星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜 作:暁 蒼空
フィオーレ王国の首都、クロッカス。
年に一度の祭典『大魔闘演武』の会場である巨大闘技場「ドムス・フラウ」は、割れんばかりの歓声に包まれていた。
「さあ! いよいよ予選を勝ち抜いた8チームの入場だぁぁぁ!!」
実況の声が響く中、次々と人気ギルドが入場していく。
『青い天馬(ブルーペガサス)』、『蛇姫の鱗(ラミアスケイル)』……。
そして。
「予選8位! かつての名声はどこへやら! 名前だけは有名だが、今や地に落ちた飛べない妖精! 『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』だぁぁぁ!!」
ブーッ! ブーッ!! 帰れー!!
会場中から罵声とブーイングが嵐のように降り注ぐ。
空き缶やゴミが投げ込まれる中、ナツ、グレイ、エルザ、ウェンディ、そしてエルフマンの5人(Aチーム)は、堂々と入場ゲートをくぐった。
「へっ、相変わらず人気ねぇな俺たち!」
ナツは飛んできた空き缶をキャッチし、不敵に笑った。
7年のブランク。最下位という屈辱。
だが、彼らの瞳に宿る炎は消えていない。
「見てろよ、フィオーレ中の人間ども! 俺たちが一番だ!」
ナツは空に向かって拳を突き上げた。
「そして見てろよ、ルーシィ!! 俺たちがここで勝って……お前が帰ってくる場所を、世界一のギルドにしてやるからな!!」
その叫びは、ブーイングを切り裂き、クロッカスの空高くへと吸い込まれていった。
一方、会場の喧騒とは無縁の静寂に包まれた森の奥深く。
『魔女の罪(クリムソルシエール)』の隠れ家では、ウルティアとメルディがテーブルの上の魔法水晶(ラクリマ)を覗き込んでいた。
ジェラールは「Bチーム」として会場に潜入しているため、ここにはいない。
「ジェラール……上手くやってるみたいね」
「うん。でも、ルーシィが起きる前に消さないと……」
二人は音量を絞り、こっそりと観戦していた。
本来ならルーシィが薬で深く眠っている時間帯である為、二人は油断していた。
「……何だか、騒がしいね」
背後から、掠れた声がした。
二人がハッとして振り返ると、ベッドから起き上がったルーシィが、ふらつく足取りで立っていた。
「ルーシィ!? 起きたの!?」
「ま、まだ寝てなきゃダメだよ!」
メルディが慌てて駆け寄ろうとするが、ルーシィの視線はテーブルの上の光に吸い寄せられていた。
「……あれは……何?」
彼女は虚ろな目で、魔法水晶を覗き込んだ。
そこに映っていたのは、大歓声の中で拳を突き上げる、ピンク色の髪の少年だった。
ルーシィの思考が凍りついた。
「……ナツ?」
画面の中のナツは、笑っていた。
7年前、天狼島へ向かった時のままの姿で。
隣にはグレイも、エルザもいる。誰も変わっていない。
肌には張りがあり、目には力が宿り、全身から生命力が溢れ出している。
まるで、昨日別れたばかりのように。
「なんで……?」
ルーシィの手が震え出し、自分の頬に触れた。
そこにあるのは、病でやつれ、こけた頬。血の気のない肌。
鏡を見なくても分かる。今の自分は、まるで幽霊のようだ。
「なんでナツたちが生きてるの……? 死んだんじゃなかったの……?」
混乱が脳を焼き尽くす。
みんな死んだと聞かされた。だから諦めた。
けれど、彼らは生きている。
しかも、どうして――
「なんで……誰も変わってないの……?」
ルーシィは自分の細くなった腕を見た。血管が浮き出た、弱々しい腕。
そして画面の中の、筋肉質で逞しいナツの腕を見た。
時間は平等ではなかった。
私だけが進んでしまった。
私だけが病に侵され、枯れ果ててしまった。
彼らは「永遠の夏」の中にいて、私だけが「終わりのない冬」に閉じ込められていたのだ。
「あ……あぁ……」
理解できないほどの格差。
ナツたちの輝きが、今の自分の「惨めさ」を残酷なほどに照らし出す。
ナツの隣に並んでいた、かつての私。
でも今の私は、彼の隣に立つ資格なんてない。
「いやぁぁぁぁぁっ!!!」
ルーシィは悲鳴を上げ、魔法水晶を払い落とした。
ガシャンッ!!
映像が消える。しかし、網膜に焼き付いた「眩しすぎる光」は消えない。
「見ないで!! 見ないでぇぇぇ!!」
彼女は顔を覆い、その場にうずくまった。
「なんで私だけ……! どうして私だけ時間が進んでしまったの!?」
老いではない。それは「断絶」だった。
同じ時間を生きられないという絶望。
もう二度と、あの輪の中には戻れないという確信。
「私はこんなに……枯れてしまったのに……! ボロボロなのに……! あんな綺麗なナツたちに見られたくない……!!」
恥ずかしい。惨めだ。
いっそ死んでいた方がマシだったと思えるほど、今の自分が醜く思えた。
「マズイ!!」
「ルーシィ!!」
ウルティアとメルディが駆け寄り、暴れるルーシィを押さえつけた。
「落ち着いて! あれは幻よ! 夢を見てるのよ!」
「違う! 生きてた! でも私だけ違うの! 私だけ置いていかれたのぉぉぉ!!」
ルーシィは泣き叫び、自分の長い髪を掻きむしった。
7年間の孤独よりも、今の瞬間の「劣等感」の方が、彼女の心を深く抉った。
「ごめんね、ルーシィ……ごめんね……!」
メルディが涙を流しながら、必死にルーシィを抱きしめる。
ウルティアも、強い睡眠魔法をかけながら、苦渋の表情で彼女の背中を撫で続けた。
「……眠りなさい。今は何も考えなくていいの……」
やがて、ルーシィの悲鳴は弱まり、深い眠りへと落ちていった。
しかし、その頬は涙で濡れ続け、隠れ家には重苦しい沈黙だけが残された。
クロッカス、ドムス・フラウ。
競技『隠密(ヒドゥン)』が始まろうとしていた。
グレイが出場し、観客席からはナツが大声で声援を送っている。
「行けぇグレイ! ぶっ倒せ!」
ナツの声は力強く、希望に満ちていた。
彼は知らない。
自分たちが光を放てば放つほど、その影でルーシィが「自分は枯れてしまった」と心を閉ざしていくことを。
「……ルーシィ。見ててくれよ」
ナツは空を見上げる。
その純粋な願いは、皮肉にも、彼女を最も傷つける刃となっていた。
因縁の大魔闘演武。
どん底まで落ちた妖精の尻尾。
彼らはルーシィのために頂点を目指すが、その輝きはまだ、彼女のいる暗闇には届かない。