星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜   作:暁 蒼空

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第27話:廃墟に降る銀河、魔導士の死

マグノリアから馬車を乗り継ぎ、一行はハートフィリア家の領地に到着した。

 かつては栄華を誇った大豪邸も、主を失い、管理されなくなった今では見る影もない。

 庭園は雑草と蔦に覆われ、屋敷の窓ガラスは割れ、冷たい風が吹き抜ける廃墟となっていた。

「……おうち……?」

 ルーシィが、ナツの服の裾を強く握りしめた。

 ガタガタと震えが止まらない。

 ここに戻ってきた。それは彼女にとって、悪夢への帰還を意味していた。

「……ごめんなさい、パパ。……私、悪い子でしたか? だから、またここに……?」

「違う! 違うぞルーシィ」

 ナツは必死に否定した。

 しかし、その言葉は彼女の閉じられた心には届かない。

 彼女の瞳には、かつての孤独な部屋と、冷たい父親の影しか映っていないようだった。

「……大丈夫です。……いい子にしてますから。……暗い部屋でも、泣きませんから」

 諦めきったような、虚ろな声。

 ナツは胸が張り裂けそうになるのを堪え、彼女の手を引いて荒れ果てた庭園へと足を踏み入れた。

 

 庭園の中央。かつてレイラ・ハートフィリアが愛した場所。

 ウェンディはそこに立ち、深呼吸をした。

「……いきます」

 彼女は両手を広げ、天空の魔力を練り上げた。

 エドラスでの経験、ポーリュシカからの伝授、そして何より「ルーシィさんを救いたい」という想い。

 それらが一つになり、失われた滅竜奥義が紡がれる。

「天空に眠る竜の魂よ……星の彼方より来たりて、その声を我に届けたまえ……!」

 滅竜奥義『ミルキーウェイ(銀河)』!!

 夜空から、一筋の光の帯が降り注いだ。

 それはまるで、天の川が地上に流れ落ちてきたかのような、幻想的な光景だった。

 廃墟の闇が払われ、辺り一面が星の海となる。

「……綺麗……」

 怯えていたルーシィが、呆然と呟いた。

 彼女の右腕の星空が、その光に共鳴し、優しく輝き始める。

 

 光の渦の中から、一人の女性の姿が浮かび上がった。

 古風なドレスを纏い、優しげな微笑みを湛えた女性。

 その顔立ちは、ルーシィと驚くほどよく似ていた。

『……呼び声に応え、参りました』

 女性の声は、鈴を転がすように澄んでいた。

『私はアンナ。……アンナ・ハートフィリア』

「ご先祖様……!」

 ウェンディが息を呑む。400年前の最強の星霊魔導士。

 アンナの魂は、ナツの背中に隠れているルーシィを見つめ、悲しげに眉を寄せた。

『……ああ、私の可愛い子孫。……星に愛されすぎてしまったのですね』

 アンナは地面を滑るように近づき、ルーシィの星になった右腕に触れた。

 不思議と、ルーシィは怖がらなかった。

 むしろ、懐かしい母の胸に抱かれたような安らぎを感じていた。

『同化症……いえ、これはもう「羽化」に近い。貴方の体は、人間であることをやめ、星霊になろうとしている』

 

「治せるのか!? アンナ!」

 ナツが身を乗り出す。

 アンナは静かに頷いた。

『方法は一つだけあります。……同化を止めるには、星霊界とのパス(繋がり)を、完全に断ち切るしかありません』

「パスを断つ……?」

「それって、契約解除ってことですか?」

 ハッピーが首を傾げる。

 しかし、アンナの次の言葉は、もっと重いものだった。

『いいえ。ただの契約解除ではありません。……彼女の中にある「魔力の器」、その全てを破棄し、空にするのです』

 アンナの瞳が、厳しい光を宿す。

『つまり……魔導士としての命を捨てること。二度と魔法を使えぬ、ただの人間になること。……それが、生き残るための唯一の条件です』

「なっ……!?」

 ナツたちは言葉を失った。

 魔導士にとって、魔法を捨てるということは、人生そのものを捨てるに等しい。

 ましてやルーシィは、星霊を誰よりも愛し、星霊魔導士であることに誇りを持っていた。

『星霊魔導士としての記憶も、能力も、そして愛した星霊たちとの絆も……全てを「無」に帰さなければ、体の星化は止まりません』

 アンナは残酷な事実を告げた。

『命を取るか、魔法を取るか。……選ぶのは、彼女自身です』

 

「そんな……選べるわけねぇだろ!」

 ナツが叫んだ。

 今のルーシィは、心が壊れ、正常な判断などできない状態だ。

 そんな彼女に、魔導士としての死を選べと言うのか。

「ルーシィ……」

 ナツは振り返り、彼女の肩を掴んだ。

 ルーシィは虚ろな目で、自分の右腕を見つめていた。

 星空のように輝く、呪われた腕。

 けれど、そこには確かに、アクエリアスやロキたちと共に戦った記憶が刻まれている。

「……魔、法……?」

 ルーシィが小さく呟いた。

 退行現象を起こしている彼女の中で、「魔法」という言葉が、遠い日の「ママ」の笑顔と重なる。

 そして、「鍵」の温もりと重なる。

「……嫌」

「え?」

「……捨てない。……私の、お友達……」

 ルーシィは、腰の鍵束を強く握りしめた。

 壊れた心の中でさえ、彼女は本能的に拒絶したのだ。

 魔法を捨てること。それは、自分を支えてくれた星霊たちを裏切ることだと。

「でも、それじゃお前、死んじまうんだぞ!?」

「……いい子にします。……だから、お友達をいじめないで……」

 ルーシィは泣き出し、ナツの手を振り払った。

 命よりも、痛みのない世界よりも、彼女は「星霊魔導士であること」にしがみついた。

 それは、魔導士としての誇りか、それともただの執着か。

 廃墟の庭園に、少女の嗚咽だけが響き渡る。

 銀河の光の下、究極の選択は宙に浮いたままだった。

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