星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜   作:暁 蒼空

30 / 61
第29話:さよなら、私の大好きな友達

精神世界の子供部屋。

 ナツの問いかけに対し、ルーシィは震える唇を開いた。

「……嫌。……絶対に、嫌」

「ルーシィ……」

「魔法を捨てたら……助かるのは分かってる。でも、そんなの……!」

 ルーシィは顔を覆い、堰を切ったように泣き叫んだ。

 それは、ナツが聞いたこともないような、幼い子供が駄々をこねるような、純粋で悲痛な絶叫だった。

「だって、魔法を捨てたら……私はもう、星霊(みんな)に……友達に……アクエリアスに二度と会えなくなっちゃうの!!」

 その言葉が、部屋の空気を震わせた。

「ママが死んで、パパが怖くて……ずっと一人だった私に、最初に寄り添ってくれたのはあの子たちだった! アクエリアスだったの!」

 ルーシィは、腰の鍵を握りしめたまま、床に崩れ落ちた。

「口が悪くて、乱暴で、デートばっかりして……でも、私を特別扱いしないで、ずっと叱ってくれた……! 私にとって、かけがえのない家族なの!」

 彼女にとって、星霊魔法はただの力ではない。

 孤独だった少女時代を支え、母の温もりを繋ぎ止め、そして今、自分を形成するすべての絆そのものだった。

「魔法がなくなったら、あの子たちの声も聞こえない! 会うこともできない! そんなの……死ぬより辛いよぉ……っ!!」

 ルーシィはナツの足に縋り付き、泣きじゃくった。

 耐えられるわけがない。

 一番大切な友達との、永遠の別れなんて。

 

 ナツは、泣き崩れるルーシィを見下ろしていた。

 かける言葉が見つからなかった。

 「命の方が大事だ」なんて正論は、今の彼女には残酷すぎる。

 けれど。

「……あいつらはさ」

 ナツは静かに膝をつき、ルーシィの目線に合わせた。

「アクエリアスや、ロキや、バルゴたちは……お前が死んで、星になることを望んでるのかな」

「……え……」

「お前が死んで、星霊界に行けば、ずっと一緒にいられるかもしれない。……でも、あいつらはそれを喜ぶのか?」

 ルーシィの涙が止まる。

 脳裏に、星霊たちの顔が浮かぶ。

 いつも強気なアクエリアス。チャラいけど優しいロキ。忠実なバルゴ。

 あの子たちが、私が死ぬことを望むだろうか。

 ……いいや。あの子たちはきっと、怒るだろう。

「……怒る、よね。アクエリアスなら、『アンタみたいな泣き虫、こっちに来るのが早いのよ!』って……」

「ああ。きっと怒鳴られるぞ」

 ナツは、ルーシィの頭に手を置いた。

「会えなくなるのは、辛い。俺だって、イグニールに会えねぇのは死ぬほど寂しい。……でもな、生きてなきゃ、思い出も抱えていけねぇんだ」

 ナツの手のひらの熱さが、ルーシィの冷え切った心に伝わる。

「生きてくれ、ルーシィ。……魔法がなくても、お前はお前だ。俺たちの、大事な仲間だ」

 ルーシィは、ナツの胸に顔を埋めた。

 そして、最後のわがままを言うように、小さな声で呟いた。

「……ナツ。……手、握っててくれる?」

「ああ。ずっと握ってる」

 

 精神世界が光に包まれ、意識が現実へと引き戻された。

 廃墟の庭園。銀河の光の下。

 ルーシィはゆっくりと目を開けた。その瞳には、もう迷いはなかった。

「……アンナさん。……お願いします」

 彼女は、震える声で告げた。

 アンナの魂は、慈愛に満ちた表情で頷いた。

『よく決断しましたね。……辛いでしょうが、耐えてください』

 儀式が始まる。

 アンナの指示の下、ウェンディとナツが、ルーシィの体に魔力を注ぎ込む。

 それは、「治療」というよりは「破壊」に近かった。

「ぐ、ぁぁぁぁぁっ!!!」

 ルーシィの悲鳴が夜空に響く。

 体内の魔力回路(エーテルナノの器)が、外部からの強制的な魔力干渉によって焼き切られていく。

 右腕の「星空」が、バチバチと音を立てて剥がれ落ちていく。

「嫌ぁぁぁ! 行かないで! アクエリアスぅぅ!!」

 激痛の中で、ルーシィは幻を見た。

 光の中に、星霊たちが並んでいる。ロキが、バルゴが、アリエスが……そして、腕を組んだアクエリアスが。

 彼らは優しく微笑み、そして遠ざかっていく。

『達者でな、小娘』

 アクエリアスの憎まれ口が聞こえた気がした。

 それが、最後だった。

 

 光が収まった時、そこには静寂だけがあった。

 ルーシィは地面に横たわり、荒い呼吸を繰り返していた。

 その右腕は――もう、星空ではなかった。

 火傷のような痕は残っているものの、そこにあるのは人間の肌だった。

「……ルーシィ?」

 ナツが恐る恐る声をかける。

 ルーシィは、ぼんやりと空を見上げていた。

 そして、ゆっくりと自分の手を握りしめた。

「……聞こえない」

 彼女の目から、涙がツーと流れ落ちた。

「星の声も……魔力の音も……何も、聞こえないの」

 腰の鍵束に触れる。

 かつては温かい魔力を感じた鍵たちが、今はただの「冷たい金属」の塊にしか感じられなかった。

 繋がり(パス)は、完全に断たれたのだ。

 彼女はもう、星霊魔導士ではない。

 ただの、無力な少女。

「……う、うぅ……あぁぁぁぁ……!!」

 ルーシィは声を上げて泣いた。

 命は助かった。けれど、その代償として、彼女は半身をもがれたような喪失感に襲われていた。

 ナツは何も言わず、ただ約束通り、彼女の手を強く握りしめ続けた。

 夜が明け、朝日が昇る。

 それは、魔法のない、新しい人生の始まりだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。