星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜 作:暁 蒼空
マグノリアから馬車を乗り継ぎ、一行はハートフィリア家の領地に到着した。
かつては栄華を誇った大豪邸も、主を失い、管理されなくなった今では見る影もない。
庭園は雑草と蔦に覆われ、屋敷の窓ガラスは割れ、冷たい風が吹き抜ける廃墟となっていた。
「……おうち……?」
ルーシィが、ナツの服の裾を強く握りしめた。
ガタガタと震えが止まらない。
ここに戻ってきた。それは彼女にとって、悪夢への帰還を意味していた。
「……ごめんなさい、パパ。……私、悪い子でしたか? だから、またここに……?」
「違う! 違うぞルーシィ」
ナツは必死に否定した。
しかし、その言葉は彼女の閉じられた心には届かない。
彼女の瞳には、かつての孤独な部屋と、冷たい父親の影しか映っていないようだった。
「……大丈夫です。……いい子にしてますから。……暗い部屋でも、泣きませんから」
諦めきったような、虚ろな声。
ナツは胸が張り裂けそうになるのを堪え、彼女の手を引いて荒れ果てた庭園へと足を踏み入れた。
庭園の中央。かつてレイラ・ハートフィリアが愛した場所。
ウェンディはそこに立ち、深呼吸をした。
「……いきます」
彼女は両手を広げ、天空の魔力を練り上げた。
エドラスでの経験、ポーリュシカからの伝授、そして何より「ルーシィさんを救いたい」という想い。
それらが一つになり、失われた滅竜奥義が紡がれる。
「天空に眠る竜の魂よ……星の彼方より来たりて、その声を我に届けたまえ……!」
滅竜奥義『ミルキーウェイ(銀河)』!!
夜空から、一筋の光の帯が降り注いだ。
それはまるで、天の川が地上に流れ落ちてきたかのような、幻想的な光景だった。
廃墟の闇が払われ、辺り一面が星の海となる。
「……綺麗……」
怯えていたルーシィが、呆然と呟いた。
彼女の右腕の星空が、その光に共鳴し、優しく輝き始める。
光の渦の中から、一人の女性の姿が浮かび上がった。
古風なドレスを纏い、優しげな微笑みを湛えた女性。
その顔立ちは、ルーシィと驚くほどよく似ていた。
『……呼び声に応え、参りました』
女性の声は、鈴を転がすように澄んでいた。
『私はアンナ。……アンナ・ハートフィリア』
「ご先祖様……!」
ウェンディが息を呑む。400年前の最強の星霊魔導士。
アンナの魂は、ナツの背中に隠れているルーシィを見つめ、悲しげに眉を寄せた。
『……ああ、私の可愛い子孫。……星に愛されすぎてしまったのですね』
アンナは地面を滑るように近づき、ルーシィの星になった右腕に触れた。
不思議と、ルーシィは怖がらなかった。
むしろ、懐かしい母の胸に抱かれたような安らぎを感じていた。
『同化症……いえ、これはもう「羽化」に近い。貴方の体は、人間であることをやめ、星霊になろうとしている』
「治せるのか!? アンナ!」
ナツが身を乗り出す。
アンナは静かに頷いた。
『方法は一つだけあります。……同化を止めるには、星霊界とのパス(繋がり)を、完全に断ち切るしかありません』
「パスを断つ……?」
「それって、契約解除ってことですか?」
ハッピーが首を傾げる。
しかし、アンナの次の言葉は、もっと重いものだった。
『いいえ。ただの契約解除ではありません。……彼女の中にある「魔力の器」、その全てを破棄し、空にするのです』
アンナの瞳が、厳しい光を宿す。
『つまり……魔導士としての命を捨てること。二度と魔法を使えぬ、ただの人間になること。……それが、生き残るための唯一の条件です』
「なっ……!?」
ナツたちは言葉を失った。
魔導士にとって、魔法を捨てるということは、人生そのものを捨てるに等しい。
ましてやルーシィは、星霊を誰よりも愛し、星霊魔導士であることに誇りを持っていた。
『星霊魔導士としての記憶も、能力も、そして愛した星霊たちとの絆も……全てを「無」に帰さなければ、体の星化は止まりません』
アンナは残酷な事実を告げた。
『命を取るか、魔法を取るか。……選ぶのは、彼女自身です』
「そんな……選べるわけねぇだろ!」
ナツが叫んだ。
今のルーシィは、心が壊れ、正常な判断などできない状態だ。
そんな彼女に、魔導士としての死を選べと言うのか。
「ルーシィ……」
ナツは振り返り、彼女の肩を掴んだ。
ルーシィは虚ろな目で、自分の右腕を見つめていた。
星空のように輝く、呪われた腕。
けれど、そこには確かに、アクエリアスやロキたちと共に戦った記憶が刻まれている。
「……魔、法……?」
ルーシィが小さく呟いた。
退行現象を起こしている彼女の中で、「魔法」という言葉が、遠い日の「ママ」の笑顔と重なる。
そして、「鍵」の温もりと重なる。
「……嫌」
「え?」
「……捨てない。……私の、お友達……」
ルーシィは、腰の鍵束を強く握りしめた。
壊れた心の中でさえ、彼女は本能的に拒絶したのだ。
魔法を捨てること。それは、自分を支えてくれた星霊たちを裏切ることだと。
「でも、それじゃお前、死んじまうんだぞ!?」
「……いい子にします。……だから、お友達をいじめないで……」
ルーシィは泣き出し、ナツの手を振り払った。
命よりも、痛みのない世界よりも、彼女は「星霊魔導士であること」にしがみついた。
それは、魔導士としての誇りか、それともただの執着か。
廃墟の庭園に、少女の嗚咽だけが響き渡る。
銀河の光の下、究極の選択は宙に浮いたままだった。