星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜 作:暁 蒼空
森の奥深く。
ルーシィは泥にまみれ、這いつくばっていた。
背後には、悪魔の心臓(グリモアハート)の幹部、華院・ヒカルが迫る。
「逃げても無駄ですよぉ〜ん。……貴方からは、美味しそうな絶望の匂いがしますねぇ〜ん」
華院が巨大な足を振り上げる。
その影がルーシィを覆い隠す。
「ひっ……!」
「まずは、その綺麗な足を潰してあげましょうかぁ!」
ドスゥゥゥン!!
地面が大きく陥没した。
ルーシィは間一髪で体を転がして避けたが、衝撃波だけで数メートル吹き飛ばされた。
「あ、がっ……!」
背中を木に打ち付ける。
肺が痙攣し、口から血が零れる。
痛い。苦しい。
魔力があれば。鍵があれば。星霊を呼んで守ってもらえるのに。
「何もできない……。私には、もう……」
華院がニヤニヤしながら近づいてくる。
その手には、不気味な藁人形(ウシコクさん)が握られていた。
「さあ、私の人形になりなさい! 髪の毛を一本いただくわよぉ〜ん!」
「いやぁぁぁっ! 来ないでぇぇ!!」
ルーシィは悲鳴を上げた。
死ぬ。ここで、誰にも知られずに、ゴミのように殺される。
ナツ、助けて。
華院の手が、ルーシィの髪に触れようとした、その瞬間。
「ルーシィに触るなぁぁぁぁッ!!!!」
上空から、灼熱の隕石が降り注いだ。
いや、それは隕石ではない。炎を全身に纏った少年だ。
ドゴォォォォォン!!
「ぶべらっ!?」
華院の顔面に、怒りの鉄拳がめり込む。
巨体がボールのように森の奥へと吹き飛んでいった。
土煙の中から現れたのは、マフラーをなびかせ、鬼の形相をしたナツだった。
「ナ、ツ……?」
「大丈夫かルーシィ! 遅くなってごめん!」
ナツが駆け寄り、ボロボロのルーシィを抱き起こす。
その手は温かく、ルーシィの凍りついた心を一瞬で溶かした。
「ナツ……うぅ、怖かった……!」
「もう大丈夫だ。ハッピーもいるぞ!」
「あい! ルーシィ、生きててよかった!」
空からハッピーも降りてくる。
安堵で涙が溢れる。けれど、まだ終わっていない。
「痛いですねぇ〜ん……。よくも私の美しい顔を……!」
吹き飛ばされた華院が、ゆらりと立ち上がる。
その体は、先ほどよりも硬質化し、白く輝いていた。
「許しませんよぉ! 丑の刻参り・推参!!」
「下がってろルーシィ! 俺がやる!」
ナツが飛び出す。
火竜の咆哮!!
凄まじい炎のブレスが華院を襲う。しかし、華院はその腹で炎を受け止めた。
「効きませぇ〜ん! 私の体は綿より軽く、鉄より硬くなるのですぅ!」
「なんだと!?」
華院が反撃に出る。
その身軽な動きでナツの懐に入り込み、強烈な張り手を叩き込む。
「張り手ぇぇぇ!!」
「ぐあぁっ!?」
ナツが吹き飛ばされ、大木をへし折って倒れる。
強い。
ただの力押しでは勝てない相手だ。
「ナツ!!」
「へへっ、面白ぇじゃねぇか……!」
ナツはすぐに立ち上がるが、華院は不敵に笑い、手にした人形を持ち上げた。
「次は貴方の髪の毛をいただきましょうかねぇ〜ん! 人形に髪をセットすれば、貴方は私の意のままですよぉ!」
「人形……?」
ルーシィの目が、その人形に釘付けになった。
あれが彼の魔法の核だ。
「ナツ! あの人形を奪って! あれで魔法を使ってるのよ!」
「あいつか! 分かった!」
ナツが再加速する。
華院が攻撃を仕掛けるが、ナツはそれを紙一重でかわし、すれ違いざまに人形を引ったくった。
「取ったどーーっ!!」
「ああっ!? 私のウシコクさんがぁぁ!?」
ナツは人形を奪ったものの、困惑した顔をした。
「で、これどうすんだ? 燃やすか?」
「だめ! それを使えば、相手を操れるかもしれないの!」
ルーシィが叫ぶ。
しかし、その人形にはまだ「髪の毛」がセットされていない。
操るには、対象の一部が必要だ。
「髪の毛……髪の毛……あ!」
ルーシィは気づいた。
奪い取った拍子に、ナツが人形を持ったまま炎を出したせいで、人形が少し焦げている。
いや、ナツの汗や魔力が染み込んでいる。
「ナツ、その人形をハッピーに投げて!」
「おう!」
「ハッピー、キャッチして!」
ハッピーが空中で人形を受け取る。
すると、地上にいるナツの体が、ビクンと反応した。
「うおっ!? 体が勝手に……!?」
「やっぱり! ナツの魔力に反応して、ナツ自身とリンクしちゃったんだわ!」
これだ。
ルーシィの脳内で、瞬時に作戦が組み立てられる。
魔力はない。戦えない。
でも、私には「目」がある。「声」がある。
そして、誰よりも信頼できる「相棒」がいる!
「ハッピー! そのまま高く飛んで!」
「あいさー!」
「うわぁぁぁ! 俺も浮いたぁぁぁ!」
ハッピーが人形を持ち上げると、リンクしたナツの体もフワリと浮き上がる。
華院が目を白黒させている。
「な、何ですかそれはぁ!?」
「今よ! ハッピー、人形の手を右に振って! 思いっきり!」
「こう?」
ハッピーが人形の右腕をブンと振る。
すると、空中のナツの右腕も、意志とは無関係に高速で振るわれる。
「うおぉぉぉっ!?」
その勢いのまま、ナツの拳が華院の顔面にクリーンヒットした。
バゴォォォン!!
「ぐえぇぇっ!?」
5. 必殺・ルーシィファイア
「いける! これなら勝てるわ!」
ルーシィは痛みを忘れ、立ち上がって叫んだ。
彼女はもう、守られるだけの少女ではなかった。
戦場の司令塔だ。
「ナツ、全身に炎を纏って!」
「お、おう! よく分かんねぇけど燃えてきたぞ!」
ボォォォォォ!!
ナツが全身を発火させる。
ハッピーが持つ人形も、リンクして熱を帯びる。
「あちちち! ルーシィ、熱いよぉ!」
「我慢してハッピー! そのまま人形を高速回転させて!」
「あいさぁぁぁぁっ!!」
ハッピーが人形をプロペラのように回す。
すると、炎を纏ったナツもまた、空中で高速回転を始めた。
まるで、生きた炎の竜巻だ。
「目が回るぅぅぅぅ!!」
「そのまま突っ込んで! 必殺……**『ルーシィファイア』**よ!!」
ルーシィが指差す。
その指先は、正確に華院の弱点を捉えていた。
「行っけぇぇぇぇぇ!!!」
ズドォォォォォォォン!!!!!
高速回転する炎の弾丸と化したナツが、華院の腹に直撃する。
鋼鉄より硬いはずのボディが、遠心力と炎の爆発力によって貫かれた。
「ひでぶっ!!」
華院は星の彼方へと吹き飛ばされ、森に静寂が戻った。
ドサッ。
ナツが目を回して地面に落ちてくる。
「……か、勝った……」
ルーシィはその場にへたり込んだ。
魔法は使えなかった。一発も殴っていない。
けれど、これは紛れもなく、三人で掴み取った勝利だった。