星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜   作:暁 蒼空

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第14話:空瓶の絶望と、遠き塔の夢

ロキの一件から数日後。

 マグノリアのギルド『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』は、いつもとは違う種類の緊張感に包まれていた。

 最強チームのナツ、グレイ、エルザ、ハッピーが不在なのだ。

 彼らは休暇で訪れたリゾート地で「エルザの過去」に纏わる襲撃を受け、彼女を連れ去った敵を追って『楽園の塔』へと向かっていた。

 本来なら、その隣には星霊魔導士の少女がいるはずだった。

 しかし、彼女の姿はそこにはない。

 ギルドの地下、薄暗い医務室。

 湿った空気と消毒用アルコールの匂い。そして、荒い呼吸音だけが響いていた。

「はぁ……はぁ……っ……うぅ……」

 ベッドの上で、ルーシィは高熱に浮かされていた。

 ロキを救うために強制開門を行った反動で、一時的に活性化していた『星の痣』の侵食は、皮肉にもピタリと止まっていた。

 星霊王との接触が、体内の星霊魔力を飽和・安定させたのかもしれない。

 だが、その代償として、彼女の本来の「人間としての肉体」が悲鳴を上げていた。

 元々病弱だった身体は、限界を超えた魔力行使に耐えきれず、生命維持機能そのものが崩壊しかけていたのだ。

 

「ルーシィ、汗を拭くわね。……頑張って」

 甲斐甲斐しく看病をしているのは、ミラジェーンだった。

 彼女は濡らしたタオルでルーシィの額を拭うが、その熱さは尋常ではない。触れた端からタオルが温まってしまうほどだ。

「う……ん……な、つ……える、ざ……」

「みんなは大丈夫よ。必ず帰ってくるわ。だから……あなたも負けないで」

 ミラジェーンは、ルーシィの枕元に置かれたサイドテーブルに手を伸ばした。

 そこには、彼女が実家から持ち出した、特製の薬瓶が置かれている。

 呼吸器の炎症を抑え、魔力による負荷を散らすための、ハートフィリア家秘伝の調合薬。

「……っ」

 瓶を持ち上げた瞬間、ミラの顔色がサッと青ざめた。

 軽い。あまりにも軽すぎる。

 振ってみるが、カランとも言わない。

「嘘……在庫が……もうないの?」

 最後の一錠は、昨夜飲ませてしまった。

 これは市販薬ではない。大陸一の富豪が、娘の延命のためだけに最高級の素材と錬金術師を使って作らせた、代えの効かない劇薬だ。マグノリアの薬局で手に入るものではない。

「ポ、ポーリュシカさんに連絡を……! でも、あの人の家までルーシィを運ぶなんて、今のこの子には無理だわ……!」

 ミラジェーンの手から、空の薬瓶が滑り落ち、床で乾いた音を立てた。

 その音は、ルーシィの命の砂時計が落ちきった音のように聞こえた。

 

 医務室の隅には、もう一人、苦悶の表情で佇む男がいた。

 ロキ――獅子宮のレオだ。

 彼は星霊界へ帰ることを許されたが、今はルーシィの側を離れようとしなかった。

「……俺のせいだ」

 ロキは拳を壁に打ち付けた。

「俺がもっと早く消えていれば……あいつは命を削る必要なんてなかった。俺が、あいつを殺すんだ……!」

「ロキ、自分を責めないで。ルーシィは、それを望んでいないわ」

 ミラが気丈に諭すが、ロキの耳には届かない。

 ベッドの上のルーシィは、苦痛に顔を歪め、うわ言のように繰り返している。

「……いかない、で……。わたしも……たたか、う……」

 高熱の夢の中で、彼女は戦っているのだ。

 遠く離れた楽園の塔で、エルザが泣いているのを、ナツが叫んでいるのを、過敏な魂で感じ取っている。

 身体は動かない。けれど心だけは、仲間と共にあった。

 

 数日後。

 楽園の塔は、ナツたちの決死の戦いにより崩壊した。

 エルザは過去の呪縛から解放され、仲間たちは満身創痍で帰路についた。

 しかし、彼らを待っていたのは「おかえり」という笑顔ではなかった。

 ギルドの扉を開けたナツたちは、出迎えたメンバーの沈痛な表情を見て、勝利の余韻が一瞬で吹き飛んだ。

「……おい、どうしたんだよ。みんな辛気臭ぇ顔して」

「ルーシィは? 俺たちの土産話、待ってるはずだろ?」

 ナツがキョロキョロと探すが、いつもの場所に彼女はいない。

 奥から出てきたマカロフが、重い口を開いた。

「……ナツ、エルザ、グレイ。よく無事で戻った。……だが、覚悟して聞いてくれ」

「じっちゃん……?」

 マカロフは帽子を取り、医務室の方角を見た。

「ルーシィの容態が悪化した。……持病の薬が、尽きたんじゃ」

 その言葉の意味を理解した瞬間、ナツの瞳孔が開いた。

 薬がない。それは、今のルーシィにとって「死」を意味する。

「う、嘘だろ……? あいつ、俺たちが行くときは……手ぇ振ってたじゃねぇか……」

「無理をしておったのじゃよ。お前たちを心配させまいとな」

 エルザが崩れ落ちそうになるのを、グレイが支える。

 ナツは無言のまま、医務室へと走り出した。

 楽園での戦いは終わった。

 けれど、妖精の尻尾にとって、そしてルーシィにとっての「本当の戦い」は、ここから始まろうとしていた。

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