星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜 作:暁 蒼空
クロッカスの地下水路。
王宮の地下に広がる複雑な迷宮を、二つの影が音もなく進んでいた。
担架を魔法で浮かせたウルティアと、周囲を警戒するメルディだ。
「……もうすぐよ。ジェラールの反応が近い」
ウルティアが囁く。
その顔には玉の汗が浮かんでいた。人目を避けるための認識阻害魔法と、ルーシィの生命維持を同時に行っているため、消耗が激しいのだ。
担架の上で、ルーシィは死人のように蒼白な顔で眠り続けている。
「ここだ」
角を曲がった先、薄暗い空間にジェラールが待っていた。
そして、その傍らには――フードを目深に被った女性が一人。
「ウルティア、メルディ。……よく来てくれた」
「話は後よ。……まずは彼女を見て」
ウルティアが担架を下ろす。
フードの女性――未来ルーシィがおずおずと近づき、担架を覗き込んだ。
「……っ!」
息を呑む音が響いた。
未来ルーシィは、口元を手で覆い、よろめいた。
「これが……私? この世界の……私?」
そこにいたのは、自分と同じ顔立ちでありながら、あまりにも脆く、枯れ果てた少女だった。
魔力を失い、病に侵され、7年という歳月を残酷に刻まれた姿。
健康で、魔力に満ち溢れている未来ルーシィとは、あまりにも対照的だった。
「ごめんなさい……。私だけ、魔力を持っていて……私だけ、元気で……」
未来ルーシィの目から涙が溢れる。
彼女の知る歴史では、魔力を失うことはなかった。だからこそ、目の前の「自分」が背負った過酷な運命に、言葉にならない罪悪感を抱いた。
「泣いている時間はないわ。……彼女を助けて」
ウルティアが鋭く告げる。
「貴方の魔力が必要なの。……同一人物である貴方の『星霊魔導士としての生命力』を、彼女に分け与えて」
「……分かったわ」
未来ルーシィは涙を拭い、現在のルーシィの痩せこけた手を、両手で包み込んだ。
温かい。
そして、懐かしい光が地下水路を照らした。
「……お願い。生きて。……もう一人の私」
黄金の光が溢れ出す。
それは魔力の譲渡というよりは、魂の共鳴(レゾナンス)だった。
未来ルーシィの持つ「健康な因果」が、現在のルーシィの「欠落した器」に流れ込み、一時的に補完していく。
「……ん……」
現在のルーシィの眉がピクリと動き、荒かった呼吸が静かに落ち着いていった。
顔色に、ほんのりと赤みが差す。
「成功ね……。これで峠は越えたわ」
ウルティアが安堵の息をつく。
完治したわけではない。あくまで一時的な延命措置だ。
だが、今の彼女にはそれが命綱だった。
その時だった。
ドォォォォォン!!
遠くの壁が破壊され、熱風と共に「あいつ」の気配が爆発的に近づいてきた。
「この匂い……!! ナツだ!!」
ジェラールが叫ぶ。
ナツたちは、捕らえられたルーシィ(実際は未来ルーシィの情報から、ルーシィが捕まっていると誤解している)を救出するために、王宮の地下へ突入してきたのだ。
「ルーシィィィィ!! どこだァァァ!!」
ナツの咆哮が、地下水路に反響する。
その声を聞いた瞬間、担架の上の現在ルーシィが、うわごとのように呟いた。
「……ナツ……?」
彼女の意識が、微かに浮上しかけている。
マズイ。
ここで会わせてはいけない。
「ウルティア! 連れて行って!」
叫んだのは、未来ルーシィだった。
「え?」
「今の彼女を、ナツに会わせちゃダメ! ……彼女は、自分の姿を見られたくないって思ってるはずよ。私なら分かるわ!」
未来ルーシィは、自分のフードを脱ぎ捨てた。
露わになったのは、7年前と変わらない、美しい金髪とギルドの紋章。
「私が囮になる。……私が『ルーシィ』としてナツに会うわ」
「……いいの?」
「ええ。ナツが探しているのは『元気な私』だもの。……今の彼女を守るためなら、私が泥を被る」
悲壮な覚悟だった。
ナツを騙すことになる。けれど、それは瀕死の「自分」の尊厳を守るための、精一杯の嘘だった。
「行くわよ、メルディ!」
「うん!」
ウルティアたちは即座に担架を持ち上げ、反対側の通路へと姿を消した。
その直後。
壁を突き破り、ナツとハッピー、そしてミラジェーンたちが飛び込んできた。
「ルーシィ!!」
「ナツ……!」
未来ルーシィが振り返る。
ナツは彼女を見て、満面の笑みで駆け寄った。
「やっと見つけた! 無事だったか!」
「ええ……。助けに来てくれたのね」
「当たり前だろ! 探したんだぞ、7年間も!」
ナツが未来ルーシィの手を握る。
その手は温かく、力強かった。
未来ルーシィの胸が痛む。この温もりは、私に向けられたものではない。闇に消えた「もう一人の私」に向けられたものだ。
「……ごめんね、ナツ」
「へ? 何がだよ?」
その時。
二人の影から、不気味な黒い刃が伸びた。
「……見つけたぞ。扉を開く鍵を持つ女」
ズッ!!
影の中から現れた男が、未来ルーシィの背後をとった。
未来から来たもう一人の来訪者――未来ローグだ。
「死ね。……運命を変えるために」
影の刃が、未来ルーシィの心臓を狙って突き出される。
「危ねぇっ!!」
ナツが咄嗟に未来ルーシィを突き飛ばした。
刃は彼女の腕を掠め、鮮血が舞う。
「きゃぁっ!」
「テメェ……何しやがる!!」
ナツが炎を纏って未来ローグに殴りかかる。
地下水路は一瞬にして戦場と化した。
5. 遠ざかる背中
一方、戦場の喧騒を背に、ウルティアたちは暗闇の中を走っていた。
担架の上で、現在のルーシィが薄く目を開けた。
「……ナツ……の声……」
「気のせいよ。夢を見てるの」
メルディが涙声で嘘をつく。
ルーシィは、遠ざかる爆発音と、懐かしい炎の匂いを感じながら、再び意識を手放した。
ナツは「未来ルーシィ」を守るために戦っている。
そして「現在のルーシィ」は、誰にも知られることなく、再び闇の中へと運ばれていった。
運命の歯車は、残酷なほど正確に、すれ違いの歴史を刻み続けていた。