星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜   作:暁 蒼空

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第21話:砕けた硝子と、虚ろな服従

古代都市ニルヴァーナは停止した。

 ナツたちの活躍により、闇ギルド『六魔将軍』は壊滅し、世界は守られた。

 しかし、その代償は小さくなかった。

「……みんな、幻だったなんて……」

 ギルド『化猫の宿(ケット・シェルター)』。その正体は、ニルヴァーナを作った亡霊たちが、罪滅ぼしのために作り出した幻影だった。

 マスター・ローバウルが真実を告げ、光となって消えていく。

 残されたのは、ただ一人の生身の人間、ウェンディだけだった。

「うわぁぁぁぁん!! 置いていかないでぇぇ!!」

 泣き崩れるウェンディを、エルザが抱きしめる。ナツやグレイも、沈痛な面持ちでその光景を見守っていた。

 だが、ルーシィだけは違っていた。

 彼女は、その悲劇的な別れを、まるで「ガラス越し」に見ているかのように、無表情で立ち尽くしていた。

(……悲しい、はずなのに。涙が出ない)

 右腕の感覚がない。いや、心臓の鼓動すら遠い。

 ナツが近づいてきて、心配そうに覗き込む。

「ルーシィ? 大丈夫か? ウェンディが……」

「……はい。任務完了、ですね」

「え?」

「敵は排除しました。……私、お荷物にはなりませんでしたか?」

 その声には、抑揚が一切なかった。

 まるで、叱られるのを恐れる使用人のような、あるいは感情を持たない人形のような響きだった。

 

 連合軍は解散し、ナツたちは『青い天馬』の魔導爆撃艇クリスティーナでマグノリアへと向かっていた。

目的の物である「あらゆる病を癒やす伝説の薬草」は単なる噂でしか無かった。

 船内の休憩室。

 緊張の糸が切れたのか、ルーシィの容態が急変した。

「……あ、ガハッ……!」

「ルーシィさん!?」

 ウェンディが駆け寄るが、ルーシィは激しく痙攣し、飲ませようとした薬も水もすべて吐き出してしまった。

 高熱と、薬の副作用による脳へのダメージ。

 そして何より、「ナツに置き去りにされた」という精神的ショックが、彼女の自我の防壁を粉々に砕いていた。

「……パパ……?」

 ルーシィの虚ろな瞳が、目の前にいるナツを捉える。

 しかし、そこに映っているのは、大好きな仲間の顔ではなかった。

「……ごめんなさい、パパ。……私、いい子にします」

「ルーシィ? 俺だ、ナツだぞ!」

「ごめんなさい……外出たりしません。……お洋服も、汚しません……」

 ルーシィはガタガタと震えながら、自分の膝を抱えて小さくなった。

 【退行現象】。

 過度なストレスと薬毒により、精神が最も「無力で、従順でなければならなかった」幼少期へと逃避し始めていた。

 

「おい、しっかりしろ! 何言ってんだよ!」

 ナツがたまらず彼女の肩を掴む。

 その瞬間、ルーシィは悲鳴を上げて飛び退いた。

「ひぃっ!! ぶたないで!!」

「……っ!?」

「言うこと聞きます! だから……お願い、暗い部屋に入れないで……!! 一人にしないでぇぇ!!」

 ルーシィは部屋の隅で縮こまり、頭を抱えて謝罪を繰り返した。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

 ナツの手が空を切る。

 その光景を見て、ナツは理解してしまった。

 戦場での「ここにいろ」という言葉。

 安全な場所に置いていった配慮。

 それが、彼女にとっては、あの屋敷での「監禁」と同じだったのだと。

(俺が……ルーシィを壊したのか……?)

 良かれと思ってやったことが、彼女の古傷を抉り、心を過去の牢獄へと突き落としてしまった。

 

 ひとしきり泣き叫んだ後、ルーシィはふっと静かになった。

 恐怖も、悲しみも、すべてが抜け落ちたような顔つき。

 【感情の乖離】。

 耐え難い苦痛から心を守るため、彼女は「感情スイッチ」を切ってしまったのだ。

「……ナツさん」

 他人行儀な呼び方。

 ルーシィは、手首まで星に侵食された右腕をだらりと下げたまま、綺麗に微笑んだ。

「私、ここにいてもいいですか? 邪魔なら、荷物室に行きます」

「……ルーシィ、お前……」

「いい子にしてますから。……捨てないで、ください」

 その笑顔は、あまりにも空虚で、そして残酷だった。

 怒ってくれた方がマシだった。泣いてくれた方がよかった。

 今の彼女は、ただ愛されるために、捨てられないために、「都合のいい人形」を演じているだけだ。

「……ちくしょうッ!!」

 ナツは壁を殴りつけた。

 勝利の喜びなど、どこにもなかった。

 連れて帰ってきたのは、仲間ではない。

 心を閉ざし、過去の亡霊に怯える、壊れた硝子細工だった。

 船はマグノリアへ進む。

 しかし、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の日常は、もう以前のものとは決定的に変わってしまっていた。

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