星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜 作:暁 蒼空
精神世界の子供部屋。
ナツの問いかけに対し、ルーシィは震える唇を開いた。
「……嫌。……絶対に、嫌」
「ルーシィ……」
「魔法を捨てたら……助かるのは分かってる。でも、そんなの……!」
ルーシィは顔を覆い、堰を切ったように泣き叫んだ。
それは、ナツが聞いたこともないような、幼い子供が駄々をこねるような、純粋で悲痛な絶叫だった。
「だって、魔法を捨てたら……私はもう、星霊(みんな)に……友達に……アクエリアスに二度と会えなくなっちゃうの!!」
その言葉が、部屋の空気を震わせた。
「ママが死んで、パパが怖くて……ずっと一人だった私に、最初に寄り添ってくれたのはあの子たちだった! アクエリアスだったの!」
ルーシィは、腰の鍵を握りしめたまま、床に崩れ落ちた。
「口が悪くて、乱暴で、デートばっかりして……でも、私を特別扱いしないで、ずっと叱ってくれた……! 私にとって、かけがえのない家族なの!」
彼女にとって、星霊魔法はただの力ではない。
孤独だった少女時代を支え、母の温もりを繋ぎ止め、そして今、自分を形成するすべての絆そのものだった。
「魔法がなくなったら、あの子たちの声も聞こえない! 会うこともできない! そんなの……死ぬより辛いよぉ……っ!!」
ルーシィはナツの足に縋り付き、泣きじゃくった。
耐えられるわけがない。
一番大切な友達との、永遠の別れなんて。
ナツは、泣き崩れるルーシィを見下ろしていた。
かける言葉が見つからなかった。
「命の方が大事だ」なんて正論は、今の彼女には残酷すぎる。
けれど。
「……あいつらはさ」
ナツは静かに膝をつき、ルーシィの目線に合わせた。
「アクエリアスや、ロキや、バルゴたちは……お前が死んで、星になることを望んでるのかな」
「……え……」
「お前が死んで、星霊界に行けば、ずっと一緒にいられるかもしれない。……でも、あいつらはそれを喜ぶのか?」
ルーシィの涙が止まる。
脳裏に、星霊たちの顔が浮かぶ。
いつも強気なアクエリアス。チャラいけど優しいロキ。忠実なバルゴ。
あの子たちが、私が死ぬことを望むだろうか。
……いいや。あの子たちはきっと、怒るだろう。
「……怒る、よね。アクエリアスなら、『アンタみたいな泣き虫、こっちに来るのが早いのよ!』って……」
「ああ。きっと怒鳴られるぞ」
ナツは、ルーシィの頭に手を置いた。
「会えなくなるのは、辛い。俺だって、イグニールに会えねぇのは死ぬほど寂しい。……でもな、生きてなきゃ、思い出も抱えていけねぇんだ」
ナツの手のひらの熱さが、ルーシィの冷え切った心に伝わる。
「生きてくれ、ルーシィ。……魔法がなくても、お前はお前だ。俺たちの、大事な仲間だ」
ルーシィは、ナツの胸に顔を埋めた。
そして、最後のわがままを言うように、小さな声で呟いた。
「……ナツ。……手、握っててくれる?」
「ああ。ずっと握ってる」
精神世界が光に包まれ、意識が現実へと引き戻された。
廃墟の庭園。銀河の光の下。
ルーシィはゆっくりと目を開けた。その瞳には、もう迷いはなかった。
「……アンナさん。……お願いします」
彼女は、震える声で告げた。
アンナの魂は、慈愛に満ちた表情で頷いた。
『よく決断しましたね。……辛いでしょうが、耐えてください』
儀式が始まる。
アンナの指示の下、ウェンディとナツが、ルーシィの体に魔力を注ぎ込む。
それは、「治療」というよりは「破壊」に近かった。
「ぐ、ぁぁぁぁぁっ!!!」
ルーシィの悲鳴が夜空に響く。
体内の魔力回路(エーテルナノの器)が、外部からの強制的な魔力干渉によって焼き切られていく。
右腕の「星空」が、バチバチと音を立てて剥がれ落ちていく。
「嫌ぁぁぁ! 行かないで! アクエリアスぅぅ!!」
激痛の中で、ルーシィは幻を見た。
光の中に、星霊たちが並んでいる。ロキが、バルゴが、アリエスが……そして、腕を組んだアクエリアスが。
彼らは優しく微笑み、そして遠ざかっていく。
『達者でな、小娘』
アクエリアスの憎まれ口が聞こえた気がした。
それが、最後だった。
光が収まった時、そこには静寂だけがあった。
ルーシィは地面に横たわり、荒い呼吸を繰り返していた。
その右腕は――もう、星空ではなかった。
火傷のような痕は残っているものの、そこにあるのは人間の肌だった。
「……ルーシィ?」
ナツが恐る恐る声をかける。
ルーシィは、ぼんやりと空を見上げていた。
そして、ゆっくりと自分の手を握りしめた。
「……聞こえない」
彼女の目から、涙がツーと流れ落ちた。
「星の声も……魔力の音も……何も、聞こえないの」
腰の鍵束に触れる。
かつては温かい魔力を感じた鍵たちが、今はただの「冷たい金属」の塊にしか感じられなかった。
繋がり(パス)は、完全に断たれたのだ。
彼女はもう、星霊魔導士ではない。
ただの、無力な少女。
「……う、うぅ……あぁぁぁぁ……!!」
ルーシィは声を上げて泣いた。
命は助かった。けれど、その代償として、彼女は半身をもがれたような喪失感に襲われていた。
ナツは何も言わず、ただ約束通り、彼女の手を強く握りしめ続けた。
夜が明け、朝日が昇る。
それは、魔法のない、新しい人生の始まりだった。