星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜 作:暁 蒼空
眩しい朝陽が、森の木々を照らしていた。
小鳥のさえずりが聞こえる。
地面に大の字になっていたナツは、むくりと起き上がった。
「ふわぁ〜……よく寝た!」
彼は大きく伸びをし、隣で寝ているハッピーを揺すった。
「おいハッピー、起きろ! 朝だぞ!」
「あい……。魚……」
「腹減ったなー。昨日の黒い竜、どこ行ったんだ?」
周囲を見渡すと、グレイやエルザ、他のメンバーたちも次々と目を覚ましていた。
皆、体に傷はなく、魔力も回復しているようだった。
「……助かったのか?」
「あの光……初代様の魔法か?」
「とにかく、みんな無事のようじゃな!」
マカロフが安堵の声を上げる。
彼らの感覚では、アクノロギアの咆哮から一晩が明けただけだった。
誰も、自分たちが7年間もの間、時を凍結されていたとは夢にも思っていなかった。
「よし! ギルドへ帰るぞ! 腹いっぱい飯食わせろ!」
「あいさー!」
ナツたちは意気揚々と船(魔法で即席で作ったものや、迎えに来たエクシードたち)に乗り込み、天狼島を後にした。
マグノリアの港に到着した時、最初に違和感を覚えたのはウェンディだった。
「あれ……? 街の様子が、少し変じゃありませんか?」
建物が増えているような、あるいは古びているような。
看板のデザインも、流行りの服も、記憶にあるものとは微妙にズレている。
「気のせいだろ。ほら、急ごうぜ!」
ナツは気にせず、ギルド『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』があった場所へと走った。
しかし。
「……え?」
そこには、ギルドはなかった。
代わりに、全く別の商店が建っていた。
「な、なんだこれ!? ギルドがねぇぞ!?」
「場所を間違えたのか? いや、確かにここだぞ……」
エルザが困惑する。
通りかかった住人に尋ねると、驚くべき答えが返ってきた。
「フェアリーテイル? ああ、あのボロいギルドなら、街外れの丘の上だよ。……まだあったんだねぇ」
ボロいギルド? まだあった?
不審に思いながらも、一行は教えられた場所へ向かった。
そこにあったのは、風車小屋のような、小さなボロボロの建物だった。
「……ここが、今のギルド?」
ナツがおそるおそる扉を開ける。
「たのもー……」
ギルドの中には、数人のメンバーが暗い顔で酒を飲んでいた。
しかし、扉が開いた瞬間、全員がグラスを落として固まった。
「……な、ナツ……にい……?」
声を上げたのは、背の高い青年だった。
ナツは首を傾げた。
「誰だお前? ……ロメオか!?」
「ロメオ!? こんなにデカくなったのか!?」
グレイが驚愕する。
さらに、奥から出てきたマカオやワカバは、白髪が増え、すっかり老け込んでいた。
「嘘だろ……。お前ら、生きてたのか……!?」
「マカオ、老けすぎだろ! 一日で何があったんだよ!」
「一日だと!? 馬鹿野郎!!」
マカオが泣きながらナツに抱きついた。
「7年だぞ!! お前らがいなくなってから、7年も経ったんだぞ!!」
「……は?」
ナツたちの時間が止まった。
7年。
自分たちが眠っている間に、世界は7回も回っていたのだ。
アルザックとビスカが結婚して子供がいること、ギルドが借金まみれで落ちぶれたこと。
次々と明かされる衝撃の事実に、ナツたちは言葉を失った。
しかし、再会の喜びと衝撃が一段落した頃、ナツはふと周囲を見渡した。
「あれ? そういえば……ルーシィは?」
その場が静まり返った。
ナツは、人混みの中に彼女がいるものだと思っていた。
だが、どこにも金髪の少女の姿はない。
「ルーシィ? ……お前たちと一緒じゃなかったのか?」
マカオが怪訝な顔をする。
ナツの顔から血の気が引いた。
「は? いや、あいつ……魔力がなかったから、スフィアに入れたか分かんねぇけど……でも、俺たちが目覚めた時にはいなかったから、てっきり先に帰ったんだと……」
「帰ってきてねぇよ」
ワカバが首を横に振る。
「天狼島が消滅した時、あの子の姿も見つからなかった。……だから俺たちはてっきり、ナツたちと一緒に『消えた』んだと思ってたんだ」
認識のズレ。
ナツたちは「ギルドに帰った(あるいは自分たちとは別に助かった)」と思い、ギルド側は「ナツたちと一緒にいる」と思っていた。
「じゃあ……ルーシィは?」
誰も答えない。
ただ、重苦しい沈黙が落ちた。
7年間。
彼女は、天狼島にも、マグノリアにもいなかった。
つまり――。
「行方不明……ってことかよ」
グレイが絞り出すように言った。
ナツは震え出した。
「嘘だろ……。あいつだけ、7年間も……一人で……?」
魔力のない体で。たった一人で。
「探すぞ!!」
ナツが叫び、ギルドを飛び出した。
匂いを辿る。痕跡を探す。
しかし、7年という歳月は、あまりにも残酷に痕跡を消し去っていた。
マグノリア中を駆け回るナツたちの姿を、遠く離れた森の木陰から見つめる二つの影があった。
フードを被ったウルティアとメルディだ。
「……戻ってきたのね、彼ら」
ウルティアが静かに呟く。
メルディは、視線の先にいるナツを見て、複雑な表情を浮かべた。
「ウルティア。……ルーシィに、教えてあげないの? ナツたちが生きてたって」
「……だめよ」
ウルティアは冷徹に首を振った。
「今の彼女に彼らを会わせれば……彼女の心は完全に壊れるわ」
7年という時間は長すぎた。
ナツたちは昔のままの姿で、未来への希望に満ちている。
対してルーシィは、病み衰え、精神を病み、24歳という年齢を重ねてしまった。
その対比は、ルーシィにとって「自分だけが置いていかれた」という絶望を決定づける凶器にしかならない。
「それに……彼女は今、やっと落ち着いているの。『彼らは死んだ』という世界の中で」
「……うん。そうだね」
メルディも納得したように頷く。
それは、歪んだ優しさだったかもしれない。
けれど、壊れかけのルーシィを守るためには、彼女たち『魔女の罪』が、この秘密を墓場まで持っていく覚悟で隠し通すしかなかった。
「行きましょう。……ルーシィが目を覚ます時間よ」
二人は背を向け、森の奥深くにある隠れ家へと消えていった。
ナツの声が、届かない場所へ。
捜索は数日続いたが、結局、ルーシィの手がかりは何一つ掴めなかった。
ギルドにお祭り騒ぎが戻ることはなく、ただ一つの「空席」が、ナツの心に暗い影を落とし続けていた。