星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜 作:暁 蒼空
ジリジリと肌を焼くような日差し。
妖精の尻尾(フェアリーテイル)のメンバーを乗せた船は、聖地・天狼島へと向かっていた。
「うぷ……気持ちわりぃ……」
「しっかりしてよナツ! もうすぐ着くぞ!」
船縁でダウンしているナツの背中を、ハッピーがさすっている。
その様子を眺めながら、ルーシィは隣に立つカナに視線を移した。
彼女は酒瓶を片手に、険しい顔で水平線を見つめていた。
「……ねえ、カナ」
「ん?」
「どうして、ギルドを辞めようとしてるの? ……S級になれなかったら辞めるなんて、どうしてそんなに自分を追い詰めるの?」
ルーシィの問いに、カナは酒を一口煽り、寂しそうに笑った。
「……言えないな。まだ」
「え?」
「S級になったら教えてやるよ。……だから、頼むぜ。私の『頭脳』さん」
カナは茶化すように言ったが、その指先が微かに震えているのをルーシィは見逃さなかった。
彼女には、何か大きな秘密がある。
それを賭けて、この試験に挑んでいるのだ。
(……私と同じだ)
ルーシィは自分の胸元を握りしめた。
私も、大切なものを失って、それでもここにいる。
カナの願いを叶えることが、今の私の唯一の存在意義なのかもしれない。
天狼島に上陸した参加者たちの前に、マカロフが現れた。
「第一の試練じゃ! 目の前にある八つのルートから一つを選んで進め! ルートの先には『激闘』『静』『強敵』などが待ち受けておる!」
よーい、ドン! の合図と共に、ナツやグレイが一斉に走り出す。
我先にと洞窟へ突っ込んでいく仲間たちを見て、カナが焦る。
「くそっ、私たちも行くぞルーシィ! どのルートだ!?」
「待って、カナ!」
ルーシィはカナの腕を掴み、洞窟の入り口を冷静に観察した。
「みんな『激闘』を望んでる。ナツやガジルは間違いなく戦闘ルートを選んだわ。……逆に、ウェンディたちは戦いを避けて『静』のルートを探すはず」
「だったら私たちも『静』を……」
「いいえ、駄目よ。この試験にはフリードがいるのよ?」
ルーシィの瞳が鋭く光る。
「フリードなら、みんなが『楽だ』と思いそうなルートにこそ、強力な術式(罠)を仕掛けるはず。……『静』のルートこそ、一番の地雷原よ」
「なっ、なるほど……!」
「だから、あえて誰も選ばないような……一見すると『悪路』に見えるEルートを行くべきだわ」
ルーシィが指差したのは、入り口が狭く、不気味な風切り音が聞こえるルートだった。
「風が通ってる。……罠が少ない証拠よ。行きましょう!」
「信じるぜ、相棒!」
カナとルーシィは、誰も選ばなかったEルートへと飛び込んだ。
洞窟の中は薄暗く、湿っていた。
しかし、ルーシィの読み通り、道中に目立った罠はなく、順調に進むことができた。
「やるじゃないかルーシィ! これなら第一試験突破も……」
カナが笑顔を見せた、その瞬間だった。
バチチチチッ!!
空間に紫色の電流が走り、行く手を阻んだ。
闇の文字が空中に浮かび上がる。
『術式展開:進入禁止』
「術式!? フリードか!」
「ようこそ、Eルートへ」
闇の奥から現れたのは、サーベルを携えた長髪の男フリードと、その背後で人形を操るビックスローだった。
「まさかここを選ぶとはな。……カナ、そしてルーシィか」
「運が悪かったなベイビィ! ここは俺たちの狩場だぜぇ!」
フリード&ビックスロー。雷神衆の最強コンビだ。
カナが舌打ちをする。
「チッ、読みが外れたか……!」
「いいえ、想定内よ。……フリードがいるなら、術式があるのは当然だもの」
ルーシィは冷や汗を流しながらも、フリードを睨みつけた。
魔力はない。体も弱い。
けれど、彼女の目は死んでいなかった。
「行くぞ! 『魔法の札(マジックカード)』!!」
カナがカードを投げる。爆炎や氷柱がフリードたちを襲う。
しかし、フリードは動じることなく剣を一閃させた。
「闇の文字(エクリテュール)・拒絶」
空中に書かれた文字が壁となり、カナの魔法を全て弾き返す。
「くそっ、硬い!」
「隙ありだぜ! フォーメーション・バリオン!」
ビックスローの人形たちが四方からカナを取り囲み、レーザーを放つ。
カナは防戦一方だ。ルーシィは岩陰に隠れることしかできない。
(私が魔法を使えれば……! ウラノ・メトリアで援護できるのに!)
歯噛みするルーシィ。
しかし、彼女は気づいた。
フリードが書いている術式文字(ルーン)の法則に。
(……待って。あの文字の配列……古代ベルベリオン語の変形?)
小説を書くために勉強した古文書の知識。そして、星霊魔法で培った「魔力の流れ」を読む目。
魔力を失ったことで、皮肉にも彼女の感覚は鋭敏になり、空間を流れる魔力の「綻び」が見えるようになっていた。
「カナ! 右! 右の壁際を狙って!」
ルーシィが叫ぶ。
「はぁ!? フリードは正面だぞ!」
「いいから! あそこの文字が、術式の『結び目』になってるの! あそこを壊せば壁が消えるわ!」
フリードの眉がピクリと動く。
「……馬鹿な。魔力のない人間に、術式の構成が見えるはずが……」
「今よカナ!」
「わかった! 『爆発(エクスプロージョン)』!!」
カナが半信半疑で右の壁へカードを投げる。
ドォォォォン!!
爆発と共に、空間に浮かんでいた『拒絶』の文字が、ガラスのように砕け散った。
「術式が……解けた!?」
「今だ! 行けぇぇぇ!!」
防御壁を失ったフリードたちに、カナの最大火力のカードが直撃する。
「ぐわぁぁぁっ!!」
「うおぉぉぉっ!?」
煙が晴れると、フリードとビックスローは膝をついていた。
勝負ありだ。
「……信じられん。……術式の弱点を、一瞬で見抜くとは」
フリードが荒い息でルーシィを見る。
「……私の負けだ。通るがいい」
「やった……勝ったぞルーシィ!」
カナが歓喜の声を上げてルーシィに抱きつく。
ルーシィはへなへなと座り込んだ。
「よ、よかったぁ……。外れたらどうしようかと……」
「最高だぜお前! やっぱりお前を選んで正解だった!」
カナの笑顔を見て、ルーシィの胸に温かいものが広がる。
魔法は使えない。戦えない。
それでも、私はまだ「誰かの役に立てる」。
それは、失意の底にいた彼女にとって、小さな、けれど確かな光だった。
二人は第一試験を突破し、島の深部へと進む。
しかし、彼女たちはまだ知らない。
この島に、妖精の尻尾を根絶やしにしようとする闇ギルド『悪魔の心臓(グリモワールハート)』が迫っていることを。