星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜   作:暁 蒼空

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第33話:失われた光、激怒する水瓶

ドゴォォォォン!!

 ナツの拳が、遺跡最奥の重い石扉を粉砕した。

 土煙が舞う中、ナツ、グレイ、エルザが祭壇の間へと飛び込む。

「ルーシィ!!」

 ナツが叫ぶ。

 祭壇の前には、ボロボロになったルーシィが倒れていた。

 そして、その頭上には、淡いピンク色に輝く美しい光の球体が浮かび上がり、黒い霧の番人へと吸い込まれようとしていた。

「あれは……記憶の結晶か!?」

 エルザが驚愕する。

 番人は不快そうに振り返った。

『チッ……邪魔が入ったか。だが、取引は成立した』

 番人が指を鳴らすと、光の球体は霧の中へと飲み込まれて消滅した。

 同時に、倒れていたルーシィが小さく呻き声を上げ、ゆっくりと身を起こした。

「ルーシィ! 無事か!?」

 ナツが駆け寄り、彼女の肩を掴む。

 しかし、ルーシィの反応は、ナツが予想していたものとは全く違っていた。

 

「……ひっ!」

 ルーシィはナツの手を振り払い、怯えたように後ずさった。

 その瞳には、親愛の情など微塵もなく、ただ見知らぬ男に対する警戒心だけが宿っていた。

「……誰、ですか?」

「は……?」

「随分と乱暴な方ですね。……お父様が雇った、新しい使用人の方ですか?」

 ナツの思考が停止した。

 使用人? お父様?

 目の前のルーシィは、ナツのことを「知らない」と言ったのだ。

 彼女の纏う空気は、ギルドでの明るいものではなく、ハートフィリアの屋敷に閉じ込められていた頃の、孤独で余所余所しい令嬢のものだった。

「ルーシィ……俺だぞ? ナツだ! 妖精の尻尾(フェアリーテイル)の!」

「妖精の……尻尾?」

 ルーシィは小首を傾げた。

「存じ上げませんわ。……私の知っている外の世界のお話は、本で読んだものだけですから」

 グレイとエルザも息を呑む。

 彼女の中から、「ナツとの出会い」も、「ギルドでの日々」も、全てが消え去っていた。

 残っているのは、孤独な部屋で薬を飲み、星霊たちだけを友としていた、暗い少女時代の記憶のみ。

「嘘だろ……。全部、忘れちまったのかよ……」

 ナツの手が力なく垂れ下がる。

 彼女を守るために戦ってきた。笑い合ってきた。その全てが、無かったことになってしまった。

 

『ククク……そうだ。この娘はもう、お前たちのことなど知らぬ。……その記憶を捨ててでも、求めたものがあるからな』

 番人が嘲笑うと、祭壇から激しい水流が噴き出した。

 ザバァァァッ!!

 遺跡の中が水浸しになり、その中から青い人魚の姿が現れる。

「……アクエリアス!!」

 ルーシィの顔が、花が咲いたように輝いた。

 彼女はナツのことなど目もくれず、水瓶の星霊へと駆け寄った。

「会いたかった……! ずっと会いたかったの!」

「……ルーシィ」

 アクエリアスは、複雑な表情でルーシィを見下ろした。

 ルーシィは涙を流しながら、彼女に抱きつこうとする。

 感動の再会。

 しかし、次の瞬間。

 バシャァァァッ!!

 アクエリアスの持つ水瓶から放たれた激流が、ルーシィを容赦なく吹き飛ばした。

「きゃぁっ!?」

「ふざけるんじゃないわよ!!」

 アクエリアスの怒号が遺跡に響き渡った。

 彼女は鬼の形相で、びしょ濡れになったルーシィを睨みつけた。

 

「ア、アクエリアス……?」

「アンタ……何てことしたのよ!!」

 アクエリアスは震える指で、呆然とするナツたちを指差した。

「あいつらとの時間を……! あいつらとの絆を捨ててまで、私に会いに来たって言うの!?」

「な、何を言ってるのアクエリアス……! あんな人達知らないわ!」

 ルーシィが泣きながら反論する。

「お屋敷には誰もいない! パパもママもいない! 私には……星霊(みんな)しか友達がいないじゃない!」

 彼女の記憶は改変され、欠落している。

 ギルドという「新しい家族」がいたことすら覚えていない彼女にとって、星霊こそが唯一無二の縋るべき存在だったのだ。

「馬鹿者!!」

 アクエリアスは、今度は水ではなく、自分の手でルーシィの頬を叩いた。

 乾いた音が響く。

「……痛い……」

「痛いでしょうね。でも、あいつらの痛みはそんなもんじゃないわよ!」

 アクエリアスの目にも、涙が溜まっていた。

「アンタが家を出て、どれだけ頑張って、どれだけ笑って、どれだけ愛されたか……! その『一番輝いていた時間』をドブに捨てるなんて……! そんな惨めな姿を見るために、私は来たんじゃない!!」

 ルーシィは頬を押さえ、呆然とアクエリアスを見上げた。

 なぜ怒られているのか分からない。

 ただ、自分がとてつもなく「大切なもの」を失ってしまったことだけが、アクエリアスの悲痛な叫びから伝わってきた。

 

『ハハハ! 傑作だ! 感動の再会とはいかなかったようだな!』

 番人が高笑いをする。

 その笑い声が、ナツの理性を焼き切った。

「てめぇぇぇっ!!」

 火竜の鉄拳!!

 ナツが炎を纏った拳で番人に殴りかかる。

 しかし、拳は黒い霧をすり抜け、空を切った。

『無駄だ。私は実体を持たぬ概念。……そして契約は絶対だ。この娘の記憶は、既に私の糧となった』

「返せよ……! ルーシィを返せよぉぉ!!」

 ナツが咆哮する。

 しかし、ルーシィは怯えた目でナツを見つめるだけ。

 

「……野蛮な人ですね。」

 その冷たい一言が、どんな攻撃よりも深く、ナツの心を抉った。

 彼女はもう、ナツの知るルーシィではない。

 孤独で、世間知らずで、そして星霊に依存するしかない、哀れな少女に戻ってしまったのだ。

 アクエリアスは悔しげに唇を噛み、そして静かに告げた。

「……契約時間は終わりよ。私は帰るわ」

「えっ!? 待って、行かないで!」

「もう二度と、こんな禁術を使うんじゃないわよ。……さよなら、私のバカな飼い主」

 アクエリアスの姿が水泡となって消えていく。

 ルーシィは、何もない空間に手を伸ばし、崩れ落ちた。

「どうして……アクエリアス」

 残されたのは、記憶を失った少女と、絶望に暮れる魔導士たちだけだった。

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