星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜 作:暁 蒼空
マグノリアへの帰還から数日。
ギルドは重苦しい空気に包まれていた。
ルーシィは医務室のベッドで、ただ天井を見つめて過ごしていた。
「……ルーシィ、リンゴ剥いたぞ」
ナツが部屋に入ってくる。
ルーシィはビクリと肩を震わせ、反射的に布団の上で正座をした。
「……ありがとうございます。いただきます」
「……敬語はやめろって」
ナツの顔が歪む。
以前のような笑顔も、ツッコミもない。ただ、怯えて従うだけの少女。
それが、ナツが「守った」結果だった。
ズズズズズ……!!
その時、空が割れた。
巨大な渦巻きがマグノリアの上空に出現し、街ごと吸い上げ始めたのだ。超亜空間魔法『アニマ』。
「な、なんだコリャー!?」
「ナツ! ルーシィを!」
ハッピーが叫ぶ。ナツは咄嗟にルーシィの手を掴もうとしたが、彼女は「連れて行かれる」という恐怖からパニックを起こし、ベッドの下に潜り込んでしまった。
「いやぁぁ! ごめんなさい! いい子にしてますからぁぁ!」
「ルーシィ!!」
その瞬間、街全体が光に包まれ、消失した。
残されたのは、滅竜魔導士であるナツとウェンディ、そしてエクシードであるハッピーとシャルルだけだった。
「……ここ、どこだ?」
気がつくと、ナツたちは浮遊島が浮かぶ奇妙な空の下にいた。異世界エドラス。
そして、ナツの足元には、古びた大時計が転がっていた。
「ホロロギウム!?」
ボォォン……と扉が開き、中から震えるルーシィが出てきた。
『……私の機転で、ルーシィさんを体内に避難させました』
ホロロギウムの声は沈痛だった。
『ですが……ルーシィさんの心は、もう限界です。どうか、優しくしてあげてください』
ルーシィは外に出ると、見慣れない景色に怯え、ガタガタと震え出した。
「……ここは……お仕置き部屋、ですか……?」
「違う! 別の世界に来ちまったんだ。大丈夫、俺がついてる」
ナツが肩に触れようとすると、彼女は悲鳴を上げて頭を抱えた。
「ごめんなさい……! 痛くしないで……!」
ナツの手が空を切る。
守りたいのに、触れることすら許されない。その事実は、この異様な世界以上にナツを打ちのめした。
あてどなく彷徨う一行は、ボロボロのギルド『妖精の尻尾(エドラス)』に辿り着いた。
しかし、そこのメンバーは様子が違っていた。
ジェットとドロイは偉そうで、カナはお淑やか。そして、何より――
「あぁん? 何だテメェら。王国軍の回し者か?」
酒樽の上に座り、乱暴な口調で睨みを利かせる金髪の女。
その顔は、ルーシィと瓜二つだった。
エドラスのルーシィ・ハートフィリア(通称:ルーシィ・アシュレイ)。
「ルーシィが……二人!?」
「へぇ、アースランドの私ってわけか」
アシュレイは興味深そうに近づいてきた。
黒いボンテージファッションに身を包み、自信に満ち溢れた瞳。
それは、ナツが知っている「元気だった頃のルーシィ」そのものだった。
「ひっ……!」
一方、アースランドのルーシィは、自分と同じ顔をした女の迫力に圧倒され、ナツの背中に隠れた。
「ご、ごめんなさい……隠れます……目障りですよね……」
「あ?」
アシュレイの眉がピクリと動いた。
「おい、ナツ。……こいつ、何でこんなビクついてんだ?」
「……色々、あったんだよ」
ナツが悔しそうに唇を噛む。
アシュレイは、ナツの背中で震えている「自分」を見下ろし、舌打ちをした。
「チッ。見ててイライラすんなぁ!」
ガシッ!
アシュレイは、ルーシィの腕を強引に掴んで引きずり出した。
「きゃぁぁっ! ごめんなさい! ぶたないでぇぇ!」
「誰がぶつかよ! シャキッとしろ!」
アシュレイが怒鳴りつける。
ルーシィは涙目で縮こまり、床に額を擦り付けようとした。
「私が悪いです……私が弱いから……お荷物だから……」
「はぁ!? なんだその情けねぇ態度は!」
アシュレイはルーシィの胸倉を掴み上げた。
「アンタ、『ルーシィ・ハートフィリア』でしょ!? 妖精の尻尾の魔導士なんでしょ!? だったら誰に頭下げてんだよ!」
「だ、だって……言うこと聞かないと……捨てられちゃう……」
その言葉を聞いた瞬間、アシュレイの表情が変わった。
怒りではない。同族嫌悪と、そして深い哀れみへ。
「……アンタ、壊れてんのか」
アシュレイの視線が、ルーシィの右腕に向けられる。
手首まで星に侵食された、冷たい腕。
「なんだこの腕。……星霊と同化してんのか?」
「……汚くてごめんなさい……隠します……」
ルーシィが必死に袖で隠そうとする手を、アシュレイは乱暴に、しかし逃がさないように掴んだ。
「隠すな」
「え……?」
「戦って、傷ついて、こうなったんだろ? ……だったらそれは、恥じるもんじゃねぇ。勲章だろ」
アシュレイの真っ直ぐな瞳が、虚ろなルーシィの瞳を射抜く。
「いいか、よく聞け。『私』はな、誰の言いなりにもならねぇんだよ。親だろうが、王国だろうが、ナツだろうがな!」
その言葉は、薬で麻痺していたルーシィの心の奥底に、小さな雷を落とした。
誰の言いなりにもならない。
それは、かつて彼女が屋敷を飛び出した時に持っていた、一番大切な「初期衝動」だった。
「……私、は……」
ルーシィの瞳に、わずかに光が戻りかけた。
「うわぁぁぁん!! 怖いよぉルーシィ!!」
その時、ギルドの外からハッピーの悲鳴が聞こえた。
王国軍の『魔戦部隊』が現れたのだ。
「チッ、嗅ぎつけやがったか! 野郎ども、ずらかるよ!!」
アシュレイが号令をかける。
混乱の中、ナツは呆然とするルーシィを背負い、走り出した。
背中の上のルーシィは、自分の手首を掴んでくれたアシュレイの熱さを、まだ覚えていた。