星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜   作:暁 蒼空

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第26話:竜の処方箋、銀河の声

アニマの逆流により、ナツたちはアースランドのマグノリアへと帰還した。

 懐かしいギルドの匂い。雨上がりの土の香り。

 しかし、その安堵感は、医務室に運ばれたルーシィの姿を見た瞬間に消え失せた。

「……はい。いい子にしてます。……動きません」

 ベッドに寝かされたルーシィは、虚空を見つめながらブツブツと呟いていた。

 暴走は収まっている。

 だが、その右腕は手首まで完全に「星空」と化し、二の腕にはエドラスでの暴走による魔力火傷(バーン)が赤黒く残っていた。

「ルーシィ……俺だ、ナツだぞ。分かるか?」

 ナツが恐る恐る声をかける。

 ルーシィはゆっくりと首を回し、ナツを見た。

 その瞳には、かつてのような親愛の情はなく、ただ怯えと服従の色だけが浮かんでいた。

「……あ、ごめんなさい。……お洋服、汚してません。……怒らないで、パパ」

 ナツは唇を噛み締め、拳を握りしめた。

 戻ってこなかったのだ。彼女の心は、まだあの「恐怖の檻」の中に閉じ込められたままだった。

 

「……手遅れだ」

 緊急招集されたポーリュシカは、ルーシィの右腕を一瞥するなり、冷徹に告げた。

「肉体が魔力に食い尽くされている。以前渡した薬も、もう毒にしかならん。……このままなら、あと三日でこの娘の自我は消滅し、肉体は崩壊して星屑になるだろう」

 ギルド中が静まり返る。

 三日。

 あまりにも短い猶予。

「そんな……! 婆ちゃん、何かねぇのかよ! あんた凄ぇ薬師なんだろ!?」

「魔法医術にも限界はある! ……それに、こいつはもう『病気』ではない。『変質』だ」

 ポーリュシカは杖で床を突いた。

「滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)が、竜の力を使いすぎると『竜』になる危険があるように……。この娘は、星霊魔法の使いすぎで『星』になろうとしているのだ。……人間の医者に、星が治せるわけなかろう」

 絶望的な論理だった。

 種族が変わろうとしているのだ。それを止める術など、人間界には存在しない。

 

 しかし、ポーリュシカはふと、何かに思い当たったようにウェンディを見た。

「……いや。待てよ」

「え……?」

「エドラスに行った時……あっちの私(グランディーネ)と意識が繋がったような感覚があった。……そこで、奇妙な知識が流れ込んできたのを思い出した」

 ポーリュシカは懐から、古びた羊皮紙の束を取り出した。

 それは、彼女が書き留めていた「滅竜魔法に関する覚書」だった。

「滅竜魔導士が竜にならないための『抗体』……。その生成理論は、この『星霊同化症』にも応用できるかもしれん」

「本当ですか!?」

 ウェンディが身を乗り出す。

「ああ。だが、それには『成功例』のデータが必要だ。……かつてこの病を克服し、星にならずに生涯を終えた星霊魔導士の魂に接触し、その『術式』を聞き出す必要がある」

「そんな人、どこに……」

「いるはずだ。歴史のどこかに。……そして、その声を聞くための魔法を、お前なら使えるはずだぞ、ウェンディ」

 ポーリュシカは羊皮紙の一枚をウェンディに手渡した。

 そこには、複雑な魔法陣と、見たことのない古代文字が記されていた。

 

「これは……『ミルキーウェイ』?」

「そうだ。残留思念となった魂と対話する、滅竜奥義の一つ。……本来は竜の声を聞くための魔法だが、星霊魔導士の魂ならば、星の導きで繋がれるかもしれん」

 ウェンディの手が震える。

 失敗すれば、ルーシィの命は尽きる。

 けれど、化猫の宿で何も守れなかった自分に、今度こそ守れるチャンスが巡ってきたのだ。

「……やります。私に、やらせてください!」

 ウェンディの瞳に、強い決意が宿る。

「場所は、星霊魔導士にとって縁の深い場所がいい。……ルーシィさんのご実家、ハートフィリアの屋敷跡などが最適だろう」

「屋敷……」

 ナツがルーシィを見る。

 彼女が最も嫌い、逃げ出し、そして心が壊れる原因となった場所。

 そこに、彼女を連れて行かなければならない。

「……行こう。ルーシィ」

 ナツは、怯えるルーシィの手を、今度は決して離さないように優しく包み込んだ。

「怖いかもしれないけど、俺が絶対守るから。……お前の家に行こう」

「……おうち……?」

 ルーシィの虚ろな瞳が、わずかに揺れた。

「……はい、パパ。……帰ります」

 それは服従の言葉だったが、ナツはそれでも頷いた。

 たとえ心が壊れていても、生きていてさえくれれば、いつか必ず取り戻せる。

 そう信じて、一行は最後の希望を求め、ハートフィリアの領地へと旅立った。

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