星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜 作:暁 蒼空
記憶の迷宮は、要塞都市と化していた。
ナツたちの行く手を阻むのは、無数の『ルーシィ兵』たち。
彼女の心が作り出した、拒絶の具現体だ。
『帰レ……。帰レ……』
『ドウセ、裏切ル……。皆、イナクナル……』
兵隊たちは、ルーシィの声で呪詛を吐きながら襲いかかってくる。
その攻撃は魔法ではないが、精神世界特有の重みを持っていた。
「くそっ! キリがねぇぞ!」
「倒しても倒しても湧いてくる……! これがルーシィの心の壁か!」
グレイが氷の盾で攻撃を防ぐ。
エルザが剣で兵隊を薙ぎ払うが、彼女たちの表情は苦渋に満ちていた。
敵の顔が、大切な仲間の顔だからだ。
「ナツ! 私たちはここを食い止める! お前は先に行け!」
「おう!」
ナツは炎を纏い、兵隊の群れを強引に突破した。
目指すは、この迷宮の最奥にある『玉座の間』。そこに、記憶の核(コア)があるはずだ。
最奥の扉を蹴破ると、そこは再び『ハートフィリア家の子供部屋』だった。
だが、部屋の中央には巨大な玉座があり、そこに幼い姿のルーシィが座っていた。
その背後には、黒い霧の番人がへばりつくように漂っている。
「……また来たの? 野蛮人」
幼いルーシィは、冷ややかな目でナツを見下ろした。
「帰って。私はここで待つの。……悪い記憶を全部捨てれば、きっとアクエリアスは戻ってきてくれるわ」
「戻らねぇよ」
ナツは静かに言った。
幼いルーシィの眉がピクリと動く。
「……何ですって?」
「アクエリアスは来ねぇ。……お前が俺たちを忘れてる限り、あいつは絶対に来ねぇ!」
ナツは一歩踏み出した。
「あいつが怒ったのはな、お前が俺たちとの時間を『ゴミ』扱いしたからだ! ……お前が積み上げてきたものを、自分で壊したからだ!」
「うるさい!!」
幼いルーシィが叫ぶと、部屋中の家具やおもちゃがナツに向かって飛んできた。
物理攻撃無効の番人の力が、彼女の拒絶心を通して具現化している。
ドカッ! バキッ!
ナツは避けなかった。飛んできた椅子や本を、体で受け止めた。
「痛い……! 痛いのよ、思い出すのは!」
ルーシィが泣きながら叫ぶ。
「楽しい記憶を思い出せば……それを失った時の悲しみも思い出しちゃう! アクエリアスがいなくなった時の絶望も、魔法を失った時の痛みも……全部セットで還ってくるのよ!」
「ああ、そうだな!」
ナツは額から血を流しながら、それでも歩みを止めなかった。
「痛ぇよな! 辛ぇよな! ……でもな、それが生きてるってことだろ!!」
「っ……!?」
「痛みを忘れるために、楽しかったことまで忘れるなよ! ……俺たちは、そんなに軽い存在だったのかよ!!」
ナツがルーシィの目の前まで迫り、その小さな肩を掴んだ。
そして、自分の右腕にある『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』の紋章を突きつけた。
「見ろ! お前も持ってたはずだ! この証を!」
紋章を見た瞬間、幼いルーシィの瞳が大きく揺れた。
脳裏に、封印されていた光景がフラッシュバックする。
初めてギルドに来た日。ミラジェーンに紋章を押してもらった日。
『私、妖精の尻尾の魔導士よ!』と胸を張った日。
「……あ、あぁ……」
その記憶は、温かくて、眩しくて――そして、涙が出るほど愛おしかった。
『やめろ! 思い出すな! 契約違反だぞ!!』
番人が慌てて黒い霧を伸ばそうとする。
しかし、ルーシィの体から溢れ出した光が、霧を焼き払った。
「……思い出したくない……でも……」
幼いルーシィの姿が、徐々に現在の姿へと変わっていく。
ボロボロのコートを着た、17歳のルーシィへ。
「……忘れたくない……!」
彼女はナツの胸に飛び込んだ。
同時に、世界がガラスのように砕け散った。
――現実世界。
ギルドの床で、ナツたちは目を覚ました。
ヒビキの術式が解ける。
そして、中央でうずくまっていたルーシィも、ゆっくりと顔を上げた。
「……ナツ……」
その瞳には、かつての色が戻っていた。
怯えも、警戒心もない。ナツを知っている瞳だ。
「ルーシィ! 戻ったのか!?」
「よかった……! ルーちゃん!」
ギルド中が歓声に包まれる。
ナツは安堵し、満面の笑みで彼女の手を握った。
「おかえり、ルーシィ! やっぱりお前は、こっち側じゃなきゃな!」
ハッピーエンドだ。
誰もがそう思った。
しかし――。
「……うん。ただいま」
ルーシィは笑った。
けれど、その笑顔は、どこか壊れていた。
涙が、止まらなかったのだ。
「……思い出したよ。ナツのこと。みんなのこと」
「おう! もう二度と忘れるなよ!」
「うん……。でもね、ナツ」
ルーシィは、胸元をぎゅっと握りしめた。
そこには、もう光らないアクエリアスの鍵がある。
「……思い出しちゃったの。……私が、あの子を裏切ったこと」
遺跡での出来事。
自分の記憶を捨ててまで再会を願ったのに、アクエリアスに拒絶されたこと。
『さよなら、私のバカな飼い主』という、最後の言葉。
「……会えないんだ」
ルーシィの膝から力が抜ける。
「記憶が戻っても……私の罪は消えない。……アクエリアスは、もう二度と……私に会いに来てくれない……」
「ルーシィ……」
ナツの笑顔が消える。
記憶を取り戻すことは、あの「絶望的な別れ」の記憶をも、鮮明に取り戻すことだった。
「う、あぁぁぁ……! アクエリアスぅぅ……!!」
ルーシィはその場に泣き崩れた。
ギルドの仲間たちが駆け寄るが、誰も彼女の心の穴を埋めることはできない。
彼女は全てを思い出した。
けれど、その代償として、「自分はもう二度と許されない」という十字架を背負うことになったのだ。
その泣き声は、幼い子供が迷子になった時のように、いつまでも、いつまでもギルドに響き続けた。