星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜 作:暁 蒼空
廃墟の庭園に、ルーシィの嗚咽が響き続けている。
彼女は鍵束を胸に抱きしめ、子供のように首を横に振り続けていた。
「……嫌。……お友達、捨てない……」
「ルーシィさん……でも、そうしないと……!」
ウェンディが悲痛な声を上げる。
アンナの示した治療法は「魔導士としての死」。
だが、今のルーシィにとって、魔法(星霊)を捨てることは、自分を支える唯一の「家族」を捨てることと同義だった。
「……無理やりやるしかねぇのか」
グレイが苦渋の表情で言う。
意識がないうちに術式を施し、魔法を奪う。命を救うためなら、それもやむを得ない選択かもしれない。
しかし、ナツは強く首を振った。
「だめだ」
「ナツ!?」
「あいつから無理やり魔法を奪ったら……それは、あいつの心を殺すのと同じだ」
ナツは、怯えるルーシィを見つめた。
彼女が家出した理由。父親に反発した理由。それは「自分の意志で生きたい」からだったはずだ。
それを、命のためとはいえ、俺たちが奪っていいはずがない。
「……俺は、あいつの意志を聞きてぇ。壊れてない、本当のルーシィの声を」
その時、夜空の「銀河(ミルキーウェイ)」が激しく輝き、空間が震えた。
『……その通りだ、炎の魔導士よ』
重厚で、かつ慈愛に満ちた声が響く。
次元が割れ、巨大な鎧の巨人が姿を現した。
星霊界の頂点、星霊王だ。
「ヒゲのおじさん!?」
『久しいな、アンナよ。そして、我が友ルーシィよ』
星霊王は、魂だけの存在となったアンナに一礼し、そして変わり果てたルーシィを見下ろした。
その瞳には、深い悲しみが宿っていた。
『星に愛されすぎた娘。その代償が、これほど過酷なものであろうとは』
「星霊王……! ルーシィを助けてくれ! あいつ、星になっちまうんだ!」
ナツが叫ぶ。星霊王は静かに頷いた。
『うむ。だが、アンナの言う通り、肉体の崩壊を止めるには「魔力の器」を壊すしかない。……しかし、今の精神状態でそれを行えば、彼女の心は二度と戻らぬだろう』
王は剣を地面に突き立てた。
『故に、我は「最後の機会」を与えよう』
「機会?」
『彼女の閉ざされた心……その深層へと続く扉を開く。そこへ入り、彼女の「魂の核」を見つけ出せ』
3. 精神世界へのダイブ
星霊王が剣を掲げると、ルーシィの右腕の「星空」が拡大し、一つの光の渦となった。
『この先は彼女の精神世界。……恐怖と絶望、そして薬の毒によって歪められた迷宮だ。そこで「本当のルーシィ」を見つけ出し、彼女自身に選ばせるのだ。生きるか、魔法と共に散るか』
「……分かった。行く」
ナツは即答した。
迷う理由などない。
「私も行きます!」
「オイラも!」
ウェンディとハッピーも名乗り出る。
星霊王は頷き、光の渦を安定させた。
『行け、若き魔導士たちよ。……友の心を、救い出してくれ』
ナツたちは光の中へと飛び込んだ。
意識が吸い込まれる感覚。
そして、次に目を開けた時、そこは奇妙な世界だった。
4. 歪んだ屋敷の記憶
「ここは……?」
ナツたちが立っていたのは、ハートフィリアの屋敷の中だった。
しかし、どこかおかしい。
廊下はどこまでも長く続き、壁には無数の時計が掛けられ、すべて異なる時を刻んでいる。
窓の外は、真っ暗な宇宙が広がっていた。
「ルーシィさんの……心の中……」
ウェンディが怯えるように周囲を見渡す。
寒気がするほど冷たい。
ここは、彼女が最も孤独だった「子供時代」の記憶がベースになっているのだ。
「……ごめんなさい……」
「……いい子にします……」
どこからともなく、ルーシィの謝罪の声が木霊する。
それは、外の世界で彼女が繰り返していた、服従の言葉だった。
「ルーシィ! どこだ!」
ナツが叫びながら走る。
廊下の角を曲がると、そこには巨大な「檻」があった。
檻の中には、星霊たちが閉じ込められ、泣いている幻影が見えた。
「アクエリアス! タウロス!」
「違うよナツ、あれは幻だ!」
ハッピーが言う。
ルーシィの「星霊を失いたくない」「閉じ込められたくない」という恐怖が具現化しているのだ。
迷宮のような屋敷の最奥。
ナツはついに、一つの扉を見つけた。
そこには、『LUCY』という可愛らしいプレートが掛かっている。
彼女の部屋だ。
「……ここだ」
ナツは扉を開けた。
部屋の中は、驚くほど普通だった。
ベッドがあり、机があり、小説の書きかけの原稿が散らばっている。
そして、部屋の隅で、膝を抱えて座っている少女がいた。
ボロボロの服を着た「退行したルーシィ」ではない。
いつもの服を着て、サイドテールを結った、ナツがよく知る「ルーシィ」だった。
「……ルーシィ」
声をかけると、彼女はビクリと肩を震わせ、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳は赤く腫れ上がり、涙で濡れていた。
「……ナツ……?」
彼女の声は震えていた。
狂ってもいない。幼児化してもいない。
ただ、死の恐怖と絶望に押しつぶされそうになっている、等身大の少女がそこにいた。
「どうして……ここに入ってこれたの? ここは、私の……」
「迎えに来たんだ」
ナツは真っ直ぐに彼女を見つめた。
「外のお前は、もう限界だ。……お前が決めなきゃいけない」
ルーシィは唇を噛み締め、俯いた。
「……分かってる。アンナさんの声、聞こえてたから」
彼女は自分の右腕を握りしめた。
精神世界の中でも、その腕は星空に侵食されていた。