星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜   作:暁 蒼空

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第35話:記憶の棘、埋まらぬ水瓶

記憶の迷宮は、要塞都市と化していた。

 ナツたちの行く手を阻むのは、無数の『ルーシィ兵』たち。

 彼女の心が作り出した、拒絶の具現体だ。

『帰レ……。帰レ……』

『ドウセ、裏切ル……。皆、イナクナル……』

 兵隊たちは、ルーシィの声で呪詛を吐きながら襲いかかってくる。

 その攻撃は魔法ではないが、精神世界特有の重みを持っていた。

「くそっ! キリがねぇぞ!」

「倒しても倒しても湧いてくる……! これがルーシィの心の壁か!」

 グレイが氷の盾で攻撃を防ぐ。

 エルザが剣で兵隊を薙ぎ払うが、彼女たちの表情は苦渋に満ちていた。

 敵の顔が、大切な仲間の顔だからだ。

「ナツ! 私たちはここを食い止める! お前は先に行け!」

「おう!」

 ナツは炎を纏い、兵隊の群れを強引に突破した。

 目指すは、この迷宮の最奥にある『玉座の間』。そこに、記憶の核(コア)があるはずだ。

 

 最奥の扉を蹴破ると、そこは再び『ハートフィリア家の子供部屋』だった。

 だが、部屋の中央には巨大な玉座があり、そこに幼い姿のルーシィが座っていた。

 その背後には、黒い霧の番人がへばりつくように漂っている。

「……また来たの? 野蛮人」

 幼いルーシィは、冷ややかな目でナツを見下ろした。

「帰って。私はここで待つの。……悪い記憶を全部捨てれば、きっとアクエリアスは戻ってきてくれるわ」

「戻らねぇよ」

 ナツは静かに言った。

 幼いルーシィの眉がピクリと動く。

「……何ですって?」

「アクエリアスは来ねぇ。……お前が俺たちを忘れてる限り、あいつは絶対に来ねぇ!」

 ナツは一歩踏み出した。

「あいつが怒ったのはな、お前が俺たちとの時間を『ゴミ』扱いしたからだ! ……お前が積み上げてきたものを、自分で壊したからだ!」

 

「うるさい!!」

 幼いルーシィが叫ぶと、部屋中の家具やおもちゃがナツに向かって飛んできた。

 物理攻撃無効の番人の力が、彼女の拒絶心を通して具現化している。

 ドカッ! バキッ!

 ナツは避けなかった。飛んできた椅子や本を、体で受け止めた。

「痛い……! 痛いのよ、思い出すのは!」

 ルーシィが泣きながら叫ぶ。

「楽しい記憶を思い出せば……それを失った時の悲しみも思い出しちゃう! アクエリアスがいなくなった時の絶望も、魔法を失った時の痛みも……全部セットで還ってくるのよ!」

「ああ、そうだな!」

 ナツは額から血を流しながら、それでも歩みを止めなかった。

「痛ぇよな! 辛ぇよな! ……でもな、それが生きてるってことだろ!!」

「っ……!?」

「痛みを忘れるために、楽しかったことまで忘れるなよ! ……俺たちは、そんなに軽い存在だったのかよ!!」

 ナツがルーシィの目の前まで迫り、その小さな肩を掴んだ。

 そして、自分の右腕にある『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』の紋章を突きつけた。

「見ろ! お前も持ってたはずだ! この証を!」

 紋章を見た瞬間、幼いルーシィの瞳が大きく揺れた。

 脳裏に、封印されていた光景がフラッシュバックする。

 初めてギルドに来た日。ミラジェーンに紋章を押してもらった日。

 『私、妖精の尻尾の魔導士よ!』と胸を張った日。

「……あ、あぁ……」

 その記憶は、温かくて、眩しくて――そして、涙が出るほど愛おしかった。

 

『やめろ! 思い出すな! 契約違反だぞ!!』

 番人が慌てて黒い霧を伸ばそうとする。

 しかし、ルーシィの体から溢れ出した光が、霧を焼き払った。

「……思い出したくない……でも……」

 幼いルーシィの姿が、徐々に現在の姿へと変わっていく。

 ボロボロのコートを着た、17歳のルーシィへ。

「……忘れたくない……!」

 彼女はナツの胸に飛び込んだ。

 同時に、世界がガラスのように砕け散った。

 ――現実世界。

 ギルドの床で、ナツたちは目を覚ました。

 ヒビキの術式が解ける。

 そして、中央でうずくまっていたルーシィも、ゆっくりと顔を上げた。

「……ナツ……」

 その瞳には、かつての色が戻っていた。

 怯えも、警戒心もない。ナツを知っている瞳だ。

「ルーシィ! 戻ったのか!?」

「よかった……! ルーちゃん!」

 ギルド中が歓声に包まれる。

 ナツは安堵し、満面の笑みで彼女の手を握った。

「おかえり、ルーシィ! やっぱりお前は、こっち側じゃなきゃな!」

 ハッピーエンドだ。

 誰もがそう思った。

 しかし――。

 

「……うん。ただいま」

 ルーシィは笑った。

 けれど、その笑顔は、どこか壊れていた。

 涙が、止まらなかったのだ。

「……思い出したよ。ナツのこと。みんなのこと」

「おう! もう二度と忘れるなよ!」

「うん……。でもね、ナツ」

 ルーシィは、胸元をぎゅっと握りしめた。

 そこには、もう光らないアクエリアスの鍵がある。

「……思い出しちゃったの。……私が、あの子を裏切ったこと」

 遺跡での出来事。

 自分の記憶を捨ててまで再会を願ったのに、アクエリアスに拒絶されたこと。

 『さよなら、私のバカな飼い主』という、最後の言葉。

「……会えないんだ」

 ルーシィの膝から力が抜ける。

「記憶が戻っても……私の罪は消えない。……アクエリアスは、もう二度と……私に会いに来てくれない……」

「ルーシィ……」

 ナツの笑顔が消える。

 記憶を取り戻すことは、あの「絶望的な別れ」の記憶をも、鮮明に取り戻すことだった。

「う、あぁぁぁ……! アクエリアスぅぅ……!!」

 ルーシィはその場に泣き崩れた。

 ギルドの仲間たちが駆け寄るが、誰も彼女の心の穴を埋めることはできない。

 彼女は全てを思い出した。

 けれど、その代償として、「自分はもう二度と許されない」という十字架を背負うことになったのだ。

 その泣き声は、幼い子供が迷子になった時のように、いつまでも、いつまでもギルドに響き続けた。

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