星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜 作:暁 蒼空
地下空間に、鋭い風切り音が響く。
現れたのは、アースランドの魔導士を追ってきた、エドラス王国の魔戦部隊隊長、エルザ・ナイトウォーカーだった。
「……見つけたぞ。あちこち破壊して回っている化け物は、貴様か」
ナイトウォーカーが槍『テン・コマンドメンツ』を構える。
その視線の先には、右半身を星空に侵食され、青白い魔力を撒き散らすルーシィが立っていた。
背後には、魔力を失い蹲るナツがいる。
「……また、いけない子が来た」
ルーシィの瞳孔が開く。
彼女の認識では、目の前の騎士は「パパ(ナツ)をいじめる悪い大人」でしかなかった。
「パパは渡さない……!!」
ドゴォォォォン!!
ルーシィが右腕を振るうと、星霊魔力の衝撃波が奔流となって襲いかかる。
ナイトウォーカーは槍を変化させ、それを受け止める。
「重い……! 魔法が使えないこの世界で、これほどの魔力を!?」
「あはは、壊れちゃえ! みんな壊れちゃえ!」
ルーシィが笑う。
無邪気な子供の笑い声で、致死性の魔弾を連射する。
自分の皮膚が裂け、血が噴き出していることにも気づかない。
「やめろルーシィ!! もういいんだ!!」
ナツが叫ぶが、その声は彼女には届かない。
彼女の中の「守らなきゃ」という強迫観念が、ブレーキを完全に破壊していた。
「ええい、鬱陶しい!」
ナイトウォーカーが槍を『爆発の槍(エクスプロージョン)』に変え、反撃に転じる。
爆炎がルーシィを包む。
「きゃあぁぁっ!」
「ルーシィ!!」
「とどめだ、化け物め!」
ナイトウォーカーが跳躍し、無防備なルーシィの心臓めがけて槍を突き下ろす。
ナツは動けない。間に合わない。
――ガキィィン!!
金属音が響き、火花が散った。
ナイトウォーカーの槍を受け止めたのは、別の剣だった。
「……そこまでだ」
凛とした声。
緋色の髪をなびかせ、鎧を纏った女剣士がそこに立っていた。
巨大ラクリマから元の姿に戻った、アースランドのエルザ・スカーレットだ。
「貴様……私と同じ顔!?」
「エルザ!! 戻ったのか!!」
ナツが歓喜の声を上げる。
最強の仲間が帰ってきた。これでルーシィを助けられる。そう思った。
「無事か、ナツ。……そして、ルーシィ」
エルザはナイトウォーカーを弾き飛ばすと、背後のルーシィへと向き直った。
そして、息を呑んだ。
変わり果てた姿。右半身を星に蝕まれ、虚ろな目で笑う少女。
「……すまなかった。私がついていながら、こんな……」
エルザは武器を収め、ゆっくりとルーシィに歩み寄る。
「もう大丈夫だ。私が来た。……怖かったな、ルーシィ」
彼女は手を差し伸べた。
しかし。
「……触るなッ!!!」
バシュッ!!
ルーシィの右腕から放たれた魔力の刃が、エルザの頬を切り裂いた。
一筋の血が流れる。
「……!?」
「近寄らないで! あんたもパパをいじめるんでしょ!?」
「ルーシィ……? 私だ、エルザだぞ!」
「知らない! みんないなくなればいいのよ! 私が守るんだからぁぁぁ!!」
ルーシィは錯乱し、見境なく魔力を放出し始めた。
ナイトウォーカーだけでなく、助けに来たエルザにまで殺意を向ける。
敵味方の区別がつかない。
ただ、「近づく者はすべて敵」という原始的な防衛本能だけが暴走していた。
「ルーシィ……」
エルザは、頬の血を拭おうともせず、悲しげに眉を寄せた。
そして、飛んでくる魔弾を避けることも、防御することもなく、真っ直ぐに突っ込んだ。
「死ねぇぇぇ!!」
ルーシィの右腕が、の腹部に突き刺さる寸前――
ガシッ。
スカーレットは、星に覆われたルーシィの右腕を、素手で掴み止めた。
「ぐ、ぅぅ……ッ!」
ジュッ、と肉が焼ける音がする。
高密度の魔力塊に触れ、スカーレットの手のひらが焼け爛れる。それでも、彼女は離さなかった。
「離して! 熱い! 痛い! 嫌ぁぁぁ!!」
「離さん」
スカーレットは、暴れるルーシィを力づくで引き寄せ、そのボロボロの体を強く抱きしめた。
「もう、頑張らなくていい」
「あ、あぁ……うぅ……!」
「お前は弱くない。誰よりも強い。……だがな、強さは一人で抱え込むものじゃないんだ」
スカーレットの鎧が、ルーシィの涙と血で汚れていく。
その体温は、ナツのものとは違う、鋼のような、けれど確かな安心感のある温もりだった。
「戻ってこい、ルーシィ。……私たちがいる」
その言葉が、ルーシィの暴走する思考回路に染み込んでいく。
エルザの匂い。鎧の硬さ。
ああ、知っている。この人は、私を守ってくれた人だ。
「……エル、ザ……さん……?」
ルーシィの瞳から、金色の輝きが消え、いつもの茶色の瞳が戻ってきた。
同時に、右腕の光が収束し、星空の侵食がまた手首の辺りまで引いていく。
「ごめん、なさい……私、また……」
「謝るな。……おかえり」
ルーシィは糸が切れたように脱力し、スカーレットの腕の中で気絶した。
その寝顔は、安らかではあったが、右腕に残った火傷のような星痕は、決して消えることはなかった。
ナイトウォーカーは、その光景を見て舌打ちをし、撤退していった。
地下室には、ナツの嗚咽だけが響いていた。