星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜   作:暁 蒼空

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第38話:告白とサイレン、置き去りの森

第一の試練を突破し、カナとルーシィは森の中で束の間の休息を取っていた。

 焚き火のそばで、カナはいつものように酒を煽っているが、その横顔はどこか切羽詰まっていた。

「……なぁ、ルーシィ」

「うん?」

「お前……父親のこと、好きか?」

 唐突な問いかけに、ルーシィはきょとんとした。

「え……うーん、複雑かな。色々あったし、怖かったし。でも……今はもう会えないから、少し寂しいかも」

「そうか……」

 カナはボトルを強く握りしめた。

「実はな……私の親父、このギルドにいるんだ」

「えっ!? 誰!? マカオさん? ワカバさん?」

「……ギルダーツだ」

 ルーシィの口がポカンと開いた。

 あの最強の魔導士ギルダーツが、カナの父親?

「ずっと言えなかった。……私が一人前の魔導士になったら言おうと思ってたのに、親父はS級クエストばっかりで全然帰ってこないし、私はいつまで経ってもS級になれないし……」

 カナの声が震え出した。

「今回が最後なんだ。……S級になって、胸を張って『パパ』って呼びたいんだよ……!」

「カナ……」

 ルーシィは胸が熱くなった。

 彼女がギルドを辞めようとしていた理由。それは、父親への愛と、自分への不甲斐なさからくる逃避だったのだ。

(そっか……。カナも、パパに会いたいんだ)

 自分と重なる。

 ルーシィは優しく微笑み、カナの手を握った。

「なれるよ、絶対。……私がカナをS級にする。パパって呼ばせてあげる!」

「……ありがとう、ルーシィ」

 二人の間に、確かな絆が生まれた瞬間だった。

 

 しかし、その温かな空気は、唐突に切り裂かれた。

 ゴゴゴゴゴゴ……!!

 地響きと共に、頭上の空が赤黒く染まっていく。

 見上げれば、巨大な飛行戦艦が天狼島の上空に影を落としていた。

「な、何あれ……!?」

「空飛ぶ船!? まさか、評議院か!?」

 ザッ! ザッ!

 森の至る所から、不穏な魔力の気配が立ち上る。

 敵襲だ。それも、ただの敵ではない。

 ナツやエルザ級の化け物たちが、島全体に降下してきている。

『……聞こえるか、妖精のウジ虫ども』

 島全体に、不快な放送が響き渡る。

『我らは闇ギルド『悪魔の心臓(グリモワールハート)』。……この島に眠る黒魔導士ゼレフを頂きに来た』

「悪魔の心臓……!? バラム同盟の最強ギルドが、なんでここに!?」

 カナが顔面蒼白になる。

 S級試験どころではない。これは戦争だ。

 

「くそっ、どうなってるんだ! 試験は!? 中止か!?」

 カナが立ち上がり、焦燥しきった表情で叫ぶ。

 彼女の脳裏には、「今回が最後」という強迫観念だけが渦巻いていた。

 もし試験が中止になれば、またチャンスを失う。ギルダーツに、パパと言えなくなる。

「行かなきゃ……! 中止になる前に、メイビスの墓(ゴール)に行かなきゃ!」

「ちょ、待ってカナ! 何言ってるの!?」

 走り出そうとするカナを、ルーシィが必死に止める。

「敵が来てるのよ!? あんな飛行船がいるんだよ!? 今は身を隠して、マスターたちの指示を待つべきよ!」

「うるさい! そんなことしてたら試験が終わっちまうだろ!」

「命の方が大事でしょ!? お願い、行かないで!」

 ルーシィはカナの腕にしがみついた。

 怖い。置いていかないで。

 魔力のない私一人で、こんな戦場に残されたら――。

「離せッ!!」

 ドンッ!

 カナは、ルーシィの手を乱暴に振り払った。

 ルーシィが地面に尻餅をつく。

「ごめん……! でも私は、行かなきゃならないんだ!」

 カナは一度だけ振り返り、泣きそうな顔で謝ると、そのまま森の奥へと走り去ってしまった。

「あ……カナ……待っ……」

 伸ばした手は空を切り、友の背中は木々の向こうに消えた。

 

「行かないで……一人にしないでよぉ……」

 ルーシィはよろりと立ち上がった。

 追いかけなきゃ。一人になったら殺される。

 彼女はカナが消えた方向へ走った。

「はぁっ、はぁっ、うぅっ……!」

 しかし、数メートルも走らないうちに、彼女の体は悲鳴を上げた。

 魔力を失い、病弱になった肺が、激しい運動と極度のストレスに耐えきれず、痙攣を起こす。

「ごほっ! がはっ……!」

 口元を手で覆うと、べっとりと赤い血が付着していた。

 視界がぐにゃりと歪む。

 足がもつれ、木の根に躓いて派手に転倒した。

「痛っ……うぅ……」

 起き上がれない。

 泥だらけの手。血の味。遠くで聞こえる爆発音。

 恐怖が、冷たい水のように心臓を満たしていく。

(まただ……また、私は置いていかれた)

(アクエリアスの時と同じ。……私はいつも、誰かの背中を見送ってばかり……)

 涙が溢れてくる。

 ナツなら助けてくれただろうか。でも、ナツはハッピーと一緒だ。

 ここには誰もいない。

 私は無力な、ただの餌だ。

 

 ガサッ……。

 藪をかき分ける音がした。

 カナが戻ってきてくれたのかもしれない。

 ルーシィは希望に縋り、顔を上げた。

「……カ、ナ……?」

 しかし、そこに立っていたのは、カナではなかった。

 真っ白な肌に、丸々とした巨体。歌舞伎のような化粧をした、不気味な男。

 悪魔の心臓『煉獄の七眷属』の一人、華院・ヒカル。

「おやおや? こんなところに、可愛らしい妖精さんが落ちてますねぇ〜ん?」

 男はニタリと笑い、手にした呪いの人形(ウシコクさん)を撫でた。

 圧倒的な魔力の圧が、ルーシィを押し潰す。

「ひっ……!」

 ルーシィは後ずさりしようとしたが、体が動かない。

 魔力がない彼女には、防御魔法も、星霊魔法も使えない。

 腰にある鍵束は、ただの飾りだ。

「貴方は……魔力がないですねぇ〜ん? 一般人ですか? それとも……ゴミですか?」

 華院が一歩近づく。

 その影が、ルーシィを飲み込む。

「い、いや……来ないで……」

「無駄ですよぉ〜ん。……さあ、私の人形コレクションにしてあげましょうかねぇ〜ん!」

 絶体絶命。

 守ってくれる騎士(ナツ)も、盾となる友(カナ)も、叱ってくれる星霊(アクエリアス)もいない。

 ただ一人の少女に、悪意の魔の手が迫っていた。

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