星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜   作:暁 蒼空

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第45話:魔女たちの隠れ家、壊れた時計の家族

 世界から忘れ去られた、深い森の奥にある一軒家。

 そこは、魔法評議院からも、闇ギルドからも追われる身となった独立ギルド『魔女の罪(クリムソルテール)』の隠れ家だった。

 窓から差し込む木漏れ日の中、一人の女性がベッドで浅い呼吸を繰り返していた。

 ルーシィ・ハートフィリア。

 かつて17歳だった彼女は、7年の時を経て24歳になっていた。

 大人びた顔立ちは美しく成長していたが、その肌は透き通るほど白く、頬は病的に痩せこけていた。

「……ルーシィ、起きた?」

 部屋に入ってきたのは、ピンク色の髪をした少女――メルディだ。

 7年前は幼かった彼女も、今ではすっかり大人の女性へと成長していた。

 しかし、その瞳がルーシィに向ける色は、まるで幼い妹を慈しむ姉のような、あるいは壊れ物を扱うような優しさに満ちていた。

「……うん……メルディ……」

「今日は天気がいいよ。少し窓を開けようか」

 メルディは手慣れた様子でルーシィの背中を支え、体を起こしてあげた。

 ルーシィは虚ろな目で窓の外を見る。

 そこには変わらない森の風景があるだけだ。

 世界は動いているのに、彼女の時間だけが、あの日から壊れたまま進んでいないようだった。

 

「おかゆ作ったわよ。食べられそう?」

 湯気の立つ器を持って、ウルティアが入ってきた。

 彼女もまた、時を経て落ち着いた大人の雰囲気を纏っている。

 かつては敵対していた三人。しかし、この7年という歳月は、彼女たちを「家族」以上の絆で結びつけていた。

「……ごめんなさい、ウルティア……」

「謝らないで。貴方は生きててくれるだけでいいの」

 ウルティアは微笑み、スプーンで一口ずつ、丁寧にルーシィの口へ運んだ。

 魔力を失い、心を壊したルーシィにとって、この二人が全てだった。

 彼女たちが薬草を探し、食事を作り、悪夢にうなされる夜はずっと手を握っていてくれた。

「……美味しい……」

「そう。よかった」

 ウルティアは安堵の息をつく。

 ここ最近、ルーシィの食が細くなっていたからだ。

 魔力を失った体は、年々弱ってきている。

 特にここ数ヶ月は、高熱を出して寝込む頻度が増えていた。

(……このままじゃ、長くは持たないかもしれない)

 ウルティアはメルディと視線を交わし、痛ましげに眉を寄せた。

 贖罪の旅の途中で拾った、翼の折れた妖精。

 彼女を守ることが、二人の生きる意味になっていた。

 

 食後、ルーシィはベッドサイドのテーブルに手を伸ばした。

 そこには、古びた鍵束が置いてある。

 もう光ることのない、星霊の鍵たち。

「……みんな……」

 彼女は震える指で、一本一本の鍵を愛おしげに撫でた。

 タウロス、キャンサー、バルゴ……。

 名前を呼ぶたびに、消えてしまった彼らの笑顔が浮かぶ。

 そして、指先が一本の鍵に触れた。

 波の意匠が施された、宝瓶宮アクエリアスの鍵。

 ビクッ。

 触れた瞬間、ルーシィの瞳孔が開いた。

『アンタ……何てことしたのよ!』

『私だけ……弾かれた……』

『諦めよう。あいつらはもう帰ってこねぇ』

 7年前の記憶。拒絶された記憶。置き去りにされた絶望。

 それらが津波のように押し寄せ、彼女の理性を飲み込んだ。

「……あ、あぁ……っ!!」

「ルーシィ!?」

 メルディが駆け寄る。

 ルーシィは鍵を握りしめたまま、ガタガタと痙攣し始めた。

「ごめんなさい……ごめんなさいアクエリアス……! いい子にするから……薬も飲むから……捨てないでぇ……ッ!!」

 ボロボロと涙を流し、子供のように泣き叫ぶ。

 24歳の女性が、心だけ幼い迷子に戻ってしまっていた。

「大丈夫……大丈夫よ、ルーシィ。私たちはここにいるわ」

「捨てないよ。ずっと一緒だよ」

 ウルティアとメルディは、左右からルーシィを抱きしめた。

 彼女の震えが収まるまで、何時間でもそうして背中を撫で続けた。

 これが、この家の日常だった。

 

 発作が収まった後、ルーシィは糸が切れたように眠りに落ちた。

 しかし、その体は高熱を発し、苦しげな呼吸を繰り返していた。

「……熱が下がらない」

 メルディが濡れタオルを替えながら呟く。

「最近、発作のたびに体力が落ちてる。……ウルティア、どうしよう。このままじゃ……」

「分かってる。……普通の医者じゃもう無理ね」

 ウルティアは深刻な表情で、眠るルーシィを見つめた。

 持病による全身機能の低下。加えて、精神的な負荷が寿命を削っている。

 彼女に必要なのは、強力な治癒魔法か、あるいは――。

「……『失われた魔力』を埋める何かが必要よ。あるいは、彼女の心を縛っている『過去』を断ち切る何か」

「過去……ナツたちのこと?」

「ええ。……彼らが死んだと思っている限り、彼女の時計は動かない」

 ウルティアは窓の外、遠く東の空を見上げた。

 そこはかつて、天狼島があった方角だ。

「……残酷な話ね。私たちは、彼女に『諦めろ』と言い聞かせることでしか、彼女を守れなかった」

 7年間。希望を持たせれば、裏切られた時の反動で彼女は死んでしまうかもしれなかった。

 だからこそ、「みんなは死んだ」という前提で、静かに余生を過ごさせてきたのだ。

 

 X791年。

 世界は、ある奇跡の予兆にざわめき始めていた。

 フィオーレ王国の東の海上で、異常な魔力反応が観測されたという噂が、風に乗って流れてくる。

 しかし、この隠れ家にはそんな情報は届かない。

 今日もルーシィは、薄暗い部屋で、光らない鍵を握りしめていた。

「……寒い……」

「毛布を足す?」

「ううん……心が、寒いの……」

 ルーシィはメルディの袖を掴んだ。

 その言葉が、メルディの胸を締め付けた。

 7年経っても、彼女の心を癒してあげれない。

「……ルーシィ……」

 ルーシィの目から、一筋の涙が伝い落ちる。

 それは、発作の時のパニックとは違う、静かで深い悲しみの涙だった。

 その頃。

 遥か東の海。

 7年間の眠りについていた「妖精の球(フェアリースフィア)」が、ついに解かれようとしていた。

 止まっていた時間が動き出す。

 しかしそれは、ルーシィにとって「残酷な現実」との再会の始まりでもあった。

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