星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜 作:暁 蒼空
マグノリアのギルド『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』は、今日も喧騒に包まれていた。
空飛ぶ椅子、飛び交う魔法、そして笑い声。
その賑やかなホールの片隅、かつてミラジェーンが立っていたカウンターの中に、ルーシィの姿があった。
「はい、依頼書の整理終わりました! ナツ、これ忘れてるよ!」
「おっ、サンキューなルーシィ! 行ってくるぜ!」
ナツが手を振り、ハッピーと共にギルドを飛び出していく。
ルーシィは満面の笑みで手を振り返した。
「気をつけてね! お土産待ってるから!」
その笑顔は完璧だった。
明るく、健気で、少しも陰りがない。
彼女の新しい役割は、ギルドの**『受付兼記録係』**。
魔力を失った彼女に、マカロフが用意してくれた居場所だった。
「……っ、こほっ、こほっ……」
ナツたちの姿が見えなくなると、ルーシィはカウンターの下で口元を押さえ、小さく咳き込んだ。
星霊同化症という「変質」は止まった。
しかし、彼女が元々持っていた**「病弱な体質」**まで治ったわけではない。
むしろ、魔力という生命維持エネルギーを失ったことで、彼女の肉体は以前よりも脆くなっていた。
「ルーシィ、大丈夫? 少し休んだら?」
「あ、ミラさん。……平気よ、これくらい」
心配そうに覗き込むミラジェーンに、ルーシィは慌てて取り繕った。
「薬も飲んでるし、座ってできる仕事だもの。……私、役に立ちたいの。魔法は使えなくなっちゃったけど、まだギルドの一員だって……思いたいから」
その言葉は前向きに聞こえた。
けれどミラジェーンは、ルーシィが時折見せる、冒険板(リクエストボード)を見つめる寂しげな視線に気づいていた。
彼女はもう、あの板の前に立つ資格がないのだ。
夜。仕事を終えたルーシィは、一人暮らしのアパートへ帰宅した。
かつてはナツやハッピーが勝手に上がり込んでいた部屋も、今は静寂に支配されている。
「魔力を失った病人」を気遣ってか、最近はナツたちも夜の訪問を控えているようだった。
「……ただいま」
返事はない。
プルーが震えながら出迎えてくれることもない。
ルーシィは重い足取りで机に向かい、引き出しを開けた。
そこには、十二本の黄金の鍵と、数本の銀の鍵が綺麗に並べられている。
彼女は震える手で、その中から一本――宝瓶宮アクエリアスの鍵を取り出した。
「……」
かつては、触れるだけで温かい魔力の鼓動を感じた。
水流の音や、アクエリアスの不機嫌そうな気配が伝わってきた。
けれど今は、ただの冷たい金属の塊でしかない。
「……開け、宝瓶宮の扉……アクエリアス……」
小さく詠唱してみる。
何も起きない。
魔力が通らない鍵は、うんともすんとも言わない。
当然だ。パス(契約)は切断されたのだから。
カラン……。
鍵が手から滑り落ち、床で乾いた音を立てた。
その音が、ルーシィの心のダムを決壊させた。
「……う、ぅぅ……」
彼女はその場にうずくまり、鍵を拾い上げて胸に抱いた。
昼間の「元気な受付嬢」の仮面が、音を立てて剥がれ落ちる。
「アクエリアス……」
涙が溢れ出す。
「会いたいよ……。叱ってよ……。また、『デートの邪魔よ』って怒鳴ってよぉ……!」
誰もいない部屋に、嗚咽が響く。
星霊たちは、彼女にとってただの武器ではなかった。
親であり、姉妹であり、初めてできた「対等な友達」だった。
それを、自分の命と引き換えに捨ててしまった。
「ごめんなさい……ごめんなさい……!」
罪悪感と喪失感。
彼女は鍵を握りしめ、子供のように泣きじゃくった。
「一人にしないで……。私、いい子にするから……魔法なんていらないから……あの子たちを返してよぉ……!!」
その姿は、痛々しいほど幼かった。小さく、脆い背中。
窓の外では星が輝いている。
けれど、その光はもう彼女には届かない。
星の声は聞こえない。星の温もりも感じられない。
彼女は、光を失った「飛べない妖精」として、長く暗い夜の中にうずくまっていた。
その時。
彼女の涙が落ちたアクエリアスの鍵が、月光を反射して、一瞬だけ――不気味なほど赤く明滅したような気がした。