星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜 作:暁 蒼空
天狼島の森を、カナは走っていた。
右腕には、メイビスから託された『妖精の輝き(フェアリーグリッター)』の紋章が刻まれている。
「……ルーシィ! どこだ!?」
友を探す。謝らなければならない。そして、この強大な力で守らなければならない。
しかし、その行く手を阻むように、森の空気が一変した。
ズンッ……!
強烈な圧力が全身にかかり、カナはその場に膝をついた。
「な、なんだ……この重圧は……!」
「ほう。……随分と珍しい魔力を持った羽虫がいるな」
木々がひしゃげ、地面が陥没していく中、一人の大男が現れた。
悪魔の心臓(グリモワールハート)の副司令官、ブルーノート・スティンガー。
「貴様か。……メイビスの墓を持ってきたのは」
ブルーノートがカナの右腕を一瞥する。
その視線だけで、心臓が握り潰されそうな恐怖を感じた。
「墓の場所を教えろ。……そうすれば、楽に殺してやる」
「ふ、ふざけるな……! 誰が教えるかよ!」
カナは歯を食いしばり、立ち上がろうとするが、重力魔法の影響で体が鉛のように重い。
(……ここで私がやらなきゃ、ルーシィも、みんなも殺される!)
(私が手に入れたこの力は……ギルドを守るための光だ!)
カナは右腕を掲げた。
贖罪の念と、仲間を守りたいという願いを込め、最強の魔法を発動させる。
「集え! 妖精を導く川の光よ! 照らせ! 邪悪なる爪牙を滅する為に!!」
森が眩い光に包まれる。
天空から巨大な光の輪が出現し、ブルーノートを取り囲んだ。
「妖精の輝き(フェアリーグリッター)!!!」
ズドォォォォン!!
絶対不可避の光の奔流が、ブルーノートを直撃する。
やった。これならどんな敵でも――!
「……ぬるい」
しかし、光の中でブルーノートは冷酷に言い放った。
「なっ……!?」
「輝きは素晴らしい。だが、使い手が未熟すぎる」
ブルーノートが片手をかざす。
「落ちろ」
ゴゴゴゴゴゴ……バキンッ!!
最強のはずの『妖精の輝き』が、見えない重力によって捻じ曲げられ、ガラス細工のように粉々に砕け散った。
光の粒子が地面に落ち、消えていく。
「嘘……でしょ……」
カナは呆然とした。
友を捨ててまで手に入れた力が、こうも呆気なく破られるなんて。
「遊びは終わりだ」
ブルーノートが手を振り下ろす。
ドォォォォン!!
カナの体が地面にめり込む。骨が軋み、内臓が悲鳴を上げる。
「が、はっ……!」
「墓の場所を言え。言わねば、このままミンチにしてやる」
重力が強まる。
もう声も出ない。指一本動かせない。
死ぬ。ここで死ぬんだ。
S級にもなれず、父親に名乗ることもできず、ルーシィに謝ることもできず。
(……ごめん、ルーシィ……)
(……助けて……パパ……!!)
薄れゆく意識の中で、カナは心の中で叫んだ。
その時だった。
ガシャァァァァァァァン!!!!!
上空から、空間そのものが割れるような衝撃音が響いた。
ブルーノートの重力場が、一瞬にして霧散する。
「……何者だ」
ブルーノートが顔を上げる。
舞い上がる土煙の中、一人の男がカナの前に立っていた。
ボロボロのマント。無精髭。そして、世界を揺るがすほどの圧倒的な魔力。
「……娘に、何してやがる」
ギルダーツ・クライヴ。
妖精の尻尾最強の魔導士が、鬼の形相でそこに立っていた。
「ギル……ダーツ……?」
重圧から解放されたカナが、掠れた声で名を呼ぶ。
ギルダーツは振り返らず、ブルーノートを睨みつけたまま言った。
「遅くなってすまねぇ、カナ。……よく頑張ったな」
「……う、うぅ……」
「後は任せろ。……俺のギルドの子供に手を出した代償は、高くつくぞ」
ギルダーツの足元の地面が、怒りの魔力で粉砕されていく。
ブルーノートがニヤリと笑う。
「ほう。貴様がギルダーツか。……潰しがいがありそうだ」
二人の怪物が対峙する。
そのプレッシャーだけで、周囲の空間が歪む。
「カナ!!」
そこへ、ナツとルーシィが茂みをかき分けて飛び出してきた。
「ルーシィ……!」
「カナ! 無事!?」
ルーシィは地面に倒れているカナに駆け寄り、抱き起こした。
「よかった……! 生きててよかった……!」
「ごめん……ごめんよ、ルーシィ……! 私、お前を置いて……!」
カナが泣きじゃくる。
ルーシィは首を振って、彼女を強く抱きしめた。
「いいの。無事ならそれでいいの。……それに、見て」
ルーシィが視線を向ける先。
そこには、ギルダーツの背中があった。
「パパが、来てくれたよ」
カナの瞳から涙が溢れ出す。
その背中は、彼女がずっと追いかけ、焦がれていた「世界一強くて優しい父親」の背中だった。
「ナツ、ルーシィ。カナを頼む」
ギルダーツが静かに告げる。
「ここからは、大人の喧嘩だ」
ドゴォォォォォォン!!
ギルダーツの拳とブルーノートの重力が激突する。
島全体を揺るがす頂上決戦が、今始まった。