星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜 作:暁 蒼空
エンジェルとの激闘を終え、川辺に倒れ込んでいたルーシィの元へ、ナツが駆けつけた。
「ルーシィ!!」
ナツは慌てて彼女を抱き起こす。
ルーシィは意識が朦朧としていたが、ナツの声を聞いて薄っすらと目を開けた。
「……な、ツ……? 勝った、よ……」
「ああ、すげぇよお前! よくやったな!」
ナツは安堵し、彼女の脈を確かめようとして、その右腕に触れた。
そして、ビクリと手を引っ込めた。
「……っ!? なんだこれ、冷てぇ……!」
ナツの視線が、ルーシィの右腕に釘付けになる。
戦いでストールが弾け飛び、露わになったその腕。
かつては肩口までだった『星の痣』が、今は二の腕を越え、肘を過ぎ、前腕を侵食し――手首の関節まで、びっしりと覆い尽くしていた。
それはもう、人間の肌ではなかった。
深く、底のない濃紫色の宇宙。その中で無数の星屑が瞬いている。
触れても体温はなく、まるで氷塊か、あるいは虚空に触れているような不気味な感触だった。
「手首まで……星になっちまったのかよ……」
ナツの声が震えた。
薬の過剰摂取と、超魔法の使用。その代償は、ナツが想像していたよりも遥かに残酷な形で、彼女の体を蝕んでいた。
ズズズズズズ……!!
その時、大地が激しく揺れた。
巨大な古代都市『ニルヴァーナ』が完全に復活し、六本の脚で歩き始めたのだ。
向かう先は、ウェンディたちのギルド『化猫の宿(ケット・シェルター)』。
「ヤベェ……! あいつら、本気でギルドを消す気だ!」
ナツが立ち上がる。その瞳に怒りの炎が宿る。
ルーシィも、ふらつく足で立ち上がろうとした。
「……私も、行く……」
「え?」
「まだ……戦える……。私の星霊たちなら、あんな足……止められる……」
嘘だった。
薬の副作用で視界はぐにゃりと歪み、立っているだけで精一杯だ。右腕の感覚など既にない。
それでも、彼女はナツの服の裾を掴んだ。置いていかないで、という悲痛な叫びを込めて。
ナツは振り返り、ルーシィの手を掴んだ。
そして、ゆっくりと、しかし力強く、その指を自分の服から剥がした。
「ダメだ」
「……ナツ?」
「お前はここにいろ。ウェンディたちと一緒に、安全な場所で待ってるんだ」
ナツの声は優しかった。けれど、その目は決して揺らいでいなかった。
「嫌よ……! 私も妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士よ! みんなと一緒に戦うの!」
「戦ったら死ぬだろ!!」
ナツの怒鳴り声が、森に響いた。
ルーシィがビクリと肩を震わせる。
「見ろよその腕! もう人間じゃなくなりかけてんだぞ! これ以上魔法を使ったら……お前、本当に消えちまうぞ!」
「でもっ……!」
「俺は、お前が消えるのを見るのは嫌だ。……頼むから、大人しくしててくれ」
それは、ナツなりの最大限の愛情だった。
けれど、ルーシィにとっては「お前はもう戦力外だ」「足手まといだ」と宣告されたのと同じだった。
「……ヒビキ! シャルル! ルーシィを頼む! 絶対に動かすなよ!」
ナツはそう言い残すと、踵を返して走り出した。
巨大なニルヴァーナへと向かうその背中は、一度も振り返らなかった。
「待って……ナツ! お願い、置いていかないで!」
ルーシィが手を伸ばすが、足がもつれて地面に倒れ込む。
泥だらけの手。その指先まで、星空が侵食し始めている。
「ルーシィさん、ダメです! 動かないで!」
ウェンディが駆け寄り、治療魔法をかけようとするが、ルーシィは虚ろな目で遠ざかるナツの背中を見つめ続けていた。
ドォォォォン!!
遠くで爆発音が聞こえる。
ナツが、グレイが、エルザが、命を懸けて戦っている音。
その音が、ルーシィと彼らを隔てる「壁」のように感じられた。
(……まただ)
ルーシィは唇を噛み締めた。鉄の味がした。
(また、私はあっち側に行けない。みんなが血を流して戦っている時に、私はここで、ただ守られて息をしているだけ……)
安全な場所。
それはかつて、彼女が最も嫌悪した「屋敷の鳥籠」と同じだった。
ナツの優しさが作った、見えない檻。
「……う、ぅぅ……」
薬の副作用で、意識が混濁してくる。
視界の端で、星々が嘲笑うように瞬いている。
右腕の冷たさが心臓まで這い上がってくる。
(私は……何のためにギルドに来たの……? ただの、お荷物になるためだったの……?)
自己嫌悪と孤独感が、病んだ心を黒く塗りつぶしていく。
遠く響く仲間の雄叫びが、今の彼女には、自分を責め立てる非難の声のように聞こえてならなかった。