星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜 作:暁 蒼空
エドラスの森を駆けるナツたちの前に、冷酷な影が立ちはだかった。
王国軍、第二魔戦部隊隊長、エルザ・ナイトウォーカー。
その顔は、アースランドのエルザと同じだが、纏う空気は氷のように冷たかった。
「見つけたぞ、アースランドの魔導士ども」
彼女が振るう変幻自在の槍『テン・コマンドメンツ』が、ナツたちを襲う。
「くそっ! 火竜の……鉄拳!!」
ナツが拳を振るう。しかし、炎が出ない。
この世界には空気中の魔力(エーテルナノ)が枯渇しているため、アースランドの魔導士は魔法を使えないのだ。
「な、なんでだ!? 火が出ねぇ!」
「魔法など必要ない。貴様らはただの魔力供給源(ラクリマ)になればいいのだ」
ナイトウォーカーの一撃が、無防備なナツを吹き飛ばす。
ウェンディも、シャルルと共に網に捕らえられた。
「ナツさん! ウェンディ!」
「逃げろハッピー! ルーシィを連れて行け!!」
ナツの叫び声。
ルーシィは恐怖で足がすくみ、動けなかった。
ナツが倒れている。最強の彼が、一方的にやられている。
「いやぁぁ! ごめんなさい、ごめんなさい! 私が悪いんですぅぅ!」
「ルーシィ! しっかりして!」
ハッピーが泣きながらルーシィの襟首を掴み、空へ舞い上がった。
アシュレイたちエドラスの妖精の尻尾も、蜘蛛の子を散らすように逃走する。
遠ざかる視界の中で、ルーシィは見た。
ナツが、自分を逃がすために槍で貫かれ、血を流しながら倒れる姿を。
その光景は、彼女の心の均衡を完全に破壊した。
逃げ込んだ先は、地下にあるアシュレイたちの隠れ家だった。
湿った洞窟の中で、ルーシィは膝を抱えて震え続けていた。
「うぅ……ごめんなさい……パパ……ナツ……」
「……おい」
アシュレイが近づいてくる。
ルーシィはビクリと反応し、頭を守るように腕を上げた。
「ぶたないで……! いい子にします……外出ません……!」
「……チッ」
アシュレイは苛立ちを隠さず、ルーシィの目の前にしゃがみ込んだ。
「アンタの仲間、捕まったんだぞ。……ここで一生、そうやって震えてるつもりか?」
「だ、だって……私、何もできない……お荷物だから……」
「そうだな。今のアンタはただの荷物だ。……ナツって奴、アンタを守るために囮になったんだろ?」
その言葉が、鋭い刃物のようにルーシィの胸を抉る。
守られた。また、犠牲を出した。
私は疫病神だ。私がいると、みんな不幸になる。
「……死んだほうが、いいのかな……」
ルーシィの瞳から光が消えかける。
その時。
バチンッ!!
乾いた音が洞窟に響いた。
アシュレイが、ルーシィの頬を平手打ちしたのだ。
「甘ったれんな!!」
「い、痛い……」
「痛いか? そりゃそうだ、生きてんだからな!」
アシュレイはルーシィの胸倉を掴み上げ、壁に押し付けた。
「アンタの仲間はまだ生きてる! 助けを待ってる! なのにアンタは、自分が楽になるために死のうとしてんのか!?」
「で、でも……魔法も使えないし……体もボロボロで……!」
「関係ねぇよ!」
アシュレイの瞳が燃えていた。
それは、ルーシィが失ってしまった「反骨心」の輝きだった。
「私らだって魔法なんて使えねぇ! 王国軍に追われて毎日ビクビクしてる! ……でもな、仲間を見捨てるくらいなら、噛み付いて死んでやるって覚悟決めてんだよ!」
アシュレイの手が離される。
ルーシィはその場にへたり込んだ。
頬の痛みが、熱を持っている。それはナツの魔法のような温かさではなく、冷たい現実を突きつける痛みだった。
「……アンタはどうすんだ? ここで震えて待ってんのか? それとも、あのバカ(ナツ)を助けに行くのか?」
問いかけられたルーシィは、自分の右腕を見た。
手首まで侵食された星の痣。醜く、冷たい、呪いの証。
けれど、アシュレイはこれを「勲章」だと言った。
(……待っていても、誰も助けてくれない)
(お父様もいない。ナツもいない。……私しか、いない)
ルーシィの奥底で、何かが軋む音がした。
それは、依存していた「子供の心」が砕け、代わりに冷徹な「覚悟」が芽生える音だった。
「……行く」
「あ?」
「私が……ナツを助けに行く……」
ルーシィはよろりと立ち上がった。
その瞳はまだ怯えている。足も震えている。けれど、もう座り込むことはしなかった。
その決意に呼応するように、異変が起きた。
ドクン……ッ!
ルーシィの右腕が、強く脈打ったのだ。
魔法が使えないはずのエドラスで、彼女の腕だけが、青白く、そして禍々しく発光し始めた。
「な、なんだ!? アンタの腕!」
「……熱い……」
ルーシィは右腕を抑えた。
アースランドでは「命を削る毒」だった星霊魔力が、この魔力枯渇世界では「唯一無二の魔力源」として暴走を始めたのだ。
彼女の指先から、星屑のような魔力が漏れ出し、空間を焦がす。
「これなら……戦える……?」
痛い。骨が軋むほど痛い。
けれど、この痛みがあれば、私は「お荷物」じゃない。
武器になれる。
「……アシュレイさん。王都への道を教えてください」
顔を上げたルーシィの表情は、憑き物が落ちたように静かだった。
しかし、その瞳には、狂気にも似た暗い炎が宿っていた。
「私の命全部使ってでも……あの人たちを、取り返すから」
その姿に、アシュレイは息を呑んだ。
怯えていた少女はもういない。そこにいるのは、手負いの獣だった。