星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜   作:暁 蒼空

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第48話:残酷な鏡、止まらないブーイング

 フィオーレ王国の首都、クロッカス。

 年に一度の祭典『大魔闘演武』の会場である巨大闘技場「ドムス・フラウ」は、割れんばかりの歓声に包まれていた。

「さあ! いよいよ予選を勝ち抜いた8チームの入場だぁぁぁ!!」

 実況の声が響く中、次々と人気ギルドが入場していく。

 『青い天馬(ブルーペガサス)』、『蛇姫の鱗(ラミアスケイル)』……。

 そして。

「予選8位! かつての名声はどこへやら! 名前だけは有名だが、今や地に落ちた飛べない妖精! 『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』だぁぁぁ!!」

 ブーッ! ブーッ!! 帰れー!!

 会場中から罵声とブーイングが嵐のように降り注ぐ。

 空き缶やゴミが投げ込まれる中、ナツ、グレイ、エルザ、ウェンディ、そしてエルフマンの5人(Aチーム)は、堂々と入場ゲートをくぐった。

「へっ、相変わらず人気ねぇな俺たち!」

 ナツは飛んできた空き缶をキャッチし、不敵に笑った。

 7年のブランク。最下位という屈辱。

 だが、彼らの瞳に宿る炎は消えていない。

「見てろよ、フィオーレ中の人間ども! 俺たちが一番だ!」

 ナツは空に向かって拳を突き上げた。

「そして見てろよ、ルーシィ!! 俺たちがここで勝って……お前が帰ってくる場所を、世界一のギルドにしてやるからな!!」

 その叫びは、ブーイングを切り裂き、クロッカスの空高くへと吸い込まれていった。

 

 一方、会場の喧騒とは無縁の静寂に包まれた森の奥深く。

 『魔女の罪(クリムソルシエール)』の隠れ家では、ウルティアとメルディがテーブルの上の魔法水晶(ラクリマ)を覗き込んでいた。

 ジェラールは「Bチーム」として会場に潜入しているため、ここにはいない。

「ジェラール……上手くやってるみたいね」

「うん。でも、ルーシィが起きる前に消さないと……」

 二人は音量を絞り、こっそりと観戦していた。

 本来ならルーシィが薬で深く眠っている時間帯である為、二人は油断していた。

「……何だか、騒がしいね」

 背後から、掠れた声がした。

 二人がハッとして振り返ると、ベッドから起き上がったルーシィが、ふらつく足取りで立っていた。

「ルーシィ!? 起きたの!?」

「ま、まだ寝てなきゃダメだよ!」

 メルディが慌てて駆け寄ろうとするが、ルーシィの視線はテーブルの上の光に吸い寄せられていた。

「……あれは……何?」

 彼女は虚ろな目で、魔法水晶を覗き込んだ。

 そこに映っていたのは、大歓声の中で拳を突き上げる、ピンク色の髪の少年だった。

 

 ルーシィの思考が凍りついた。

「……ナツ?」

 画面の中のナツは、笑っていた。

 7年前、天狼島へ向かった時のままの姿で。

 隣にはグレイも、エルザもいる。誰も変わっていない。

 肌には張りがあり、目には力が宿り、全身から生命力が溢れ出している。

 まるで、昨日別れたばかりのように。

「なんで……?」

 ルーシィの手が震え出し、自分の頬に触れた。

 そこにあるのは、病でやつれ、こけた頬。血の気のない肌。

 鏡を見なくても分かる。今の自分は、まるで幽霊のようだ。

「なんでナツたちが生きてるの……? 死んだんじゃなかったの……?」

 混乱が脳を焼き尽くす。

 みんな死んだと聞かされた。だから諦めた。

 けれど、彼らは生きている。

 しかも、どうして――

「なんで……誰も変わってないの……?」

 ルーシィは自分の細くなった腕を見た。血管が浮き出た、弱々しい腕。

 そして画面の中の、筋肉質で逞しいナツの腕を見た。

 時間は平等ではなかった。

 私だけが進んでしまった。

 私だけが病に侵され、枯れ果ててしまった。

 彼らは「永遠の夏」の中にいて、私だけが「終わりのない冬」に閉じ込められていたのだ。

 

「あ……あぁ……」

 理解できないほどの格差。

 ナツたちの輝きが、今の自分の「惨めさ」を残酷なほどに照らし出す。

 ナツの隣に並んでいた、かつての私。

 でも今の私は、彼の隣に立つ資格なんてない。

「いやぁぁぁぁぁっ!!!」

 ルーシィは悲鳴を上げ、魔法水晶を払い落とした。

 ガシャンッ!!

 映像が消える。しかし、網膜に焼き付いた「眩しすぎる光」は消えない。

「見ないで!! 見ないでぇぇぇ!!」

 彼女は顔を覆い、その場にうずくまった。

「なんで私だけ……! どうして私だけ時間が進んでしまったの!?」

 老いではない。それは「断絶」だった。

 同じ時間を生きられないという絶望。

 もう二度と、あの輪の中には戻れないという確信。

「私はこんなに……枯れてしまったのに……! ボロボロなのに……! あんな綺麗なナツたちに見られたくない……!!」

 恥ずかしい。惨めだ。

 いっそ死んでいた方がマシだったと思えるほど、今の自分が醜く思えた。

「マズイ!!」

「ルーシィ!!」

 ウルティアとメルディが駆け寄り、暴れるルーシィを押さえつけた。

「落ち着いて! あれは幻よ! 夢を見てるのよ!」

「違う! 生きてた! でも私だけ違うの! 私だけ置いていかれたのぉぉぉ!!」

 ルーシィは泣き叫び、自分の長い髪を掻きむしった。

 7年間の孤独よりも、今の瞬間の「劣等感」の方が、彼女の心を深く抉った。

「ごめんね、ルーシィ……ごめんね……!」

 メルディが涙を流しながら、必死にルーシィを抱きしめる。

 ウルティアも、強い睡眠魔法をかけながら、苦渋の表情で彼女の背中を撫で続けた。

「……眠りなさい。今は何も考えなくていいの……」

 やがて、ルーシィの悲鳴は弱まり、深い眠りへと落ちていった。

 しかし、その頬は涙で濡れ続け、隠れ家には重苦しい沈黙だけが残された。

 

 クロッカス、ドムス・フラウ。

 競技『隠密(ヒドゥン)』が始まろうとしていた。

 グレイが出場し、観客席からはナツが大声で声援を送っている。

「行けぇグレイ! ぶっ倒せ!」

 ナツの声は力強く、希望に満ちていた。

 彼は知らない。

 自分たちが光を放てば放つほど、その影でルーシィが「自分は枯れてしまった」と心を閉ざしていくことを。

 

「……ルーシィ。見ててくれよ」

 ナツは空を見上げる。

 その純粋な願いは、皮肉にも、彼女を最も傷つける刃となっていた。

 因縁の大魔闘演武。

 どん底まで落ちた妖精の尻尾。

 彼らはルーシィのために頂点を目指すが、その輝きはまだ、彼女のいる暗闇には届かない。

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