星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜 作:暁 蒼空
大魔闘演武、3日目。
競技パート『伏魔殿(パンデモニウム)』。
会場は、静まり返った後、爆発的な歓声に包まれた。
「うおおおおおおっ!! 信じらんねぇぇぇ!!」
「100体のモンスターを……たった一人で全滅させたぁぁぁ!!」
アリーナの中央、傷だらけで剣を掲げるエルザ・スカーレットの姿があった。
他のギルドに出番すら与えず、全ての魔物を討伐するという離れ業。
かつての「妖精の女王(ティターニア)」の完全復活だった。
「すっげぇぞエルザ! やっぱお前が一番だ!」
ナツが身を乗り出して叫ぶ。
会場の空気は完全に変わった。
ブーイングは消え、誰もが妖精の尻尾(フェアリーテイル)の強さに畏怖し、熱狂していた。
彼らは、再び頂点へと駆け上がろうとしていた。
森の隠れ家。
ウルティアは、魔法水晶(ラクリマ)のスイッチを切ろうとしていた。
「……もう見せない方がいい。昨日の二の舞になるわ」
「待って、ウルティア」
メルディがその手を止める。
「見せてあげようよ。……ルーシィは、本当は見たいはずだもん」
「でも、彼女の心が……」
「私がついてるから。……お願い」
メルディの懇願に、ウルティアはため息をつき、再び水晶を起動させた。
ベッドの上で、ルーシィは膝を抱えていた。
やつれた顔。生気のない瞳。
しかし、水晶に映るエルザの勇姿を見た瞬間、その瞳にわずかな光が宿った。
「……エルザ……」
「勝ったよ、ルーシィ。すごいね」
メルディが優しく語りかける。
ルーシィは震える手で自分の汚れた服を握りしめた。
「……綺麗……」
強い。美しい。眩しい。
あんな風になりたかった。あそこで一緒に戦いたかった。
その羨望は、同時に激しい自己嫌悪を連れてくる。
「私なんて……こんなに薄汚れて……」
鏡に映る自分は、24歳という実年齢以上に老け込み、魔力を失って枯れ木のように痩せ細っている。
あんな眩しい場所には行けない。ナツに会わせる顔がない。
「でも……」
ルーシィは涙を堪え、食い入るように水晶を見つめた。
「見届けたい……。私の大好きだったギルドが……一番になるところを……」
会えなくてもいい。忘れられていてもいい。
せめて、彼らの栄光を目に焼き付けたい。
それは、彼女に残された最後の「生きる理由」だった。
その頃。
大会の裏側で、不穏な影が動いていた。
ジェラールは、会場周辺に漂う「ゼレフに似た魔力」を感知し、路地裏を走っていた。
「見つけたぞ! 不審者!」
ジェラールは、フードを目深に被った小柄な人物を追い詰めた。
「何者だ。……なぜゼレフの魔力を帯びている?」
人物はゆっくりと振り返り、震える手でフードを下ろした。
露わになった顔を見て、ジェラールは驚愕に目を見開いた。
「な……!?」
そこにいたのは、金髪の女性。
右手に妖精の尻尾の紋章。
ルーシィ・ハートフィリアだった。
「……助けて……」
彼女は涙を流して崩れ落ちた。
ジェラールは混乱した。
ルーシィ? なぜここに?
いや、それ以前におかしい。
(違う……! 私の知っているルーシィとは、全く違う!)
ウルティアたちから報告を受けている「現在のルーシィ」は、魔力を失い、病床に伏せっているはずだ。
だが、目の前の彼女は傷ついてこそいるが、肉体的には健康そのものだ。
何より――
(魔力がある……!? それも、かなり強い星霊魔導士の魔力が!)
あり得ない。
魔力を喪失したはずの彼女が、なぜ魔力を帯びている?
なぜ7年前と変わらぬ姿でここにいる?
「君は……一体、どこのルーシィなんだ……?」
未来から来たルーシィ(未来ルーシィ)。
彼女の出現は、この世界の「理(ことわり)」とは異なる、別の時間軸の存在を示唆していた。
隠れ家。
水晶の中では、ナツたちが勝利を祝い、笑顔で肩を組んでいた。
その笑顔を見るたびに、ルーシィの心臓が早鐘を打つ。
「うっ……くっ……」
「ルーシィ!?」
突然、ルーシィが胸を押さえて苦しみ出した。
呼吸が荒くなり、視界が明滅する。
(ナツ……笑ってる……)
(私のいない世界で……そんなに楽しそうに……)
喜びと、疎外感。
相反する感情が、弱りきった精神に過負荷をかける。
「はぁっ、はぁっ……! あ、頭が……割れる……!」
「マズイわ! 見るのをやめさせて!」
ウルティアが叫び、水晶の映像を切った。
しかし、もう遅かった。
「嫌ぁぁぁっ! 置いてかないで! 私を見てよぉぉぉ!!」
プツン。
理性の糸が切れる音がした。
ルーシィはベッドの上でのたうち回り、白目を剥いて痙攣し始めた。
「ルーシィ!! しっかりして!!」
メルディが必死に抱きしめるが、ルーシィのうわごとは止まらない。
「ごめんなさい……汚くてごめんなさい……! もう見ないから……! だから……私のこと忘れないでぇ……ッ!!」
口から泡を吹き、意識が混濁していく。
限界だった。
遠く離れた場所からの「応援」すら、今の彼女には猛毒だったのだ。
隠れ家に、少女の断末魔のような悲鳴が響き渡る。
一方、路地裏ではジェラールが「健康なルーシィ」を前に立ち尽くしていた。
二人のルーシィ。
交わることのない二つの運命が、大魔闘演武の裏で動き出そうとしていた。