星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜 作:暁 蒼空
マグノリアのギルド『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』。
今日も喧騒と笑い声に包まれたホールで、ルーシィはカウンターの中に立っていた。
魔力を失い、記録係となった彼女は、努めて明るく振る舞っていた。
「ルーシィ、体調はどうじゃ?」
カウンター越しに、マカロフが心配そうに声をかけた。
ルーシィは書類を整理する手を止めず、満面の笑みを向けた。
「絶好調ですよ、マスター! 薬もちゃんと飲んでますし、座り仕事ですから全然平気です」
「そうか……。無理はするなよ。お前はもう、ギルドの宝じゃからな」
マカロフの言葉は温かかった。
けれど、ルーシィの胸にはチクリと棘が刺さる。
「宝」という言葉が、「壊れ物」と言われているように聞こえてしまうのだ。
「ルーシィさん、ハーブティー淹れました。喉にいいんですよ」
トコトコとウェンディがやってきて、湯気の立つカップを差し出した。
「ありがとう、ウェンディ。……いい香り」
「あの……少し、お顔色が悪い気がします。トロイアかけましょうか?」
「ううん、大丈夫! ちょっと昨日、小説の執筆で夜更かししちゃって。クマができちゃっただけよ」
嘘だった。
昨夜も、声のしない鍵を握りしめて泣き明かしたせいで、目が腫れているのだ。
昼時になり、依頼から帰ってきたグレイとエルザがカウンターに寄ってきた。
「ようルーシィ。腹減らねぇか? 飯行こうぜ」
「私も腹が減ってな。久しぶりにみんなでテーブルを囲もうと思ってな」
二人の誘いに、ルーシィは一瞬だけ表情を曇らせたが、すぐに笑顔の仮面を被り直した。
「ごめんね、二人とも。今、溜まってる資料の整理が佳境なの。ここでお昼済ませちゃうね」
「……そうか。あんまり根詰めんなよ?」
グレイが気遣わしげに眉を寄せる。
エルザも、ルーシィの痩せた肩を見て、何か言いたそうにしたが、結局は頷くだけに留めた。
「分かった。だが、困ったことがあればすぐに言うんだぞ。……私たちは、いつでもお前の力になる」
「うん、ありがとうエルザ」
二人がナツたちのいるテーブルへ戻っていく。
その背中を見送りながら、ルーシィは唇を噛み締めた。
(……力になる、か)
彼らは優しい。魔導士として輝いている。
けれど、その優しさが今のルーシィには辛かった。
「守られる側」と「守る側」。
その決定的な溝は、もう二度と埋まらないのだ。
午後。ルーシィは地下の資料室に籠もっていた。
誰もいない薄暗い部屋。
彼女は震える手で、禁書指定されている『黒魔術全書』のページを捲っていた。
「……あった」
そこに記されていたのは、おぞましい儀式の数々。
その中に、彼女が求めていた一節があった。
『魔力なき者、あるいは資格を剥奪されし者への福音。……北の果て、忘却の遺跡に眠る「嘆きの魔導書(グリモワール)」に祈りを捧げよ。代償を払えば、星の扉は再び開かれる』
ドクン。
心臓が早鐘を打つ。
代償なんてどうでもいい。寿命でも、記憶でも、何でも差し出す。
ただもう一度、あの子たちの声が聞きたい。
アクエリアスに会いたい。
「……行かなきゃ」
ルーシィの瞳から、理性の光が消えかけていた。
彼女は震える手で、そのページの地図を破り取り、懐に隠した。
夕方、ルーシィは荷物をまとめ、ギルドのみんなに宣言した。
「みんな、ちょっと聞いて! 私、明日から少し休みをもらうね!」
「休み? どこか行くのか?」
肉を食っていたナツが顔を上げる。
ルーシィは、今日一番の「完璧な笑顔」を作った。
「うん! 小説の取材旅行に行こうと思って。……北の方に、面白そうな遺跡があるんだって!」
「遺跡? 危なくないのか?」
グレイが心配する。
「大丈夫よー。観光地化されてるところだし、私は中までは入らないから。……静かな場所で、小説の構想を練りたいの」
「なら、アタシらもついて行こうか? 荷物持ちくらいするよ!」
カナが酒瓶片手に提案するが、ルーシィは首を振った。
「ううん、一人がいいの。……執筆に集中したいから」
「……そうか。ルーシィの書く小説、楽しみにしてるぞ」
エルザが真剣な顔で頷く。
マカロフも、「無理はするなよ」と許可を出してくれた。
みんな、信じてくれた。
ルーシィが前を向いて、新しい人生(小説家)を歩み始めたのだと。
「お土産期待しててね! みんな!」
「おう! 変なもん拾ってくんなよー!」
ナツが無邪気に笑う。
その笑顔を見ることが、こんなに苦しいなんて。
(……ごめんなさい、ナツ。みんな)
(私は……小説なんて書けない。過去にすがりつくことしかできない、ダメな人間なの)
翌朝未明。
まだ誰もいないマグノリアの駅。
ルーシィは一人、北行きの始発列車に乗り込んだ。
「……げほっ、げほっ……!」
席に着くなり、激しく咳き込む。ハンカチに赤い血が滲む。
体調は最悪だ。魔力を失った体は、ただの風邪ですら致命傷になりかねないほど弱っている。
それでも、彼女の目は異様にギラついていた。
「待ってて……アクエリアス……」
バッグの中の、冷たい鍵を握りしめる。
仲間たちの温かい場所(ギルド)を捨て、彼女は一人、氷雪の舞う北の地へと旅立った。
それが、破滅への片道切符だと知りながら。