星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜 作:暁 蒼空
『バトル・オブ・フェアリーテイル』が終結した夜。
マグノリアの街は、光のパレード『ファンタジア』の熱気に包まれていた。
美しい魔法の光が夜空を彩り、人々の歓声が響き渡る。
しかし、その光の輪の中に、ルーシィの姿はなかった。
ギルドの医務室。
窓から漏れ入る光を、ベッドの上でぼんやりと見つめることしかできなかった。
「……きれい」
熱に浮かされた瞳に、七色の光が映る。
参加したかった。みんなと一緒に、あの光の中を歩きたかった。
けれど、今の彼女には指一本動かす力も残っていない。
ふと、窓の外に人影が立った。
コートを羽織り、旅支度をした大柄な男――ラクサスだ。
彼は破門を言い渡され、街を出て行くところだった。
「……チッ」
ラクサスは窓越しにルーシィと目が合うと、バツが悪そうに視線を逸らした。
そして、窓枠に「何か」を置いて、無言で去っていった。
それは、高品質な**『暖房魔水晶(ヒーター・ラクリマ)』**だった。雷の魔力で長時間、適度な熱を発し続ける高級品だ。
(……ありがとう、ラクサス)
不器用な「罪滅ぼし」に、ルーシィは微かに口元を緩めた。
パレードが終わると同時に、ギルドはお祭りムードから一転、緊迫した空気に包まれた。
ポーリュシカが、厳しい顔でナツたちに告げる。
「パレードなどしている場合ではなかったのだがな。……この娘の命は、あと半日も保たん」
ルーシィの呼吸は浅く、不規則になっていた。
星霊同化症の侵食は止まっているが、衰弱しきった心臓が限界を迎えようとしている。
「行くぞ」
ナツが立ち上がる。その顔に迷いはない。
「ハートフィリアの屋敷へ。……薬をもらいに行く」
「ああ。どんな手を使ってでもな」
グレイも、エルザも頷く。
彼らは戦闘衣装のまま、傷の手当てもそこそこにギルドを飛び出した。
最強チームが向かう先は、魔物の巣窟ではない。
たった一つの「薬瓶」を持つ、冷酷な父親の元だ。
ハートフィリア財閥の広大な屋敷。
その門前に、ナツ、グレイ、エルザ、ハッピーが立っていた。
門番たちが武器を構えるが、エルザの鋭い眼光だけで道を開ける。
通された応接間には、当主ジュード・ハートフィリアが座っていた。
彼は冷ややかな目で、薄汚れた魔導士たちを見下ろした。
「……何の用だ。娘を返さないと言って戦争まで起こした野蛮人どもが」
「薬をください」
単刀直入に、エルザが切り出した。
「ルーシィには、あなたの屋敷にある特注の薬が必要です。……あれがないと、あの子は死んでしまう」
「ほう」
ジュードは興味なさそうに紅茶を啜った。
「家出した娘だ。野垂れ死のうが知ったことではない。……それに、君たちは私の商談を何度も邪魔してくれたな?」
「っ……!」
ナツの拳が震える。今すぐこの傲慢な男を殴り飛ばしてやりたい。
だが、ここで暴れれば、ルーシィの薬は手に入らない。
「お願いします!!」
ダンッ!!
ナツが、床に額を擦り付けた。
プライドの高い滅竜魔導士が。誰よりも負けず嫌いな男が。
ただ一人の少女のために、最も嫌悪する相手に頭を下げた。
「ルーシィを助けてくれ! あいつは……俺たちの大事な仲間なんだ!! 金ならいくらでも払う! だから……薬をくれ!!」
続いて、エルザが、グレイが、ハッピーが。
『妖精の尻尾』最強の魔導士たちが、一斉に土下座をした。
「……お願いする。あの子の未来を、奪わないでくれ」
「頼む……!」
ジュードは、床に這いつくばる彼らを冷たく見下ろしたまま、沈黙を守った。
「……不愉快だ」
ジュードは懐から小瓶を取り出し、テーブルに放り投げた。
カラン、と乾いた音が響く。
「持って行け。……ただし、二度と私の前に顔を見せるな」
それは慈悲ではない。これ以上、自分に関わるなという絶縁宣言だった。
「その娘にも伝えておけ。『お前はもう死んだものと思っている』とな」
ナツは薬瓶を大事に握りしめると、ゆっくりと立ち上がった。
その瞳には、燃えるような怒りと、深い悲しみが宿っていた。
「……あぁ、伝えておくよ」
ナツはジュードを睨みつけた。
「あんたにとっては死んだ娘かもしれない。……だがな、俺たちにとっては、かけがえのない『生きた』仲間だ。……二度とあいつを、あんたの道具にはさせねぇ」
ナツたちは踵を返し、屋敷を去った。
礼は言わなかった。これは取引でも施しでもない。家族を守るための闘争だったのだから。
ギルドに戻ったナツたちは、すぐに薬をルーシィに飲ませた。
数時間後。
ルーシィの呼吸が落ち着き、顔に微かな赤みが戻ってきた。
「……ん……」
ゆっくりと瞼を開ける。
視界に入ってきたのは、心配そうに覗き込むナツ、ハッピー、エルザ、グレイの顔。そして、枕元に置かれた「満タンの薬瓶」。
「……これ……お父様の……?」
「ああ。もらってきた」
ナツは短く答えた。
ルーシィは、ナツの服の膝や額が、土で汚れていることに気づいた。
エルザの鎧にも、グレイの服にも、土埃がついている。
(あのお父様が、素直に薬をくれるはずがない。……みんな、何をしたの?)
想像するだけで胸が詰まった。
あんなに誇り高い人たちが、私のために、あの男に頭を下げたのだ。
「……ごめんね。……ありがとう」
ルーシィの目から涙が溢れる。
ナツはニカッと笑って、彼女の頭を乱暴に撫でた。
「いいってことよ。……おかえり、ルーシィ」
「あい! 魚もあるぞ!」
こうして、ルーシィの命は首の皮一枚で繋がった。
だが、これは一時的な延命に過ぎない。