星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜   作:暁 蒼空

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第30話:飛べない妖精、沈黙の鍵

マグノリアのギルド『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』は、今日も喧騒に包まれていた。

 空飛ぶ椅子、飛び交う魔法、そして笑い声。

 その賑やかなホールの片隅、かつてミラジェーンが立っていたカウンターの中に、ルーシィの姿があった。

「はい、依頼書の整理終わりました! ナツ、これ忘れてるよ!」

「おっ、サンキューなルーシィ! 行ってくるぜ!」

 ナツが手を振り、ハッピーと共にギルドを飛び出していく。

 ルーシィは満面の笑みで手を振り返した。

「気をつけてね! お土産待ってるから!」

 その笑顔は完璧だった。

 明るく、健気で、少しも陰りがない。

 彼女の新しい役割は、ギルドの**『受付兼記録係』**。

 魔力を失った彼女に、マカロフが用意してくれた居場所だった。

 

「……っ、こほっ、こほっ……」

 ナツたちの姿が見えなくなると、ルーシィはカウンターの下で口元を押さえ、小さく咳き込んだ。

 星霊同化症という「変質」は止まった。

 しかし、彼女が元々持っていた**「病弱な体質」**まで治ったわけではない。

 むしろ、魔力という生命維持エネルギーを失ったことで、彼女の肉体は以前よりも脆くなっていた。

「ルーシィ、大丈夫? 少し休んだら?」

「あ、ミラさん。……平気よ、これくらい」

 心配そうに覗き込むミラジェーンに、ルーシィは慌てて取り繕った。

「薬も飲んでるし、座ってできる仕事だもの。……私、役に立ちたいの。魔法は使えなくなっちゃったけど、まだギルドの一員だって……思いたいから」

 その言葉は前向きに聞こえた。

 けれどミラジェーンは、ルーシィが時折見せる、冒険板(リクエストボード)を見つめる寂しげな視線に気づいていた。

 彼女はもう、あの板の前に立つ資格がないのだ。

 

 夜。仕事を終えたルーシィは、一人暮らしのアパートへ帰宅した。

 かつてはナツやハッピーが勝手に上がり込んでいた部屋も、今は静寂に支配されている。

 「魔力を失った病人」を気遣ってか、最近はナツたちも夜の訪問を控えているようだった。

「……ただいま」

 返事はない。

 プルーが震えながら出迎えてくれることもない。

 ルーシィは重い足取りで机に向かい、引き出しを開けた。

 そこには、十二本の黄金の鍵と、数本の銀の鍵が綺麗に並べられている。

 彼女は震える手で、その中から一本――宝瓶宮アクエリアスの鍵を取り出した。

「……」

 かつては、触れるだけで温かい魔力の鼓動を感じた。

 水流の音や、アクエリアスの不機嫌そうな気配が伝わってきた。

 けれど今は、ただの冷たい金属の塊でしかない。

「……開け、宝瓶宮の扉……アクエリアス……」

 小さく詠唱してみる。

 何も起きない。

 魔力が通らない鍵は、うんともすんとも言わない。

 当然だ。パス(契約)は切断されたのだから。

 

 カラン……。

 鍵が手から滑り落ち、床で乾いた音を立てた。

 その音が、ルーシィの心のダムを決壊させた。

「……う、ぅぅ……」

 彼女はその場にうずくまり、鍵を拾い上げて胸に抱いた。

 昼間の「元気な受付嬢」の仮面が、音を立てて剥がれ落ちる。

「アクエリアス……」

 涙が溢れ出す。

「会いたいよ……。叱ってよ……。また、『デートの邪魔よ』って怒鳴ってよぉ……!」

 誰もいない部屋に、嗚咽が響く。

 星霊たちは、彼女にとってただの武器ではなかった。

 親であり、姉妹であり、初めてできた「対等な友達」だった。

 それを、自分の命と引き換えに捨ててしまった。

「ごめんなさい……ごめんなさい……!」

 罪悪感と喪失感。

 彼女は鍵を握りしめ、子供のように泣きじゃくった。

「一人にしないで……。私、いい子にするから……魔法なんていらないから……あの子たちを返してよぉ……!!」

 その姿は、痛々しいほど幼かった。小さく、脆い背中。

 窓の外では星が輝いている。

 けれど、その光はもう彼女には届かない。

 星の声は聞こえない。星の温もりも感じられない。

 彼女は、光を失った「飛べない妖精」として、長く暗い夜の中にうずくまっていた。

 その時。

 彼女の涙が落ちたアクエリアスの鍵が、月光を反射して、一瞬だけ――不気味なほど赤く明滅したような気がした。

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