが叫んでいるのを、過敏な魂で感じ取っている。
身体は動かない。けれど心だけは、仲間と共にあった。
数日後。
楽園の塔は、ナツたちの決死の戦いにより崩壊した。
エルザは過去の呪縛から解放され、仲間たちは満身創痍で帰路についた。
しかし、彼らを待っていたのは「おかえり」という笑顔ではなかった。
ギルドの扉を開けたナツたちは、出迎えたメンバーの沈痛な表情を見て、勝利の余韻が一瞬で吹き飛んだ。
「……おい、どうしたんだよ。みんな辛気臭ぇ顔して」
「ルーシィは? 俺たちの土産話、待ってるはずだろ?」
ナツがキョロキョロと探すが、いつもの場所に彼女はいない。
奥から出てきたマカロフが、重い口を開いた。
「……ナツ、エルザ、グレイ。よく無事で戻った。……だが、覚悟して聞いてくれ」
「じっちゃん……?」
マカロフは帽子を取り、医務室の方角を見た。
「ルーシィの容態が悪化した。……持病の薬が、尽きたんじゃ」
その言葉の意味を理解した瞬間、ナツの瞳孔が開いた。
薬がない。それは、今のルーシィにとって「死」を意味する。
「う、嘘だろ……? あいつ、俺たちが行くときは……手ぇ振ってたじゃねぇか……」
「無理をしておったのじゃよ。お前たちを心配させまいとな」
エルザが崩れ落ちそうになるのを、グレイが支える。
ナツは無言のまま、医務室へと走り出した。
楽園での戦いは終わった。
けれど、妖精の尻尾にとって、そしてルーシィにとっての「本当の戦い」は、ここから始まろうとしていた。