星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜   作:暁 蒼空

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第22話:反転世界、砕かれた鏡像

マグノリアへの帰還から数日。

 ギルドは重苦しい空気に包まれていた。

 ルーシィは医務室のベッドで、ただ天井を見つめて過ごしていた。

「……ルーシィ、リンゴ剥いたぞ」

 ナツが部屋に入ってくる。

 ルーシィはビクリと肩を震わせ、反射的に布団の上で正座をした。

「……ありがとうございます。いただきます」

「……敬語はやめろって」

 ナツの顔が歪む。

 以前のような笑顔も、ツッコミもない。ただ、怯えて従うだけの少女。

 それが、ナツが「守った」結果だった。

 ズズズズズ……!!

 その時、空が割れた。

 巨大な渦巻きがマグノリアの上空に出現し、街ごと吸い上げ始めたのだ。超亜空間魔法『アニマ』。

「な、なんだコリャー!?」

「ナツ! ルーシィを!」

 ハッピーが叫ぶ。ナツは咄嗟にルーシィの手を掴もうとしたが、彼女は「連れて行かれる」という恐怖からパニックを起こし、ベッドの下に潜り込んでしまった。

「いやぁぁ! ごめんなさい! いい子にしてますからぁぁ!」

「ルーシィ!!」

 その瞬間、街全体が光に包まれ、消失した。

 残されたのは、滅竜魔導士であるナツとウェンディ、そしてエクシードであるハッピーとシャルルだけだった。

 

「……ここ、どこだ?」

 気がつくと、ナツたちは浮遊島が浮かぶ奇妙な空の下にいた。異世界エドラス。

 そして、ナツの足元には、古びた大時計が転がっていた。

「ホロロギウム!?」

 ボォォン……と扉が開き、中から震えるルーシィが出てきた。

『……私の機転で、ルーシィさんを体内に避難させました』

 ホロロギウムの声は沈痛だった。

『ですが……ルーシィさんの心は、もう限界です。どうか、優しくしてあげてください』

 ルーシィは外に出ると、見慣れない景色に怯え、ガタガタと震え出した。

「……ここは……お仕置き部屋、ですか……?」

「違う! 別の世界に来ちまったんだ。大丈夫、俺がついてる」

 ナツが肩に触れようとすると、彼女は悲鳴を上げて頭を抱えた。

「ごめんなさい……! 痛くしないで……!」

 ナツの手が空を切る。

 守りたいのに、触れることすら許されない。その事実は、この異様な世界以上にナツを打ちのめした。

 

 あてどなく彷徨う一行は、ボロボロのギルド『妖精の尻尾(エドラス)』に辿り着いた。

 しかし、そこのメンバーは様子が違っていた。

 ジェットとドロイは偉そうで、カナはお淑やか。そして、何より――

「あぁん? 何だテメェら。王国軍の回し者か?」

 酒樽の上に座り、乱暴な口調で睨みを利かせる金髪の女。

 その顔は、ルーシィと瓜二つだった。

 エドラスのルーシィ・ハートフィリア(通称:ルーシィ・アシュレイ)。

「ルーシィが……二人!?」

「へぇ、アースランドの私ってわけか」

 アシュレイは興味深そうに近づいてきた。

 黒いボンテージファッションに身を包み、自信に満ち溢れた瞳。

 それは、ナツが知っている「元気だった頃のルーシィ」そのものだった。

「ひっ……!」

 一方、アースランドのルーシィは、自分と同じ顔をした女の迫力に圧倒され、ナツの背中に隠れた。

「ご、ごめんなさい……隠れます……目障りですよね……」

「あ?」

 アシュレイの眉がピクリと動いた。

 

「おい、ナツ。……こいつ、何でこんなビクついてんだ?」

「……色々、あったんだよ」

 ナツが悔しそうに唇を噛む。

 アシュレイは、ナツの背中で震えている「自分」を見下ろし、舌打ちをした。

「チッ。見ててイライラすんなぁ!」

 ガシッ!

 アシュレイは、ルーシィの腕を強引に掴んで引きずり出した。

「きゃぁぁっ! ごめんなさい! ぶたないでぇぇ!」

「誰がぶつかよ! シャキッとしろ!」

 アシュレイが怒鳴りつける。

 ルーシィは涙目で縮こまり、床に額を擦り付けようとした。

「私が悪いです……私が弱いから……お荷物だから……」

「はぁ!? なんだその情けねぇ態度は!」

 アシュレイはルーシィの胸倉を掴み上げた。

「アンタ、『ルーシィ・ハートフィリア』でしょ!? 妖精の尻尾の魔導士なんでしょ!? だったら誰に頭下げてんだよ!」

「だ、だって……言うこと聞かないと……捨てられちゃう……」

 その言葉を聞いた瞬間、アシュレイの表情が変わった。

 怒りではない。同族嫌悪と、そして深い哀れみへ。

「……アンタ、壊れてんのか」

 アシュレイの視線が、ルーシィの右腕に向けられる。

 手首まで星に侵食された、冷たい腕。

「なんだこの腕。……星霊と同化してんのか?」

「……汚くてごめんなさい……隠します……」

 ルーシィが必死に袖で隠そうとする手を、アシュレイは乱暴に、しかし逃がさないように掴んだ。

「隠すな」

「え……?」

「戦って、傷ついて、こうなったんだろ? ……だったらそれは、恥じるもんじゃねぇ。勲章だろ」

 アシュレイの真っ直ぐな瞳が、虚ろなルーシィの瞳を射抜く。

「いいか、よく聞け。『私』はな、誰の言いなりにもならねぇんだよ。親だろうが、王国だろうが、ナツだろうがな!」

 その言葉は、薬で麻痺していたルーシィの心の奥底に、小さな雷を落とした。

 誰の言いなりにもならない。

 それは、かつて彼女が屋敷を飛び出した時に持っていた、一番大切な「初期衝動」だった。

「……私、は……」

 ルーシィの瞳に、わずかに光が戻りかけた。

「うわぁぁぁん!! 怖いよぉルーシィ!!」

 その時、ギルドの外からハッピーの悲鳴が聞こえた。

 王国軍の『魔戦部隊』が現れたのだ。

「チッ、嗅ぎつけやがったか! 野郎ども、ずらかるよ!!」

 アシュレイが号令をかける。

 混乱の中、ナツは呆然とするルーシィを背負い、走り出した。

 背中の上のルーシィは、自分の手首を掴んでくれたアシュレイの熱さを、まだ覚えていた。

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