星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜 作:暁 蒼空
エドラスの王都。
無機質な鉄の街並みを、フードを目深に被った一団が進む。
アシュレイを先頭に、ハッピー、シャルル、そしてルーシィだ。
「止まれ! 貴様ら、何者だ!」
巡回中の王国兵に見つかる。槍を構えた兵士たちが殺到する。
通常なら、魔法の使えないアースランドの魔導士は逃げるしかない。
だが、ルーシィは一歩も引かなかった。
「……どいて」
彼女は、包帯で隠していた右腕を突き出した。
瞬間、カッ!! と青白い閃光が走った。
「ぐわぁぁぁぁっ!?」
触れてもいないのに、兵士たちが دمまりのように吹き飛ぶ。
魔法? いや、ただの魔力の放出だ。
エドラスという「魔力の真空」において、高濃度の魔力塊と化した彼女の右腕は、蓋を開けた高圧ボンベのように暴走していた。
「な、何だよ今の威力……!」
アシュレイが息を呑む。
ルーシィは無表情のまま、煙を上げる右腕を下ろした。骨が軋み、皮膚が焼ける音がするが、彼女は痛みを感じていないようだった。
「……急ぎましょう。ナツが、待ってる」
王都の地下深く。魔力抽出室。
そこには、巨大なラクリマ生成装置に繋がれ、魔力を吸い取られてぐったりしているナツの姿があった。
「……くそ、っ……体が、動かねぇ……」
ナツは歯噛みした。
仲間を守ると言っておきながら、また捕まり、無様に吊るされている。
ルーシィは逃げられただろうか。あいつだけでも無事なら――。
ドォォォン!!
突然、鋼鉄の扉が内側から弾け飛んだ。
土煙の中から現れたのは、ボロボロのコートを羽織った小柄な影。
「……ルーシィ?」
ナツは目を疑った。
怯えて逃げ出したはずの彼女が、なぜここに。
ルーシィは無言で近づくと、ナツを拘束していた手錠を、右腕から放つ熱線で焼き切った。
「……遅くなって、ごめんなさい」
解放されたナツが崩れ落ちるのを、ルーシィが支える。
その体は氷のように冷たく、けれど瞳だけが異様にギラギラと輝いていた。
「お前……なんで戻ってきた! 逃げろって言っただろ!」
「逃げない。……もう、置いていかれるのは嫌だから」
「侵入者だ! 囲め!!」
警報が鳴り響き、武装した魔戦部隊が雪崩れ込んでくる。
魔力を奪われたナツには、立ち上がる力すらない。
「くそっ、ルーシィ! 俺の後ろに……!」
ナツがルーシィを庇おうとした、その時。
ルーシィがナツの前に出た。
「……近寄らないで」
彼女の右腕が、かつてないほど激しく脈動した。
手首までだった星の侵食が、一気に肘を超え、肩を超え、首筋へと這い上がる。
「いけない……みんな、いけない子たち……」
ルーシィのうわ言と共に、彼女の背後に巨大な「水瓶」の幻影が浮かび上がる。
アクエリアスの力? いや、鍵は使っていない。
彼女自身の体が、星霊の力を直接喰らい、同化しようとしているのだ。
「私が守るの……!!」
ドシュゥゥゥゥン!!
ルーシィの体から星屑の奔流が噴き出す。
それは召喚魔法ではない。術者自身が星霊の力を纏う、禁断の秘儀――『星霊憑依』の暴走形態。
彼女の半身が星空のような魔力衣に覆われ、髪が水流のように逆立った。
「あ、あがぁぁぁっ!?」
迫りくる兵士たちが、彼女の放つ魔力の渦に巻き込まれ、次々とねじ切られていく。
圧倒的な暴力。
それは、魔導士の戦い方ではなかった。怪物の捕食だった。
静寂が戻った部屋には、鉄の焼ける臭いと、夥しい兵士たちの残骸だけが転がっていた。
ナツは呆然と、その中心に立つ少女を見上げていた。
「ルーシィ……?」
声をかけると、ルーシィはゆっくりと振り向いた。
右半身が星空に浸食され、左目は虚ろに、右目は金色に輝いている。
彼女はナツに近づき、しゃがみ込んだ。
ビクリ、とナツの体が強張る。
怖い。
長年連れ添った相棒のはずなのに、本能が「逃げろ」と警鐘を鳴らしている。
しかし、ルーシィは攻撃しなかった。
彼女は、星に変貌した冷たい右手で、ナツの頭を優しく、慈しむように撫でた。
「……大丈夫。悪い子たちは、私が壊したから」
その声は、かつてないほど優しく、そして狂気に満ちていた。
「パパ」
「……え?」
ルーシィは、ナツの中に「父親(守ってくれるはずだった存在)」を重ね、そして今の状況(自分が守っている現実)に歪んだ満足感を覚えていた。
「パパは弱いから。……ここで、いい子にしててね?」
立場が逆転した。
守られるだけの「お荷物」だった少女は、最強の力を手に入れ、最愛の人を「無力な庇護対象(いい子)」として支配下に置いたのだ。
「……あ、あぁ……」
ナツは戦慄した。
これは、俺のせいだ。
俺が彼女を「弱いもの」として扱い、遠ざけた結果、彼女は強さを求めて化物になってしまった。
撫でられる頭の感触は、死ぬほど冷たかった。