星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜 作:暁 蒼空
ゴオオオオオオオオオオオッ!!!!
黒龍アクノロギアの咆哮が、天狼島を蹂躙する。
ギルダーツの一撃も通じない。ラクサスの雷も、ナツの炎も、龍の鱗一つ傷つけられない。
絶対的な死が、空から迫っていた。
「子供たちだけでも逃げろォォォ!!」
巨大化したマカロフが、アクノロギアを押さえ込みながら叫ぶ。
しかし、ナツたちは戻ってきた。
「じっちゃんを置いていけるかよ!!」
「全員で帰るんだ! それが妖精の尻尾(フェアリーテイル)だろ!!」
全員がマカロフの元へ駆け寄る。
アクノロギアは邪魔な虫たちを一掃すべく、上空へと舞い上がり、島ごと消滅させる『咆哮(ブレス)』の構えをとった。
空が割れ、海が干上がるほどのエネルギーが収束していく。
「みんな! 手を繋げ! 魔力を合わせるんだ!」
誰かが叫んだ。
防御魔法の最大展開。心と魔力を一つにして、絶対防御の障壁を作るしかない。
ナツが、グレイが、エルザが、次々と手を繋いでいく。
そしてナツは、隣にいたルーシィに手を伸ばした。
「ルーシィ! 手ェ貸せ!」
「……え、でも私……」
ルーシィは戸惑った。
私は魔力がない。この魔法の輪に入っても、何の役にも立たないどころか、ノイズになるのではないか。
「関係ねぇ! 俺たちは一つだ!」
ナツが強引にルーシィの手を握った。
温かい手。
その瞬間、島全体が眩い光に包まれた。
『……集え、導きの光よ……』
初代マスター・メイビスの声が響く。
『妖精の球(フェアリースフィア)』。
メンバー全員の魔力をリンクさせ、時すらも凍結する絶対防御魔法。
しかし。
その光は、残酷な「選別」を行った。
バチィィッ!!
「――っ!?」
ナツの手から、ルーシィの手が弾かれた。
まるで、異物が混入するのを拒むかのように、魔法の障壁そのものが彼女を押し出したのだ。
「ル、ルーシィ!?」
「な……んで……?」
ルーシィの体が、光の輪の外へと吹き飛ばされる。
メイビスの意志ではない。魔法というシステムの理(ことわり)が、魔力を持たぬ彼女を「守るべき対象(魔導士)」として認識しなかったのだ。
「待っ……ナツ……!!」
伸ばした手は届かない。
光の球体(スフィア)が完成し、ナツたちの姿が完全に見えなくなる。
直後、アクノロギアの咆哮が島に着弾した。
ズドォォォォォォォォン!!!!!
天地がひっくり返る衝撃。
ルーシィの体は木の葉のように舞い上がり、崩壊する大地と共に、暗い海へと投げ出された。
……チャプン。
波の音。
ルーシィは、冷たい海水に浸かりながら目を覚ました。
体中が焼けるように熱い。
「……う、うぅ……」
「気がついた?」
覗き込んできたのは、心配そうな顔をした少女――メルディと、ボロボロの姿のウルティアだった。
彼女たちは小舟に乗り、崩壊する島から脱出していたのだ。
「助けてくれたの……?」
「海に浮いていたからね。……酷い熱よ」
ウルティアが濡れたタオルをルーシィの額に乗せる。
ルーシィは朦朧とする意識で、海の方を見た。
「島は……みんなは……?」
そこには、何もなかった。
天狼島があったはずの場所には、ただ巨大な穴が空き、海水が渦を巻いているだけだった。
「消えたわ。……あの黒龍の咆哮で」
ウルティアが静かに告げる。
「でも、直前に不思議な光が見えた。……おそらく、防御魔法か何かで、彼らは……」
「弾かれたの……」
「え?」
「私だけ……あの光から、弾かれたの……」
ルーシィの瞳から、光が消えていく。
みんなはあの光の中で生きているかもしれない。でも、私だけが拒絶された。
魔力がないから。異物だから。
私だけが、置いていかれた。
数日後。
ウルティアたちは、高熱にうなされるルーシィを連れて、マグノリアの街まで送り届けた。
罪滅ぼしのつもりだった。彼女をギルドへ帰せば、きっと誰かが看病してくれるはずだと。
雨が降っていた。
ルーシィはふらつく足で、ギルド『妖精の尻尾』の前に立った。
扉の向こうから、沈痛な声が聞こえてくる。
「……もう、一週間だぞ」
「捜索隊も何も見つけられなかった……」
「天狼島は消滅したんだ。……ナツたち天狼組は、全滅したと考えるしかねぇ」
マカオの声だった。
苦渋の決断。残された者たちが前に進むための、悲しい区切りの言葉。
「諦めよう。……あいつらはもう、帰ってこねぇ」
その言葉が、ルーシィの耳に届いた瞬間。
彼女の中で、何かが完全に砕け散った。
(死んだ……?)
(みんな、死んだの? 私を置いて?)
ルーシィは扉を開けることなく、踵を返した。
虚ろな目で、雨の中を歩き出す。
「ちょっと! どこへ行くきよ!」
陰で見守っていたウルティアとメルディが慌てて駆け寄る。
ルーシィは二人を見て、壊れた人形のように笑った。
「……また、私だけ」
「え?」
「ママが死んだ時と同じ。……私が弱いから。私が病気だから……みんな死んじゃうの」
「ちょ、ちょっと! しっかりして!」
ルーシィの瞳には、狂気にも似た絶望が宿っていた。
自分のせいでみんなが死んだ。自分が「異物」だから、世界が罰を与えたのだ。
そう思い込んでしまった彼女の精神は、耐えきれずに崩壊した。
「……う、あぁ……ごめんなさい……」
隠れ家のベッドの上で、ルーシィはうずくまっていた。
天狼島の消滅から、数ヶ月が経っていた。
ウルティアとメルディは、彼女を放っておけず、共に生活することを決めた。
『魔女の罪(クリムソルシエール)』。
贖罪の旅をする彼女たちにとって、壊れたルーシィを守ることは、新たな罪滅ぼしの一つとなった。
「ルーシィ、薬よ。飲まないと」
メルディが調合した薬を差し出す。
ルーシィの持病の薬は手に入らないため、似た成分の薬草を煎じたものだ。
しかし、ルーシィは薬を見ようともせず、手元の「鍵」を握りしめて震えていた。
「……あ、アクエリアス……」
光らないアクエリアスの鍵。
それに触れた瞬間、彼女の中で過去の記憶と、置き去りにされた絶望がフラッシュバックする。
「ごめんなさい……アクエリアス……ごめんなさい……!」
彼女の精神は、恐怖から逃れるために退行現象(幼児返り)を起こしていた。
「いい子にするから……! 薬も飲むから……! 捨てないでぇ……!」
涙を流し、誰にともなく許しを乞う姿。
かつての聡明で明るい彼女の面影はない。
「ルーシィ……」
ウルティアは痛ましげに彼女を抱きしめた。
時間が進む。
世界は動く。
ナツたちが凍りついた時間の中で眠っている間、ルーシィだけが、病と狂気の中で、孤独な時を刻み続けていた。
1年、2年……そして、7年の月日が流れようとしていた。