星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜 作:暁 蒼空
クロッカスの裏路地。
ジェラールは、保護したフードの女性――未来ルーシィの話を聞いていた。
「一万のドラゴンが来る……?」
「ええ。明日、エクリプス計画を使って扉を開けなければ、国は滅びるわ」
未来ルーシィは、悲痛な面持ちで訴えた。
その瞳には強い意志と、確かな魔力の輝きが宿っていた。
ジェラールは、彼女の右手の甲を見た。そこにはピンク色のギルドの紋章がある。
そして腰には、黄金の鍵がジャラリと下がっていた。
(……やはり、私の知っているルーシィとは違う)
ジェラールは戦慄した。
ウルティアたちが匿っている現在のルーシィは、7年前に魔力を失い、今は病に伏せっている。
だが、目の前の彼女は、魔導士としての力を失っていない。
彼女は「魔力を失わなかった歴史」を歩んできた、別の時間のルーシィなのだ。
「分かった。君の話を信じよう」
「ありがとう……! ジェラール」
「だが、一つだけ……」
ジェラールは口を開きかけ、そして閉じた。
今、彼女に「この世界のルーシィ」のことを話すべきではない。混乱を招くだけだ。
(……この矛盾。二人のルーシィが存在することの意味……。これが希望となるか、絶望となるか)
一方、ドムス・フラウでは、大会最大の盛り上がりを見せていた。
最強と謳われた『剣咬の虎(セイバートゥース)』の双竜、スティングとローグに対し、ナツ・ドラグニルがたった一人で圧倒していたのだ。
「来いよ! 二人がかりでそんなもんか!」
「バカな……! 俺たちはドラゴンフォースを発動させているんだぞ!?」
スティングが白き閃光を放つが、ナツはそれを素手で掴み消した。
「俺たちは7年間、止まってたかもしれねぇ! だがな!」
火竜の咆哮!!!
会場全体を揺るがす炎のブレスが、双竜を飲み込む。
ナツの脳裏にあるのは、ただ一つの想い。
(見てるかルーシィ! 俺たちは負けねぇ!)
(お前がいつ帰ってきてもいいように……妖精の尻尾(フェアリーテイル)は最強じゃなきゃなんねぇんだ!!)
その圧倒的な強さは、観客の度肝を抜き、かつての「ブーイング」を「大歓声」へと変えていった。
ナツの炎は、まさしく復活の狼煙だった。
しかし、その熱狂から遠く離れた森の隠れ家では、命の灯火が消えようとしていた。
「……はぁっ……はぁっ……」
ベッドの上で、ルーシィの呼吸は浅く、早くなっていた。
発作による錯乱は収まったものの、高熱が下がらず、意識が戻らない状態が続いている。
その顔色は土気色で、唇は乾燥してひび割れていた。
「熱が……下がらない……」
メルディが必死に氷魔法で冷やすが、ルーシィの体温は異常な数値を指していた。
ウルティアが彼女の胸に手を当て、魔力の流れ――生命力の鼓動を探る。
そして、絶望的な顔で首を横に振った。
「……だめよ。体が、回復しようとしていない」
「え……?」
「心が、生きることを拒否し始めているわ」
ウルティアの声が震える。
7年間の孤独。そして昨日の「変わらないナツたち」を目撃してしまった絶望。
それらが、彼女の生きる意志を完全にへし折ってしまったのだ。
「このままじゃ……数日で死ぬわ」
「そ、そんな……! 嫌だよ! ルーシィ!!」
メルディが泣き叫ぶ。
ウルティアは唇を噛み締めた。
自分たちの持っている薬や魔法では、もうどうにもならない段階に来ていた。
このままここで、静かに看取るしかないのか。
家族を、見殺しにするのか。
その時、念話(テレパシー)が入った。ジェラールからだ。
『……ウルティア、聞こえるか。……信じ難いことだが、会場付近で「未来から来たルーシィ」を保護した』
「未来の……ルーシィ?」
ウルティアの目が大きく見開かれた。
ジェラールは続ける。
『彼女は魔力を失っていない。健康で、強い魔力を持っている。……まるで、今のルーシィとは別の存在だ』
その言葉を聞いた瞬間、ウルティアの中で一つの「賭け」が閃いた。
魔力を持たないルーシィと、魔力を持つ未来のルーシィ。
同一人物でありながら、異なる歴史を歩んだ二人。
もし、二人が接触すれば?
未来ルーシィの持つ「健康な星霊魔導士としての因子」が、今のルーシィに何らかの影響を与えるのではないか?
あるいは、失われた魔力を補完する鍵になるのではないか?
「……メルディ。支度をして」
「え?」
「彼女を連れて、クロッカスへ行くわ」
メルディが息を呑む。
それは、今まで徹底して守ってきた「隠蔽」を破る行為だ。
ナツたちに見つかるかもしれない。評議院に追われるかもしれない。
何より、瀕死のルーシィを動かすこと自体が危険すぎる。
「ウルティア……それは……」
「分かってるわ。これは賭けよ。……最悪の場合、移動中に死ぬかもしれない」
ウルティアは、眠るルーシィの頬を優しく撫でた。
「でも……このまま何もせず、座して死を待つなんてできない」
彼女の瞳に、魔女としての強い光が戻る。
「7年間、一緒に過ごした家族よ。……彼女を救える可能性が0.1%でもあるなら、私は悪魔にだって魂を売るわ」
メルディは涙を拭い、強く頷いた。
「うん……! 行こう! ルーシィを助けよう!」
夜が明ける前。
二人の魔女は、意識のないルーシィを担架に乗せ、浮遊魔法で慎重に運び出した。
目指すは花の都、クロッカス。
そこは、ナツたちが戦う光の舞台であり、ジェラールと未来ルーシィが待つ場所。
「待っていて、ジェラール。」
ウルティアは決意を込めて空を見上げた。
「私が必ず……この子の命を繋ぎ止めてみせる」
瀕死のルーシィを乗せ、運命の歯車が大きく回り始めた。
エクリプス計画、一万のドラゴン、そして二人のルーシィ。
全ての因果が、クロッカスへと集束しようとしていた。