星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜   作:暁 蒼空

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第44話:弾かれた異物、止まらぬ時計

ゴオオオオオオオオオオオッ!!!!

 黒龍アクノロギアの咆哮が、天狼島を蹂躙する。

 ギルダーツの一撃も通じない。ラクサスの雷も、ナツの炎も、龍の鱗一つ傷つけられない。

 絶対的な死が、空から迫っていた。

「子供たちだけでも逃げろォォォ!!」

 巨大化したマカロフが、アクノロギアを押さえ込みながら叫ぶ。

 しかし、ナツたちは戻ってきた。

「じっちゃんを置いていけるかよ!!」

「全員で帰るんだ! それが妖精の尻尾(フェアリーテイル)だろ!!」

 全員がマカロフの元へ駆け寄る。

 アクノロギアは邪魔な虫たちを一掃すべく、上空へと舞い上がり、島ごと消滅させる『咆哮(ブレス)』の構えをとった。

 空が割れ、海が干上がるほどのエネルギーが収束していく。

「みんな! 手を繋げ! 魔力を合わせるんだ!」

 誰かが叫んだ。

 防御魔法の最大展開。心と魔力を一つにして、絶対防御の障壁を作るしかない。

 ナツが、グレイが、エルザが、次々と手を繋いでいく。

 そしてナツは、隣にいたルーシィに手を伸ばした。

「ルーシィ! 手ェ貸せ!」

「……え、でも私……」

 ルーシィは戸惑った。

 私は魔力がない。この魔法の輪に入っても、何の役にも立たないどころか、ノイズになるのではないか。

「関係ねぇ! 俺たちは一つだ!」

 ナツが強引にルーシィの手を握った。

 温かい手。

 その瞬間、島全体が眩い光に包まれた。

 

 『……集え、導きの光よ……』

 初代マスター・メイビスの声が響く。

 『妖精の球(フェアリースフィア)』。

 メンバー全員の魔力をリンクさせ、時すらも凍結する絶対防御魔法。

 しかし。

 その光は、残酷な「選別」を行った。

 バチィィッ!!

「――っ!?」

 ナツの手から、ルーシィの手が弾かれた。

 まるで、異物が混入するのを拒むかのように、魔法の障壁そのものが彼女を押し出したのだ。

「ル、ルーシィ!?」

「な……んで……?」

 ルーシィの体が、光の輪の外へと吹き飛ばされる。

 メイビスの意志ではない。魔法というシステムの理(ことわり)が、魔力を持たぬ彼女を「守るべき対象(魔導士)」として認識しなかったのだ。

「待っ……ナツ……!!」

 伸ばした手は届かない。

 光の球体(スフィア)が完成し、ナツたちの姿が完全に見えなくなる。

 直後、アクノロギアの咆哮が島に着弾した。

 ズドォォォォォォォォン!!!!!

 天地がひっくり返る衝撃。

 ルーシィの体は木の葉のように舞い上がり、崩壊する大地と共に、暗い海へと投げ出された。

 

 ……チャプン。

 波の音。

 ルーシィは、冷たい海水に浸かりながら目を覚ました。

 体中が焼けるように熱い。

「……う、うぅ……」

「気がついた?」

 覗き込んできたのは、心配そうな顔をした少女――メルディと、ボロボロの姿のウルティアだった。

 彼女たちは小舟に乗り、崩壊する島から脱出していたのだ。

「助けてくれたの……?」

「海に浮いていたからね。……酷い熱よ」

 ウルティアが濡れたタオルをルーシィの額に乗せる。

 ルーシィは朦朧とする意識で、海の方を見た。

「島は……みんなは……?」

 そこには、何もなかった。

 天狼島があったはずの場所には、ただ巨大な穴が空き、海水が渦を巻いているだけだった。

「消えたわ。……あの黒龍の咆哮で」

 ウルティアが静かに告げる。

「でも、直前に不思議な光が見えた。……おそらく、防御魔法か何かで、彼らは……」

「弾かれたの……」

「え?」

「私だけ……あの光から、弾かれたの……」

 ルーシィの瞳から、光が消えていく。

 みんなはあの光の中で生きているかもしれない。でも、私だけが拒絶された。

 魔力がないから。異物だから。

 私だけが、置いていかれた。

 

 数日後。

 ウルティアたちは、高熱にうなされるルーシィを連れて、マグノリアの街まで送り届けた。

 罪滅ぼしのつもりだった。彼女をギルドへ帰せば、きっと誰かが看病してくれるはずだと。

 雨が降っていた。

 ルーシィはふらつく足で、ギルド『妖精の尻尾』の前に立った。

 扉の向こうから、沈痛な声が聞こえてくる。

「……もう、一週間だぞ」

「捜索隊も何も見つけられなかった……」

「天狼島は消滅したんだ。……ナツたち天狼組は、全滅したと考えるしかねぇ」

 マカオの声だった。

 苦渋の決断。残された者たちが前に進むための、悲しい区切りの言葉。

「諦めよう。……あいつらはもう、帰ってこねぇ」

 その言葉が、ルーシィの耳に届いた瞬間。

 彼女の中で、何かが完全に砕け散った。

(死んだ……?)

(みんな、死んだの? 私を置いて?)

 ルーシィは扉を開けることなく、踵を返した。

 虚ろな目で、雨の中を歩き出す。

「ちょっと! どこへ行くきよ!」

 陰で見守っていたウルティアとメルディが慌てて駆け寄る。

 ルーシィは二人を見て、壊れた人形のように笑った。

「……また、私だけ」

「え?」

「ママが死んだ時と同じ。……私が弱いから。私が病気だから……みんな死んじゃうの」

「ちょ、ちょっと! しっかりして!」

 ルーシィの瞳には、狂気にも似た絶望が宿っていた。

 自分のせいでみんなが死んだ。自分が「異物」だから、世界が罰を与えたのだ。

 そう思い込んでしまった彼女の精神は、耐えきれずに崩壊した。

 

「……う、あぁ……ごめんなさい……」

 隠れ家のベッドの上で、ルーシィはうずくまっていた。

 天狼島の消滅から、数ヶ月が経っていた。

 ウルティアとメルディは、彼女を放っておけず、共に生活することを決めた。

 『魔女の罪(クリムソルシエール)』。

 贖罪の旅をする彼女たちにとって、壊れたルーシィを守ることは、新たな罪滅ぼしの一つとなった。

「ルーシィ、薬よ。飲まないと」

 メルディが調合した薬を差し出す。

 ルーシィの持病の薬は手に入らないため、似た成分の薬草を煎じたものだ。

 しかし、ルーシィは薬を見ようともせず、手元の「鍵」を握りしめて震えていた。

「……あ、アクエリアス……」

 光らないアクエリアスの鍵。

 それに触れた瞬間、彼女の中で過去の記憶と、置き去りにされた絶望がフラッシュバックする。

「ごめんなさい……アクエリアス……ごめんなさい……!」

 彼女の精神は、恐怖から逃れるために退行現象(幼児返り)を起こしていた。

「いい子にするから……! 薬も飲むから……! 捨てないでぇ……!」

 涙を流し、誰にともなく許しを乞う姿。

 かつての聡明で明るい彼女の面影はない。

「ルーシィ……」

 ウルティアは痛ましげに彼女を抱きしめた。

 時間が進む。

 世界は動く。

 ナツたちが凍りついた時間の中で眠っている間、ルーシィだけが、病と狂気の中で、孤独な時を刻み続けていた。

 1年、2年……そして、7年の月日が流れようとしていた。

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