星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜   作:暁 蒼空

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第51話:金色の共鳴、地下水路の幻影

 クロッカスの地下水路。

 王宮の地下に広がる複雑な迷宮を、二つの影が音もなく進んでいた。

 担架を魔法で浮かせたウルティアと、周囲を警戒するメルディだ。

「……もうすぐよ。ジェラールの反応が近い」

 ウルティアが囁く。

 その顔には玉の汗が浮かんでいた。人目を避けるための認識阻害魔法と、ルーシィの生命維持を同時に行っているため、消耗が激しいのだ。

 担架の上で、ルーシィは死人のように蒼白な顔で眠り続けている。

「ここだ」

 角を曲がった先、薄暗い空間にジェラールが待っていた。

 そして、その傍らには――フードを目深に被った女性が一人。

「ウルティア、メルディ。……よく来てくれた」

「話は後よ。……まずは彼女を見て」

 ウルティアが担架を下ろす。

 フードの女性――未来ルーシィがおずおずと近づき、担架を覗き込んだ。

「……っ!」

 息を呑む音が響いた。

 未来ルーシィは、口元を手で覆い、よろめいた。

「これが……私? この世界の……私?」

 そこにいたのは、自分と同じ顔立ちでありながら、あまりにも脆く、枯れ果てた少女だった。

 魔力を失い、病に侵され、7年という歳月を残酷に刻まれた姿。

 健康で、魔力に満ち溢れている未来ルーシィとは、あまりにも対照的だった。

「ごめんなさい……。私だけ、魔力を持っていて……私だけ、元気で……」

 未来ルーシィの目から涙が溢れる。

 彼女の知る歴史では、魔力を失うことはなかった。だからこそ、目の前の「自分」が背負った過酷な運命に、言葉にならない罪悪感を抱いた。

 

「泣いている時間はないわ。……彼女を助けて」

 ウルティアが鋭く告げる。

「貴方の魔力が必要なの。……同一人物である貴方の『星霊魔導士としての生命力』を、彼女に分け与えて」

「……分かったわ」

 未来ルーシィは涙を拭い、現在のルーシィの痩せこけた手を、両手で包み込んだ。

 温かい。

 そして、懐かしい光が地下水路を照らした。

「……お願い。生きて。……もう一人の私」

 黄金の光が溢れ出す。

 それは魔力の譲渡というよりは、魂の共鳴(レゾナンス)だった。

 未来ルーシィの持つ「健康な因果」が、現在のルーシィの「欠落した器」に流れ込み、一時的に補完していく。

「……ん……」

 現在のルーシィの眉がピクリと動き、荒かった呼吸が静かに落ち着いていった。

 顔色に、ほんのりと赤みが差す。

「成功ね……。これで峠は越えたわ」

 ウルティアが安堵の息をつく。

 完治したわけではない。あくまで一時的な延命措置だ。

 だが、今の彼女にはそれが命綱だった。

 

 その時だった。

 ドォォォォォン!!

 遠くの壁が破壊され、熱風と共に「あいつ」の気配が爆発的に近づいてきた。

「この匂い……!! ナツだ!!」

 ジェラールが叫ぶ。

 ナツたちは、捕らえられたルーシィ(実際は未来ルーシィの情報から、ルーシィが捕まっていると誤解している)を救出するために、王宮の地下へ突入してきたのだ。

「ルーシィィィィ!! どこだァァァ!!」

 ナツの咆哮が、地下水路に反響する。

 その声を聞いた瞬間、担架の上の現在ルーシィが、うわごとのように呟いた。

「……ナツ……?」

 彼女の意識が、微かに浮上しかけている。

 マズイ。

 ここで会わせてはいけない。

「ウルティア! 連れて行って!」

 叫んだのは、未来ルーシィだった。

「え?」

「今の彼女を、ナツに会わせちゃダメ! ……彼女は、自分の姿を見られたくないって思ってるはずよ。私なら分かるわ!」

 未来ルーシィは、自分のフードを脱ぎ捨てた。

 露わになったのは、7年前と変わらない、美しい金髪とギルドの紋章。

「私が囮になる。……私が『ルーシィ』としてナツに会うわ」

「……いいの?」

「ええ。ナツが探しているのは『元気な私』だもの。……今の彼女を守るためなら、私が泥を被る」

 悲壮な覚悟だった。

 ナツを騙すことになる。けれど、それは瀕死の「自分」の尊厳を守るための、精一杯の嘘だった。

「行くわよ、メルディ!」

「うん!」

 ウルティアたちは即座に担架を持ち上げ、反対側の通路へと姿を消した。

 その直後。

 

 壁を突き破り、ナツとハッピー、そしてミラジェーンたちが飛び込んできた。

「ルーシィ!!」

「ナツ……!」

 未来ルーシィが振り返る。

 ナツは彼女を見て、満面の笑みで駆け寄った。

「やっと見つけた! 無事だったか!」

「ええ……。助けに来てくれたのね」

「当たり前だろ! 探したんだぞ、7年間も!」

 ナツが未来ルーシィの手を握る。

 その手は温かく、力強かった。

 未来ルーシィの胸が痛む。この温もりは、私に向けられたものではない。闇に消えた「もう一人の私」に向けられたものだ。

「……ごめんね、ナツ」

「へ? 何がだよ?」

 その時。

 二人の影から、不気味な黒い刃が伸びた。

「……見つけたぞ。扉を開く鍵を持つ女」

 ズッ!!

 影の中から現れた男が、未来ルーシィの背後をとった。

 未来から来たもう一人の来訪者――未来ローグだ。

「死ね。……運命を変えるために」

 影の刃が、未来ルーシィの心臓を狙って突き出される。

「危ねぇっ!!」

 ナツが咄嗟に未来ルーシィを突き飛ばした。

 刃は彼女の腕を掠め、鮮血が舞う。

「きゃぁっ!」

「テメェ……何しやがる!!」

 ナツが炎を纏って未来ローグに殴りかかる。

 地下水路は一瞬にして戦場と化した。

5. 遠ざかる背中

 一方、戦場の喧騒を背に、ウルティアたちは暗闇の中を走っていた。

 担架の上で、現在のルーシィが薄く目を開けた。

「……ナツ……の声……」

「気のせいよ。夢を見てるの」

 メルディが涙声で嘘をつく。

 ルーシィは、遠ざかる爆発音と、懐かしい炎の匂いを感じながら、再び意識を手放した。

 ナツは「未来ルーシィ」を守るために戦っている。

 そして「現在のルーシィ」は、誰にも知られることなく、再び闇の中へと運ばれていった。

 運命の歯車は、残酷なほど正確に、すれ違いの歴史を刻み続けていた。

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