星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜 作:暁 蒼空
新生『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』のギルド。
ボロボロの酒場で、マカロフは頭を抱えていた。
「借金まみれじゃ……。フィオーレ一のギルドだった名声は地に落ち、今や最下位……」
「じっちゃん、元気出せよ。俺たちが帰ってきたんだから、すぐに元通りだ!」
ナツが明るく言うが、現実は甘くない。
7年のブランクは、魔法界のパワーバランスを激変させていた。今の彼らの力では、中堅ギルドにすら後れを取るのが現実だ。
「そこでだ、みんな!」
ロメオが提案書をバンとテーブルに叩きつけた。
「『大魔闘演武』! フィオーレ一のギルドを決める祭りだ! これに出場して優勝すれば、賞金も名声も一気に手に入る!」
「祭りか! 燃えてきたぞ!」
「待てナツ。今の我々の力では……」
エルザが慎重論を唱えるが、ナツは真剣な眼差しで全員を見渡した。
「出るぞ。……優勝して、フィオーレ一番になるんだ」
「ナツ……?」
「俺たちが一番有名になれば……その噂はきっと、ルーシィの耳にも届くはずだ」
ナツの言葉に、ギルドが静まり返った。
行方不明のルーシィ。手掛かりはゼロだ。
だが、ギルドが輝けば、それは彼女への道しるべになる。
「『俺たちはここにいる』って……でっかい狼煙(のろし)を上げるんだ! そうすりゃ、あいつはきっと帰ってくる!」
その言葉が、迷っていたメンバーの心に火をつけた。
名誉のためではない。金のためでもない。
たった一人の仲間、ルーシィに「帰る場所」を示すために。
妖精の尻尾は、大魔闘演武への参加を決意した。
数日後。
ナツたちは合宿のために海辺の町を訪れていた。
7年の穴を埋めるには、死に物狂いの特訓が必要だ。
「よし! 走り込みだ!」
「海で泳ぐのもいいトレーニングになりますね!」
昼間は過酷なトレーニングに明け暮れた。
しかし、夜になると、どうしても「不在」を感じずにはいられなかった。
かつてなら、こんな時、ルーシィが星霊を呼んで賑やかになったかもしれない。
あるいは、星霊界へ行って修行をするという選択肢もあったかもしれない。
だが、今の彼らにはその手段がない。
「……星、綺麗だな」
砂浜に座り込んだナツが、夜空を見上げる。
隣にハッピーが座る。
「ルーシィも、どこかでこの星を見てるかなぁ」
「当たり前だろ。……あいつは生きてる。絶対にな」
ナツは自分に言い聞かせるように言った。
星霊魔導士がいない夜は、あまりにも静かで、波の音だけが寂しく響いていた。
合宿3日目の夜。
崩れかけた橋の下で修行をしていたナツたちの前に、三つの影が現れた。
「久しぶりだな、妖精の尻尾」
フードを脱いだのは、青髪の青年ジェラール。
そして、その両脇には、大人の女性へと成長したウルティアとメルディが立っていた。
「ジェラール! それにウルティア、メルディか!?」
「でかくなったなー!」
7年ぶりの再会(ナツたちにとっては数日ぶりだが)に驚く一行。
エルザとジェラールが視線を交わし、複雑な空気が流れる中、ウルティアが一歩前に出た。
「貴方たち、大魔闘演武に出るそうね。……今のままじゃ勝てないわよ」
「なんだと!?」
「でも、私が力を貸せば話は別。……貴方たちの眠っている魔力の器、『第二魔法源(セカンドオリジン)』を解放してあげる」
それは、7年のブランクを一気に埋めることができる、夢のような提案だった。
しかし、ナツはウルティアに詰め寄った。
「そんなことはどうでもいい!」
「ナツ?」
「お前ら、7年間ずっと外の世界を旅してたんだろ!? ……知らないか!?」
ナツの瞳が揺れる。
藁にもすがる思いだった。
「ルーシィだ! ルーシィを知らないか!? 俺たちと一緒に天狼島から帰ってこなかったんだ! どこかで見なかったか!?」
4. 氷の嘘、隠された妹
ナツの問いかけに、その場に緊張が走った。
メルディの肩がビクリと震え、彼女はフードを目深に被って視線を逸らした。
知っている。
知っているどころではない。今も、この森の奥の隠れ家で、彼女を匿っているのだから。
7年分の歳月を重ね、心を病み、ナツの名を呼んで泣くルーシィを。
(……ごめんなさい、ナツ)
メルディは心の中で謝罪した。
今、真実を告げれば、ナツは間違いなくルーシィの元へ行くだろう。
そして、変わり果てたルーシィと、変わらないナツが対面した時……ルーシィの心は間違いなく死ぬ。
「……知らないわ」
ウルティアが、氷のように冷徹な声で答えた。
その表情には、一切の動揺も見せない。
「私たちは贖罪の旅をしていただけ。……特定の誰かを探していたわけじゃないもの」
「そうか……。お前らでも知らねぇか……」
ナツががっくりと肩を落とす。
その絶望した顔を見て、メルディは唇を噛み締め、拳を握りしめた。
言いたい。ルーシィは生きてるって。すぐ近くにいるって。
でも、それはルーシィを殺すことと同じだ。
「……残念ね。でも、生きていればいつか会えるわ」
ウルティアは淡々と嘘を重ねた。
それが、彼女たちなりの「ルーシィへの愛」であり、ナツたちへの「残酷な優しさ」だった。
ルーシィの存在は、完璧に隠蔽された。
「……分かった。力を貸してくれ」
ナツは顔を上げた。
ルーシィの手がかりはない。なら、やるべきことは一つだ。
「強くなって……大会で優勝する。そうすりゃ、あいつが見つけてくれるかもしれねぇ」
「いい覚悟ね。……ただし、セカンドオリジンの解放は、想像を絶する激痛を伴うわよ?」
「構わねぇ!」
術式が展開され、ナツたちの体に赤い紋様が浮かび上がる。
「ぐ、がぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「う、うおおおおおおっ!!」
全身の血管が沸騰するような激痛。
ナツは地面を転げ回り、絶叫した。
しかし、彼は意識を手放さなかった。
この程度の痛み、7年間一人で耐えてきたルーシィの孤独に比べれば、蚊に刺されたようなものだ。
(待ってろ、ルーシィ!)
(絶対に見つけてやる! 絶対に、迎えに行くからな!!)
ナツの絶叫が夜空に響く。
その声は、森の奥深くで眠る「24歳のルーシィ」の元へは、決して届かなかった。
こうして、すれ違いを抱えたまま、運命の『大魔闘演武』の幕が上がろうとしていた。