星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜 作:暁 蒼空
ドゴォォォォン!!
ナツの拳が、遺跡最奥の重い石扉を粉砕した。
土煙が舞う中、ナツ、グレイ、エルザが祭壇の間へと飛び込む。
「ルーシィ!!」
ナツが叫ぶ。
祭壇の前には、ボロボロになったルーシィが倒れていた。
そして、その頭上には、淡いピンク色に輝く美しい光の球体が浮かび上がり、黒い霧の番人へと吸い込まれようとしていた。
「あれは……記憶の結晶か!?」
エルザが驚愕する。
番人は不快そうに振り返った。
『チッ……邪魔が入ったか。だが、取引は成立した』
番人が指を鳴らすと、光の球体は霧の中へと飲み込まれて消滅した。
同時に、倒れていたルーシィが小さく呻き声を上げ、ゆっくりと身を起こした。
「ルーシィ! 無事か!?」
ナツが駆け寄り、彼女の肩を掴む。
しかし、ルーシィの反応は、ナツが予想していたものとは全く違っていた。
「……ひっ!」
ルーシィはナツの手を振り払い、怯えたように後ずさった。
その瞳には、親愛の情など微塵もなく、ただ見知らぬ男に対する警戒心だけが宿っていた。
「……誰、ですか?」
「は……?」
「随分と乱暴な方ですね。……お父様が雇った、新しい使用人の方ですか?」
ナツの思考が停止した。
使用人? お父様?
目の前のルーシィは、ナツのことを「知らない」と言ったのだ。
彼女の纏う空気は、ギルドでの明るいものではなく、ハートフィリアの屋敷に閉じ込められていた頃の、孤独で余所余所しい令嬢のものだった。
「ルーシィ……俺だぞ? ナツだ! 妖精の尻尾(フェアリーテイル)の!」
「妖精の……尻尾?」
ルーシィは小首を傾げた。
「存じ上げませんわ。……私の知っている外の世界のお話は、本で読んだものだけですから」
グレイとエルザも息を呑む。
彼女の中から、「ナツとの出会い」も、「ギルドでの日々」も、全てが消え去っていた。
残っているのは、孤独な部屋で薬を飲み、星霊たちだけを友としていた、暗い少女時代の記憶のみ。
「嘘だろ……。全部、忘れちまったのかよ……」
ナツの手が力なく垂れ下がる。
彼女を守るために戦ってきた。笑い合ってきた。その全てが、無かったことになってしまった。
『ククク……そうだ。この娘はもう、お前たちのことなど知らぬ。……その記憶を捨ててでも、求めたものがあるからな』
番人が嘲笑うと、祭壇から激しい水流が噴き出した。
ザバァァァッ!!
遺跡の中が水浸しになり、その中から青い人魚の姿が現れる。
「……アクエリアス!!」
ルーシィの顔が、花が咲いたように輝いた。
彼女はナツのことなど目もくれず、水瓶の星霊へと駆け寄った。
「会いたかった……! ずっと会いたかったの!」
「……ルーシィ」
アクエリアスは、複雑な表情でルーシィを見下ろした。
ルーシィは涙を流しながら、彼女に抱きつこうとする。
感動の再会。
しかし、次の瞬間。
バシャァァァッ!!
アクエリアスの持つ水瓶から放たれた激流が、ルーシィを容赦なく吹き飛ばした。
「きゃぁっ!?」
「ふざけるんじゃないわよ!!」
アクエリアスの怒号が遺跡に響き渡った。
彼女は鬼の形相で、びしょ濡れになったルーシィを睨みつけた。
「ア、アクエリアス……?」
「アンタ……何てことしたのよ!!」
アクエリアスは震える指で、呆然とするナツたちを指差した。
「あいつらとの時間を……! あいつらとの絆を捨ててまで、私に会いに来たって言うの!?」
「な、何を言ってるのアクエリアス……! あんな人達知らないわ!」
ルーシィが泣きながら反論する。
「お屋敷には誰もいない! パパもママもいない! 私には……星霊(みんな)しか友達がいないじゃない!」
彼女の記憶は改変され、欠落している。
ギルドという「新しい家族」がいたことすら覚えていない彼女にとって、星霊こそが唯一無二の縋るべき存在だったのだ。
「馬鹿者!!」
アクエリアスは、今度は水ではなく、自分の手でルーシィの頬を叩いた。
乾いた音が響く。
「……痛い……」
「痛いでしょうね。でも、あいつらの痛みはそんなもんじゃないわよ!」
アクエリアスの目にも、涙が溜まっていた。
「アンタが家を出て、どれだけ頑張って、どれだけ笑って、どれだけ愛されたか……! その『一番輝いていた時間』をドブに捨てるなんて……! そんな惨めな姿を見るために、私は来たんじゃない!!」
ルーシィは頬を押さえ、呆然とアクエリアスを見上げた。
なぜ怒られているのか分からない。
ただ、自分がとてつもなく「大切なもの」を失ってしまったことだけが、アクエリアスの悲痛な叫びから伝わってきた。
『ハハハ! 傑作だ! 感動の再会とはいかなかったようだな!』
番人が高笑いをする。
その笑い声が、ナツの理性を焼き切った。
「てめぇぇぇっ!!」
火竜の鉄拳!!
ナツが炎を纏った拳で番人に殴りかかる。
しかし、拳は黒い霧をすり抜け、空を切った。
『無駄だ。私は実体を持たぬ概念。……そして契約は絶対だ。この娘の記憶は、既に私の糧となった』
「返せよ……! ルーシィを返せよぉぉ!!」
ナツが咆哮する。
しかし、ルーシィは怯えた目でナツを見つめるだけ。
「……野蛮な人ですね。」
その冷たい一言が、どんな攻撃よりも深く、ナツの心を抉った。
彼女はもう、ナツの知るルーシィではない。
孤独で、世間知らずで、そして星霊に依存するしかない、哀れな少女に戻ってしまったのだ。
アクエリアスは悔しげに唇を噛み、そして静かに告げた。
「……契約時間は終わりよ。私は帰るわ」
「えっ!? 待って、行かないで!」
「もう二度と、こんな禁術を使うんじゃないわよ。……さよなら、私のバカな飼い主」
アクエリアスの姿が水泡となって消えていく。
ルーシィは、何もない空間に手を伸ばし、崩れ落ちた。
「どうして……アクエリアス」
残されたのは、記憶を失った少女と、絶望に暮れる魔導士たちだけだった。