星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜 作:暁 蒼空
古代都市ニルヴァーナは停止した。
ナツたちの活躍により、闇ギルド『六魔将軍』は壊滅し、世界は守られた。
しかし、その代償は小さくなかった。
「……みんな、幻だったなんて……」
ギルド『化猫の宿(ケット・シェルター)』。その正体は、ニルヴァーナを作った亡霊たちが、罪滅ぼしのために作り出した幻影だった。
マスター・ローバウルが真実を告げ、光となって消えていく。
残されたのは、ただ一人の生身の人間、ウェンディだけだった。
「うわぁぁぁぁん!! 置いていかないでぇぇ!!」
泣き崩れるウェンディを、エルザが抱きしめる。ナツやグレイも、沈痛な面持ちでその光景を見守っていた。
だが、ルーシィだけは違っていた。
彼女は、その悲劇的な別れを、まるで「ガラス越し」に見ているかのように、無表情で立ち尽くしていた。
(……悲しい、はずなのに。涙が出ない)
右腕の感覚がない。いや、心臓の鼓動すら遠い。
ナツが近づいてきて、心配そうに覗き込む。
「ルーシィ? 大丈夫か? ウェンディが……」
「……はい。任務完了、ですね」
「え?」
「敵は排除しました。……私、お荷物にはなりませんでしたか?」
その声には、抑揚が一切なかった。
まるで、叱られるのを恐れる使用人のような、あるいは感情を持たない人形のような響きだった。
連合軍は解散し、ナツたちは『青い天馬』の魔導爆撃艇クリスティーナでマグノリアへと向かっていた。
目的の物である「あらゆる病を癒やす伝説の薬草」は単なる噂でしか無かった。
船内の休憩室。
緊張の糸が切れたのか、ルーシィの容態が急変した。
「……あ、ガハッ……!」
「ルーシィさん!?」
ウェンディが駆け寄るが、ルーシィは激しく痙攣し、飲ませようとした薬も水もすべて吐き出してしまった。
高熱と、薬の副作用による脳へのダメージ。
そして何より、「ナツに置き去りにされた」という精神的ショックが、彼女の自我の防壁を粉々に砕いていた。
「……パパ……?」
ルーシィの虚ろな瞳が、目の前にいるナツを捉える。
しかし、そこに映っているのは、大好きな仲間の顔ではなかった。
「……ごめんなさい、パパ。……私、いい子にします」
「ルーシィ? 俺だ、ナツだぞ!」
「ごめんなさい……外出たりしません。……お洋服も、汚しません……」
ルーシィはガタガタと震えながら、自分の膝を抱えて小さくなった。
【退行現象】。
過度なストレスと薬毒により、精神が最も「無力で、従順でなければならなかった」幼少期へと逃避し始めていた。
「おい、しっかりしろ! 何言ってんだよ!」
ナツがたまらず彼女の肩を掴む。
その瞬間、ルーシィは悲鳴を上げて飛び退いた。
「ひぃっ!! ぶたないで!!」
「……っ!?」
「言うこと聞きます! だから……お願い、暗い部屋に入れないで……!! 一人にしないでぇぇ!!」
ルーシィは部屋の隅で縮こまり、頭を抱えて謝罪を繰り返した。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
ナツの手が空を切る。
その光景を見て、ナツは理解してしまった。
戦場での「ここにいろ」という言葉。
安全な場所に置いていった配慮。
それが、彼女にとっては、あの屋敷での「監禁」と同じだったのだと。
(俺が……ルーシィを壊したのか……?)
良かれと思ってやったことが、彼女の古傷を抉り、心を過去の牢獄へと突き落としてしまった。
ひとしきり泣き叫んだ後、ルーシィはふっと静かになった。
恐怖も、悲しみも、すべてが抜け落ちたような顔つき。
【感情の乖離】。
耐え難い苦痛から心を守るため、彼女は「感情スイッチ」を切ってしまったのだ。
「……ナツさん」
他人行儀な呼び方。
ルーシィは、手首まで星に侵食された右腕をだらりと下げたまま、綺麗に微笑んだ。
「私、ここにいてもいいですか? 邪魔なら、荷物室に行きます」
「……ルーシィ、お前……」
「いい子にしてますから。……捨てないで、ください」
その笑顔は、あまりにも空虚で、そして残酷だった。
怒ってくれた方がマシだった。泣いてくれた方がよかった。
今の彼女は、ただ愛されるために、捨てられないために、「都合のいい人形」を演じているだけだ。
「……ちくしょうッ!!」
ナツは壁を殴りつけた。
勝利の喜びなど、どこにもなかった。
連れて帰ってきたのは、仲間ではない。
心を閉ざし、過去の亡霊に怯える、壊れた硝子細工だった。
船はマグノリアへ進む。
しかし、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の日常は、もう以前のものとは決定的に変わってしまっていた。