星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜 作:暁 蒼空
マグノリアのギルド『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』。
今日もホールは喧騒に包まれていた。
「はい、依頼完了ですね! お疲れ様でした!」
カウンターの中で、ルーシィは明るい声で書類にハンコを押していた。
受付嬢としての仕事も板についてきた。依頼の管理、報酬の計算、ギルドの記録。
魔力を失った彼女にできる、精一杯の「ギルドへの貢献」だった。
「ルーシィ、笑顔が硬いわよ」
隣でグラスを拭いていたミラジェーンが、小声で囁いた。
「え? そ、そうかな?」
「無理して笑わなくていいのに。……辛い時は、休んでもいいのよ?」
ミラジェーンの気遣いは温かかった。
けれど、ルーシィは首を横に振った。
「ううん、平気! ……忙しい方が、余計なこと考えなくて済むから」
そう言って笑うルーシィの視線は、ふと遠くを見つめていた。
窓の外、青い空。かつてはそこを飛んでいたはずの自分。
そして、もう二度と届かない星々の輝き。
その瞳の奥には、埋めようのない虚無が広がっていた。
「静まれぃ!!」
マカロフの声が響き渡る。
全員がステージを見上げる。ルーシィもカウンターの手を止めた。
「今年もこの時期がやってきた! ……『S級魔導師昇格試験』の発表じゃあ!!」
うおおおおおっ!! と歓声が上がる。
ギルドの聖地『天狼島』で行われる、選ばれし者だけが挑める試練。
ナツもグレイも、目の色を変えてマスターを見つめている。
「……S級、か」
ルーシィは少しだけ目を伏せた。
かつては、自分もいつか……と夢見たこともあった。
でも今は関係ない。私はただの受付嬢だもの。
「今年の参加者は8名!」
マカロフが次々と名前を読み上げていく。
ナツ・ドラグニル。グレイ・フルバスター。ジュビア・ロクサー。エルフマン。カナ・アルベローナ。フリード。レビィ・マクガーデン。メスト・グライダー。
「選ばれた者は、一週間後に天狼島へ集合せよ! 各自、パートナーを一人選んで挑むのじゃ!」
マカロフの声が響き渡ると、ホールはどっと沸き立った。
カウンターの中にいるルーシィは、拍手を送りながらも、どこか他人事のようにその光景を眺めていた。
(みんな、凄いなぁ……)
かつては、自分もあの中に混ざっていた。
でも今は違う。私は魔力を失った、ただの受付嬢。
彼らが目指す「S級」という高みは、今の私には雲の上の出来事だ。
「よし! 今年こそ絶対S級になってやるぞ! 行くぞハッピー!」
「あい! オイラがパートナーだね!」
ナツが拳を突き上げ、ハッピーとハイタッチをしている。
ルーシィはそれを見て、小さく息を吐いた。
(……よかった)
もしナツに「一緒に行こう」なんて言われたら、断るのが辛かっただろう。
足手まといになるだけの自分を、ナツは気遣って誘わなかったのかもしれない。あるいは、もう戦力として見ていないのかもしれない。
どちらにせよ、それが正解だ。
けれど、ナツとハッピーが楽しそうに作戦会議をしている姿を見ると、胸の奥がチクリと痛んだ。
私はもう、あそこには行けない。
その事実を、改めて突きつけられた気がした。
その夜。
ルーシィは一人、自室の机に向かっていた。
ペンを走らせる音だけが、静寂な部屋に響く。
彼女は小説を書いていた。それは冒険活劇ではなく、彼女が出会い、共に歩んできた星霊たちとの思い出を綴る『星の追憶』だった。
「……第1章、タウロス。……第2章、キャンサー……」
順調に進んでいた筆が、あるページでピタリと止まった。
『第3章 宝瓶宮のアクエリアス』。
「……っ」
書かなきゃ。あの子のことを、忘れないように。
ルーシィは震える手でペンを握り直した。
初めて契約した日。いつも不機嫌だった顔。デートを邪魔された日。
『アンタ、友達いないんでしょ』という憎まれ口。
――楽しい思い出を書こうとするたびに、脳裏にノイズが走る。
『アンタ……何てことしたのよ!』
『あいつらとの時間を捨てるなんて!』
遺跡でのアクエリアスの怒号。
そして、自分があの時、ナツたちの記憶を「いらない」と言って捨てようとした事実。
「……あ、あぁ……」
インクが紙に落ち、文字が滲んでいく。
思い出そうとすればするほど、自分の犯した罪の重さが首を絞める。
私は、あの子に会うために、あの子が大切にしてくれた「私の人生」を捨てようとした。
最低だ。
「……ごめんなさい……」
ルーシィは机に突っ伏した。
「ごめんなさい、アクエリアス……! ごめんなさい……!!」
誰もいない部屋で、彼女は子供のように泣きじゃくった。
魔力を失ったことよりも、友を裏切ろうとした自分への嫌悪感が、彼女を内側から蝕んでいた。
机の上の鍵束は、冷たいまま、ただ沈黙を守っていた。
ひとしきり泣いた後、ルーシィは気分を変えるために風呂に入った。
湯船に浸かり、ぼんやりと天井を見上げる。
涙で赤くなった目を冷やさなければ、明日の仕事に差し支える。
「……はぁ」
ため息をついた、その時だった。
バシャァン!!
「うわっ!?」
突然、浴室の床から水しぶきと共に人が飛び出してきた。
カード魔法による転移だ。
「ひゃぁぁぁっ! な、何!?」
「よう、ルーシィ。いい湯加減か?」
現れたのは、下着姿のカナ・アルベローナだった。
彼女は悪びれる様子もなく、驚愕して胸を隠すルーシィの隣にドカッと座り込んだ。
「カ、カナ!? ちょっと、何処から入ってきてんのよ!」
「固いこと言うなよ。……ちょっと、話があってな」
カナの表情は、いつもの酔っ払ったものではなく、真剣そのものだった。
彼女は真っ直ぐにルーシィを見つめた。
「ルーシィ。……今回の試験、私のパートナーになってくれ」
4. 飛べない私にできること
「……は?」
ルーシィは目をぱちくりさせた。
ナツに誘われなかった私が、まさかカナに?
「無理よ! 私、魔力がないのよ!? 魔法が使えないのに、S級試験なんて……」
「知ってるさ」
「だったら尚更! 足手まといになるだけじゃない! 他の強い人にお願いした方が……」
「強い奴ならいくらでもいる。でも、私が欲しいのは戦力じゃない」
カナは湯船のお湯を掬い、自身の顔にかけた。
その瞳には、切羽詰まった焦りと、悲壮な決意が宿っていた。
「私は今回で5回目の試験だ。……もう後がないんだよ」
「カナ……?」
「この試験に落ちたら、ギルドを辞めるつもりだ」
衝撃的な告白に、ルーシィは言葉を失った。
あのカナが、ギルドを辞める?
「だから、絶対にS級にならなきゃいけない。……そのためには、頭のいい奴が必要なんだ」
カナはルーシィの手を掴んだ。
「お前は魔力はないかもしれない。でも、誰よりも頭が回るし、星霊魔導士としての知識がある。……今の私に必要なのは、魔法の火力じゃなくて、勝つための『道筋』なんだ」
「でも……私なんかじゃ……」
「頼む! ルーシィ!」
カナが頭を下げた。
プライドの高い彼女が、なりふり構わず懇願している。
「お前しかいないんだ。……私を、S級にしてくれ」
その姿に、ルーシィの心が揺れた。
自分は無力だ。魔力もない、鍵も使えない。
でも、カナはそんな私を「必要だ」と言ってくれた。
「戦力」としてではなく、「私自身」を見てくれている。
ルーシィは、冷え切っていた胸の奥に、小さな火が灯るのを感じた。
「……私、戦えないよ?」
「私が守る」
「……走るのも遅いよ?」
「担いで走る」
カナが顔を上げ、ニカっと笑った。
「お前は、私の隣で『あっちだ』って指図してくれればいい。……どうだ?」
ルーシィは、涙で潤んだ目をこすり、小さく頷いた。
「……分かった。……私でいいなら、一緒に行く」
こうして、魔力なき少女は、再び冒険の舞台へと足を踏み入れることになった。
行き先は、聖地・天狼島。
そこには、妖精の尻尾の秘密と、彼女の運命を変えるさらなる試練が待ち受けていた。