星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜 作:暁 蒼空
ズズズズズ……!!
ギルダーツとブルーノートの魔力が衝突し、天狼島の空間が軋みを上げる。
立っているだけで押しつぶされそうなプレッシャーの中、ギルダーツは背中で語りかけた。
「行け、カナ。ルーシィ。……ナツたちと合流するんだ」
「で、でも……!」
「俺はこいつを片付けたらすぐに行く。……お前たちには、まだやるべきことがあるはずだ」
その言葉に、カナはハッとして涙を拭った。
そうだ。ここで立ち止まっている場合じゃない。
この島を、ギルドを守るために、元凶であるハデスを倒さなければならない。
「……うん。……死なないでよ、パパ!」
カナが初めて叫んだ「パパ」という言葉に、ギルダーツの肩がビクリと震え、そして嬉しそうに揺れた気がした。
「ああ。……約束する」
ナツとルーシィ、そしてカナは、最強の父親に背中を預け、戦場を後にした。
森を抜け、島の開けた場所に出ると、そこには既に仲間たちが集結していた。
グレイ、エルザ、ウェンディ、そしてガジルたち。
全員が傷だらけで、満身創痍だ。しかし、その目は死んでいない。
「ナツ! ルーシィ!」
「みんな、無事だったか!」
合流を喜ぶ暇もなく、彼らの視線は一点に集中していた。
上空に浮かぶ巨大な飛行戦艦。悪魔の心臓の本拠地だ。
あそこに、マスター・マカロフを倒したハデスがいる。
「じっちゃんの敵(かたき)……ハデスはあそこだ」
ナツが炎を噴き上げる。
「乗り込むぞ! これ以上、好きにはさせねぇ!」
「ああ。この落とし前は高くつくぞ」
グレイが氷を生成し、エルザが剣を構える。
しかし、ルーシィだけは一歩引いて、不安そうに船を見上げていた。
(……私が行ってもいいのかな)
戦える力はない。足手まといになるだけかもしれない。
けれど、ナツが振り返り、手を差し出した。
「行くぞ、ルーシィ」
「え……?」
「お前は俺たちの『目』だ。……頼りにしてる」
その言葉に、ルーシィは強く頷いた。
魔力はなくとも、私は妖精の尻尾の一員だ。
「うん! 行こう!」
ウェンディの補助魔法(エンチャント)で身体能力を強化された一行は、一気に跳躍し、空飛ぶ船へと乗り込んだ。
船内への侵入は容易だった。
いや、あえて招き入れられたようだった。
最奥の玉座の間。そこには、眼帯をした老人が一人、静かに座っていた。
「……よく来たな、妖精の子供たちよ」
ハデス。
かつての名をプレヒト・ゲイボルグ。
妖精の尻尾の創設メンバーの一人であり、メイビスの意志を継ぐはずだった男。
「てめぇがハデスか……! じっちゃんの敵!」
ナツが突っ込む。
火竜の鉄拳!!
しかし、ハデスは指一本動かさず、ただ見つめただけでナツを吹き飛ばした。
「ぐはぁっ!?」
「ナツ!?」
見えない鎖のような魔力が、ナツの手足を拘束する。
グレイとエルザが同時に攻撃を仕掛けるが、それもまた、ハデスの片手で軽くあしらわれた。
「魔法の深淵を覗いたことがない者には、私の魔法は理解できん」
圧倒的だった。
次元が違う。マカロフが敗れたのも納得できるほどの、底なしの魔力。
「……ん? 其処な無力な娘はなんだ?」
ハデスの視線が、後方で戦況を見つめるルーシィに向けられた。
「魔力がない。……ただの人間か。なぜこのようなゴミがここにいる?」
「……っ!」
ゴミ。
その言葉がルーシィの古傷を抉る。
しかし、ナツが鎖を引きちぎらんばかりに叫んだ。
「ゴミじゃねぇ! ルーシィは俺たちの仲間だ!」
「仲間? 魔道の道を歩めぬ者がか? ……滑稽だな。魔法こそが全て。力なき者に価値はない」
ハデスが指を振ると、黒い波動がルーシィを襲った。
ウェンディが盾になるが、防ぎきれずに二人とも吹き飛ばされる。
「きゃぁぁぁっ!」
「ルーシィさん!」
壁に叩きつけられたルーシィは、激痛に顔を歪めた。
やはり、来るべきじゃなかったのか。
ハデスの言う通り、魔力のない私は、ただのゴミなのか。
(……いいえ、違う)
ルーシィは床に耳を押し当てていた。
魔力を失ったことで研ぎ澄まされた感覚。
彼女は、この船全体に流れる「魔力の血管」のような音を聞いていた。
(……おかしい)
ハデスの魔力は強大だ。けれど、それは彼自身から湧き出ているものではない。
どこか別の場所から供給され、循環しているような違和感。
そして、その供給源と思われる場所から、ドクン、ドクンという、生き物のような鼓動が聞こえる。
「……心臓?」
ルーシィはハッとした。
『悪魔の心臓(グリモアハート)』。そのギルド名の由来。
ハデス自身の強さの秘密。
「……ナツ! みんな! ハデスを狙っても駄目よ!」
ルーシィは叫んだ。
その声は、戦場によく通った。
「え?」
「この人の魔力は無限じゃない! ……船よ! 船の底から魔力が送られてる!」
ハデスの眉がピクリと動いた。
「……ほう。魔力なき分際で、魔導の理(ことわり)が見えるか」
図星だ。
ルーシィは確信した。
「ハッピー! シャルル! リリー! 船の動力室へ行って! そこに『心臓』があるはずよ!」
「心臓!?」
「それを壊せば、このお爺さんの魔力供給が止まるわ!」
猫たちが顔を見合わせる。
「分かった! 行くぞ!」
「あいさー!」
エクシードたちが一斉に飛び立つ。
ハデスが初めて焦りの色を見せ、迎撃しようと手を挙げた。
「小賢しい……!」
「行かせるかよぉぉぉ!!」
ナツが鎖を炎で焼き切り、ハデスの前へ立ちはだかった。
グレイ、エルザ、ウェンディ、そしてカナも続く。
「ルーシィの言う通りだ! 心臓を止めるまで、ここを死守するぞ!」
「おう!!」
魔力を失った少女の一声が、最強の敵を倒すための唯一の勝機(ルート)を切り開いた。
ゴミなんかじゃない。
彼女は今、この戦場の司令塔として、確かにそこに立っていた。