星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜   作:暁 蒼空

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第31話:温かな檻、冷たい取材旅行

マグノリアのギルド『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』。

 今日も喧騒と笑い声に包まれたホールで、ルーシィはカウンターの中に立っていた。

 魔力を失い、記録係となった彼女は、努めて明るく振る舞っていた。

「ルーシィ、体調はどうじゃ?」

 カウンター越しに、マカロフが心配そうに声をかけた。

 ルーシィは書類を整理する手を止めず、満面の笑みを向けた。

「絶好調ですよ、マスター! 薬もちゃんと飲んでますし、座り仕事ですから全然平気です」

「そうか……。無理はするなよ。お前はもう、ギルドの宝じゃからな」

 マカロフの言葉は温かかった。

 けれど、ルーシィの胸にはチクリと棘が刺さる。

 「宝」という言葉が、「壊れ物」と言われているように聞こえてしまうのだ。

「ルーシィさん、ハーブティー淹れました。喉にいいんですよ」

 トコトコとウェンディがやってきて、湯気の立つカップを差し出した。

「ありがとう、ウェンディ。……いい香り」

「あの……少し、お顔色が悪い気がします。トロイアかけましょうか?」

「ううん、大丈夫! ちょっと昨日、小説の執筆で夜更かししちゃって。クマができちゃっただけよ」

 嘘だった。

 昨夜も、声のしない鍵を握りしめて泣き明かしたせいで、目が腫れているのだ。

 

 昼時になり、依頼から帰ってきたグレイとエルザがカウンターに寄ってきた。

「ようルーシィ。腹減らねぇか? 飯行こうぜ」

「私も腹が減ってな。久しぶりにみんなでテーブルを囲もうと思ってな」

 二人の誘いに、ルーシィは一瞬だけ表情を曇らせたが、すぐに笑顔の仮面を被り直した。

「ごめんね、二人とも。今、溜まってる資料の整理が佳境なの。ここでお昼済ませちゃうね」

「……そうか。あんまり根詰めんなよ?」

 グレイが気遣わしげに眉を寄せる。

 エルザも、ルーシィの痩せた肩を見て、何か言いたそうにしたが、結局は頷くだけに留めた。

「分かった。だが、困ったことがあればすぐに言うんだぞ。……私たちは、いつでもお前の力になる」

「うん、ありがとうエルザ」

 二人がナツたちのいるテーブルへ戻っていく。

 その背中を見送りながら、ルーシィは唇を噛み締めた。

(……力になる、か)

 彼らは優しい。魔導士として輝いている。

 けれど、その優しさが今のルーシィには辛かった。

 「守られる側」と「守る側」。

 その決定的な溝は、もう二度と埋まらないのだ。

 

 午後。ルーシィは地下の資料室に籠もっていた。

 誰もいない薄暗い部屋。

 彼女は震える手で、禁書指定されている『黒魔術全書』のページを捲っていた。

「……あった」

 そこに記されていたのは、おぞましい儀式の数々。

 その中に、彼女が求めていた一節があった。

『魔力なき者、あるいは資格を剥奪されし者への福音。……北の果て、忘却の遺跡に眠る「嘆きの魔導書(グリモワール)」に祈りを捧げよ。代償を払えば、星の扉は再び開かれる』

 ドクン。

 心臓が早鐘を打つ。

 代償なんてどうでもいい。寿命でも、記憶でも、何でも差し出す。

 ただもう一度、あの子たちの声が聞きたい。

 アクエリアスに会いたい。

「……行かなきゃ」

 ルーシィの瞳から、理性の光が消えかけていた。

 彼女は震える手で、そのページの地図を破り取り、懐に隠した。

 

 夕方、ルーシィは荷物をまとめ、ギルドのみんなに宣言した。

「みんな、ちょっと聞いて! 私、明日から少し休みをもらうね!」

「休み? どこか行くのか?」

 肉を食っていたナツが顔を上げる。

 ルーシィは、今日一番の「完璧な笑顔」を作った。

「うん! 小説の取材旅行に行こうと思って。……北の方に、面白そうな遺跡があるんだって!」

「遺跡? 危なくないのか?」

 グレイが心配する。

「大丈夫よー。観光地化されてるところだし、私は中までは入らないから。……静かな場所で、小説の構想を練りたいの」

「なら、アタシらもついて行こうか? 荷物持ちくらいするよ!」

 カナが酒瓶片手に提案するが、ルーシィは首を振った。

「ううん、一人がいいの。……執筆に集中したいから」

「……そうか。ルーシィの書く小説、楽しみにしてるぞ」

 エルザが真剣な顔で頷く。

 マカロフも、「無理はするなよ」と許可を出してくれた。

 みんな、信じてくれた。

 ルーシィが前を向いて、新しい人生(小説家)を歩み始めたのだと。

「お土産期待しててね! みんな!」

「おう! 変なもん拾ってくんなよー!」

 ナツが無邪気に笑う。

 その笑顔を見ることが、こんなに苦しいなんて。

(……ごめんなさい、ナツ。みんな)

(私は……小説なんて書けない。過去にすがりつくことしかできない、ダメな人間なの)

 

 翌朝未明。

 まだ誰もいないマグノリアの駅。

 ルーシィは一人、北行きの始発列車に乗り込んだ。

「……げほっ、げほっ……!」

 席に着くなり、激しく咳き込む。ハンカチに赤い血が滲む。

 体調は最悪だ。魔力を失った体は、ただの風邪ですら致命傷になりかねないほど弱っている。

 それでも、彼女の目は異様にギラついていた。

「待ってて……アクエリアス……」

 バッグの中の、冷たい鍵を握りしめる。

 仲間たちの温かい場所(ギルド)を捨て、彼女は一人、氷雪の舞う北の地へと旅立った。

 それが、破滅への片道切符だと知りながら。

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