星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜 作:暁 蒼空
マグノリアへの帰路、そしてギルドまでの道のりは、ナツにとって地獄のようだった。
抱きかかえている少女は、ずっと泣き叫び、暴れていたからだ。
「離してください! 無礼者! 私を元の場所へ返しなさい!」
「暴れるなルーシィ! 俺だよ、ナツだ!」
「知りません! そんな名前、聞いたこともありませんわ!」
ナツは歯を食いしばり、彼女をギルド『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』の中へと運び込んだ。
扉が開くと、待機していたメンバーが一斉に振り返る。
「ナツ! ルーシィは!?」
「連れ戻した……けどよ……」
ナツが腕の中のルーシィを下ろす。
彼女は床に着地するなり、スカートの裾を払い、警戒心剥き出しの目で周囲を睨みつけた。
「……何なのですか、ここは。酒と汗の匂いがする……野蛮な場所……」
その言葉に、駆け寄ろうとしたリサーナやレビィが足を止めた。
かつて、彼女が「世界で一番楽しい場所」と呼んだギルドを、彼女は今、汚らわしいものを見る目で見下している。
「あ、あの……ルーちゃん? 私、レビィよ?」
「近寄らないでください!」
ルーシィの拒絶が、ギルドの空気を凍りつかせた。
マカロフが沈痛な面持ちで歩み出た。
「ルーシィ……ワシじゃ。マスターじゃよ。お前の親代わりのようなものじゃったろう?」
「親……? 冗談はおよしになって。私のお父様はジュード・ハートフィリアただ一人です」
ルーシィは冷たく言い放ち、そして震える声で叫んだ。
「帰してください! こんな知らない場所、一秒だっているものですか!」
「ルーシィ……」
「嫌……誰も信用できない……助けて、アクエリアス!!」
彼女は虚空に向かって叫んだ。
魔力を失った体で、鍵もないのに、必死に友の名を呼ぶ。
「お願い、来て! 私を守って! アクエリアス!!」
……シーン。
何も起きない。水瓶の扉は開かない。
当然だ。魔力はないし、何より彼女自身が、先ほどアクエリアスに拒絶されたばかりなのだから。
「……なんで……? どうして来てくれないの……?」
ルーシィはその場に崩れ落ち、膝を抱えた。
遺跡での出来事がフラッシュバックする。
再会したはずの親友に、激怒され、頬を叩かれ、置き去りにされた記憶。
「私が……記憶を捨てたから? だから怒ったの……?」
意味が分からなかった。
記憶が全くないけど、あなたに会うために、いらない記憶(ゴミ)を捨てたのに。どうして喜んでくれないの?
どうして、あんなに悲しい顔をしたの?
「……うぅ……怖い……みんな敵……」
彼女はギルドの隅へと這って逃げ、椅子で作ったバリケードの中にうずくまった。
そこは、世界一温かいギルドのはずなのに、今の彼女にとっては、冷たい牢獄でしかなかった。
ギルド全体がショックで沈黙する中、『青い天馬』の魔導爆撃艇クリスティーナが到着した。
降りてきたのは、天才魔導士ヒビキ・レイティスだ。
「……事情は聞いたよ。禁書『嘆きの魔導書』に関わってしまったんだね」
ヒビキは古文書を広げ、深刻な表情でナツたちに告げた。
「ルーシィちゃんの記憶は、番人に喰われてしまった。……物理的に番人を倒しても、消化された記憶は戻らない」
「じゃあ、どうすりゃいいんだよ!」
「方法は一つ。……番人の『本体』を叩くしかない」
ヒビキがホログラムを展開する。
「番人は、ルーシィちゃんの記憶と同化している。……つまり、外からじゃ倒せない。君たちが再び彼女の精神世界……いや、『記憶の迷宮』に入り込み、内側から番人の核を壊すしかないんだ」
「記憶の迷宮……」
「ああ。だが、気をつけてくれ。以前、星霊王が開いてくれた精神世界とは訳が違う」
ヒビキは警告した。
「今度の世界は、彼女が『自ら望んで閉ざした記憶』の世界だ。……侵入者である君たちを、彼女自身の防衛本能が全力で排除しに来るはずだ」
4. 拒絶の迷宮へ
「関係ねぇ」
ナツは迷わず言った。
「何度忘れても、何度拒絶されても……俺はあいつを連れ戻す。……それが仲間だろ」
グレイ、エルザ、そしてウェンディも頷く。
ヒビキは「分かった」と頷き、古文書魔法(アーカイブ)を展開した。
術式が、隅で震えるルーシィを包み込む。
「いやっ! 何を……何をするのですか!」
「ごめんなルーシィ。……少しの間、お前の心にお邪魔するぜ」
ナツたちは、光の中へとダイブした。
――転移完了。
目を開けたナツたちが立っていたのは、以前のような屋敷の廊下ではなかった。
「……なんだ、ここは」
そこは、巨大な壁に囲まれた要塞都市のようだった。
空は鉛色で、冷たい雨が降り注いでいる。
そして、街の至る所に、『侵入者ヲ排除セヨ』という無機質な看板が立っていた。
「以前は、泣いている子供部屋だった……。でも今回は……」
エルザが剣を構える。
地面が揺れ、建物の影から、無数の兵隊人形(ソルジャー)が現れた。
その顔はすべて、無表情なルーシィの顔をしていた。
『排、除……。排、除……』
「嘘だろ……。これ全部、ルーシィの拒絶心かよ!」
グレイが氷の造形魔法を構える。
敵は番人だけではない。
ルーシィ自身の心が、「ナツたち(自分を連れ去ろうとする野蛮人)」を敵と認識し、全力で殺しにかかってきているのだ。
「甘くなかったな……」
ナツは炎を拳に纏わせた。
目の前に広がるのは、彼女が築き上げた、誰も寄せ付けないための孤独の城塞。
ここを突破し、最奥に眠る「本当の記憶」に辿り着く戦いが始まった。