星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜 作:暁 蒼空
アニマの逆流により、ナツたちはアースランドのマグノリアへと帰還した。
懐かしいギルドの匂い。雨上がりの土の香り。
しかし、その安堵感は、医務室に運ばれたルーシィの姿を見た瞬間に消え失せた。
「……はい。いい子にしてます。……動きません」
ベッドに寝かされたルーシィは、虚空を見つめながらブツブツと呟いていた。
暴走は収まっている。
だが、その右腕は手首まで完全に「星空」と化し、二の腕にはエドラスでの暴走による魔力火傷(バーン)が赤黒く残っていた。
「ルーシィ……俺だ、ナツだぞ。分かるか?」
ナツが恐る恐る声をかける。
ルーシィはゆっくりと首を回し、ナツを見た。
その瞳には、かつてのような親愛の情はなく、ただ怯えと服従の色だけが浮かんでいた。
「……あ、ごめんなさい。……お洋服、汚してません。……怒らないで、パパ」
ナツは唇を噛み締め、拳を握りしめた。
戻ってこなかったのだ。彼女の心は、まだあの「恐怖の檻」の中に閉じ込められたままだった。
「……手遅れだ」
緊急招集されたポーリュシカは、ルーシィの右腕を一瞥するなり、冷徹に告げた。
「肉体が魔力に食い尽くされている。以前渡した薬も、もう毒にしかならん。……このままなら、あと三日でこの娘の自我は消滅し、肉体は崩壊して星屑になるだろう」
ギルド中が静まり返る。
三日。
あまりにも短い猶予。
「そんな……! 婆ちゃん、何かねぇのかよ! あんた凄ぇ薬師なんだろ!?」
「魔法医術にも限界はある! ……それに、こいつはもう『病気』ではない。『変質』だ」
ポーリュシカは杖で床を突いた。
「滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)が、竜の力を使いすぎると『竜』になる危険があるように……。この娘は、星霊魔法の使いすぎで『星』になろうとしているのだ。……人間の医者に、星が治せるわけなかろう」
絶望的な論理だった。
種族が変わろうとしているのだ。それを止める術など、人間界には存在しない。
しかし、ポーリュシカはふと、何かに思い当たったようにウェンディを見た。
「……いや。待てよ」
「え……?」
「エドラスに行った時……あっちの私(グランディーネ)と意識が繋がったような感覚があった。……そこで、奇妙な知識が流れ込んできたのを思い出した」
ポーリュシカは懐から、古びた羊皮紙の束を取り出した。
それは、彼女が書き留めていた「滅竜魔法に関する覚書」だった。
「滅竜魔導士が竜にならないための『抗体』……。その生成理論は、この『星霊同化症』にも応用できるかもしれん」
「本当ですか!?」
ウェンディが身を乗り出す。
「ああ。だが、それには『成功例』のデータが必要だ。……かつてこの病を克服し、星にならずに生涯を終えた星霊魔導士の魂に接触し、その『術式』を聞き出す必要がある」
「そんな人、どこに……」
「いるはずだ。歴史のどこかに。……そして、その声を聞くための魔法を、お前なら使えるはずだぞ、ウェンディ」
ポーリュシカは羊皮紙の一枚をウェンディに手渡した。
そこには、複雑な魔法陣と、見たことのない古代文字が記されていた。
「これは……『ミルキーウェイ』?」
「そうだ。残留思念となった魂と対話する、滅竜奥義の一つ。……本来は竜の声を聞くための魔法だが、星霊魔導士の魂ならば、星の導きで繋がれるかもしれん」
ウェンディの手が震える。
失敗すれば、ルーシィの命は尽きる。
けれど、化猫の宿で何も守れなかった自分に、今度こそ守れるチャンスが巡ってきたのだ。
「……やります。私に、やらせてください!」
ウェンディの瞳に、強い決意が宿る。
「場所は、星霊魔導士にとって縁の深い場所がいい。……ルーシィさんのご実家、ハートフィリアの屋敷跡などが最適だろう」
「屋敷……」
ナツがルーシィを見る。
彼女が最も嫌い、逃げ出し、そして心が壊れる原因となった場所。
そこに、彼女を連れて行かなければならない。
「……行こう。ルーシィ」
ナツは、怯えるルーシィの手を、今度は決して離さないように優しく包み込んだ。
「怖いかもしれないけど、俺が絶対守るから。……お前の家に行こう」
「……おうち……?」
ルーシィの虚ろな瞳が、わずかに揺れた。
「……はい、パパ。……帰ります」
それは服従の言葉だったが、ナツはそれでも頷いた。
たとえ心が壊れていても、生きていてさえくれれば、いつか必ず取り戻せる。
そう信じて、一行は最後の希望を求め、ハートフィリアの領地へと旅立った。