星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜 作:暁 蒼空
第一の試練を突破し、カナとルーシィは森の中で束の間の休息を取っていた。
焚き火のそばで、カナはいつものように酒を煽っているが、その横顔はどこか切羽詰まっていた。
「……なぁ、ルーシィ」
「うん?」
「お前……父親のこと、好きか?」
唐突な問いかけに、ルーシィはきょとんとした。
「え……うーん、複雑かな。色々あったし、怖かったし。でも……今はもう会えないから、少し寂しいかも」
「そうか……」
カナはボトルを強く握りしめた。
「実はな……私の親父、このギルドにいるんだ」
「えっ!? 誰!? マカオさん? ワカバさん?」
「……ギルダーツだ」
ルーシィの口がポカンと開いた。
あの最強の魔導士ギルダーツが、カナの父親?
「ずっと言えなかった。……私が一人前の魔導士になったら言おうと思ってたのに、親父はS級クエストばっかりで全然帰ってこないし、私はいつまで経ってもS級になれないし……」
カナの声が震え出した。
「今回が最後なんだ。……S級になって、胸を張って『パパ』って呼びたいんだよ……!」
「カナ……」
ルーシィは胸が熱くなった。
彼女がギルドを辞めようとしていた理由。それは、父親への愛と、自分への不甲斐なさからくる逃避だったのだ。
(そっか……。カナも、パパに会いたいんだ)
自分と重なる。
ルーシィは優しく微笑み、カナの手を握った。
「なれるよ、絶対。……私がカナをS級にする。パパって呼ばせてあげる!」
「……ありがとう、ルーシィ」
二人の間に、確かな絆が生まれた瞬間だった。
しかし、その温かな空気は、唐突に切り裂かれた。
ゴゴゴゴゴゴ……!!
地響きと共に、頭上の空が赤黒く染まっていく。
見上げれば、巨大な飛行戦艦が天狼島の上空に影を落としていた。
「な、何あれ……!?」
「空飛ぶ船!? まさか、評議院か!?」
ザッ! ザッ!
森の至る所から、不穏な魔力の気配が立ち上る。
敵襲だ。それも、ただの敵ではない。
ナツやエルザ級の化け物たちが、島全体に降下してきている。
『……聞こえるか、妖精のウジ虫ども』
島全体に、不快な放送が響き渡る。
『我らは闇ギルド『悪魔の心臓(グリモワールハート)』。……この島に眠る黒魔導士ゼレフを頂きに来た』
「悪魔の心臓……!? バラム同盟の最強ギルドが、なんでここに!?」
カナが顔面蒼白になる。
S級試験どころではない。これは戦争だ。
「くそっ、どうなってるんだ! 試験は!? 中止か!?」
カナが立ち上がり、焦燥しきった表情で叫ぶ。
彼女の脳裏には、「今回が最後」という強迫観念だけが渦巻いていた。
もし試験が中止になれば、またチャンスを失う。ギルダーツに、パパと言えなくなる。
「行かなきゃ……! 中止になる前に、メイビスの墓(ゴール)に行かなきゃ!」
「ちょ、待ってカナ! 何言ってるの!?」
走り出そうとするカナを、ルーシィが必死に止める。
「敵が来てるのよ!? あんな飛行船がいるんだよ!? 今は身を隠して、マスターたちの指示を待つべきよ!」
「うるさい! そんなことしてたら試験が終わっちまうだろ!」
「命の方が大事でしょ!? お願い、行かないで!」
ルーシィはカナの腕にしがみついた。
怖い。置いていかないで。
魔力のない私一人で、こんな戦場に残されたら――。
「離せッ!!」
ドンッ!
カナは、ルーシィの手を乱暴に振り払った。
ルーシィが地面に尻餅をつく。
「ごめん……! でも私は、行かなきゃならないんだ!」
カナは一度だけ振り返り、泣きそうな顔で謝ると、そのまま森の奥へと走り去ってしまった。
「あ……カナ……待っ……」
伸ばした手は空を切り、友の背中は木々の向こうに消えた。
「行かないで……一人にしないでよぉ……」
ルーシィはよろりと立ち上がった。
追いかけなきゃ。一人になったら殺される。
彼女はカナが消えた方向へ走った。
「はぁっ、はぁっ、うぅっ……!」
しかし、数メートルも走らないうちに、彼女の体は悲鳴を上げた。
魔力を失い、病弱になった肺が、激しい運動と極度のストレスに耐えきれず、痙攣を起こす。
「ごほっ! がはっ……!」
口元を手で覆うと、べっとりと赤い血が付着していた。
視界がぐにゃりと歪む。
足がもつれ、木の根に躓いて派手に転倒した。
「痛っ……うぅ……」
起き上がれない。
泥だらけの手。血の味。遠くで聞こえる爆発音。
恐怖が、冷たい水のように心臓を満たしていく。
(まただ……また、私は置いていかれた)
(アクエリアスの時と同じ。……私はいつも、誰かの背中を見送ってばかり……)
涙が溢れてくる。
ナツなら助けてくれただろうか。でも、ナツはハッピーと一緒だ。
ここには誰もいない。
私は無力な、ただの餌だ。
ガサッ……。
藪をかき分ける音がした。
カナが戻ってきてくれたのかもしれない。
ルーシィは希望に縋り、顔を上げた。
「……カ、ナ……?」
しかし、そこに立っていたのは、カナではなかった。
真っ白な肌に、丸々とした巨体。歌舞伎のような化粧をした、不気味な男。
悪魔の心臓『煉獄の七眷属』の一人、華院・ヒカル。
「おやおや? こんなところに、可愛らしい妖精さんが落ちてますねぇ〜ん?」
男はニタリと笑い、手にした呪いの人形(ウシコクさん)を撫でた。
圧倒的な魔力の圧が、ルーシィを押し潰す。
「ひっ……!」
ルーシィは後ずさりしようとしたが、体が動かない。
魔力がない彼女には、防御魔法も、星霊魔法も使えない。
腰にある鍵束は、ただの飾りだ。
「貴方は……魔力がないですねぇ〜ん? 一般人ですか? それとも……ゴミですか?」
華院が一歩近づく。
その影が、ルーシィを飲み込む。
「い、いや……来ないで……」
「無駄ですよぉ〜ん。……さあ、私の人形コレクションにしてあげましょうかねぇ〜ん!」
絶体絶命。
守ってくれる騎士(ナツ)も、盾となる友(カナ)も、叱ってくれる星霊(アクエリアス)もいない。
ただ一人の少女に、悪意の魔の手が迫っていた。