星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜 作:暁 蒼空
ワース樹海の戦場は、混沌を極めていた。
ナツたちがそれぞれの敵と交戦する中、ルーシィは白い装束の星霊魔導士、エンジェルと対峙していた。
「さあ、まずはその生意気な口をきけなくしてあげるわ。……開け、天蠍宮の扉! スコーピオン!」
「くっ……! 開け、金牛宮の……!」
ルーシィも応戦しようと鍵を握る。しかし、魔力を練り上げた瞬間、過剰摂取した薬の毒性と、病魔に侵された肺が悲鳴を上げた。
「ガハッ……!!」
魔法が発動する前に、大量の血を吐いて膝をつく。
スコーピオンの砂嵐が、無防備なルーシィを容赦なく吹き飛ばした。
「きゃあぁぁっ!!」
「あらあら、弱い。弱すぎるわねぇ。それでも星霊魔導士かしら?」
エンジェルが冷酷に笑いながら近づいてくる。
地面に倒れ伏すルーシィの視界は霞み、指一本動かせない。
悔しい。みんなが戦っているのに。私だけが、また、守られることすらできずに散っていくのか。
「ジェミニ。こいつに変身して、記憶を覗いてごらん。どんな無様な人生を送ってきたのかしらね」
エンジェルの命令で、双子座の星霊ジェミニがルーシィの姿に変身する。
ジェミニはルーシィの心の中を覗き込み――そして、動きを止めた。
「……きれい」
「ああん? 何言ってるのよ」
「こいつの心……星霊への愛で溢れてる。……ボクたちのこと、道具だなんて思ってない……仲間だって……」
ジェミニの言葉に、ルーシィは泥だらけの顔を上げた。
意識が遠のく中、彼女は思う。
(星霊は……道具じゃない。私の、大切な家族……!)
「……聞こえるかい、ルーシィちゃん」
その時、脳内に直接響く声があった。『青い天馬』のヒビキだ。彼の古文書魔法(アーカイブ)による念話。
「ヒビキ、さん……? 私、もう……」
「諦めちゃだめだ! 君にはまだ、戦う手段がある!」
ヒビキの声は焦っていた。
「君の星霊への想い……それが、アーカイブに眠る『超魔法』の開示条件を満たしたんだ。今から君の脳内に、その術式を直接ダウンロードする!」
「超、魔法……?」
「ただし、聞いてくれ! 今の君の体でそれを使えば、どうなるか分からない。魔力回路が焼き切れ、最悪の場合、命を落とすかもしれない!」
ルーシィは、震える手で地面を掴んだ。
このままここで犬死にするか。それとも、命を削ってでも、魔導士として戦うか。
「……やって、ください」
迷いはなかった。
「私、もう……誰かの背中に隠れて泣いているだけの「お荷物」は嫌なの!」
「いくよ……!」
次の瞬間、ルーシィの頭蓋骨が割れるほどの激痛が走った。
膨大な知識と術式が、無理やり脳にねじ込まれてくる。鼻と口から血が噴き出す。
「ぐ、あぁぁぁぁっ!!!」
「な、何よ!? 急に魔力が……!」
エンジェルが後ずさる。
瀕死のはずの少女から、神々しいまでの魔力が立ち昇り始めたからだ。
ルーシィはふらりと立ち上がった。その瞳は焦点が合っていないが、口は勝手に詠唱を紡ぎ出す。
「測天の機(き)……開闢(かいびゃく)の星々よ……その輝きをもって、我に力を……!」
昼間の樹海の空が、急速に夜へと変わる。無数の星々が輝き出し、ルーシィを中心に魔力の奔流が渦を巻いた。
「テトラビブロスよ……我は星の支配者……完全なる解放を……!」
「や、やめなさい! スコーピオン、ジェミニ! あいつを殺せぇぇ!!」
「遅いわ……!」
ルーシィが右腕を天に突き上げる。ストールが魔力の余波で弾け飛ぶ。
「荒れ狂う天よ! 星彩の裁きを! ウラノ・メトリアァァァァ!!!」
天から降り注ぐ無数の星の光が、エンジェルとその星霊たちを飲み込んだ。
それは、病弱な少女が放ったとは信じ難い、最強の星霊魔法の一撃だった。
光が収まると、そこには気絶したエンジェルと、消滅した星霊たちの姿があった。
そして、全ての魔力を使い果たしたルーシィが、糸が切れた人形のように倒れ込んだ。
「はぁ……はぁ……っ……か、勝った……の……?」
全身が鉛のように重い。肺が機能しているのかさえ分からない。
けれど、彼女は勝ったのだ。自分の力で。
ルーシィは、震える体で仰向けになり、自分の右腕を持ち上げた。
そして、息を呑んだ。
「……あ……」
ストールが吹き飛び、露わになった右腕。
以前は肩口までだった濃紫色の『星の痣』が、二の腕を越え、肘を過ぎ、前腕を覆い尽くし――手首の関節まで、びっしりと侵食していた。
右腕全体が、不気味に瞬く夜空そのものになっていた。
指先の感覚が、もうほとんどない。
「……代償、ね」
ルーシィは乾いた笑みを漏らした。
魔導士としての勝利。その対価として、彼女は人間の腕を一本、星の世界へ差し出したのだ。
遠くで、巨大な何かが動き出す地響きが聞こえる。
古代兵器ニルヴァーナの復活。
戦いはまだ終わらない。けれど、今のルーシィには、もう立ち上がる力は残されていなかった。